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帝国の剣  作者: 0343
234/461

出発前夜

 


 窓の外に目を向けて見ると、辺りはすっかりと日は暮れ、あと半刻もしないうちに夜の帳が下りてくるだろう。

 シンはおもむろに立ち上がると、部屋に備え付けてある蝋燭の芯に指先から炎を出して火を灯していく。

 カイルも立ち上がり、卓上の蝋燭に同じように火を灯した。

 流石に高級宿だけのことはあって、部屋にある蝋燭の全てに火を灯すと


「よし、後は食事をしながらにしよう。しっかり腹ごしらえしといてくれよ、明日は朝一番でこの街を出るからな。ハンク、ハーベイ、エリーすまないが三人で食事を部屋まで運んでくれ」


「任せてくれ、俺も腹が減ってしょうがなかったところだ」


 宿の支配人と従業員には予め大目にチップを渡しており、シンの要望通り大部屋で取れるよう用意をしていた。

 ハンクとハーベイとエリーは不平不満を鳴らす事無く、厨房と部屋を往復して次々に料理を運び込む。

 皆、手伝いたいのは山々であるが、彼らを手伝うことが出来ない理由がある。

 まずシンだが、貴族のお忍びを演じている以上、率先して雑用をするわけにはいかない。

 亜人差別の厳しいこの国の事情に考慮すると、レオナ、ゾルターン、マーヤを行かせるのは危険である。

 更に大部屋ではあるが貴族が亜人と同じ部屋で寝るなど、この国では考えられない事であり無用な不審を抱かせることにもなる。

 最初に宿に入り、部屋を取って入室するまで亜人とそのハーフである三人は、外套のフードを深く被ったまま極力素顔を晒さないように行動していた。

 そして部屋に入ると、それっきり厠に行く以外は一歩も外には出ずに引き籠っている。

 勿論、厠に行くときは用心に用心を重ね、外套のフードを深く被って行く。


 シンは窓から顔を出さずにこっそりと覗き込み、カイルは部屋の前で刀を引っ提げて見張りについた。

 マーヤは扉の側で聞き耳を立てている。

 

「どうやら、怪しいのがうろちょろしている様子は無さそうだな。よし、飯にしよう。飯を食ったら交代で見張りを立てながら寝るとしよう」


 カイルはそのまま扉の外で見張りを続けている。

 ハーベイが猛烈な勢いで、周りに喰いかすを散らばせながらかきこむようにして、食事を平らげると席を立ち、表にいるカイルと見張りを交代する。

 粗野で口は悪いが誰よりも仲間思いのハーベイを、このパーティに入れて本当に良かったとシンはしみじみと思う。


「二人とも遠慮なく喰え。明日から食事は質素になるから、今の内に味わっておいてくれ」


 冒険者たちの食欲は凄まじい。老体で痩せているゾルターンですら、大人二人分は軽く平らげてしまう。

 レオナやエリー、マーヤなどもそれに勝るとも劣らない量を平らげ、それでも足りないのかデザートの果物に手を伸ばしている。

 ゴブリンの戦士ギギは、パンはあまり好きでは無いらしい。肉と野菜、そして果物を上手そうに口いっぱいに頬張っている。

 一方のロラは、他の女性陣の食事量に目を丸くしながらも、貴族令嬢らしく完璧なテーブルマナーを披露しつつマイペースで食事を続けている。

 マーヤと葡萄を奪い合っているレオナ、それを嗜めながらも隙を突いて横取りするエリーを見てシンは思う。

 いずれロラも、あの三人に感化されてこうなってしまうのだろうかと……この三人にも少しは、お淑やからしさというものを持ってもらいたいものであると。

 

