四分六分
挿絵載せられることを今日知りました。
出来が悪いのは許して……ペイントツールなんて初めて使ったよ……
星導教総大司教カルロ・ルッチーニとシンは、共に醒めかけた茶を口に含んで一拍置いた。
「創生教の八つの聖騎士団はご存じかな?」
「陛下より聞いております。各騎士団の名前までは覚えておりませぬが、その兵力は万を超えるとか……」
シンは予め皇帝より、敵となる創生教が動員するであろう大体の兵数を聞いていた。
「左様。聖騎士団の下には教徒たちの自衛組織があり、更には寄付や献金で幾つもの傭兵団を囲っておる」
これも皇帝がシンに話した情報通りである。
シンは今後、表向き野に下り賊となるが、賊となった後はまずこの創生教が雇っている傭兵団の数を減らそうと考えていた。
現在、ラ・ロシュエル王国からガラント帝国の国境を越えて侵入して村々を襲っているのは、この創生教が雇っている傭兵団であった。
表向きはラ・ロシュエル王国はガラント帝国の属国と言う事になっているため、正規軍を派兵することは出来ない。
ラ・ロシュエル側も、現在侵攻中の亜人たちの諸部族を切り従え終えるまでは、帝国と正面から事を構える事を避けているのだ。
そんな時に、帝国がふと隙を見せた。帝国新北東領の治安維持のために、帝国南部の多数の兵力を抽出して送ったのだ。
ラ・ロシュエルは、この好機を黙って見逃す手は無い。何れ起こす戦を少しでも有利にするために、帝国の国力を削る策に出る。
だが、正規兵を送り込めば即座に全面戦争となってしまう……ではどうするか?
正規兵を派兵出来ないのであれば、傭兵を賊に偽装させて送り込めば良い。例えラ・ロシュエル王国が裏で糸を引いている事が知れても、引き上げたその傭兵団を創生教が雇ってしまえば帝国も迂闊に手出しは出来ない。
そうして村々を襲い住民を連れ去り国力を削ると共に、何ら有効的な手を下す事の出来ない皇帝に対する、帝国南部貴族たちの不信感を植え付ける。
その不信感を煽り、帝国への侵攻の際に寝返らせて先兵とするのがラ・ロシュエルの目論見であった。
宗教を隠れ蓑とした卑劣な策に、ガラント帝国皇帝ヴィルヘルム七世は激しい憤りを感じたが、これと言って打つ手が見つからない。
そこでシンは、先のディーツ侯爵成敗の際の越権行為の責任を取る形で官を辞して野に下り、不正規兵を組織して賊に扮して傭兵団を襲い、壊滅させるという計画を立てたのだ。
この策に対して皇帝は、あまり良い顔をしなかった。下野し賊となったシンの評判や名誉を慮ったのである。
これに対してシンは、自分は名誉を重んじる王侯貴族では無いし、まして後世の評価など気にするような人間では無いと笑い飛ばした。
八方ふさがりなのは事実であったし、何らかの手を打たなければならないので、皇帝は渋々ながらもシンの策を承知した。
シンはカルロに自身の策を話した。
「……なるほど……先ずは傭兵団を減らすと……だが、聖戦士と謳われるシン殿が賊に扮するのは如何かと……」
「いや、これは俺でなければ駄目でしょう。何より敵を欺くためにそれ相応の説得力が必要でしょうし。それよりもカルロ総大司教、もう少し星導教は危機感を持った方が良いと思うが……」
協力を約するものの、力信教と違い今一つ煮え切らないカルロの態度に、シンは一石を投じることにした。
「と、言いますと?」
「このまま帝国が敗れる事になれば星導教も亡びかねないと言う事です。当然、お気付きでしょう? 帝国が敗れたならば、協力した力信教は弾圧される。まぁ、力信教が帝国に協力しなくても、勢力を増したラ・ロシュエルと創生教に潰されるでしょうが……そして次は星導教の番です。例え星導教が、帝国に組せずとも最早そんな事はお構いなしに創生教は星導教を潰しに掛かるでしょう」
勿論カルロはその事に気が付いていた。だが、信徒たち全ての命運を握っているカルロは慎重にならざるを得なかった。
微かに眉を寄せて苦悩するカルロに、シンは更なる追い討ちを掛けた。
「あなたは優しい人だ。だが、時としてその優しさこそが人々を苦しめる。戦争だ、当然多くの犠牲者が出るでしょう。だが、ここで立ち上がらなければ後に弾圧により更に多くの人々が……」
