堕ちる二人と秘密兵器
創生教総本山より破門が通達された帝国内の創生教徒たちは、忽ちの内にパニック状態に陥った。
この惑星パライソ中央大陸では、人々の宗教に対する依存度は地球よりも遥かに高いと、シンは感じていた。
冷静に分析してみればそれもその筈、天災、病、戦争、それらに加えて魔物の脅威に人々は晒されているからである。
圧倒的な強さを誇る魔物が跳梁跋扈するこの世界で、人々は神に救いを求めずにはいられない。
故に無神論者など見た事も無いし、居たとしても狂人扱いされているだろう。
――――つまり、絶対に何かしらの宗教に入っているのが当たり前の状態なのだろう……これは、上手くやれば帝国内のそれぞれの教団の信徒の数の比率を、大幅に変えることが出来るかも知れない。
シンの考え通り、創生教を破門された信徒たちは神の庇護を失ったと、嘆き、絶望した。
そこに力信教と星導教が、それらの人々を取り込みに掛かった。
神の庇護と救いを求める人々は、来るものを拒まずの姿勢を見せる二教団に、我先にと殺到した。
フレルク大司教率いる帝国内の創生教も、神の教えを曲解し過ちを犯しているのは総本山であると説き、神の庇護はいささかも失われていないと、普段は滅多に行わぬ高度な治癒魔法を披露したりして、信徒たちを静めるよう努めた。
これにより従来の創生教徒は大幅に減少し、逆に力信教と星導教は大勢の信徒を新たに獲得し、帝国内の宗教の比率は大きく変貌する事となった。
帝国の創生教を破門した総大司教ゴルスビーは、直ちに帝国に攻め入る事をラ・ロシュエル王国に提案するが、その案は一蹴された。
現在ラ・ロシュエル王国は、近隣にある幾つかの小国と亜人たちの氏族を攻めている最中であり、ここで帝国に対して戦端を開いてしまうと、不利な二正面作戦を強いられることになる。
後顧の憂いを断つまでは、我慢するようにと言われたゴルスビーは憤慨するが、機嫌を取り続け今ではゴルスビーの側近にまで上り詰めているマックウェルに諭されて、振り上げた拳を収めた。
「総大司教猊下、今は致し方ありませぬ。ラ・ロシュエル側の準備が整うまでのたかが二、三年の辛抱です。それよりも許せないのは、力信教と星導教ですな。彼奴らは破門した信徒たちを、これ見よがしに自教団に取り込んでおりますぞ」
マックウェルに上手く誘導されたゴルスビーは、力信教と星導教に対して警告を発した。
破門した者たちは邪教を崇める邪教徒であり、それらを取り込むのは好ましからざるどころか、神に対する反逆であると。
中央大陸で最大の門徒数を誇る創生教は、今までもその数と勢力により驕り高ぶっていたが、今回の国ひとつ丸々破門した件や先述の発言などに、力信教と星導教は猛反発し、星導教の総本山があるルーアルト王国と国民の多くが力信教徒であるエックハルト王国もこの仕儀に対して、流石に鼻白んだ。
「まぁ、力づくで改宗させるのは無理だろう。ならば、改宗せざるを得ない状況にしてしまえばいい。そこから更に多数の選択肢の中から自分自身で選ばせることによって、無理やりにでは無く自ら選択したという意識と事実を植え付けちまえば完璧さ」
「これでもし聖戦が発動しても、創生教徒の数が著しく減っているのだから、もし反乱や暴動が起きても小規模で済みそうだな。しかし、お主は……本当に悪党であるな」
呆れたような顔をしてシンを睨む皇帝。だが、その目にはシンの悪知恵に深い信頼を抱いているのが見て取れる。
このような悪辣な策をシンが思いついたのは、シン自身が多くの日本人にありがちな無神論者であり、尚且つこの世界の神のからくりを知っているからこそである。
「そう褒めるなよ。大体、王だの皇帝だの英雄だの、それらに善人なんて居るわけがないだろうが」
シンの言葉に皇帝は、くっくと喉を鳴らして笑った。
「違いない。それらは多くの屍の上に立っている者であることは間違いないからな」
悪辣な策を発案したシンと、それを実行した皇帝ヴィルヘルム七世……彼らは紛うことなき悪人であった。
二人は自分たちが悪人であることを、他の誰よりも自覚している。
国を守り、そこに住まう人々を守るためならば進んで悪事を働く。その決意が二人にはあった。
「それにしてもマックウェルの素晴らしい仕事ぶりには、言葉も出ないな。あいつは何者なんだ?」
