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帝国の剣  作者: 0343
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レーベンハルト伯


「これは明らかなる挑発である!」


 帝国から派遣される星導教総本山への巡礼団の中に、黒い死神ことシンの姿を確認したルーアルト王国宰相アーレンドルフは、重臣たちを集めて緊急に会議を開いた。


「帝国の小僧め、これが狙いだったのか! 我らがこの挑発に応じたところで非を鳴らして、ハンフィールド地方を掠め取る気なのは明白」


「どうする? 帝国に使者を遣わせて、無用な挑発行為であると言って止めさせるか?」


「交わした約定に巡礼団の人員についての一文も無いのだ。例え誰を巡礼させようと文句を言われる筋では無いと、突っぱねられるだけだ」


「ええい、使者であるグリュッセルは、帝国に赴いていながらこの事を予期出来なかったのか? つかえぬ奴め!」


 使者としてグリュッセルを指名したのは、他でも無い宰相アーレンドルフである。

 遠まわしに自身が非難されていると知ったアーレンドルフは、心中穏やかでは無い。

 流れを変えなくてはならぬと、アーレンドルフが思っていると新たな情報が会議室に飛び込んで来た。


「なにぃ? もう既に巡礼団は帝都を発っただと? 小僧め! 中々どうして打つ手が早い」


 こうなってしまっては帝国に使者を遣わしてどうこうする手は、時間的に考えて使えない。

 集まった重臣たちの口々から、失望の重苦しい溜息が次々と吐き出される。


「……挑発に乗らなければ良い……それで万事上手くゆくではないか」


 会議が始まって以来、沈黙を続けていた宰相アーレンドルフがその重々しい口を開くと、重臣たちは静まり返って彼を注視した。


「ですが、あの死神は我が国の仇敵ですぞ。特に近衛たちなどは、前近衛騎士団長の仇を討たんと思っている者も多い。いや、近衛だけではありますまい。銀獅子は民衆にも人気がありましたからなぁ……」


 政治に無用な口出しをせず、ただ己の職務に忠実であった故人を偲ぶかのような口ぶりに、周囲からも口々に銀獅子を惜しむ声が上がった。


「なればこそだ。国を思う心人一倍であった銀獅子も、これ以上国土を削られるのを良しとは思うまい。ただでさえ近年、東西南北の辺境領の内三つまでも失っているのだ……今は、耐え忍ぶことが肝要である」


 流れが変わったと見たアーレンドルフは故人を盾にすることで、自身の非難を躱しつつ会議の主導権をもぎ取ろうと試みる。


「では、このまま死神をのうのうと王国に入れるので?」


 頭に来る言い振りであったが、表情を崩す事無くアーレンドルフは頷いた。


「儂とて腸が煮えくり返る思いではあるが、致し方あるまいて。我が国の宝剣、ホーリー・イーグレットは建国時より祀られてきた国の象徴の一つでもある。それを取り返さねば、我らは死後に先祖たちからどのようなお叱りを受けるかわからぬ。そして後世では、無能の烙印を押されるであろう。だが、この一時……この一時を耐えれば良いのじゃ……それで全てが丸く収まる」


 建国以来の宝剣の件を持ち出されては重臣たちも口を閉ざすしかなく、以降の流れはアーレンドルフに掌握されることになった。


「問題は、その死神に手さんとする出す跳ねっ返りどもを如何致すかだが……」


「毛ほどの傷でも付けようものなら、それを盾にしてハンフィールドの割譲を求めて来るでしょうな。それが帝国のそもそもの狙いでしょうから」


「では、我らの息の掛かった者たちで護衛をするか?」


「敵を護衛するのか? 馬鹿な、ありえぬ!」


 激昂した重臣の一人が机を叩きながら立ち上がる。

 周囲の者が宥めるが、一度頭に上った血はそう簡単には降りて行かない。

 窘める者との口論が次第にヒートアップしていき、それはやがて周囲をも巻き込んで唾を飛ばしながらの、罵り合いへと変わって行った。


「静まれぃ! この国の誰よりも冷静でなければならぬ我々が、こうも取り乱して何とするか!」


 アーレンドルフの大喝一声により、混乱の場はまるで水を打ったかのように静まり返る。


「今帝国と揉めて戦端を開いても、背にエックハルトを抱えている我らに残念ながら勝ち目は無い。今は忍耐あるのみ……だが、近年の内に必ず帝国に対し復讐の機会が訪れるであろう」


