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帝国の剣  作者: 0343
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「へっくしょん、ちくしょう! もうちょっと待ってくれればなぁ」


 唾を飛ばし鼻を啜りながら悪態をつくのは竜を殺したと呼ばれる男。

 その隣には片腕の少年が、寒さに歯を打ち鳴らしている。

 城代に案内された部屋の暖炉に、シンは魔法の炎で火を熾していく。

 湿気を含んだ薪には、簡単に火が点かない。シンは火炎放射フレイムスローワーの魔法に切り替え、威力を調節しながら炙って水気を飛ばしていく。

 数分後、パチパチと音を立てて燃え盛る暖炉の前で、シンとカイルは身を寄せ合うようにして暖炉に向かって手を翳していた。


「ふぅ、暖かい。カイル、火を見ていてくれ。俺は他の部屋の暖炉を見て来るから」


「はい」


 カイルを部屋に残し、先ずはレオナとエリーの居る部屋に行く。

 ノックもそこそこに扉を開けると、下着姿の二人が盛大な悲鳴を上げながら挟み込むようにシンに平手打ちをかました。


 先程と同じように、火炎放射で薪の表面を軽く炙ってから火を熾す。

 両頬に真っ赤な手痕をつけながら、仏頂面で黙々と火熾しを続けるシンに、レオナとエリーは謝りながらもデリカシーの無さを詰った。

 

「下着姿なんて今さらだろ。しかし、エリーは成長したよなぁ」


 そう呟くシンの背に強烈な蹴りが叩き込まれる。

 思わず暖炉に頭を突っ込みそうになったシンは、抗議の声を上げながら振り返るが、二人の冷たい視線を受けて口を噤み、黙々と火熾しの作業へと戻った。


「……じゃあ俺は行くから、後はよろしくな」


 シンが部屋を出て行くと二人は素早く着替え、部屋に縄を張って濡れた服を干していく。

 レオナは服を干しながら、ちらちらとエリーの姿を盗み見ると、シンの言う通り出合ったころとは比較にならない程の、豊満でありながら引き締まった美しいプロポーションが目に映る。

 エリーに気付かれないように、そっと視線を外して自分の身体を見て見るが、そこには去年と全く変わりがなく、思わず深い溜息をついてしまう。


 ハーフエルフの寿命は人間の倍ほどと言わている。人間の普人種の寿命を七十五歳とすれば、ハーフエルフの寿命は百五十歳、エルフは更にその倍の三百歳ほど。

 亜人と呼ばれている獣人やゴブリン、オークなどは普人種と差して変わりが無いが、ドワーフは寿命が若干長く、百二十歳くらいだと言われている。

 

 また成長スピードにも種族差があり、獣人は大人になるのが早く若い肉体を維持する期間が長い。

 ドワーフは老け込むのが他の種族より早いが、死ぬ寸前まで力が衰えることが無いと言われている。

 エルフは普人種の三倍の遅さで成長し、年老いても痴呆にならないと言われている。

 レオナのようなハーフエルフは、青年期までは普人種のように成長し、その後は成長スピードは衰えて人間の倍の遅さになると言う。

 普人種は誰もが若さを保ち続ける彼らを羨むが、当人たちは自らの肉体の中途半端さに苦悩する事が多い。

 普人種と結ばれると、確実に相方の方が先に亡くなってしまう。

 それだけなら未だしも、ハーフエルフと普人種の子供は全て例外無く普人種となるので、下手をすると子供の死を看取ることになる。

 またエルフと結ばれると、確実に自身の方が先に老いて死ぬので、敬遠されることが多いと言われている。

 実際に、愛する人に先立たれ一人残される恐怖や、先に老いて死ぬ絶望に堪えらずに、心を病む者も多いと聞く。

 中途半端な成長速度といい、どの種族とも噛みあわない寿命の問題、この二点は合いの子という事実と相まって普人種からもエルフからも忌避され、差別の対象となっていた。

 特にエルフの方は普人種よりも排他的で、ハーフエルフを侮蔑の対象として忌み嫌っていた。


 城塞都市カーンへ着く直前に、激しい春の暴風雨に晒された一行はカーンに着くと早々に、ヨハンが城代に事前に用意させていた指揮官用の官舎へと駆け込んだ。

 カーン周辺は春先は天候が悪いことが多いと、鍵を預かっている兵士に聞いたシンは、一昨年の防衛戦時のことを思い出す。

 ――――そういえば、あの時も雨が降っていたな……


 身体を温めて、食事を取り一息入れた後でヨハンらと協議し、休息を兼ねて雨が完全に止むまでカーンに留まる事に決めると、シンは倒れ込むようにベットに横になりまるで死んだかのように静かに眠りに着いた。

