怯える少女司祭
インフルエンザに罹患してしまいました。
病院に行ってクスリを貰い熱は直ぐに下がったのですが、喉が痛くてたまりません。
のど飴の舐めすぎで舌もひりひりします。
インフルエンザ、流行っているので皆さんもお気を付け下さい。
「カイル、そっちに行ったぞ!」
太陽の輝きが僅かに衰え始めた昼下がりの午後、そろそろ野営地でも探そうと思っていた矢先、シンたちは本日二度目の賊の襲撃に遭っていた。
賊の数は十二、三人であろうか?
今回の賊には指揮官らしき存在は見当たらず連携も何も無い、ただ我武者羅に襲い掛かってくるだけの言わば楽な敵であった。
数では圧倒されているので油断は出来ないが、個々の戦闘能力は先程戦った賊たちより数段低い。
シンが二人、カイルが一人を斬り殺すと、敵わずと見て早々に交戦を諦めて方々へ逃げ散って行った。
「ふぅ、今日明日が勝負だな。街から離れた所に賊が待ち伏せしていることはない。さっさとカーンから離れてしまおう」
死の旋風を振り、剣に着いた血を払いながらシンが言うと、馬車から死体の首はね用の手斧を持ってきたカイルが頷いた。
「そうですね。ウォルズ村は辺境ですし、村に近付けば近付くほど賊に会う確率は減ると思います。ただ、村が平和だったころから森林オオカミなどの魔物は度々現れていたので、そちらの方が心配です」
「そうだな……草原オオカミと違って森林オオカミは大きいしより凶暴だからな、今以上に気を付けないとな」
自分たちの命と財産を狙って来た賊の死体に、微塵も敬意を払う必要性を感じないシンは、受け取った手斧で素早く賊の首を刈ると、死体を街道脇に放り投げて頭をサッカーボールのように蹴る。
蹴られた頭は緩やかな放物線を描いて、街道脇の草むらの中へと落ちていった。
「よし、出発だ! 日の高い内に出来るだけカーンから離れるぞ」
賊を牽制するために馬車から降りていた力信教のトラウゴット司祭は、シンの声を聴き素早く馬車に飛び乗った。
手を貸してくれた星導教の司祭であるアヒムに礼を述べたあと、もう一人の司祭である創生教のアマーリエの様子を見る。彼女は荷物の奥で身体を縮め青い顔をしてガタガタとその身を震わせていた。
出会ったころの傲慢な態度と、道中まるで役に立たないことに腹を立ててはいたが、これほどまでに怯えている様を見せつけられると憐れみの心がわきあがってくる。
思えば彼女もかわいそうな身である。創生教の聖女の話はトラウゴットも聞き及んではいた。
治癒魔法の才能は申し分ない。話に聞くだけなら自分より才能は上であろう。
その高い才能と、高貴な出自の為に教団の中だけではなく外でも聖女として崇め奉られてきた。
今まで帝都の外へなど一歩も出た事が無かったのだろう。驚きと戸惑いの中に好奇心と未知への発見による喜びの色が見て取れもした。
旅に慣れ少しずつではあるが、心に余裕が生まれ始めて出会ったころの傲慢さは息を潜め、皆と打ち解け始めたその矢先に、厳しい現実を突きつけられてしまい彼女の心は壊れてしまったのだろう。
初めて見る命を掛けた戦いに、彼女は何を思い、何を感じたのだろうか?
