王の迷い
「子爵殿、魔法剣とは一体どのような物でしょうか? 宜しければ是非お聞かせ願いたい!」
パットル王子の顔は興奮により赤みを帯び、双眸は無数の宝石を散りばめたかのような輝きを放っている。
その王子の問いに正使のヴァイツゼッカー子爵では無く、副使のラングカイト準男爵が答える。
これは予め両者の間で決められていた事であり、経験の浅いヴァイツゼッカーが最たる国家機密の一つである、シンの編み出した魔法剣に関する情報の核心部をうっかりと漏らさぬようにするため、万事経験豊かなラングカイトにヴァイツゼッカーは任せた。
武を尊ぶ国柄だけのことはあり、魔法剣に対する関心は王や王子だけでなく、居並ぶ廷臣たちの間でも高い。
その小さくはないざわめきを、ラングカイトに会話を任せるまでヴァイツゼッカーは気付かなかった。
これが経験不足というものかとヴァイツゼッカーは感じ、それに気付かせてくれたラングカイトに胸の内で謝辞を述べた。
「はっ、某も直接その目で見た事は御座いませぬ。しかしながら、魔法剣によって出来たであろう大地に刻まれた傷跡を目撃しております」
「それは一体どのような?」
興奮を抑えきれないパットル王子は、身を乗り出さんばかりにして話の先を急かす。
それを見たホダイン三世は、興奮のあまり、周りが見えていない王子に対し内心で舌打ちを禁じ得ない。
今はこれで良いが後でよくよく重々に教育を施さねばならぬと固く決意する。
「大きさはそうですな、十五メートル程でありましょうか……放射状に何かが爆ぜたような後があり、それによって地面が大きく削れておりました。周囲には掘り起こされ細かく砕かれた土砂が薄っすらと積もっており、現場を見ていた者たちから話を聞いたところ、まるで雷のような轟音と共に大地は揺れ、土煙と共に頭上に土砂が降り注いだとのことでした」
「それは何所で何時起きた事なのでしょうか?」
話を聞いて益々興奮によって赤みを増した顔で、王子は更に詳しい話を聞かんとして、身を乗り出し一歩足を踏みだした。
それを王は目で窘める。窘められた王子は、今度は羞恥に顔を赤く染めて足を退いて居住まいを正した。
どうせ半分以上は虚構であり、よしんば真実であろうとこれ以上の情報は聞き出せるはずもないとホダイン三世は考えていた。
「剣術指南役のザンドロック邸の中庭にて、シン殿とザンドロック卿が試合をした後で余興として見せたと聞き及んでおります。某はクリューガー家の陞爵祝いに訪れた際に、それらを見聞き致しました」
重厚な見かけによらず口の軽いラングカイトに、ホダイン三世は戸惑い訝しむ。
ただの馬鹿なお喋りか、それとも何か真意があるのかの判別が付かない。
ならばと、王はこの男から出来うる限りの情報を聞きだすまでと、王子から会話の主導権を取り上げた。
「ほぅ……それほどまでの破壊力であれば、竜を倒したと言うのも頷けような。その魔法剣とやら、シン殿しか使えぬのか?」
「いえ、シン殿の他に弟子と先程申し上げた剣術指南役のザンドロック卿が、魔法剣を体得していると聞き及んでおります」
その言葉とラングカイトの己を見つめる目によって、ホダイン三世は目の前に居る男がただのお喋りでは無いと確信する。
ワザと情報を流している、それは間違いない。だが、何の為に? 悪戯に武を誇れば返って警戒心を抱かせるだけでは無いのか? この使者の真意は何か?
