表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帝国の剣  作者: 0343
130/461

遅れた出発


「お待ちなさい!」


 甲高いヒステリックな声がシンの耳朶を打つ。

 不快感を微塵も隠そうともせず、振り返って声の主を睨み付ける。

 その鋭い眼光を受けて、アマーリエは無意識の内に一歩、二歩と後退りした。


「もう創生教の手助けは無用。お引き取り願おう」


 完全なる拒絶の言葉に、アマーリエは唇の端を噛み美しい顔を歪めた。


「わかりました。今回はそちらの言う通りに致しましょう」


「今回は? 何を言っている、着いて来るならば以降全てこちらの命令に従ってもらう。それが最低条件だ。もし途中で命令を無視したり背いたりしたら、荒野のど真ん中だろうと何処だろうと置いて行く」


 決定権はこちらにあるのだと、シンは一切譲歩の構えを見せない。

 アマーリエにも貴族のプライドと聖女の肩書がある。

 唯々諾々と従う事は出来ない。

 数秒の睨み合い……殺気をもちらつかせるシンの眼光の前に、貴族の誇りは瞬時に砕け散った。


「わ、わかりました……従いましょう……」


 顔を背けながら発した声は怯えが含まれており、足は小刻みに震えていた。

 よろめくようにして後退り、自分の馬車にもたれ掛かると、従者に必要な荷物を碧き焔の馬車に移すよう命じた。


 多少凄んで見せれば引き下がると踏んでいたが、思い通りに行かず内心で舌打ちと悪態を繰り返す。


「レオナ、エリー、カイル、進路の確認と陣形の確認をもう一度やって置くぞ。集まってくれ」


 三人が集まると、シンは地図を取り出した。

 四人で地図を取り囲むようにしながら、声量を落とし三人にアマーリエに関して注意を喚起する。


「あの馬鹿女は何のために送り込まれたのか? 考えられる可能性は大まかに考えて二つ。一つはアマーリエ本人、あるいはその身内、または大司教が俺との繋がりを作るために送り込んだ可能性。二つ目はアマーリエをこの危険な任務に送り込み、その身の抹殺を狙った可能性……一つ目は兎も角、二つ目だとしたらかなり危険だ。賊に見せかけた暗殺者に襲われる可能性もある……俺の考えを述べると、その場合はアマーリエを見捨てる事も考えている」


 アマーリエを見捨てると言ったシンの顔を三人は驚きの表情で見つめる。


「シン様のお考えはわかりました。ですが、あのアマーリエは確か侯爵家の出……見捨てることによる後難を考慮すべきでは?」


 三人のうちでいち早く落ち着きを取り戻したレオナが、注意の喚起をするとシンは黙って頷いた。


「うん。見捨てると言ってもいきなり放り出すわけにはいかない。二人の司祭の目もあるしな……出来る限りは助けるが、パーティの誰かの命を犠牲にしてまでは助けない。理由としては、この任務はウォルズ村のアンデッド掃討と土地の浄化で、アマーリエの護衛じゃないからだ」


 三人はその言葉に頷き同意を示す。


「差し当たっての注意はアマーリエの頓珍漢な行動を止める事。それと帝国領内と言えど索敵を怠らず、いつにも増して注意を払う事。この二点だ」


「わかりました。一つ提案があります。二人の司祭にも協力を仰ぐのはどうでしょう? アマーリエを監視して貰ってはいかがでしょうか?」


「……そうだな……レオナの案を採用したいが、すぐには止めておこう。あの二人とて出合ったばかりでお互いに完全な信用は置けないからな。期を見てからと言う事でどうだ?」


