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帝国の剣  作者: 0343
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中世忍者軍団


 聖剣返還の交渉が思惑通りに進み心中でほくそ笑んでいる皇帝に、水を差すような報告が飛び込んで来た。


「陛下、力信教総本山に向かったシン殿が、オルナップ男爵家の残党に襲われたようです」


 シンが反乱貴族の残党ごときに後れを取るはずが無いとはいえ、穏やかな気分でいられるはずもなく、下品にも報告した近侍の前で舌打ちをしてしまう。


「して、シンの無事は当然として残党どもは如何したか?」


 皇帝の声に凍てつく冷気の如き怒気が微量ながら含まれている事を感じ取った近侍は、背筋にびっしょりと汗を掻きながら報告を続ける。


「はっ、シン殿は無事。護衛のアンスガーらの内に軽傷者が多数出たものの、任務に何ら支障なしとの事。残党は一人残らず、全て始末したと報告を受けております」


「左様か……念のためにシンの家と関係者の護衛の数を増やせ」


 命令を与えた近侍を追い払うかのように手を振り、皇帝は窓際へ移動すると、一人俯き加減の姿勢のまま感情と理性のせめぎ合いを始めた。

 余の判断は間違っていたのではないか? やはり反乱分子は一族郎党皆殺しにするべきではなかったか? だが、それをすれば優しいあやつは余の元を去るやも知れぬ。暗殺者の群れよりも、その事の方が余程恐ろしいとは余は皇帝の器たるとは言えぬな……

 

 冷酷ではあるが非情ではない……これが、この時代に生きていた貴族たちの皇帝に対しての評である。

 後世で皇帝ヴィルヘルム七世は名君として讃えられるが、史上最高の名君であるとまでは言われない。

 彼は急進的な改革派であり、彼についてこれない者たちは容赦なく置き去りにされた。

 戦乱の時代がそうさせたと言えばそれまでだが、粛清された貴族の数、取り潰された家の数は歴代皇帝でも類を見ない程多く、民には優しくとも貴族には冷酷なイメージが付いてしまい、史書を編纂するインテリ層が主に貴族だったこともあり、数々の輝かしい業績に対して評価は辛辣であった。

 

 後世の皇帝の評価は兎も角として、皇帝やシンをつけ狙う暗殺者たちは優秀な影の暗躍により、その大多数が表舞台に立つことなく消されていった。

 影と呼ばれる裏仕事専門の兵を大々的に育成し、それを巧みに使いこなしたが、この影と呼ばれる者たちを組織する事を提案したのは、他ならぬシンであったと言う。

 この影のベースとなるものは忍者であることは明白で、皇帝はシンの話す忍者なるものを独自に研究、考慮した上で、既存の細作に加える形で影と言う組織を作り上げたのである。

 その初代頭領がアンスガーであり、今シンを護衛している者たちはアンスガーを始めとして、影の中でも有数の実力者揃いであった。

 ヴィルヘルム七世以降、歴代皇帝の手足となって影たちは要人警護、スパイ行為、暗殺など文字通り影働きを続けて行くことになる。

 アンスガーら初代以降は、影には孤児たちが多く含まれている。表向きには孤児の救済とも見えるだろうが、決してそれだけではない。

 影働きは危険が付きものであり、もしもの場合には家柄や門地などはかえって邪魔になりかねない。

 そういった方向から足の付きにくい者たちと言う事で、孤児たちが選ばれたのである。

 これを考えた皇帝もシンもとんだ悪党には違いないが、両者ともに自分の愛する者や国を守るためならば平気で両手を血に染める覚悟を決めており、卑怯者と後ろ指をさされようが、いくらでも甘受するつもりであった。

 一つだけ孤児たちに救いがあるとすれば、影となる時に自分の意志でなるかどうかを決めることが出来た。

 ただそれだけではあるが、それがあるだけでも影はこの時代の他の暗殺機関などよりは、随分とマシではあったのは事実である。


 今回のアンスガーの働きは、新設された影として最高の滑り出しとなった事について、皇帝は十分に満足を覚えており、影の軍団の一層の強化に注力していくことになる。



---


 一方、シンたちはと言うと……


「我がリヒャルト男爵領へようこそお越しくださいました。当主であるハイドリッヒの命により、シン殿の護衛をさせて頂きますわたくしは、マティウス・カンプと申します。以後良しなに」