ホダイン三世の思う通り、魔法剣の情報をある程度まで漏らすことにしたのはシンと皇帝である。
武を尊ぶ国柄、どんなに贅を尽くした貢物であっても帝国に対し左程関心を抱かないのではないか? それどころか惰弱と軽侮される恐れすらある。
ならば帝国に対し良くも悪くも関心を高める土産は何か? 魔法剣の噂は日に日に広まりを見せている。
何れは天下白日の下に晒されるのであれば、まだ価値を有している内にその情報を土産として活用すべきと、シンと皇帝は考えたのである。
ヴァイツゼッカーとラングカイトの見るところ、シンと皇帝の計画通りに事は進んでいる。
目の前にいる王が関心を示さなくとも、王子と廷臣たちは魔法剣の情報に高い関心を示している。
こうなってしまっては、以前のように帝国に対して無関心ではいられないであろうことは明白であった。
エックハルト側の反応を見たヴァイツゼッカーは皇帝の智謀に素直に感服し、ラングカイトはシンの影響力とその慧眼さに舌を巻き恐れた。
「いやはや、これは恐れ入った。貴国には有為の人材が多くて羨ましい限りである。その魔法剣とやらは、貴国の新しい試みである騎士養成所であったか? そこで他の者にも伝授されておるのかな?」
近衛騎士養成学校のことまで知っているとは、エックハルトの諜報力も侮れぬと二人の使者は内心で驚く。
「近衛騎士養成学校のことですな、某は部署が違う故に詳しいことはわかりませぬが、何れはそうなりましょう」
ここで王の傍らに控えている、今まで一言も発しなかった老人が名乗りを上げてエックハルトに問いかけた。
「私はエックハルト王国宰相を務めるミロスラフと申す。使者殿にお聞きしたい。今話された言葉の中に学校と言う聞き慣れぬ言葉があり申した。それは何であるか、お答えいただきたい」
この主従は手強いと二人は感じた。王がこのままグイグイと我々の言葉に喰いつく様を見れば、居並ぶ廷臣たちの中に王の無知を軽んずる者が出て来る恐れがある。
だが、情報は欲しい。つまりこの宰相は、王に代わり汚れ役を買って出たのだ。
宰相と言う国の知恵袋でありながら、知らぬと公言すればその智を軽侮される恐れもあるというのに、それを躊躇わずに名では無く実を取って来るこの男は只者では無い。
「はっ、先程申し上げた通り、某は部署が違う故に細部まではわかりかねます。学校とは、将来の有為の人材を育成する機関であると聞いております。その身分を問わず、広く野から集めた者たちを幾度の試験により篩を掛け、選ばれし者たちに教育を施すと聞いております」
将来近衛騎士となるのに、その身分を問わないと言う言葉に玉座の間は騒然となる。
エックハルト王国の近衛騎士は旧来の帝国と同じく、貴族の子弟が務めている。
その中に平民が混じるなど考えも及ばぬことであり、また平民が国と皇帝にどこまで忠を尽くすのかと言う疑問が湧き上がって来る。
「それを考えたのも、シン殿であるか?」
宰相ミロスラフの問いに、ラングカイトは両の瞳を閉じたのみで肯定も否定もしなかったが、宰相はそれを肯定として受け取った。
宰相ミロスラフは帝国が大きく変革する様を、目の前で見せつけられている気がした。
この二人の使者を帰した後に、直ちに情報の裏を取るべく間諜を派し、緊急の会議を開く必要性がある。
当然聡いホダイン三世も、ミロスラフと同様の事を考えていた。
王は判断に迷い苦しむ。魔法剣、近衛騎士養成学校……帝国は一体どこへ向かっているのか? これから先、帝国は興隆するのか、それとも没落するのか? 早めに手を組むべきか、それとも敵と見なすべきか? 今の限られた情報だけでは判断の下しようが無い。
宰相ミロスラフはその後もシンの人となりなど、出来得る限りの情報を引き出そうと試みるが、既に王国の関心を買うことに成功した二人は、それ以上エックハルトに対して有益となる情報を与えようとはしなかった。
その後、使者を歓待する宴が催され、ヴァイツゼッカーとラングカイトは大いに持て成されるが、持て成す重臣たちにも大した情報を漏らす事無く、帝国への帰路に着いた。
ブックマークありがとうございます!
連休中に色々と城跡などを見てこようかと思っております。
そのために更新が遅れるかも知れませんが、どうかご勘弁を




