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帝国の剣  作者: 0343
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カイル死闘を制す


 穏やかな午前の日差しが降り注ぎ、春の香りを含んだそよ風が村を吹き抜ける中で、カイルとスケルトンの死闘は始まった。

 呻りを上げ不規則に振り回される棍棒を紙一重で躱し続けるカイル。

 その額には汗の玉が浮かび、激しく動くたびに飛び散って陽光に煌めく。

 掠りでもしたらそのまま命をも、持って行かれそうな打ち下ろしを、素早く飛び込んで躱したカイルは刀を抜き放って膝の関節を狙って横凪を放った。

 高く澄んだ音が響き渡り、刀が弾かれる。

 刀を手から弾き飛ばされないように右手に力を込めつつも、身体全体を使って衝撃を逃がす為に駒のようにクルリと身を翻す。

 スケルトンはカイルの横凪に反応し、僅かに足を上げて脛で刀を受けたのだった。

 カイルは手に残る痺れを振り払うように二度三度と、刀を払ってから再びスケルトンと相対した。

 スケルトンの方も、受けた衝撃により体勢を崩しており二歩三歩と後退りを余儀なくされていた。


 両者は再び睨み合いに入る。

 その姿を遠巻きに見ていたシンは、手に汗を掻きながら見守っていた。

 カイルの強さは疑ってはいないが、シンの見た所、あのスケルトンの強さは並みでは無い。

 その強さは、かつて迷宮で戦った骨で作られた異形の戦士を彷彿とさせる。

 ――――力は相手が上、素早さはカイルに軍配が上がるが……スケルトンなのでスタミナ切れが無い。あの骨の固さといい、恐るべき強敵だ。騎士団が破れたのも頷ける。どうする? 俺も一緒に戦うか? だが、この戦いはカイルにとって神聖不可侵もの。クソっ! 見守ることがこんなにもつらいとはな……


 シンは不意にエリーの様子を見た。

 エリーは視線をカイルに向けたまま、身じろぎもしない。

 カイルが激しい攻撃に晒されていても、その視線は逸らすことは無く、その瞳は微塵の疑いも無くカイルの勝利を信じていた。


 今度はカイルの方から仕掛けて行く。

 正面から行くと見せかけ、フェイントを織り交ぜて近付こうとするが、二メートル半程もある巨体と手に持っている巨大な棍棒の広いリーチを潜り抜けることが出来ずに、攻めあぐねている。

 風を切り、唸りを上げて襲い掛かって来る棍棒を躱しながら、カイルは刀を鞘へと納めた。

 空いた右手でバランスを取りながら、紙一重で攻撃を躱し続ける。

 躱した棍棒が石畳に叩きつけられ、砕けた石の欠片がカイルの額を打った。

 流れ出る血を拭いもせず、必死に攻撃を躱し続けるカイル。

 弟子に迫る命の危機に、居ても立っても居られなくなったシンは、刀に手を掛け飛び出そうとするも、横から伸びた手が身に纏う外套を掴み、動きを止められてしまう。

 外套を掴んだのはエリー。その目には薄っすらと涙が浮かべつつ、シンに対してかぶりを振った。

 

「駄目!」


 カイルの邪魔はさせないと言う強い意志が、向けられた瞳に込められている。


「だが、このままでは…………わかった…………」


 その強い眼差しを受け、シンは自身も覚悟を決めて戦いの行く末を見守り続ける事に決めた。

 エリーの外套を掴む手は僅かながらに震えている。

 シンが刀に掛けた手を離すと、外套を掴んでいた手もそっと離れていった。


 カイルは額から口許に流れ落ちてきた血を舌で舐め、口元に笑みを浮かべる。

 ――――父さん、あの日から色々な事があったんだ。師匠に命を救って頂いて、戦い方を教わり冒険者になったよ。仲間も出来たし、それに兄弟の様な友達も出来たんだ。だからもう心配いらないよ、この僕の全力の一撃を持って全てを終わらせる。父さん、ありがとう。


