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帝国の剣  作者: 0343
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付与魔法


「ゾルターンよ、魔法剣は見ずとも良いのか?」


 皇帝はゾルターンが本来の目的を果たしていないことに気が付く。


「それは大凡の予想は付いておりますれば……恐らく魔法剣とは武器にマナを流し、放出するものかと。そうではないかな?」


「そうだ」


 シンはあっさりと種を明かされたにも関わらず、悔しそうなそぶりはない。

 何故なら、魔法剣は例えやり方を知っていても、そのマナの消費量からいって並みの魔法使いでは扱えないからである。


「やはりそうであったか。武器にマナを留めおく付与魔法なら、儂も使えるでの」


「付与魔法? 付与魔法って何だ?」


 今度はシンの方が身を乗り出す。

 付与魔法はテレビゲームなどではお馴染みだが、シンは日本に居た頃からその手の物には疎い。

 

「付与魔法とは、見た方が早かろう」


 ゾルターンは杖を手に取り、それを掲げるともごもごと何やら呪文を唱え出した。

 呪文の詠唱が終わると、杖の先端が赤々と燃え上り、ゾルターンが杖を素早く振ってもその炎は消えない。

 ゾルターンが杖に向かって手を振ると、激しく燃え盛っていた炎はたちまちに消え、杖は焦げ目すらない元通りの姿に戻った。


「おお、凄い。昨日の龍の舌みたいだ!」


 シンの感嘆の声に気を良くしたのか、ゾルターンは誇らしげに微笑んだ後、付与魔法のやり方を教えた。


「竜の舌?……ああ、あの炎剣……左様、竜の舌は炎熱の付与魔法が組み込まれておる。あれはマナを通すだけで炎熱の付与魔法が発動するはずじゃ。付与魔法とは武器にマナを留め置き、そのマナを変化させるものじゃよ。お主ならば、コツを掴めば簡単に体得出来よう」


 シンは喜び、ゾルターン老に感謝の言葉を述べる。

 技の引き出しは多ければ多い方が良い、特にこの世界では戦う相手が人間だけとは限らないのである。

 シンとゾルターンのやりとりを黙って見つめていた皇帝は、ゾルターンを再び帝国に仕えさせる方法は無いかと必死に知恵を絞っていた。

 が、良い知恵は思い浮かばない。ならば、素直に赤心を晒すのみと腹を括った。


「ゾルターン老、近衛騎士養成学校のことは知っておるか? 余は魔法使いにも似たような養成機関を作ろうと思っておる。何れ帝国を、いや世界を襲う未曾有の危機に立ち向かうためにな。どうか老の力を貸して欲しい」


 その言葉を受けてゾルターンは考える。

 ゾルターンは現在二百二十三歳、エルフでも老境に入っている。

 今までの人生で培った知識や経験を、次の世代に伝えることも考えてはいた。

 それをしなかったのは、目ぼしい人材に出会えなかったからである。


「条件があります」


「何だ? 出来る限りの望みを叶えよう、遠慮なく申せ」


 ゾルターンはチラリとシンを横目で見た。


「儂にも魔法剣の開発に携わせることが一つ。二つ目は帝国に再び使えるのは良しとするも、自由に動ける役職であること。再び筆頭魔導士の役や、魔法師団長などになれと言うのであればお断り申し上げます」


「何故だ? 老の力量からいっても筆頭魔導士は当然ではないか?」


「現在の筆頭魔導士はパウル・フォン・ケルナー男爵であり、また魔法師団長はフーゴ・フォン・カルパネラ子爵であります。その両名には儂が魔法の手解きをした者であり、弟子の職分を奪うとあっては世に憚られます」