今までは戦いと言っても教団内の模擬戦闘や、騎士達の試合位しか見た事はなかったであろう。
それらの戦いには審判がおり、命のやり取りは当然ではあるが無い。
だが、この新北東領での戦いはまるで違う。試合を止める審判などいないし正々堂々といった概念もない。
生きるか死ぬか……敗北は死を意味し、勝負が付いた後も勝者によって敗者の命が刈り取られていく。
殺さなければ殺される一片の慈悲も無い世界。
自分やアヒムですら眉を顰めざるを得ない凄惨な光景に、彼女が耐えられるはずも無かったのだ。
「アマーリエ殿、大丈夫だ。賊は去った」
出来る限り優しく声を掛けてみたが、アマーリエの震えは止まらない。
その姿を見たアヒムは堪忍袋の緒が切れたと言った感じで、自分と違い厳しい口調で糾弾し始めた。
「大体何度も引き返す機会は与えられたのです。それを断り着いて来た以上はそれ相応の覚悟をするべきであり、己に与えられた責務を果たすべきなのです。しかし創生教は何を考えているのやら……今回の依頼の条件の一つとして自衛出来る者であるということであったはず。それをこの様な怯えるだけの足手纏いを送り込んで来るとは、普段から宗教を政治の道具にしているからこの様な間違いを犯すのです。全く嘆かわしい限り」
いきり立つアヒムを宥めるトラウゴットも内心は同じ思いであった。
馬車内の不穏な空気を感じたカイルが、首を中に入れ様子を覗う。
二人の司祭と目が合うと、カイルはおもむろにアマーリエの襟首を掴み、御者台の上に引き摺り出した。
片腕の少年のどこにその様な力があるのかと、ぎょっとしながら黙ってその行為を見つめる。
カイルはエリーに少し詰めて貰うと、アマーリエを御者台の上に乗せた。
アマーリエは尚も怯え続けていたが、カイルは構わずに色々な事を話す。
空を悠然と旋回する鳥の名を教えたり、道端に生えている草木を見てはあれは食べる事が出来る、あれは毒草であると一つ一つ丁寧に教えていく。
最初は上の空であったアマーリエも、段々とカイルの言葉に耳を傾けるようになり、表情から少しずつではあるが緊張の色が抜け落ちていく。
「僕の故郷のウォルズ村は創生教徒が多かったんだ。だからお願いします、僕とウォルズ村まで行って皆の霊を慰めて下さい」
頭を下げるカイルに対してアマーリエは戸惑いを隠せない。
それを横目で見ていたエリーは、うろたえるアマーリエに業を煮やし横から口を挟む。
「アマーリエ、善良な死者の霊を慰めるのは司祭の役目でしょうが! 司祭を名乗るなら御勤めを果たしなさいよ!」
びくりと身体を震わすアマーリエを見て頭を掻くと、その手を取り無理やり馬車の手綱の握らせた。
「ちょっと疲れたわ、アマーリエ手綱をお願いね」
「え、あ、あのわたくし馬車など扱えませんわ」
「教えるからやるのよ、まず落ち着いて深呼吸。手綱を握る者が緊張したり怯えていたりするとそれが馬にも伝わってしまうわ。だから肩の力を抜いてリラックスして」
おっかなびっくり手綱を取る手に、エリーもそっと手を添える。
「この馬たちは賢いからね、ただ歩かせるだけなら手綱を握っているだけで平気よ。ほら、まだ身体が硬いわ。力を抜いて」
馬車の中で怯えているだけよりは、何か教えてそれに意識を向けさせた方が良いのではないかという、同年代の少年少女の優しさを目にしたシンは、余計な口を挟まずに成り行きを見守ることにした。
---
「エリー、あの木が数本立っている根本に馬車を寄せてくれ。あそこで野営しよう」
先行して偵察していたシンが戻り、野営のための指示を出す。
「了解! カイル、後ろにも伝えて。野営の準備に取り掛かるって」
「わかった」
カイルは馬車に顔を突っ込んで司祭たちに野営に適した場所が見つかった事を告げる。
「レオナは騎乗したまま警戒、カイルはそのまま馬車を守れ。サクラ、お前も頼むぞ」
首筋をぽんと軽く叩かれた龍馬のサクラは低いうなり声を上げて了承の意を示す。
サクラから飛び降りたシンは、腰から愛刀の天国丸を抜くとそれを口に咥えて、木に登り始めた。
ある程度の高さまで到達すると、刀を振るって枝葉を切り落としていく。
落ちた枝葉をエリーは拾い集めると、馬車の帆に被せてカモフラージュを施していく。
「そのぐらいでいいぞ、夜に一目で馬車だとわからない程度でいい。火を熾そう、ただし木の下で煙が枝葉にぶつかって散るようにな」
指示に従って皆がてきぱきと動く中、アマーリエは立ち竦む。
「アマーリエ、ぼさっとするな。エリーを手伝え、火を熾したら夕食の準備だ急げ」
今までちやほやされてきたために、あまり自発的に動いたことが無いのだろう。
ならば細かく指示を与えてやれば良い、何度も繰り返すうちに自分から動くようになるだろうとシンはアマーリエにも指示を飛ばす。
体を動かしていれば気が紛れるからだろうか、アマーリエは素直に指示に従った。
やがて日は沈み、辺りに闇と共に静寂が訪れる中で交代で食事を摂ると、今後の進路等を確認して交代で床に着いた。




