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帝国の剣  作者: 0343
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帝都への帰還と動き出す新たな策謀


「せーの、それ!」


 シンと他数名の屈強な男たちの掛け声と共に、馬車の車輪はぬかるみから脱した。

 あれから三日三晩降り続けた雨は、街道のあちらこちらに泥土の沼を築き上げた。

 ぬかるみに嵌らぬように慎重に行軍するが、それでも日に何度かこのように馬車の車輪がぬかるみに嵌り、その度に全身を泥だらけにしながら馬車を後ろから押さなければならなかった。


「こりゃまいったな、帝都に戻る前にドーナ川に寄り道して、泥を落とさないといかんな」


「はい、この速さですと帝都に着くのが大分遅れますな……致し方のないことではありますが」


 シンとヨハンは互いの泥まみれの姿を見て、大きな溜息をついた。

 足に纏わりつく泥土は、行軍速度を著しく低下させ、兵馬の疲労を増大させる。

 後にこの事を皇帝ヴィルヘルム七世に伝え、石畳にした方がいいのではないかと軽い気持ちで進言するが、その言葉に皇帝は強い反応を示して早速帝国の主要街道の総石畳化を計画すると、反乱を起こした貴族たちから没収した財貨を使って工事を始めた。

 城や離宮をつくると言うのではなく、街道の整備は民にも恩恵が大きいためこの工事はすんなりと民衆に受け入れられた。

 大規模な雇用を造り出した事も評価され、軍事、民事共に多大な恩恵をもたらしたこの事業は、ヴィルヘルム七世の御代では終わらず、一応の終わりを見せたのは孫の代になってからであった。

 

 ふと空を見上げれば、何重にも交差した虹の橋が空に掛かっており、その美しさに皆足を止めて感歎の声を上げた。

 厳しい自然が時折見せる雄大な美しさは、歳や性差、人種などあらゆる差異に関係なく人々の心に沁み込んでいく。


 途中で街道を外れ、ドーナ川に立ち寄り泥を落とし身を清めた一行は、当初の予定より三日遅れで帝都の門を潜る事となった。


「お待ちしておりました、巡察士どの。陛下の命により、巡察士殿が帰還し次第宮殿に連れてくるようにと命を受けておりますれば」


 門の守衛長のその言葉にヨハンらは身を固くするが、シンは普段と変わらずと言った様子で守衛長の指示に従った。


「カイル、明日皆で無事の帰還を祝おう。済まないがそのための買出しを頼めるか?」


 そう言って銀貨や銅貨が入った小袋をカイルに放った。

 それを受け取ったカイルは、頷くとその小袋をパーティの会計を務めているエリーに渡す。


「では陛下に呼ばれているので行って来る。どうせ報酬を貰いに行かないといけないわけだしな」


 宮殿に向かうシンを見送った後、カイル達は市場へと買出しに向かった。



---



「陛下、巡察士殿御帰還されました」


 近侍の声に皇帝はびくりと肩を震わせる。


「ここに通せ」


 執務室には皇帝の他、宰相と各大臣たちが詰めており、それぞれの机の上に束ねられている書類と格闘を繰り広げていた。


「陛下、巡察士シン只今帰還致しました」


 執務室に入ったシンは、皇帝の机の前に行き跪いて首を垂れる。

 鼻に付くインクの匂いを嗅いだシンは、帝都に戻ってきたことを改めて実感した。


「うむ、ご苦労。早馬にて任を達したことは聞き及んでおる。だが、卿の新北東領での行動には幾つかの疑問がある。仔細を聞かせよ」


「はっ、我ら碧き焔と三教団の司祭が共に新北東領に入り目的地であるウォルズ村に向かいましたところ……」


 シンは跪いたまま新北東領で何が起き、何をしたのかを語った。

 ディーツ侯爵の甥であるキュルテン準男爵が勝手に徴税を課していたと言うと、大臣たちからも驚きの声が上がった。

 また民衆を害していたと聞いた皇帝は、眉を跳ね上げ奥歯をきつく噛みしめながら、ディーツ侯爵をきつい口調で詰った。


「愚かとは思うておったが、これほどまでとはな! よろしい、ディーツ侯爵家、キュルテン準男爵家共に取り潰しとする」


 ケルヴィンという騎士を籠絡してディーツ侯爵に近付いて侯爵を斬り、コンディラン伯爵を取り込んで後を任せた事を語ると、今度は宰相が無言でシンを睨んだ。


「その身を守るためとはいえ、陛下の御威光を使い策謀を巡らしたる罪は免れません。よって自ら官を辞することに致します」


 シンの言葉に思わず皇帝は飛び上がってしまう。

 一方の宰相や大臣は、自身を罰する事の出来る人間であるとシンの誠実さに驚いていた。


「ま、待て、待て、待つがよい! 確かに卿の言う通り越権行為ではあるが、その状況にあっては致し方ないことと思えるが……」


 皇帝の懇願するような視線を受けて、宰相は思わず小さな溜息をつく。


「陛下、越権行為は事実であり、事実である以上罰を与えねばなりますまい。ですが、侯爵の不正を暴いた功は大きく、功罪差し引いてしばらくの間は謹慎と言う事で如何でしょうか?」