「あやつは男爵家の三男坊でな……その男爵家も名ばかりの法衣貴族で、産れてすぐに僧籍に入れられたらしい」
法衣貴族とは領地を持たぬ貴族の事であり、領地を持つ貴族は封地貴族、あるいは領地貴族と呼ばれる。
「産れてすぐに口減らしに創生教にぶち込まれたのか……なるほど、それで創生教の内部に詳しいんだな」
「うむ。神を信奉しているものの、がめつい今の創生教には染まらなかったらしい。目覚ましい活躍ぶりであるな……家を興してやるとするか……」
――――名誉を与えるでは無く、家を興すか……つまり、領地を与えるってことだな。確かにマックウェルはそれに相応しい働きをしているだろう。
「それにしても、これ程までに大勢の創生教徒を改宗させてしまった余は、創世神様に地獄に叩き落とされるであろうなぁ……」
皇室は代々創生教を敬い奉っている。皇帝は肩をがっくりと落としてそう呟いた。
「いいじゃねぇか、俺も一緒だ。二人で地獄に堕ちたら今度はそこで大暴れしようぜ」
どこまでも着いて行くと言われた皇帝は、シンに対し背を晒し顔を伏せた。
その伏せた顔には、実に嬉しげな微笑が湛えられていたのであった。
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朝から降り続けていた雷雨は、正午過ぎにはぴたりと収まり、雲間から燦々とした陽の光が降り注ぎ始めていた。
シンと皇帝は、予てより制作している秘密兵器の一つの進捗具合を視察するべく、厳重な警備で固められた、とある施設を訪れていた。
「大将、どんな具合だ?」
シンが大将と呼ぶのは、この施設内に於いて全ての生産を任されているドワーフの初老の男で、その名をグザヴェルと言う。
先帝が崩御し、亜人追放令を現皇帝であるヴィルヘルム七世の名において撤回されると、帝都で武具店を営み始めた。
シンはその武具店に何度か足を運んでおり、その腕前の確かさを見込んである物を作って欲しいと口説き落とした。
そのある物とは、地球なら割と普通に見かける物……有刺鉄線であった。
最初それを見せられた皇帝は元より、作らされたグザヴェルもこれが何の役に立つのかわからなかったが、色々と試したところこれがとんでもない物だと気付かされた。
シンは有刺鉄線を使って防御陣地を作り、そこを何も知らない兵たちに攻めさせた。
結果は言わずもがな、大多数の兵が有刺鉄線に絡め取られ、阿鼻叫喚の地獄絵図となる。
ただの針金が、使い方次第でこれ程までに凶悪な品になるとは思いもよらず、有刺鉄線の有用性を見せつけられた皇帝とグザヴェルは、ただただ唖然とするばかりであった。
それに加えてもう一つ作らせていた物がある。それは撒菱であった。
これも足止めに有効で、有刺鉄線と併用することにより多大なる効果を示していた。
有刺鉄線も撒菱も作りは簡素であり、素材となる鉄も質の高い物を必要とせず大量生産に向いている。
これらを来るべき聖戦に備えて、この施設で大量生産しているのであった。
また、急激に増えた鉄鉱石の買い付け量から、この二つの秘密兵器の存在を嗅ぎつけられないように、あちこちにダミーの拠点を作らせてて、そこで剣や槍、矢じりなどを生産させて敵の間諜の注意を逸らさせると言ったように、細心の注意を払っていた。
「おう、竜の旦那。これ以上ペースを上げるには、人手が足りねぇよ」
「わかった、それはここに居る陛下が何とかする」
ドワーフの完全なる職人気質であるグザヴェルは、たとえ皇帝であっても仕事場で膝を折る事はない。
ドワーフの男たちにとって、仕事場は誇りある神聖な場所であり、この場で物を言うのは経験と腕前だけであるからだ。
そんなドワーフたちを皇帝は不敬と咎めるどころか、逆に好ましく思っていた。
そう言った敬意や思いというのは口に出さなくても伝わるもので、ドワーフたちもその思いに応えるべく日々汗を流し、与えられた任をこなしていた。
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さぁ、ゴールデンウイークも残り僅か……最後の最後まで楽しんで良い休暇にしましょう!
本音としましては、明日の事は考えたくないです。




