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帝国の剣  作者: 0343
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城塞都市ハスルミア


 十一の騎兵が土埃を上げながら街道を真っ直ぐに、城塞都市ハスルミアを目指して進んで行く。

 先頭を走る騎士の鎧にはディーツ侯爵家の紋章が刻まれており、銀で細工を施されたそれは、陽光をキラキラと反射させ、遥か遠くからでもその存在をアピールしている。

 その先頭を走る騎士が片手を上げて馬の足を緩めると、付き従う騎兵たちも同じように馬の速度を落としていった。


「もうすぐヴォール男爵の設けた関所があります。巡察士殿、準備を」


 鎧にディーツ侯爵家の紋章が刻まれている男、騎士ケルヴィンが馬の足を完全に止め、振り返りそう告げると、シンは頷いて自らの首にロープを掛けた。

 首に掛けたロープの先端をフェリスが持ち、更にシンの後ろに回した両手をアロイスが縛り上げていく。


「よし、準備完了だ、このままゆっくりと関所へ進むぞ、。騎士ケルヴィンは打ち合わせ通りに頼む!」


 ゆっくりと侯爵討伐隊は馬を歩かせ、一時間ほどしてヴォール男爵麾下の騎士が守る関所へと到達した。

 

「止まれ! ここを通りたかったら一人銀貨一枚、馬は銅貨五十枚払うんだ!」


 関所と言ってもそれらしい建物があるわけでは無い。

 街道脇に兵たちが寝泊まりするテントと、街道を塞ぐように配置された柵が置かれているだけである。

 シン達の姿を見た騎士が声を上げると、テントの中からわらわらと兵たちが武器を携えて出て来る。

 その数は凡そ四、五十人であろうか? どうやら一個小隊がここで違法な徴税を行っているようである。

 シンはブーストの魔法を唱え五感を強化し、テントの中の様子を覗う。

 だが、キュルテン準男爵の時の様な血の臭いは嗅ぎ取れず、また精臭もしなかった。


「おい、貴様! そいつは何だ?」


 ケルヴィンの背後を指差し剣を引き抜きながら、一人の騎士が近付いて来る。

 指を差された男、シンは後ろ手に縛られ、首に縄を掛けられている。

 その顔には幾つもの痣があり、鼻や口から流れ出た血は黒く乾いて肌にこびり付いている。

 それを敢えて騎士ケルヴィンは、尊大な態度を取って胸を張ったまま無視をする、いやこれは演技では無く、ケルヴィンの地の部分そのままが表れているのかもしれない。

 ケルヴィンの態度が気に障った騎士は、片手を上げて兵たちに合図を送った。

 兵たちは三日月状に反包囲するように一行を取り囲むが、シン達は誰一人動揺を表しはしない。

 騎士が次の指示を出す前に、ケルヴィンが自身の着る鎧の胸に刻まれた紋章を指差しながら名乗りを上げた。


「御役目ご苦労、某はディーツ侯爵直属の騎士ケルヴィンと申す」


 その一言で、まるでリトマス試験紙の色が変わるかのように、騎士を始め兵たちの顔色と反応が一気に変わった。

 

「侯爵閣下の……おお、その紋章、間違いない。これは失礼致しました、で、その男は?」


 おずおずとした上目づかいで、ケルヴィンの背後にいる虜囚そのものといったシンの素性を問う。

 男の上目遣いなど気味が悪いと、ケルヴィンは顔を顰めながらこれまた尊大に答える。


「ハスルミアに連行する犯罪者だ。それよりも急いでいる、通らせてもらうぞ」


 言うや否や一行は馬を軽く蹴って先へ進もうとする。

 騎士や兵たちは慌てて進路から退き、柵を動かし道を開けた。

 悠々と去って行く一行の背を見送りながら、騎士を始め兵たちはぼやいた。


「ちっ、付いてねぇなぁ。久しぶりの獲物だと思ったのによ!」


「仕方ねぇさ、人通りの多い所は大貴族様が抑えているからな。馬鹿くせぇ、早くこんな貧相な土地とおさらばして、とっとと故郷くにに帰りたいぜ」


 一通りの悪態と呪詛の言葉を吐いた兵たちは、再び中断された昼寝や賭けカードへと戻って行った。



---



 シン達はその後も侯爵の威光を振りかざしながら、次々と検問や関所を突破していく。

 その進路はハスルミアへと向かっているものの、一直線という訳には行かなかった。

 ケルヴィンは、大貴族やデイーツ侯爵のテリトリーには絶対に近寄らないように、時間を掛けてでも慎重を期し、なるべく爵位の低い貴族のテリトリーを選んで、街道を縫うようにして進んで行く。

 

