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帝国の剣  作者: 0343
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血の接吻


「すまなかったなケルヴィン卿。卿の真意が分からぬうちは、こうするより他に無かったのだ」


 ケルヴィンに取り上げていた剣と鎧を返却し、後の事はフェリスに任せる。

 打ち合わせ通りにフェリスが、ケルヴィンをおだててその気にさせてくれることを期待しつつ、シン達は部屋を後にした。


「あの男、信用出来るのでしょうか? 見た感じですと軽薄そのものというような……大事を託せるとはとても思えませんが」


 レオナの声は不安によるものか、いつもの自信に満ち溢れた力強さが無い。


「奴の人格や能力はこの際どうでも良い。欲しいのはディーツ侯爵子飼いの騎士という身分とそれを示す紋章、侯爵の元へ辿り着きさえすれば後は俺が必ず仕留めてみせる。問題は後九人、いや後八人だな……貴族に詳しいフェリスは連れて行かねばなるまい」


「……後七人です……」


 シンの後ろを歩くアロイスが真っ先に名乗りを上げる。


「ならば、私も……」


 そう言うヨハンをシンは制す。


「ヨハンは駄目だろ、お前がここに残らないで誰が部隊を指揮する? レオナ、お前も駄目だぞ。ケルヴィンが率いて来た騎士達の中に女騎士は居なかったからな」


 ダメ出しをされたヨハン、先手を打って止められたレオナは、反論できずに項垂れる事しか出来ない。


「あと七人、希望者を募る。危険な任務だ、命の保証は出来ない。それでもと言う者をあと七人、ふっ……どうしようもねぇ馬鹿をあと七人集めてくれ」


 ヨハンは指示通りに決死隊を募るが、全員が参加を希望して、あちこちで言い争いや喧嘩が起こる始末であり、公平を期してくじ引きで決めることにした。

 早速その七人とフェリス、アロイスを加えた九人は、ケルヴィン麾下の騎士たちから取り上げた装備を身に纏い、侯爵が派遣した偵察隊に扮した。


「さてと時間が惜しい、早速行くとしようか。アロイス、俺の武器を頼む」


 シンが己の背から巨大なグレートソード、死の旋風を外してアロイスへと託す。

 受け取ったアロイスは、その重量に思わずバランスを崩してたたらを踏みそうになるも、懸命に堪えた。

 ――――こんな物をああも軽々と振り回すとは……

 アロイスのシンを見る目の色に、憧憬の他に新たに畏怖が加わる。

 次にシンは腰から愛刀、天国丸を外して再びアロイスに託す。

 思わず身構えてしまったが、死の旋風と違い天国丸の常識的な重さにアロイスは安堵した。

 