 含みのある言い方に幾人かが喰いついたが、アーレンドルフは多くを語らず、巡礼団に対する護衛の選任など実務への話へと切り替えていった。



---



 時は少し遡る。シンたちは、エルリック・フォン・レーベンハルト伯爵とその護衛たちと合流し星導教の総本山へと帝都を発つ準備に追われていた。


「おお、帝国の若き英雄、竜殺しのシン殿。お初にお目に掛かる、エルリック・フォン・レーベンハルトと申す。道中よしなに……それにしても、若いな。いやぁ、若者は元気があるのが一番、結構結構」


 エルリック・フォン・レーベンハルト伯爵は、クリクリとした大きな目玉を盛んに動かしながらシンの肩を力強く何度も叩く。

 年は五十代半ば、白髪交じりの頭髪は兜擦れによって所々擦れて禿げ上がっており、この伯爵が歴戦の猛者であることを雄弁に物語っている。

 この国の老人は、どうしてこれほどまでに皆元気が有り余っているのかと、叩かれた肩を摩りながらシンは苦笑いをする。


「シン殿は、まだ独身だと聞いておる。どうじゃ? 儂の末の娘は? まだ十二ゆえ、すぐにとは行かぬが儂を父と呼んで見る気は無いか?」


 武人気質らしい直球的な物言いは、シンの好むところではあるが、内容が内容だけに辟易とする。

 レーベンハルト伯は今後の計画も知る数少ない内の一人であり、蔑にするわけにも行かず困り果ててしまうが、不興を被っても拒絶の意思表示はするべきだと思い返答する。


「伯爵様、私は冒険者です。今回の仕事は命の危険があまりないにしても、次の仕事はどうなるかわかりません。大切なお嬢様を、いつ死ぬともわからぬような私に嫁がせるのは、結果としてお嬢様を深く悲しませる事になるかも知れませぬ」


 直球には直球で返す。シンにしては遠回りな言い回しだが、他人にとってはストレートな拒絶としか見えないだろう。

 だが、伯爵はそんなシンの返答に気を悪くするどころか、周囲が気味悪く思うほどに笑みを浮かべながら、再びバンバンとシンの肩を叩いた。

 何故伯爵がシンをここまで気に入っているのかには、帝国の英雄というだけでは無く、それなりの理由があった。


 表立っては伏せられている事であるが、シンは貴族に叙せられてはいないが、暗に男爵相当の扱いをするようにとのお触れが出ている。

 この事をシンは知らない。まさか自分が貴族と同様の名誉を陰で賜っているとは、思いもよらずにいた。

 レーベンハルト伯は南部諸侯の取りまとめ役であり、太后の弟として国を担うべき重鎮であり、自身もその責任を果たし続けて来た。

 幾多の戦場を駆け、輝かしい武勲と実績を重ね、名誉ある貴族として自他ともに恥じぬ振る舞いをしてきたつもりであった。

 自分ほど帝国を愛し、思っている者はおるまいとの多少の自惚れを、目の前にいる男、シンが粉々に打ち砕いた。

 皇帝に密かに今後の計画を打ち明けられた時に、伯爵は自分がとんでもない思い違いをしていたことを知り、密かに恥じた。

 貴族に取って名誉は時として命よりも重い。その名誉をかなぐり捨ててまでも、帝国の役に立とうとするシンの計画を知り、伯爵の心は激しく揺さぶられた。

 帝国と袂を分かつ振りをして、賊となりラ・ロシュエル王国を荒らしてラ・ロシュエルと創生教に一泡吹かせ、攫われた民を取り戻す。

 国家間の関係により表立って出来ない事を、その身を汚してでもやろうとするシンに、伯爵は強い感動を覚えていたのだ。


 伯爵はシンが名誉を捨て、経歴に傷を付けてまで国に尽くす人間だと思っているが、当然のことながらシンはそのような事を、全く考えてはいない。

 シンが次の任務で汚れ役を進んでやる理由は、主に二つの理由からであった。

 何れ何処かに腰を落ち着けるのだとすれば、文化的水準が比較的高い帝国が望ましいと思い、今後の自分の居場所を守るためにと言うものが一つ。

 もう一つは、皇帝との友情や義侠心と言った利害を超えた感情的なもの。


 どこかしらで、何となく噛みあっていないギクシャクとしたものを感じながらも、好意的な伯爵に対しシンは戸惑いつつも協力関係は築けそうだと安堵した。


 

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仕事で事務所の引き上げ的な、半ば引っ越し作業みたいなことをして、翌日全身が酷い筋肉痛になり病院に行ったら、とんでもなく太い注射されました。

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