 皇帝はハッとして自身の浅慮を悔い、急いでゾルターンに相応しき役職は無いかと考える。

 黙って話を聞いていたシンは、ここで助け舟を出すことにした。


「ならばハーゼ伯爵と同じく、学校の校長をやって貰うのはどうだ?」


「ハーゼ? ヴァルター・フォン・ハーゼのことか? ほう、息災とは聞いておったが、今はそのような役に着いておったか」


「ハーゼの爺さんを知っているのか?」


「知っているも何も、ヴァルター坊やに魔法を教えたのは儂じゃよ」


 ゾルターンの口からヴァルター坊やと聞いたシンは、思わず吹き出してしまう。

 そんな二人を見ていた皇帝は、決断を下した。


「よし、余は決めた。元々計画しておった魔導士養成学校を、当初の予定より繰り上げて設立することにする。ゾルターン老よ、そなたを魔導士養成学校の校長に任じたいのだが、どうであろうか? 魔法開発に関する設備も今以上に整える予定だが」


 ゾルターンは考え込む。今でも個人として魔道を極めるべく日々研鑽を積んでいるが、個人でやるには矢張り限界というものがある。

 だが、かと言って国家に属するのが最善という訳では無い。無用なしがらみや掣肘を受ける恐れや、戦争、宮中の謀略などに巻き込まれる恐れがある。

 だが……ゾルターンは又もやチラリと横目でシンを見る。

 ――――帝国に仕えれば、この者との接点を維持する事が出来よう。この者が神より授かりし知識は、マナの増加法だけではあるまい。現に詠唱をせずに魔法を唱えておる。ならば――――


「わかり申した。魔導士養成学校の校長の役、お引き受けいた致します」


「おお、おお、感謝するぞ老よ!」


 皇帝の喜び方は尋常では無い。それには幾つかの意味がある。

 先ずは魔導士養成学校の校長の人選に迷う事が無くなったこと。現時点でゾルターン以上の人材は帝国には居ないであろう。

 次には政治的プロパガンダ的な意味合い。先代皇帝の愚かな政策を、引き継いではいないのだということのアピールすることが出来る。

 そして個人的には、暗愚な父親の失態の尻拭いが出来たこと。


 上機嫌である皇帝をよそに、シンとゾルターンは魔法に関する話を繰り広げていく。


「付与魔法が掛かっている武器というのは、竜の舌以外にもあるのか?」


 シンの問いにゾルターンは頷き、皇帝の腰を指差した。


「あるぞい。ほれ、そこにな」


 皇帝の腰に履いたるは、国宝である緑雷グリューン・ドンナーである。

 指差された皇帝も、自身の腰に履いている宝剣を見る。


「緑雷はマナを通せば雷を纏う。他にも宝物庫に幾つかあったのぅ……ああ、そうじゃ、月光モーントシャインとか……あれはどんな効果だったか……ちと、思い出せんが確かそうであったはずじゃ」


「月光! それは俺の仲間が拝領した剣だ。そうか、あれもか……見た目からして名剣だろうとは思っていたが、レオナに伝えたら驚くだろうな」


 後に判明した月光の効果は、相手を眩惑させるといったもので、その効果を受けてしまうと剣先が二本にも三本にも見えて惑わされてしまう。

 強い意志や、衝撃によって効果は解けてしまうが、初見でそれを見破るのは難しい。

 だが強い効果には代償があり、効果を引き出すために使われるマナは竜の舌などに比べると遥かに多く乱発は出来ない。

 持ち主のレオナは、この効果と自身の精霊魔法を駆使した剣術で数々の強敵を打ち破り、後に月光のレオナ、眩惑剣のレオナなどと呼ばれるようになる。


「その学校というものも風聞にて聞いたのみで、どのような物かは知らぬゆえ、近いうちに一度見てみたいのじゃが。ヴァルター坊やにもしばらく会っておらぬしのぅ」


 それならばと、後日ゾルターンはシンを伴って近衛騎士養成学校を訪れて、授業を見学する事になった。


「シン、お主には魔導士養成学校の教員としても働いてもらうぞ。良いな?」


「おいおい、騎士養成学校だけでも手に余るのにそいつはちょっと……」


「いや、これは決定事項だ。大体にして、魔法剣の第一人者はお主であろうが。それに先程見せた魔法といい、お主には魔法の才にも恵まれていることがわかった以上、やって貰うほかない」


 皇帝の目から強い決意を感じ取ったシンは、渋々ながらも頷かざるを得なかった。


 

 

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