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帝国の剣  作者: 0343
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聖女


 出発の時は来た。

 夜が明ける前に帝都東門の前に集合して、夜明けの開門と共に帝都を発つ予定であった。

 帝都ともなれば出入りをするのに厳しい臨検を受けなければならない。

 そのために何時でも混雑し出入りに長い行列を作ることになる。

 祭りや何かの行事の前後などは、出入りに何日も待たされることもあるのだ。


 御者台のエリーが可愛らしいクシャミをすると、隣りから笑い声が起きる。

 帝国は亜熱帯気候に近いが、春とはいえ夜明け前はかなり冷える。

 隣りに座るカイルは馬車の荷台から、ブランケットを取り出してエリーに渡した。

 城門前に幾つか備え付けられた光塔が照らしているぼんやりと薄暗い闇の中を、大きな影が二つ、碧き焔の馬車に向かって近づいて来る。

 僧衣を纏い、力信教のシンボルを首から掛けている頭を剃りあげた大男は、全金属製の金砕棒を肩に担いでいる。

 腰にはナイフを履いており背には大きな背嚢を背負っていた。

 もう片方の男は中肉中背で、手には錫杖を持ち腰にはやはり大型のナイフを履いている。

 聖衣では裾を切り詰めて動きやすくしたローブを纏っており、フードに隠れてその顔は見えない。

 背にはもう片方の男と同じく背嚢を背負っている。


「力信教から参りました、トラウゴットと申します。碧き焔のシン殿ですな、道中よろしくお願い致す」


 力信教から来たと言う大男は、僧衣を纏っていなければ良く言って傭兵、悪く言えば山賊にしか見えない。

 だが、金属製の金砕棒という重量のある獲物を選んでいると言う事は、腕力に自信があるのだろう。


「私は星導教から来ました、アヒムと申します。以後良しなに、そして道中アルテラ様のご加護があらんことを」


 フードを捲り素顔を晒して挨拶をしたアヒムは茶髪の整った顔立ちをしている。

 だが、肉付きは悪くは無いのに顔色は青白く、どこか頼りなさげに見えてしまう。


「碧き焔のリーダーを務めるシンです。御二方の助力に感謝します。移動はこの馬車で、御二方には荷台に乗って頂きますがよろしいでしょうか?」


「徒歩の旅だと思っておりましたが、これは助かりますなぁ。勿論構いませんとも」


「同じく。乗り心地の良さそうな馬車ですね、飾り気は無いが堅実な作りをしていますね。幌の内側に矢避けの中板が立ててあるですか……これは頼もしい」


「まだ創生教の司祭殿が来ていないので、暫くお待ちください」


 レオナたちも自己紹介をし、他愛も無い会話をして親睦を深める。

 二人の司祭は説法などで話慣れているのであろう、力信教のトラウゴットの武芸話にはカイルが喰いつき、星導教のアヒムの生活に関する話にはエリーが喰いついた。

 そうこうしている内に、朝日が昇り帝都東門は開門される。

 日の出と共に出発と伝えたにも拘らず、創生教の司祭は未だ姿を現さない。


「仕方がない、来るまで待つしかない。昼まで待ってもし来なければ創生教の助力は断って出発する」


 城門には早くも出入りの行列が出来始め、それを見たシンは苛立ちを隠せず舌打ちする。


「今日中に隣町まで行きたかったが、途中の村で一泊するしかないな。宿が取れればいいが……」


 二人の司祭も顔を見合わせて肩を竦めている。

 この依頼は正式に国が発したものであることもきちんと三教団には伝えてある。

 それを蔑にすると言う事は、帝国に対して創生教がどう思っているかを如実に表していると言ってもよい。

 ――――今は創生教の信者の方が多く権力や発言力が強いが、見ていろよ……必ず力信教と星導教と三国志の様に三つ巴にして勢力を拮抗させて、帝国に手出し口出しする暇を与えないようにしてやるからな……力信教は軍制改革が進めば勝手に信者は増えるだろう。星導教はテコ入れしてやらないと駄目か、でも意外と庶民の生活に星導教は喰い込んでいるから、そこを上手く突けば上手く行くかもな……


