帰路に着く
「師匠、よくぞ御無事で……お帰りなさい!」
見張りについていたカイルは師の無事な姿を見て、ほっと胸を撫で下ろした。
人数を数えると、出発時より一人足りない。
そのことを尋ねると、騎士ケルヴィンは城塞都市ハスルミアに残ったと聞かされる。
ウォルズ村に着いたシンたちと、村に待機していたレオナたち碧き焔と軽騎兵隊は、互いに現状報告をし合って、情報の共有化を図った。
「上手く行ったようですな。こちらも埋葬が終わって、鎮魂の儀を終えて簡素ではありますが碑を建てて霊たちを慰め、土地を清め終えております」
「そうか……手伝ってもらったうえに、任せっきりで済まない。その場所に案内して貰えるか?」
ヨハンと共に碑を訪れたシンは、村に帰って来る直前に摘んだ花と帝都より持参したワインを供え、跪いて黙祷を捧げた。
三人の司祭に礼を述べ、ウォルズ村を後にして帝都への帰路に着くことを伝えると、三人もどこかほっとしたような顔を見せた。
「トラウゴット司祭、アヒム司祭、アマーリエ司祭、ありがとうございました。これで、ウォルズ村の村人達も無事に成仏出来るでしょう」
「いやいや、なんのなんの。しかし話に聞くとは大違いじゃな、ここまで酷いとは思っても見ませなんだ」
「私も覚悟はしていたつもりですが……新北東領の再建はまだまだ時間が掛かりそうですね」
「わたくし、帝都に戻りましたらこの目で見たままを報告し、総本山にもお伝えして助力をお願いしてみようと思っておりますわ」
トラウゴット、アヒムは最初から変わらないが、アマーリエはすっかり変わってしまった。
最初はピクニック気分だったのだろう。だが厳しい現実を目の当たりにし、その荒波に多少揉まれたせいか、高飛車のままではあるが険は取れており、前のような不快な感じはしない。
自ら行動する事で何か感じ得たものがあったのだろうか? エリーの話では、下手だが食事の用意もするようになったし、夜の見張りもきちんとこなしていたとの事であった。
いつの間にか他の二人の司祭とも打ち解けており、鎮魂の儀も三人で協力して見事に魔を払ったと、レオナもその働きぶりを認める程である。
このアマーリエとは帝都に帰還し別れるが、後日思わぬ形で再会する事となる。
「それでこれからどうするのです? カーン周辺にはローレヌ伯爵が未だに陣を敷いていますが……」
「ふふふ、コンディラン伯爵から貰った通行許可書は役に立たないだろうなぁ。んじゃまぁ、仕上げと行きますか」
ウォルズ村での役目を終えたシン達は、素早く出立の準備をする。
村を振り返り、名残惜しそうな顔をしているカイルの頭をそっと撫でると、その瞳から一筋の涙がこぼれ頬を伝った。
「さぁ、行きましょう!」
腕で涙を拭ったカイルは、殊更に声を張り上げて街道へと足を進める。
から元気でも無いよりはマシと思ったシンは、応と答えて弟子と並んで歩く。
「師匠、このまま進んでも大丈夫なんですか? そのローレヌ伯爵に襲われたりはしないのでしょうか?」
「大丈夫だ。今更俺の首を獲ったところで何にもならん。首を欲しがっていた侯爵が最早この世にはいないのだからな。ほっといてもいいんだが、帰り道を塞いでくれた礼はしてやらないとな……カイル耳を貸せ」
言われた通りにし、シンからこれからの計画を聞かされたカイルは、話が進むにつれて眉間に皺を寄せていく。
「師匠……それじゃ、下手をするとコンディラン、ローレヌの両伯爵は共倒れになってしまうかも知れませんね」
「ああ、そうなりゃ最高だよな。ふふふ」
いたずらっ子のような微笑を浮かべながら、どぎつい謀略を仕掛けようとしているシンを見たカイルは、普段の武人らしい姿とのギャップに一人困惑してしまう。
だが、シンの策無くして無事に帝都に帰る事は叶わなかったであろう。
カイルが何処でそういった知恵や知識を学んだのかと問うと、故郷の書物からと、どこか遠い目をしながら寂しそうに答えた。
師が初めて見せたその寂しそうな表情を、カイルはいつまでも忘れることが出来なかった。