 スケルトンの攻撃を躱し続けているカイルだが、その距離はじわりじわりと狭まってきていた。

 相変わらず不規則にただ力任せに振り回される棍棒を、ひたすらに躱し続けながら、一歩、また一歩と間合いを詰めていく。

 スケルトンの棍棒が頭上に大きく振り上げられ、縦に振り下ろされた瞬間、カイルは更に一歩踏み込んで刀を抜き、スケルトンの鎖骨目掛けて袈裟切りにする。

 刀が骨に触れるや否や、凄まじい爆発音が鳴り響きその衝撃により骨は後ろへ爆発四散しながら散らばって行った。


「あ、あ、あいつ! やりやがった!」


 カイルが放った技、それは先日にレーデンブルグの街にあるザンドロック邸においてシンが見せた技、後日に地裂斬と名付けられた技そのものであった。

 恐るべき天賦の才、ブーストの魔法を掛けて攻撃を躱しながら、更に刀にマナを蓄えたのだ。

 尋常では無い集中力とマナのコントロールを、あの暴風のような攻撃に曝されながら行うとは……

 

 カイルが息を整えながら見つめる先には半壊した頭蓋骨があり、その目に灯っていた青い炎は今まさに消えかかろうとしていた。

 やがて萎むようにして炎が消えると、残っていた骨は砂の様に細かく砕け、村を吹き抜ける風がその砂を巻き上げながら吹き散らしていった。

 後に残された布きれを拾い上げたカイルは、静かにその場を去り、村の外れにある自宅へと歩き出した。


 雑草が生い茂っていようとも、生まれ育った家への道を間違えはしない。

 やがて見えて来た自宅は、屋根の一部が朽ちて落ち、窓や扉は開け放たれたままひっそりと建っていた。

 扉を潜り中へ入ると小さな頭蓋骨が一つ、床に転がっている。

 それを拾い上げ、大切そうに胸に抱いたカイルは黙って静かに涙を流す。

 家の前までその姿を追ってきた三人は、ただその姿を見守る事しか出ずに立ち竦むほかなかった。


---


 村中を調べて回り、一体のスケルトンも居ない事を確かめた後に、三人の司祭たちを呼んだ。


「村の外れに穴を掘って遺骨を納めようと思う。派手にやっちまったせいで誰の遺骨か区別がつかないので、一カ所にまとめて葬ろうと思うんだが……」


「わかり申した、拙僧たちもお手伝い致す所存。遺骨を納めた後に鎮魂の義を執り行うと致しましょう」


 トラウゴットとアヒム、アマーリエの三人の司祭も遺骨を集めるのに協力してくれた。

 シンは鍬でアヒムと共に大きな穴を掘っていく。

 

「まとめて、葬った方が、寂しく、ないだろう」


 汗を辺りに撒き散らしながら、力強く鍬を振る。

 

「そうですね。穴は少し深めにお願いします、浅いと動物に掘り返される恐れがあるので」


 アヒムはざるを使い、掘った土を掻き出していく。

 トラウゴットは集めた遺骨を運び、穴の横に積み上げている。


「カイル少年の話によれば、かつての村の人口は凡そ百人程だと言う。全ての遺骨を集めるのに二、三日は掛かるやも知れんな」


「ああ、だが出来れば村人全員を弔ってやりたい。済まないが付き合ってもらうぞ」


「それは拙僧たちも同じ気持ちである」


 その日の夕暮まで作業をし、日が暮れる前に一度馬車の元へ戻ると、そのままそこで野営の準備に入る。

 スケルトンは倒したが、まだ夜になればゴーストなどが現れる恐れがあり、鎮魂の儀が終わるまでは村で夜を明かすのは危険かもしれないのだ。

 

「カイル、お前あれコッソリ練習してただろ?」


 師匠の厳しい視線を受けたカイルは、いつものように頭に拳骨を落とされると思い目をきつく瞑る。

 だがその頭に落ちた師の大きな手は、優しくカイルを撫でる。


「見事だったぞ。だが、次からは隠れてやらずに堂々と練習しろ、いいな」


 褒められたのが嬉しかったのか、頭を撫でられたのが恥ずかしかったのか定かではないが、カイルは顔を赤らめながら大きく頷いたのだった。







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