 力信教総本山のあるリヒャルト男爵が治める地へと、足を踏み入れたところで待ち構えていた騎士団たちから熱烈な歓迎を受けていた。

 その中の数人の顔にシンは見覚えがある。かつてルーアルト王国との戦いで、義勇兵団ヤタガラスに所属していた騎士たちであることを思い出すのに、少しだけ時間がかかったのは、騎士たちが当時の無精髭を伸ばし放題にした姿では無かったためである。


「元気そうだな。当時と違って綺麗さっぱりとしているから、最初は誰だかわからなかったぜ」


 気安く声を掛けるシン、それを受ける騎士たちは同僚から羨望の眼差しを受けていた。

 時は正に戦国時代、いま現在の騎士たちは後世の騎士たちと違い、実力勝負の世界に生きている。

 その実力をわかりやすく表すものの一つが戦歴であり、国家間の大戦おおいくさで勝利の立役者となった部隊に所属していた彼らは、周りから一目置かれていた。


「団長、御無沙汰しております。陛下より伝書鳩で指令が届いておりまして……成功、急げと記されておりました」


 成功、急げ……聖剣の返還交渉が上手く行ったのでもう冒険者として偽装せずに直で力信教総本山へ行けと言う事か……


「了解した。では、すまないが護衛を頼む」


「はっ、我らリヒャルト男爵麾下の星鴉騎士団が必ずや無事に総本山まで送り届けますゆえ、どうかご安心なさって下さいませ」


 騎士団の旗印には鴉の絵が描かれており、その鴉の首筋には白い無数の星が刻まれている。

 シンが旗印を凝視していると、騎士団長であるマティウスが不安げな様子で話しかけて来た。


「あの……その……わ、我々の旗印に何かご不満な点でもございましたでしょうか?」


 シンはその言葉を受けてハッとして、周りを見回すとマテゥウスだけでなく他の騎士達も、どことなく不安げにそわそわとざわつき始めているのに気付いた。


「いや、鴉ってのは大抵が不吉の象徴とされているのに珍しいと思ってな……」


「ああ、それは……実はこの騎士団は、陛下の唱えられた軍正改革以降に設立された……つまり、あのスードニア戦役以降に作られた騎士団でありまして、シン殿の武勲にあやかりたいと、この地に生息している星鴉を旗印にさせていただいたものであります」


 周りを見ると、スードニア戦役に参加した騎士達が照れくさそうに笑顔を浮かべていた。


「そうか、光栄だな。鴉はとても賢い鳥で勇敢であり、時として自身より大きな鳥にも敢然と立ち向かって蹴散らすと聞く。この星鴉騎士団も賢く勇敢で、武勲に恵まれることを祈っている」


 その言葉を受けた星鴉騎士団は、マティウス団長以下全員でシンに対し最敬礼を捧げた。

 騎士団と合流したシンたちは、途中にある村々を飛ばして一路力信教総本山を目指して街道を南東へとひた走る。

 途中、リヒャルト男爵の館のあるこの領で一番栄えている街であるブローリンに立ち寄り、そこで男爵の招待を受けて館を訪れると、先程の騎士団とは比べものにならない程の熱烈な歓迎を受ける。

 長旅の疲れを癒すようにと、豪勢な料理と酒が振る舞われ、高級な羽根布団を配した寝室を宛がわれた。

 男爵の配慮を誰よりも喜んだのはエリーで、高級羽根布団の軽さと柔らかさに感動することしきりであった。

 シンはリヒャルト男爵に、先の戦で騎士を貸してくれたことに対し礼を述べて頭を下げる。

 男爵はその行為に驚き、逆に騎士達に箔が付いたと喜び笑った。


「では、礼と言う訳では無いのですが、一つだけ宜しいかな?」


「何でしょう? 私に出来る事ならいいのですが……」


 改まってにじり寄るようにして近寄って来る男爵に対し、シンは心中身構えながら次の言葉を待ち受けた。

 

 


 


 

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