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帝国の剣  作者: 0343
132/461

賊、続々と……


「ぎゃあああっ」


 肩口を割られた男が血を吹き上げながら倒れる。

 周囲に撒き散らされた血はすぐさま乾いた大地が吸い上げるが、宙には生臭い鉄錆の臭いが漂い続ける。

 城塞都市カーンを出て僅か三時間後、旧ルーアルト王国北方辺境領改めガラント帝国新北東領に入ってすぐに十数人の賊に襲われた。


「ちっ、多少は治安が回復したと言っていたが、悪化してるんじゃねぇのか?」


 グレートソード、死の旋風にこびり付いた賊の血を払いながらシンは賊を睨む。

 睨まれた賊が僅かに怯みを見せた瞬間、踵で龍馬サクラのわき腹を軽く蹴り、怯えた賊目掛けて人馬一体となって襲い掛かる。

 賊は目を瞑り粗末な作りの長柄の武器を掲げて防ごうとするが、死の旋風はそれをまるで意に介さず真っ二つにし、賊の頭を西瓜の様に叩き割った。

 

 馬車を守るカイルと御者のエリーは、御者台に登り馬車を奪おうとする敵と死闘を繰り広げていた。

 御者台に登ろうと手を掛けた賊の指を、カイルは抜き放った刀、岩切の切っ先をもって刎ね飛ばすと盛大な悲鳴と共に賊は転げ落ちる。

 エリーも手綱を片手で握りつつ、もう片方の手で聖銀の鎚矛を振るい賊を寄せ付けない。

 無理やりよじ登ろうとした賊の一人の頭に鎚矛を叩きつけると、南瓜を地面に叩きつけたような音とともに賊の両目が飛び出し、鼻血を拭いて仰向けに倒れた。

 見た目は可憐な少女でありながらも、成人男性をただの一撃で殺して見せたエリーに賊たちは驚きの表情を浮かべる。

 カイル共々容易ならざる相手と見た賊たちは遠巻きにして距離を取り、御者台の二人と睨み合いを続けた。


 後尾を守っていたレオナは、複数の賊を相手にしながらも巧みに龍馬を操って、賊が包囲しようとするのを防ぎ続ける。

 荷台からトラウゴットが飛び降り、レオナの後ろを守る様にして賊を牽制すると、賊の気が一瞬トラウゴットに向いた隙に精霊魔法のエアバーストを唱えて数人の賊を吹き飛ばし気絶させた。

 一方アマーリエはというと頭を抱え床に伏せ身を縮こませながら、真っ青な顔をして震える事しかできない。

 そのアマーリエを守る様に、馬車の荷台の入口にアヒムが錫杖を槍のように構えて立ちふさがっていた。


「遠巻きにして、弓で射殺せ! 傷ついた奴から始末しろ!」


 一人だけ革の兜を被り長剣を指揮棒のように振っている男の声に、シンたち全員に緊張がはしる。

 傭兵上がりだろうか? 一人だけ他よりはマシな装備に包まれているその男に向かってシンはサクラに跨ったまま猛然と突っ込んで行く。

 シンの片手に手綱が握られているのを見た射手は、シンの振るう武器が両手剣であると知り、絶好の機会と言わんばかりに矢をつがえ放った。

 そのシンに向かって放たれた一筋の矢を、両手剣で軽々と片手で振るい払い落とす。

 賊の大将が龍馬の突進を右に転がって躱すが、交差する瞬間にシンは龍馬から飛び降り、振りかぶった死の旋風は賊の頭に吸い込まれていく。

 骨を叩き潰す音に加え、肉を引き裂いたような派手な音を立てながら、賊の大将は頭を叩き潰されつつ股下まで真っ二つにされる。

 返り血を全身に浴び、顔を真っ赤な血で染め上げたシンの目はブーストの魔法の効果により燃え上る様に真紅に光り輝いている。

 その姿を見た賊どもは、戦意を完全に失って武器を放り投げて我先にと逃げ出していく。

 足を縺れさせ這うようにして逃げる幾人かの賊を、無慈悲にも背中から串刺しにするようにして止めを刺したシンは、未だ馬車の周りに群れる賊に猛然と斬り込む。


 指揮官を失った賊たちは脆く、斬り込んで来たシンの姿を見て肝を冷やし、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 シンは足元に転がる賊が残して行った槍をつま先で蹴り上げて宙に浮かすと、それを手に取りブーストの魔法の出力を僅かに上げて、逃げる賊の背に向かって力いっぱい放り投げた。

