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帝国の剣  作者: 0343
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再びカーンへ


 シンたちは食事を終えると直ぐに体を休める。

 村の中とはいえ油断は出来ないため、三交代で見張りを立てる事にした。

 先ず最初に見張りに立ったのはシン、そして龍馬二頭。

 司祭たちは怪訝な顔をするが、シンは龍馬の感覚の鋭さに信頼を置いている。

 村の中であることだしと、司祭たちも最後には納得して床に着いた。

 次に見張りに立つのはカイルとアヒム、トラウゴットの三人。

 司祭二人も慣れたもので、夜間の見張りも卒なくこなしている。

 最後はレオナとエリー、そしてアマーリエの三人。

 だがアマーリエは夜間の見張りなど今まで一度たりともしたことが無く、闇に怯え体を震わせることしかできない。

 見かねたエリーはアマーリエに火の番に専念させることにし、レオナとエリーの二人で見張ることにした。

 夜が明けて、皆が起き出すと焚き火の前には、一夜にして憔悴しきったアマーリエの姿があった。


「アマーリエ、これが最後の機会だ。今なら帝都に戻れるがどうする? ここから先は帰りたいと駄々をこねても戻らないし、その場合は荒野だろうと何処だろうと置いて行く。さぁ、決断してくれ」


 シンの言葉を聞いて皆の視線がアマーリエに集中する。

 アマーリエはくまのできた目を何度か瞬かせた後で、唇を噛みしめ俯いた。

 これは駄目か、帝都に逆戻りだと誰もが思った瞬間、アマーリエは顔を上げてシンを睨み付けながら、帝都には戻らないと言った。

 シンはアマーリエが根を上げると思っていたので、この反応に素直に驚く。

 驚いたのはシンだけでは無かったが、戦力にはならない、それどころか足手纏いであるアマーリエが着いて来ることに内心ではうんざりとしていた。


「よし、言ったからには最後まで責任を持つことだ。朝食を摂ったら出発するぞ!」


 昨夜と同じ組み合わせで、村の酒場で朝食を摂る。

 カイルたちが酒場に食事に行っている間に、龍馬と馬にも餌をやる。

 馬の脚を藁でマッサージをして血行を良くしてやると、うれしそうに嘶く。

 龍馬は焚き火の側に連れてきて、体全体を温めてやる。

 ゴロゴロと雷鳴のような鳴き声を聞いたアマーリエは短い悲鳴をあげて思わず後退った。


「機嫌の良い時の鳴き声だから安心しろ」


 シンに撫でられたサクラは益々ゴロゴロと喉を鳴らし、頭を擦りつけて来る。

 レオナも愛馬シュヴァルツシャッテンの身体を撫でるが、こっちは今一つ反応が悪い。


「レオナ、もっと力を入れて撫でろ。龍馬は鱗が厚く硬いから力を込めないと駄目だ」


 シンに言われた通りに力を込めて撫でると、ようやくわかったのかと言わんばかりに、目を細め喉を鳴らし始めた。

 カイルたちが戻ってくると、シンたち三人が交代で朝食を摂りに向かう。

 今朝の献立は黒パンとスープ、それに焼いた腸詰め肉といった組み合わせで、シンとレオナは温かい食事と香ばしい腸詰め肉に舌鼓を打つ。

 冒険者や旅人などは、温かい食事というだけでもご馳走である。

 更にパンとスープだけでなく肉まで付いてくるとあっては、喜ばないはずがない。

 だが、アマーリエは普段食べている噛んでいると甘味の出て来る白パンでは無く、ほんのりと苦みのある黒パンと、薄い味付けの野菜しか入っていないスープ、そして質の悪い肉を腸詰めにした物を口にしては顔を顰める。

 体力勝負となるため残さず食えとシンに睨まれたために、今日も涙を浮かべながら食事を平らげるのであった。

 