 宰相の助け舟に、皇帝は目を輝かせながら首を縦に振る。


「そうだな、それがよかろう! 巡察士シン、卿にしばらくの間謹慎を命じる。と言いたい所であるが、そうもいかぬ……卿に会いたいと言う者がおってな……そうだな……よし、卿に改めて罰を与える。今回の卿の報酬金貨百枚は無しだ。任に就いた他の者達への報酬は自腹を切れ、それで良しとする」


 チラチラと宰相の方を覗うが、宰相は異を唱えないのでほっと胸を撫で下ろす。

 シンは首を垂れ、再び謝罪の言葉を述べると執務室を後にする。

 執務室を出たシンは、近侍の者に案内されいつもの応接室へと案内をされた。

 小一時間ほどして、応接室に皇帝と宰相が入ってくると、シンは再び床に跪いた。

 皇帝は自らその手を取って、立ち上がらせると席に座る様に促す。

 シンが椅子に座ると、皇帝、宰相共に先程までの緊迫した雰囲気はない。


「先ずは、無事の帰還を祝おう」


 皇帝自らワインをグラスに注ぎ、シンへと手渡す。

 恭しく受け取るシンに対し、皇帝は普段通りにして良いとだけ告げた。

 それから三人で、新北東領の情報に対する検討を始める。


「そうか、ディーツの奴の後釜を狙ってコンディランとローレヌが牽制し合っているのだな?」


「ああ、今頃は互いの後ろ暗いところに探りを入れあっている事だろう」


「しかし、シン殿に謀略の才があるとは驚きましたな」


 宰相が再びシンを危険視するのではと皇帝は内心ではらはらとしていたが、その言葉に棘の様なものが含まれていないの知り安堵した。


「非常の際の苦し紛れに過ぎない。仲間と近衛を守るためにやむを得ず……直接剣を交える方が自分には性に合っている」


 苦し紛れの策に過ぎないと自ら評すシンに、この様子なら悪戯に策を弄することは無いであろうと宰相は好感を抱く。


「ふ~む、すると両伯爵から互いの不正の報告を余は受ける事になるのか、これは痛快だな。両家とも心置きなく取り潰せるではないか」


 皇帝は破顔一笑、だがその笑みは黒い。


「騎士ケルヴィンには、コンディラン伯爵の不正の情報を集めるように焚き付けておいたが、戻って来たら少し面倒だな」


「問題無い。戻って来たら士爵位でもくれてやれば良い。お主から聞く話では器量良しとは言えぬゆえ、領地経営で行き詰るであろう。それを理由にして爵位を剥奪すればよい。愚かな領主など国にとっても民にとっても不要であるからな」


 シンはほんの少しだけケルヴィンに同情したが、本人の力量次第ではさらなる栄達も余地もありうると知ると心のつっかえが一つ取れた気がした。


「エドアルド、至急西部の貴族を纏める者たちの人選をせよ。以前のように侯爵一人に権力を集めるような体制は敷かぬように」


「はっ、コンディラン、ローレヌの両家も潰すとなると……そうですな……幾つか候補がおりますが、念のためにもう一度良く調べることに致します」


「うむ。新北東領絡みはそれで大体片付いたな、北東領自体の復旧はまだまだ時間が掛かるであろうが……それでな、シンよ……お主にやってもらいたいことがあるのだが……」


 珍しく言いよどむ皇帝に、シンは首を傾げた。


「何だ? 俺に出来る事なら何でもするぜ」


「そ、そうか? では頼むとするか。シン、力信教と星導教の総本山に行き、例の神託を聞かせてやって欲しいのだが……」


「陛下、先ずは帝国の現状から説明した方がよろしいかと」


 そう言って宰相は机の上に地図を広げた。


「そうだな、そこから始めたほうが良いな」


 どうやら今日の帰宅は遅くなりそうだと、シンは皇家に伝わる詳細な地図を眺めながら心の中で帰りを待つ皆に詫びた。



 

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