 テーブルの反対側には、そのロラをちらりちらりと見つめる、見るからに怪しい男が居る。

 そう、それは誰でも無いハンクその人であった。

 ハンクはロラの作法を、見様見真似をしながら食事をするが、こういった事は苦手なのかスプーンを落としてしまったり、食べ物を溢したりと失敗を繰り返している。


 ――――駄目だこりゃ、こっちはこっちで重症だな……


「なぁ、ギギ……お前さんの得意な得物は何だ? 今すぐにとはいかないが、近いうちに用意しなきゃな」


 ギギはスプーンやナイフを使わず、全て手掴みで食べている。

 その手に取った林檎のような果実から手を離すと、身振り手振りを交えて欲しい武器を伝えて来た。


「剣、弓、ソレト……」


 ギギは口を膨らまし、手を口の前で丸めて吹いた。


「吹き矢か!」


 シンの声にギギはにんまりと笑いを携えながら頷いた。


「わかった。街を出て帝国に戻ったら剣と弓と吹き矢を用意しよう。ロラは……失礼かも知れないが、そもそも戦えるのか?」


 ロラは、羹をスプーンで掬っていたいた手を止めて、説明する。


「精霊魔法が少し……それに、幼少の頃から弓の手習いを受けておりました」


「シン、エルフならば大抵弓は扱えるぞい」


 食事を終え、お茶を啜って一息ついていたゾルターンが、エルフは親が子に精霊魔法と弓のどちらか、あるいは両方を学ばせるのが普通であると話す。


「ゾル爺は弓使えるのか?」


「子供の頃には習ったが、もう弓なんぞ百年以上も触っとらんわい。もう撃てんじゃろうな」


「そうか……レオナはどうなんだ?」


 急に話を振られたレオナは、大口を空けて果実に齧り付いている最中であった。

 皆の視線が一気に集まったのを知ったレオナは、羞恥に顔を真っ赤に染めながら慌てて口許を隠す。


「……わ、私は母から精霊魔法しか学びませんでした。弓は近衛騎士の時に学びはしましたが、得意ではありません」


 レオナはあり得ないタイミングで話を振って来たシンを、恨みがましい目つきで睨んだまま、早口でまくし立てると再び顔を赤くして俯いてしまう。

 悪い事をしたとレオナに心の中で謝りつつ、今度は相手をきちんと確認してから話を振った。


「俺はからっきしだが、ハンクとハーベイは使えたよな?」


 ハンクは顔の前で、いやいやと手を払いながら否定した。


「あんなのは使える内には入らないよ。俺もハーベイも何とか狩りが出来る程度さ。迷宮でも弓はあまり使わないからね、精々のところ牽制射が出来るかどうかってところだよ。一応、馬車には念のために二張り積んではあるけどね」


「ああ、使っているのを見た事が無いから忘れていたが、確かに積んでいたなぁ……鏃が錆びてなきゃいいが……よしハンク、この街を出てからでいいから、二人にその弓を渡しておいてくれ。後、予備の短剣もあっただろう? それも一緒にな」


「確かに、雑用に使う短剣が何本かある。わかった、任せてくれ」


「ハンクも弓が撃てるようになったほうがいいな。ついでに彼女に教わるといい」


 シンなりのハンクに対する援護射撃であった。


「あ、いや、その……えーっと」


「パーティリーダーの決定だ。素直に従って貰うぞ」


 しどろもどろで煮え切らない態度のハンクの背中をそっと押してやる。


「わ、わかった。命令なら仕方がないな! ロ、ロラさん、よ、宜しくお願いします」


 俺にしてやれるのはここまでだ。後はハンク、お前次第だぜ……


「はい、こちらこそよろしくお願いします」


 にこやかに微笑むロラを見て、ハンクは思春期の少年のように頬を赤く染めた。

 全員が食事を終えると、ハンクとハーベイとエリーの三人が後片付けを開始する。

 見張りの順番を決めていると、ギギとロラも世話になっているのだから見張りをすると言い出した。


「いや、二人は今日はゆっくりと休んでくれ。特にギギは、怪我を治療したとはいえ体力は消耗しているはずだからな。いずれ、二人にもしっかりと働いて貰うから今日のところはな」


 そう言って二人を下がらせ、碧き焔のメンバーだけで見張りの順番を組むと、交代で見張りをしながら夜を明かした。

ブックマーク、評価ありがとうございます!


ゴブリンのギギの台詞、雰囲気を出すため漢字とカタカナにしましたが、読みにくいでしょうか?

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