言葉を続けようとするシンを、カルロは片手を上げて制する。
そんな事はシンのような若造に言われずとも、百も承知なのだ。
星導教数十万の信徒たちの命の重みが、カルロに重く圧し掛かり慎重な舵取りを要求し続けている。
だが、ここはシンの言う通り決断の時である……座して待てば、その先にあるのは滅亡しかない。
「わかりました。我ら星導教も力信教と同じように、来る戦に全面協力致しましょう」
差し出されたカルロの皺枯れた手を、シンは恭しく握る。
こうして力信教に続いて、星導教もラ・ロシュエル王国と創生教が近いうちに起こすであろう聖戦に全面的に協力することが確定した。
――――これで宗教勢力の比率は、創生教が六、力信教と星導教合わせて三……後は亜人たちが信仰する様々な神を合わせて一。この一を何としてもこちら側に取り込みたい。それで四分六分となれば、数の上では何とか拮抗する……
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表向きの目的である、エルリック・フォン・レーベンハルト伯爵の創生教から星導教への改宗が、総大司教カルロ・ルッチーニの元で執り行われる。
レーベンハルト伯爵は元々宗教には無頓着な男であり、創生教に大した思い入れがあるわけでもなければ、星導教に対しても特にこれといってあるわけでもない。
だが流石は大貴族の当主だけあって、完璧な儀礼の元、改宗の儀を終えることが出来た。
星導教総本山に於いて全ての事を終えたシンたちは、長居をすることなく足早にノーザラードンの街を去る。
帰りもルーアルト王国金鷹騎士団の護衛と、アヒム司祭率いる神官戦士たちの護衛の下、一路帝都を目指して帰路に着いた。
カイルたちがノーザラードンの街で何を見聞きしたかは、金鷹騎士団の目もあるので、帝国領に入ってから聞くことにし、シンたちはレーベンハルト伯爵の護衛としての仕事に専念する。
「色々と世話になったな……」
「いや、こちらこそ不躾な願いを聞き届けてくれて感謝している」
シンは冒険者パーティの碧き焔のリーダーとして、ローレンスはルーアルト王国金鷹騎士団団長として、互いに謝辞を述べる。
シンはこの実直で誠実なローレンスに好感を抱いていた。
それはローレンスも同じで、黒い死神と恐れられている目の前の男が時折見せる、年相応な仕草を目の当たりにして、この男も一人の人間なのだと実感していた。
「次に会うのは戦場かも知れぬな……言っておくが手加減は無用ぞ」
「心配するな、あんたは手加減して倒せるような相手じゃない。全力で行かせて貰うさ」
馴れ合いはここまでと、ローレンスは馬首を巡らし振り返りもせずに去って行く。
シンもまた同じように龍馬サクラの腹を踵で軽く蹴り、国境を越えて帝国領へと足を踏み入れる。
シンたちにとっては、珍しく戦いの無い平和な旅……だが、その旅も終わりを告げようとしていた。
帝都に戻れば、すぐさまシンは官を辞して行動を開始せねばならないだろう。
その官を辞するまでの短い間にも、帝国の臣としてやるべきことが多々ある。
次の戦で役に立つであろう新兵器の開発や、賊となった時に率いる不正規兵の選出などである。
シンはゆるゆると進む馬車に龍馬を寄せて、御者をしているエリーに並んで座るカイルに話しかける。
「カイル、ローザたちにお土産買ってきたか?」
「ええと、ルーアルト産の綿で拵えてある肌着と、それと……」
「すまんな、雑用を頼んでしまって」
「いえ、他国に行くなんて滅多に無い経験も出来ましたし……」
「……そうか……さてと、家に帰るまでが遠足……じゃなかった、帝都に帰るまでが仕事だから油断せずに行こう」
シンは戦いの無い平和な旅に毒気を抜かれてしまった自分に言い聞かせるようにカイルに告げると、サクラの馬腹を蹴って一行の先頭に立つべく駈け出して行った。
現在の中央大陸の地図
ブックマークありがとうございます!
何か休みなのに平日より色々と忙しい気がする……