 食事を終えると直ぐに村を出発する。

 午前中は昨日と同じく、シンが先行し、御者台にカイルとエリー、後ろにレオナの隊形で街道を進む。

 一時間ごとに休憩し、午後からはシンが後衛、レオナが前衛を務めた。

 旅は順調に進み、初日以外は街や村で宿を取ることが出来た。

 帝都の周りの街や村の宿屋は混雑しているが、ある程度離れてしまえば部屋は空いている。

 旅に耐えられるか不安視されていたアマーリエも、不慣れながらも懸命に着いて来ている。

 シンは皆に邪険にせず、色々と教えてやるように指示をすると、面倒見の良いエリーが率先して世話をするようになった。

 元々は悪い娘ではないのだろう、アマーリエもエリーの指示に素直に従っていた。

 城塞都市カーンに着く頃には、黒パンを文句も言わずに食べるようになっていた。


 石造りの堅牢な城壁が見えてくると、僅か一年半前の事だと言うのにシンの心に懐かしさが込み上げてくる。

 正門で臨検と税を払い入城すると、益々懐かしさが満ち溢れて来る。


「懐かしいな……ほら、あの東門の上で戦ったんだ」


 弟子であるカイルを相手に当時の事を色々と話す。

 カイルも珍しく饒舌な師匠の話に興味深そうに耳を傾けた。


「このカーンでハーゼ伯爵に初めて会ったんだ、今思えばあの爺さん魔眼で偶々俺を見て興味を持ったんだろうな」


 カーン内部に詳しいシンの案内で宿を取り食料他、必要な物を買い揃えて行く。

 夜は宿でカーンまでの無事を祝い、今後に旅に備えて精を付ける意味で多少豪華な夕食を楽しむ事にした。

 どぎつい肉主体の料理に辟易しているアマーリエの為に、果物を頼んでやるとシンに対し初めて礼を言って頭を下げた。

 

「さて、ここまでは順調。だが、ここからは一気に治安が悪くなる。帝国から賊を討伐すべく派遣された騎士団が頑張ってくれているため大規模な賊はいないが、少人数の賊が多数跋扈している。基本的には戦闘は避けて行くが、街道や道を辿る以上は戦闘を完全に避ける事は難しいだろう」


 ここでカイルが手を上げて発言する。


「あの、ウォルズ村の周辺まで行けば幾つか抜け道を知っています」


「ああ、村の周辺に着いたらどの道を通るか検討しよう。頼りにしているぞ」


 シンの言葉にカイルは嬉しそうに頷いた。


「……カイル君はウォルズ村の出身ですか?」


 アヒムが血色の悪い顔をカイルに向けて聞いた。


「はい、ウォルズ村は僕の故郷です」


「それでは……いえ、何でもありません……私は私の仕事をきっちりとこなして見せましょう」


 アヒムは目を瞑り自分の仕える神であるアルテラに短い祈りを捧げる。


「この先は補給も覚束なくなる。なので明日の朝市で、必要な物は買い揃えてくれ。荷台も少し狭くなるが我慢して欲しい」


「拙僧たちは問題御座らん。元々徒歩の旅と思っておったのでな……」


 そう言うトラウゴットの視線はアマーリエに注がれていた。


「わ、わたくしも、問題ありませんわ!」


 強がっているのが誰の目にもわかったが、茶化さずに本人の意思を尊重することにした。

 ここ数日は段々と旅に慣れてきたのか、食事の配膳など自分に出来る事を積極的に行うようになっていた。

 世話を焼いているエリーに懐いており、言われた事にも素直に従っているのを皆も知っているので、多少のミスには目を瞑ることにしていた。


「俺も旧ルーアルト王国北方辺境領を通ってこのカーンに来たから、少しは地理がわかる。エリーはどうだ?」


「ん~私は北方辺境領の南部の出身だから、このあたりはちょっとわからないわ。ごめんなさい」


「いや、いい。アヒム司祭とトラウゴット司祭はこの辺りの地理を御知りですか?」


「いや、残念ながら帝国新北東領は初めて訪れます。お力になれず申し訳ない」


「拙僧も……北東領の司祭たちは大半が賊と戦って命を落としたと聞いておる。支部にも北東領出身の者は殆どおらんかった」


「俺もルーアルトから帝国に来る時に略奪にあい破壊された村々を通って来たが、賊以外の生きている人間に殆ど会わなかったからなぁ。冬に通ったためひもじい思いをした……狼の肉は硬くて不味いし、木の皮を剥いで食べたりして何とかこのカーンに辿り着いたんだ」


 普段あまり話したがらないシンの過去話を聞き、カイルたちは驚きを隠せなかった。


「シン様はルーアルトから帝国に来たのですか……詳しいお話をお聞きしても?」


 カーンに来て珍しくセンチな気分になっていたシンは、これまた珍しいことに帝国に来るまでの事を話し始めた。


「ルーアルト王国の東部辺境領で傭兵をやっていてな……」


 そこでシオンに出会いと別れ、ソシエテ王国の黒蛇騎士団長のザギル・ゴジンとの死闘、ルーアルトの貴族と揉めて王国を去る決心をしたことや、シオンの亡骸の一部を故郷の村に届けに行ったこと、それらの話を終えると何故だかエリーとアマーリエが抱き合って泣いていた。

 一方で、レオナはシオンの事をしつこいくらい根掘り葉掘り聞いてきた。

 カイルはカイルで、他の略奪された村の話を聞いて、怒りのあまり拳をテーブルに打ちつけていた。

 司祭二人は静かに話に聞き入り、話に出て来た死者のために祈りの言葉を呟き冥福を祈る。


「さて、明日も早い。夜更かし厳禁だ、最後の宿での就寝だしゆっくり体を休めよう」


 シンにとって帝国に深く関わる切っ掛けとなった土地、城塞都市カーン。

 思い返してみれば戦いに塗れ、いつも血の臭がまとわりついていた。

 それでもなお、懐かしさを感じてしまった自分に業の深さを感じずにはいられぬ夜であった。


 

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