皆の前でシンに接吻をしデートの約束を取り付けたレオナはというと、シンが近寄ればそそくさと逃げ、話も必要最低限以外の事は話さず、目が合えば顔を赤らめさせて姿を隠すという体たらくであった。
シンも恋愛などはしたことがなく、どうしてよいかわからない。
誰かに相談しようかと考えたが、誰に相談して良いかすらわからぬ始末である。
初心な二人を遠くから見守っていたエリーは、最初の内は応援していたが、二人の距離が縮まらないことに段々と苛立ちを募らせ、遂に堪えきれずにレオナを捕まえて説教を始めた。
「あのねぇ、あそこまで大胆な事をしておいて、今更恥ずかしがってるんじゃないわよ! それと、まだ仕事は終わっていないのよ、油断は禁物でしょ。どうせその様子じゃ進展なんてしないんだから、恋愛は帝都に帰ってからにして、今は仕事に集中しなさいよ」
エリーの言った、どうせ進展なんてしないと言う言葉が、レオナの脳内に木霊する。
半分抜け殻のようになってしまったレオナに喝を入れ、宥めすかして仕事に復帰させると、エリーの心身に言いようも無い疲れがどっと出てくるのであった。
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「団長、そろそろローレヌ伯爵の敷いた警戒網に引っかかりますぜ」
先行偵察に出ていたフェリスが、騎兵の往来した痕跡を幾つか発見したと報告する。
ウォルズ村を出てから、時折草原オオカミの姿が見えるだけで、魔物からも賊からも襲われずに、新北東領の出入り口である城塞都市カーンへと順調に街道を進んで行った。
ケルヴィンと同時に捕えた九人の騎士達は、剥ぎ取った装備と馬を返却し水や食料を持たせて放逐した。
解き放たれた彼らは、一路東へ城塞都市ハスルミアの方向へと姿を晦ませていった。
「堂々と行くぞ。伯爵との交渉は俺がやる。二年前より多少は演技が上手くなったと思うが……簡単に引っかかってくれないかなものかなぁ」
「ぷふっ、まぁ団長は役者だけは目指さない方がいいですぜ。上手すぎるよりかは下手くその方が、真実味があるので大丈夫じゃないですかね?」
シンのぼやきにフェリスが笑いながら答える。
ストレートに下手くそと言われたシンは、顔を顰めつつむくれて見せるが、周りの誰からのフォローも無いことを知り、ガックリと肩を落とした。
それから二日後、ローレヌ伯爵麾下の騎兵隊と遭遇したシンたちは、激しい睨み合いと幾ばくかの問答の末、伯爵との面会の機会を得ることが出来た。
「貴様が竜殺しのシンか、やってくれたな……侯爵閣下を害したてまつるとは、許しがたい行為である。貴様を捕え裁判に掛けるゆえ、大人しくお縄につけ」
通された天幕の中央に、頭の禿げあがった背の低い初老の男が椅子にふんぞり返っている。
この見るからに尊大さが滲み出ている男こそ、ローレヌ伯爵に他ならない。
またこのタイプかとシンは内心で舌打ちをする。
「何を悠長なことを言ってやがる。ローレヌ伯爵……伯爵はいま現在の自分の置かれている状況がわかっていないようだな」
シンは敢えて徴発してみることにした。これによって相手の反応を見てから、話の進め方を決めようと考えていた。
「ふん、平民が陛下の寵愛を受けているからと言って、偉そうにしおってからに……」
鼻で笑い、まるで汚物でも見るかのように目を細めた伯爵を見て、シンは模索していたアプローチの方向性を決定した。
貴族特有の選民意識による傲慢さを見せた伯爵に、プライドを刺激して野心に火を点けるように話を持っていく。
「おいおい、そんな事言っている場合かよ……伯爵がここに留まっている間、ハスルミアのコンディラン伯爵は着々と権力の掌握に努めていることだろう。これがどういうことだかわかるか? コンディラン伯爵はディーツ侯爵の役をそのまま引き継ごうとしている。即ち、西部の貴族の棟梁になるつもりだろう。その一番の邪魔者であるローレヌ伯爵、あなたをどんな手を使ってでも排除しようとするはずだ。それに対抗するには、伯爵もコンディラン伯爵の弱みを握るしかない。そうではないか?」
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