 長旅と慣れない事をしたせいか、疲労の蓄積は自身が思っているよりも多く、翌日の朝まで目を覚ます事は無かった。

 シンだけでは無く、レオナやカイル、エリーもまた同じように疲れ切った身体をベッドに横たえて、深い睡眠を取って疲労の回復に努める。

 三人の司祭たち、軽騎兵隊も例外なく疲弊しており、あてがわれた官舎は夕食の後は物音ひとつせずに静まり返っている。


 翌日、風はおさまったが雨はそのまま降り続けている。

 鉛色の厚い雲に覆われた空の下、カーンには雨音以外の音は聞こえず、朝だと言うのに夕闇のように薄暗い。

 普段より遅めに目が覚めたシンは、久しぶりのベッドの感触をたっぷりと堪能していたが、空腹感に突き動かされ温かな寝床に別れを告げる。

 一度目覚めた身体は容赦なく空腹を訴え続け、引っ切り無しに腹を鳴らし続ける。

 

「おっ、ようやくお目覚めのようじゃな。まぁ無理もない、食事の用意はしてあるぞい」


 トラウゴット司祭の手にある杯から、上品な赤ワインの香りが漂っている。

 レオナやエリー、アマーリエはワインに蜂蜜を垂らして温めたホットワインを美味しそうに啜っている。

 春先の雨のせいで気温はぐっと下がり、室内であっても肌寒さを感じてしまう。

 司祭が新しい杯にワインを注いでシンに渡した。

 鼻腔に入り込む赤ワインの香りに反応して、シンの腹が盛大な音を立てて周りに空腹をアピールすると、エリーは笑いながら、湯で一度柔らかく戻してから再び炙った干し肉をスライスした黒パンに挟んだサンドイッチのような物を手渡してくる。

 シンは例もそこそこに、二口でそれを平らげると、乾いてぱさぱさの黒パンを胃に流し込むかのようにワインを一気に呷った。


「ふぅー、美味かった。ありがとう。ところでカイルとアヒム司祭は?」


「あの二人なら厩舎へ馬たちの世話をしに行ったぞ」


「カイルは兎も角、アヒム司祭にまでそのようなことをさせてしまっては」


 トラウゴット司祭は手を振ってシンの言葉を遮り


「なんのなんの、儂らとて馬車を引く馬たちには感謝しておる。世話をするのは当然の事、気に致すな」


 と笑いながらシンの空になった酒杯にワインを注いでいく。

 なみなみ注がれたワインを、一息に飲み干すと司祭が更に注ごうとするのを断って、ヨハンたちの泊まっている隣の官舎に顔を出す。


「おはよう。この分だと止みそうにないな、今日一日休息日にしよう」


「おはようございます。そうですね、その方が良いでしょう。兵たちも馬も疲れ切っておりますし、出来れば後二、三日は脚を休ませたいですね」


 二人で今後の行軍予定を立てていると、扉が勢いよく大きな音を立てて開け放たれる。

 外からの雨の湿気を含んだ冷たい風が、室内に入り込み一気に室温が下がり、シンとヨハンは思わず身を震わせた。

 

「大変だ! 団長が反乱を起こした! って噂が帝国中に広まっているらしい」


 雨に濡れて、水も滴るいい男をその身で表しているフェリスの話を聞いて、ヨハンとアロイスは思わず机に両手を突いて立ち上がった。


「何! どういうことだ? あと寒いからさっさと扉を閉めろ!」


 フェリスは言われた通りに、後ろを向いて扉を閉めるとその頭に、アロイスがタオルを投げた。

 頭に被せられたタオルで頭をごしごしと拭いたフェリスは、タオルの発する異様な匂いに気付きアロイスを詰った。


「おい、アロイス! これタオルじゃなくてさっきまで剣を磨いていたぼろきれじゃねーか!」


「それで十分だ、さっさと話を聞かせろ」


 ぶつくさと一通りの文句を垂れた後、椅子に座り聞いた話の詳細を述べた。


「いや、さっき物資の買い付けに帝都から来た商人と話をしたんだが、なんでも帝都じゃ団長が帝国に反旗を翻したと大騒ぎになっているらしいんだわ」


「馬鹿な! 陛下は、陛下はどうなされておる?」


 ヨハンが珍しくうろたえる様を、室内の一同が驚きの目で見る。


「いや、詳しくはわからないが討伐軍が編成されたとかは無いみたいだ」


 それを聞いてやっとヨハンは肩の力を抜いて、椅子に座りなおした。


「一応念のために、早馬を出しておきますか?」


 ヨハンの問いにシンは首を横に振った。


「ここまで来れば帝都までは左程の距離では無い。早馬を出さずとも十日もあれば身軽な俺たちなら帝都に着くし、フェリスの言葉を信じるなら何のも問題は無いさ」


 そう言ったシンの目は帝都のある方向を向き、おそらくわかってくれているであろう友の顔を脳裏に思い描いていた。

感想、評価、ブックマークありがとうございます。

感想の返事は近日中に必ず致します。

皆さんは花粉症、どうでしょうか?

私は目が痒くて、目薬を差してもダメでウサギのように真っ赤な目になっています。

鼻も完全に詰まってしまい、二日でティッシュの箱がひと箱無くなってしまう程、しょっちゅう鼻をかんで真っ赤になってしまいました。赤目に赤鼻、文字だとかっこいいですけど現実はとほほです。

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