「そうね……あのアマーリエって娘、プライド高そうだからあからさまにそれをやるとまた揉めるわね」


 エリーの言葉に皆が頷き、方針は決した。


 それから半刻ほどの時間を掛けて、アマーリエは持っていく荷物の選別をし馬車に積み終えて、東門から出る馬車の行列に並ぶ。

 持っていく荷物を減らすように言われ、何度も駄目だしを喰らったアマーリエは馬車に乗り込んだ後も、俯き屈辱にその身を震わせていた。


 衛兵の臨検を受け、東門を出た頃には既に正午を回っており、その遅れをアヒムは嘆いた。


「こりゃ今晩は野宿ですな……」


「……そうだな、今の内に出来るだけ体を休めておくとするか」


 アヒムの言葉に同意するトラウゴットは載せられている荷物に寄りかかり目を瞑った。


「なっ、野宿ですって! お二人とも何をおっしゃっているの? 帝都から半日も歩けば村があるではありませんか。そこで宿を取ればいいだけのことでは?」


 トラウゴットは閉ざした目を再び開けると、無知な聖女を嘲笑う。


「創生教の聖女様は物を知らぬらしいな。何故、シン殿が夜明け前に集合して出発ということにしたのかわからぬ様子……よろしい、拙僧がわらべにもわかるように優しく教えてつかわそう。確かに聖女様の言う通り半日歩けば村がある。朝出れば昼に着くため、宿にも空きはあるだろう。だが、聖女様が遅刻したために出発は遅れて昼過ぎに帝都を発つことになった。そのせいで、村に着くのは夜になる。村の小さな宿など夜に訪れても空いておりはせぬのだ」


「そうですね。それに聖戦士殿は一日歩いて隣街に行く予定だったのでしょうな。街ならば夜に訪れても宿は確保出来るでしょうから」


 アヒムが皮肉めいた口調で呟くと、トラウゴットも然り然りと頷く。

 そんな二人を睨むようにしてアマーリエは反論する。


「宿が空いていないならば、教会に泊まればよいのです。簡単な事ではありませんか!」


 トラウゴットとアヒムは互いに見合い、苦笑を漏らす。


「はっはっは、聖女様は何も知らぬか。帝都から殆ど出た事もないのだろうな……帝都から一番近い村には三教団何れの教会も御座らん。理由は少し考えればわかろう、半日歩けば帝都がありそこに大きな支部がある。更に反対側に半日歩けば街がありそこに教会があるのでな、住民は教団に用があるならばそのどちらかに行けばよい。わざわざ村に教会を建てるまでもないと言う事よ」


「なっ……えっ!」


 初日から野営が確定し、それは自分のせいだと知ったアマーリエは、唇を震わせながら俯くことしか出来ない。

 幌の中でそのようなやり取りがなされていた頃、御者台の上ではカイルとエリーが周囲に目を配りながらアマーリエについて話していた。


「どう思う?」


「ん~そうねぇ、あの聖女様はこのパーティに来た時の私と一緒で何も知らないんじゃない?」


 カイルは肩で大きな溜息をつくが、目だけは盛んに動かし続けて索敵を怠りはしない。


「やっぱりそうだよねぇ……長旅になるけど、大丈夫かな?」


「素直に従ってくれればいいけどね。シンさんが言っていた通り、おかしなことをさせないようにきちんと見張らないとね」


 本来ならば帝都近郊と言う事で比較的治安が良い街道で、多少は景色を楽しむ余裕が生じるはずだが、不測の事態に即応できるように、常に気を張り続けなければならなかった。

 シンは馬車の前方凡そ五十メートル先を龍馬のサクラに騎乗して先行している。

 レオナは馬車の後ろ十メートル後ろを龍馬シュヴァルツシャッテンに騎乗して、時折後ろを振り返りながら着いて行く。

 賊や魔物の影も無く、また恐れていた暗殺者の襲撃も無く村に着いたが、シンは引き続き油断無きようにと一人一人に声を掛けて行く。

 村に着いたのは日が沈む直前で、何とか村に入ることは出来たものの、アヒムの予想通り宿は満室で宿泊は出来なかった。

 村長の家を訪れ、銀貨を渡して村の中心の広場で野宿の許可を貰うと、一行は日が沈みきる前に素早く野宿の準備をする。

 アヒムとトラウゴットはてきぱきと手伝い、旅慣れていることを示すが、アマーリエは初めてする野宿に狼狽するばかりで物の役に立たなかった。

 交代で村の酒場へ行き、夕食を取ることにした。

 先にカイル、エリー、トラウゴット、アヒムの四人が行き、交代でシン達三人が行く。

 村で獲れる野菜中心のスープに黒パンと言った質素な食事だが、シンとレオナは慣れているため文句も無く新鮮な野菜の風味に舌鼓を打つ。

 だが、アマーリエは黒パンなど今まで食べた事が無く、スープに浸してパンを口にするも黒パン独特の苦みに顔を顰め吐き出した。


「長旅になる。食える時に食っておかねば後悔するぞ、残さずに食え。これは命令だ。嫌だと言うならここでお前を置いて行く」


 シンに睨み付けられたアマーリエは、目に涙を浮かべながらも残りの食事を平らげた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