 風を斬り裂くような音を立てて真っ直ぐに飛んだ槍は賊の背に刺さり、穂先は胸を突きぬけ柄の半ばまでぞくの身体にめり込んだ。

 それを見て驚いたのは賊だけではなく、トラウゴットやアヒムも驚愕し、暫しの間瞬きをも忘れて見入ってしまった。

 

「点呼! シンだ、俺は無傷!」


 シンの声に碧き焔の面々が次々に声を上げる。


「カイルです、同じく無傷!」


「エリーよ、怪我は無いわ!」


「レオナです、問題ありません!」


 トラウゴットとアヒムを見て、両者ともに怪我が無いのを確認するとシンは素早く次の指示を出した。


「よし、戦場掃除だ。カイルとエリーはそのまま警戒、俺とレオナは賊の首を刎ねて武器を回収する。埋葬はしない、街道脇に死体は放り捨てるだけでいい」


 シンが口に指を当てて口笛を吹くと、龍馬のサクラが自身が捕まえた瀕死の賊の襟首を咥えてシンの元へ駆けて来る。


「お、サクラ、お手柄だな」


 サクラが首を振って賊を放り投げると、賊は馬車の後ろへと転がっていった。

 シンがサクラを褒めて首筋を撫でると、嬉しそうにゴロゴロと雷鳴のような唸り声を上げる。


「サクラ、周囲を警戒してくれ。頼むぞ!」


 シンは腰に下げた小袋から干し肉を取り出すと、サクラの口に放り込む。

 目を細めながら何度も咀嚼して飲み込んだサクラは、シンの言う通り背を伸ばし首を上げて辺りを警戒しだした。

 シンとレオナは落ちている武器を拾い集め、賊の首を刎ねては街道脇の草むらに放り捨てていく。

 首を刎ねるのはアンデッドモンスターのゾンビやスケルトンにならないようにするためであり、武器を回収するのは小銭稼ぎと放置された武器を賊が再利用するのを防ぐためである。

 トラウゴットとアヒムはそれぞれの信奉する神に祈りを捧げると、戦場掃除の手伝いをする。


 馬車の中で怯えていたアマーリエは怒声と剣戟の交わる音が鎮まったことに気が付き、馬車の中から恐る恐る外を見回す。

 そこには物言わぬ賊の死体と、大地に撒かれた血の黒い染みが其処彼処そこかしこに散らばっており、咽かえるような血臭を嗅ぐと、胃の中から込み上げてくる吐き気を手で口を押え懸命に堪えた。

 両目に涙を溜めつつ辺りを見回すと、馬車の後ろに転がる体中血まみれの賊が微かに苦痛の喘ぎ声を上げた事に気が付いた。

 震える足に力を込めて馬車を降り、恐る恐る近付き倒れる賊に声を掛けた。


「あ、あの……だいじょ」


 アマーリエの姿を目ざとく見つけたシンは、ブーストの魔力を全開にして駆け出して間一髪、賊とアマーリエの間に割り込む。

 賊の隠し持っていた短刀がシンの腕に刺さるが、シンは僅かに顔を顰めただけでそのまま賊を振り払う。


「ひいっ、た、頼む、み、見逃してくれ! もう賊から足を洗う、だから、みの……」


 地面に這いつくばって命乞いをする賊の頭に、無慈悲な一撃が放たれると身体を痙攣させながら賊は息絶え、それを見届けると振り返ってアマーリエを怒鳴りつける。


「馬鹿野郎! 賊に慈悲なんて掛ける必要はねぇ! 危うく人質にされちまうとこだったんだぞ」


 呆然自失のアマーリエの姿に、シンは軽く舌打ちすると、腕に刺さった短刀を抜いてエリーを大声で呼んだ。


「どうしたの? あっ、毒は?」


 傷口を見たエリーは短刀に毒を塗られていたかどうかを確認すると、シンが首を横に振ったのでホッと胸を撫で下ろした。

 すぐさま傷口に手を当てて治癒魔法を唱え、その手から洩れる淡い光が傷口を急速に塞いでいく。

 シンは傷口が塞がったのを確認すると、手を動かして見てエリーに礼を述べた。


「ううん、でもどうしたの?」


 シンがかいつまんで説明すると、エリーは不快げな表情で大きな溜息をついた。


「今はショックで放心状態だから、後で落ち着いたら色々話して教えなきゃならんな」


「ごめんなさい。任されていたのに……」


「いや、いいさ。取り敢えず戦闘中だけでなく戦闘後も外に出さないようにしとこう」


 エリーは頷くと再び御者台に登り、周囲の警戒を始めた。

 茫然自失とするアマーリエを担ぎ、シンは馬車の荷台へ上ると、壊れ物でも扱うかの如くそっとその体を馬車の奥へと置き、再び戦場掃除をするべく外へと出て行った。




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