「次はと……カイル、俺を殴ってくれ」


「は?」


 カイルは素っ頓狂な声を上げ、シンの言っていることが理解出来ないといった顔を向ける。


「いや、無傷だと説得力に欠けるだろ? こういう事も手を抜かずにやって、少しでも成功率を上げないとな」


「いやいや、師匠を殴るなんて僕には出来ませんよ!」


 カイルは畏れ多いといった風に二歩三歩と後退りする。


「では、私がやりましょう」


 レオナはそう言ってつかつかとシンの前に歩いて来ると、遠慮なしに顔の中心にストレートを放った。

 腰の回転の効いた拳は、シンの顔面を正確に捉え、喰らったシンは鼻血を拭きながらその場でよろめいてしまう。

 レオナの拳はその一発だけでは終わらない。

 巻き込み式のフック、ショートアッパー、ストレートと次々と容赦なく叩きこまれる拳に、流石のシンも堪えきれずによろめきながら制止を掛けた。


「待て、待て待て! レオナ、お前俺に恨みでもあるのか? 少しは加減しろ!」


 片手を突きだし、もう片方の手で顔を抑えながら、膝をガクつかせながらシンは叫んだ。


「ありますとも! 命の危険があると言うのに、そうなるといつも目を輝かせて! 毎回、毎回心配ばかり掛けて、本当にどうしようもない人ですこと!」


 胸倉を掴まれて引き寄せられながらの、厳しい叱責の声にシンは思わず首を竦め目を瞑る。

 薄目でレオナの手が上がるのを見て、まだ殴られるのかと歯を食いしばりきつく目を瞑りなおすと、腫れ上がった頬に柔らかな手が添えられた。

 何事かと目を開ければ、目前にレオナの美しく輝く青い瞳が迫っている。

 胸倉を掴まれ身動きできないシンはそのまま、レオナの唇に引き寄せられるようにして接吻を交わす。

 シンの切れた唇から流れ出る血が、レオナに移り、まるで紅を引いたかのように色鮮やかにその唇を染め上げていく。

 どれぐらいの時が経ったのか、気が動転しているシンには永遠に感じられたが、名残惜しそうに離れて行くレオナの瞳を見てその終わりを知った。


「必ず生きて帰って来て……」


「ああ、必ず生きて戻ると誓う」


「それと、も、ももも」


「ん?」


 先程までと違い、顔を真っ赤にして体をモジモジとくねらせながら上目づかいで見つめて来るレオナに、シンは困惑を隠せないでいる。


「あ、その、帝都に戻ったら、その、ふ、二人きりで、その……」


 男女の機微には疎いシンだが、ここまでされたならば嫌でもわかる。


「ああ、いいよ。帝都に戻って落ち着いたら、二人でどこかへ出かけよう。約束だ」


 レオナは顔だけでなく美しく長い耳まで真っ赤に染め上げると、踵を返して何処いずこかへと走り去って行った。

 その後ろ姿を、エリーが慌てて追いかけて行くのが見える。

 二人の一連の行動の間、周囲は静まり返って冷やかしの声一つ上がりはしなかった。

 意中の相手をぼこぼこに殴り、その後で接吻し、恥じらいを見せながらデートの約束をする。

 そんなカップルはこの世界の何処にも未だかつて居らず、見ていた者は理解できずにドン引き状態であった。


 ふらつく足取りでカイルの元に歩み寄ったシンは、カイルに後事を託す。

 よろめき鼻血を吹き出しながらのシンに後を託されたカイルは、複雑な表情のまま、引き攣った笑みを浮かべた。


「カイル、最後まで手伝えなくてすまない。後の事は全てお前に託す。頼んだぞ!」


「はい、お任せ下さい! フェリスさんから聞きました、師匠は皇帝陛下にわざわざ掛け合ってこの依頼を受けてくれたんですね。本当にありがとうございました。絶対に、無事に帰って来て下さい」


「ああ、必ず戻るさ……もうすでに無事じゃないがな、はっはっは」


 顔がぼこぼこに腫れ上がった師の笑い声に、やはりカイルは引き攣った笑いしか返せないでいた。


---


「ちょっとレオナ、レオナ! あんたどこ行くの!」


 息を切らせながらエリーが叫ぶと、レオナはやっとその足を緩めた。


「はぁ、はぁ、あんたねぇ……まぁ、途中はどうあれ結果良ければ全て良しよ! よくやったわ、レオナ!」


 力任せに背をバンバンと叩かれたレオナは、咽て目に涙を浮かべる。


「それにしても、度胸あるわね。初めてなんでしょ、それもみんなのいる前でなんて……それもレオナの方からせ、せ、接吻するなんて、きゃーーー!」


 興奮しはしゃぐエリーを、レオナは不思議そうに見つめる。


「なんで接吻ごときでそんなに興奮しているのですか?」


「はい?」


 鳩が豆鉄砲を食ったような顔を浮かべるエリーに、レオナはもう一度聞き返す。


「いえ、だからどうして接吻ごときで……接吻は挨拶でしょう?」


「は? じゃあ、レオナはどうして赤い顔して逃げ出したのよ?」


「それは……だって、恥ずかしいじゃないですか……殿方をお誘いするなんて……」


 再び顔を真っ赤に染め上げ体をくねらせるレオナを見て、エリーは驚愕に身を震わせた。


「あ、あのさ、一つ聞いていい? エルフにとって接吻ってどんなときにするの?」


「え? あ、はい……母は私に毎日してくれましたよ、とくに何処か出掛ける時には必ず」


「は? いやそれ、家族の間の接吻よね? まぁそれもおかしいけれども、男女の接吻というのはね……」


 その後、エリーの説明を受けたレオナは、髪を振り乱して顔を真っ赤に染めそれを両手で隠しながら、地面をゴロゴロと転がり続けたという。



 


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