 夜明けから三時間が経過したが、未だに創生教の司祭は姿を見せず、皆に苛立ちだけが募って行く。

 城門の出入りを待つ行列を相手にする商人達から、朝飯として串焼きやゆで卵などを買い、皆に配る。

 碧き焔が東門の脇に来たのは午前四時、力信教と星導教の司祭二人が来たのはそれから一時間後の午前五時でそれから三十分後に朝日が昇った。

 午前十時を回り皆が諦めかけたその時、貴族が乗るような一際豪奢な馬車が現れ、碧き焔の馬車に横づけした。

 扉を開けると、貴族と同じように同乗していた小間使いが降りて、階段状の足場を用意する。

 足場を伝って降りて来たのは、僧衣を纏っている少女であった。

 だが、そのなりは僧衣と言っても金糸や宝石で飾り付けられており聖職者と言うよりは貴族の成り立ちに近い。


「わたくし、創生教から遣わされたアマーリエと言います。どうぞ、よろしく」


 僧衣の裾を持ってまるで貴族のように礼をする少女を見て、シンは内心で舌打ちする。

 腰には派手な装飾を、これでもかというくらいに施された戦鉾が吊るされているが、それを見ただけで戦闘力は皆無だとわかり、うんざりとした気分になる。


「碧き焔のシンだ。よろしく頼む」


 素っ気なくそう言うシンの顔を、まるで信じられないものを見たと言った表情を浮かべたアマーリエは暫し呆けた後、嘲りの色を見せた。

 それを目ざとく発見したレオナはこめかみに青筋を立てて、眼光鋭くアマーリエを睨む。

 舐められているのはシンにもわかったが、そんなことよりも計画をきちんと伝えたはずなのに、この様な者を送って来た創生教の考えの方が気になっていた。


「では、馬車に乗ってくれ。出発する」


 シンがそう言うと、アマーリエは乗って来た馬車に再び乗り込もうとする。


「おい、まさかとは思うがその馬車で着いて来る気じゃあるまいな?」


 そう言われたアマーリエは、何を言っているのかと首を傾げた。


「目的地がどこだか聞いているのだろう? そんなゴテゴテと無駄に飾り立てた馬車で行けばどうなると思う? 賊どもの注意を引き付け頻繁に襲撃されるのがオチだ。わかったなら、こちらの馬車に乗れ」


 アマーリエは絶句した。

 アマーリエは帝国に数多あまたある貴族の頂点に近いヴォルデック侯爵家の次女である。

 更には創生教内では聖女と謳われており、実家の権勢とそれを利用しようとする大司教により、何不自由無く思うがままに振る舞ってきた。

 姿を見れば聖女と崇められ、誰もが膝を屈する存在。

 それを目の前の男は、自分の姿を見ても膝を折ろうともせずにぶっきらぼうに挨拶を返してきたばかりか、自分が乗るに相応しからぬ馬車に乗れと命令してきた。

 最初は劇で見た英雄に会えると言う事で喜び勇んでこの任務に臨んだが、実際に会って見れば劇の俳優のような二枚目では無く、粗野で野蛮な香りが漂う柄の悪い大男。

 最初は異国人であり、教養の無さから自分を目にしてもわからなかったのだろうと思い、非礼を許しはしたが、二度目は無い。

 ここいらで大貴族の令嬢でもある自分に対する礼儀というものを、わからせる必要があった。


「わたくしはこの馬車で参ります。賊ごとき恐れるに足りませぬ、我が家の騎士団を動員し護衛させましょう。それならばよろしいのでしょう?」


 勝ち誇ったような笑みを浮かべているアマーリエに対し、シンは冷たく突き放す。


「ならば創生教の助力は結構。わざわざご足労をかけさせて申し訳なかったな、お帰り願おう。おい、予定変更だ。七人では無く六人で行くぞ!」


 シンの返答を聞いたアマーリエは怒りで顔を紅潮させ、まなじりを吊り上げて睨み付けた。

 そんなアマーリエを意に介さずに、シンは出発の準備をする。

 こちらを無視して作業を進める一行を見て、アマーリエは焦り始めた。

 この任務を受けたのは多数の劇になり、人々が口々に噂をするシンを見たかったためでもあるが、それはアマーリエ個人の理由に過ぎない。

 彼女の父親であるヴォルデック侯爵は、飛ぶ鳥を落とす勢いであり皇帝の信任厚いシンを自分の派閥に加えたかった。

 そのために大司教に多額の献金をし無理を言って、この任務に娘を送り込むことにしたのだ。

 父親からシンを自分の陣営に取り込め、言外に手籠めにされて来いという指示を受けているアマーリエはここで、はいそうですかと引き下がることは出来ない。

 屈辱に顔を赤く青くと目まぐるしく変化させながら、ゆっくりとシンに向かって歩いて行く。

ブックマークありがとうございます。

人名を考えるのが一番面倒くさいです。武器の中二病くさい名前を考えてるのは楽しいのですが……

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