 時間を浪費しながらも遂にすべての関門を突破し、一行は今、そびえ立つ城塞都市ハスルミアの巨大な城壁を遠目に見つめている。


「あれが城塞都市ハスルミアか……城塞都市ガモフィスやカーンより壁が高いな」


「ルーアルトの頃は北方辺境領の主都的な街だったそうで……帝国に下った今は辺境伯も追い出されてエンラントの街に移ったとかなんとか……」


 段々と近付いて来る巨大な城壁は、高さ八メートルはあるかと思われた。

 積み上げられた城壁の下の方には、薄っすらと苔が生しており城壁の色とコントラストを織りなしており、ある種の美しさを醸し出している。


「さて、最終関門だ。ケルヴィン卿、頼むぞ!」


 ここに来てケルヴィンは臆したのか、顔から引っ切り無しに汗を掻き、体は時折小刻みに震えている。

 シンが今までのように騎士ケルヴィンと呼ばずに、卿と呼んだ事に気が付いた彼は、その顔に欲望に滾った笑みを張りつかせて城門へと馬を進めて行った。


「おお、騎士ケルヴィンではないか。戻って来たのか……して、その男は?」


 幸いにして門を守る騎士の一人がケルヴィンの知り合いであった。

 胡散臭げなにシンを見る騎士に、ケルヴィンは大した奴ではないと笑いながら言う。


「なに、こいつは金を盗んで脱走しようとしてな、騎士故に裁判を受けさせるために、ここまで遥々運んできたのだ。通ってもいいか?」


「なるほど、不逞な輩め! 脱走は死罪、だがまぁ騎士の称号を剥奪され鞭打ちってとこだろうな。通っていいぞ、返ってきたなら近いうちにやらないか?」


 騎士はわらいながら懐からダイスを取出して、手のひらで転がして見せた。


「そうだな、こいつを引き渡して落ち着いたらな」


 にっこりと笑ったケルヴィンは、手を振りながら城内へと馬を進めて行く。

 城内に入ったケルヴィンは、笑顔から一転して、汗を吸った下着の気持ち悪さに顔を歪める。


「後は侯爵に取り次いで、何とか俺を侯爵と面会させてくれればいい。そこから先は任せて貰おう」


 シンの言葉に頷き、再び吹き出して来た汗を拭いながら都市の中央にそびえ立つ城へと向けた視線には、恐怖と欲望とが複雑に絡み合っていた。



---



 城内の飾り立てた一室で、ディーツ侯爵とコンディラン伯爵はまだ日は高いと言うのに、ワインを嗜みながら賭けカードに興じていた。

 室内には濃い酒精の香りが漂い、テーブルの上に積み重ねられた金貨は、鈍い山吹色の光を放っている。

 コンコンとノックがされ、侯爵の執事が入室の許可を求めて来るのを、多少の苛立ちを感じながらも許した。


「なんだ?」


 言葉短い侯爵の声に、苛立ちを感じ取った執事は、用件を簡潔に述べることにした。


「はい、騎士ケルヴィンが竜殺し、いや巡察士のシンを捕えて連れ帰って来ました。如何なさいましょう?」


「なに! キュルテンの仇を捕えたと申すか!」


 手に持つカードをテーブルの上に放り捨て、侯爵は立ち上がり叫んだ。

 カードの図柄が目に入った執事は、侯爵の不機嫌の理由を悟った。

 何の役も揃っていない悪手、このまま続ければ積み上げられた金貨は全て、伯爵の物になるだろう。


「流石ですな! 閣下は部下に恵まれていらっしゃられる」


 内心ではどう思っているのかわからない伯爵の、阿諛追従あゆついしょうに侯爵は満足気な表情を浮かべた。


「して、憎き巡察士は生きておるのか?」


「はい、中庭にて拘束しておりますれば、如何に致しましょうか?」


 フンと荒い鼻息を立てた侯爵はサディスティックな肉食獣めいた笑い声を上げる。


「よし、その中庭だな? フン、嬲り殺しにしてくれるわ。おい、中庭に椅子とワインを用意せよ。奴の悲鳴は酒の肴に持って来いだろうて……のぅ伯よ」


 話を振られた伯爵は内心で辟易しつつも、表向きは同意せざるを得ない。

 侯爵と伯爵の間にある権力と兵力の差が、断ることを許しはしなかった。


「名案ですな、これは良い退屈しのぎになるでしょう。今は閣下と私だけしか城にいないのが残念ですが、まぁ後で他の者にはたっぷりと自慢してやると致しましょうぞ」


ブックマークありがとうございます。

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[良い点] こちらもめちゃくちゃ面白く、ここまで一気読みしてしまいました。 すっかり虜です。 このような世界観から主人公からよく思いつけるものです。 どちらも大好きです! [一言] 「よし、準備完了だ…
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