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帝国の剣  作者: 0343
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宗教間の闇


 シンが最後に訪れたのは力信教で、その帝都支部は帝都の外れにある。

 広々とした敷地に建てられた建物は、大聖堂でも講堂でもなく、一言でいうならば道場であった。

 実際に外には訓練場があり、多数の司祭や宗教関係者が汗を流し訓練に励んでいる。

 ――――武道や格闘技の訓練場にしか見えん。まぁ武道も格闘技も宗教的な側面が全くないとは言えないが、これは……他の二教団とは別物と考えた方が良いかも知れないな・


 教団支部の一部がドアでは無く引き戸であることに気が付き、懐かしさが込み上げてくる。


「どうかなさいましたか?」


 日本の事を思い出しながら入口の引き戸を見ていると、若い司祭が声を掛けて来た。


「ああ、これほど大きい引き戸は珍しいでしょう? この建物を建てた時に丁度大きな蝶番が無くて、急遽このような引き戸にしたとか……本当かどうかは知りませんけどね」


 そう言って司祭はクスリと笑う。


「これだけ大きな引き戸は初めて見たが、大きすぎて不便ではないのか?」


「ええ、実際に開け閉めするのが大変なために、日中は殆ど開けっ放しですよ」


 肩を竦めながら笑う司祭に、用件を伝える。


「え? あなたが竜殺しのシン!」


「まぁ、そう言われているらしいな……」


 帝都を度々騒がしているシンだとわかった瞬間から、若い司祭の態度がまるで貴人にでも接するかのように変わった。


「し、失礼いたしました! どうぞ、中に、どうぞ、どうぞ」


 案内されるままに着いて行くと、ザムエル大司教のいる執務室に直接案内される。

 他の二教団のまどろっこしさに比べると、力信教は直接的でシンの気質に近いものがあった。


「おお、聖戦士殿! よくぞ来られた、さぁこちらに」


 ザムエル大司教は白い歯を剥き出しにして豪快に笑うと、執務室にある椅子に座るよう促す。


「すまんが、アレを持って来てくれ。聖戦士殿にも味見をして頂こう」


 アレとは何か? 答えは直ぐに知れる事となった。

 司祭が持ってきた瓶から、強い酒精の香りが漂って来たのだ。


「ささ、聖戦士殿。先ずは一杯……この酒は今年の初酒で、この酒を用いて様々な神事を行うのです。言うなれば神に捧げる酒、不味い酒を捧げものには出来ませんでな……聖戦士殿にも味見をして頂きたいのです」


 瓶から柄杓で掬われた濁酒は、匂いを嗅いでいるだけでも酔いが回ってきそうなほどに、酒精が強い。

 シンは一年ほど前から飲酒をするようになったが、お祝い以外では自主的に酒を飲むほどまで好きではない。

 理由の一つが、蒸留酒では無く製法のわからない得体の知れない濁酒であり、無駄に度数が高いせいか酔う前に、臓腑が焼けるような感覚に陥るためであった。

 まだ日が沈んでも無いのに酒を喰らうのは気が引けるが、お願いをしに来たうえ、善意で出された以上は飲むしかない。

 礼を述べ、渡された柄杓を口元に運んで一気に濁酒を喉に流し込む。

 想像通り濃い酒精の香りが鼻腔一杯に広がり、流し込まれた喉は火を点けられたが如く焼け、胃に落ちた後は全身の熱を一気に上昇させる。


「ぶっはーーー。これは、強くていい酒ですな。これならば捧げられた神もお喜びになるでしょう」


「おお、聖戦士殿もそう思われますか! それでは……これを早速祭壇に捧げてきてくれ」


 ザムエル大司教は若い司祭に瓶を渡し、支部にある祭壇に捧げるように指示を出す。

 もう飲まずに済んでホッとしたシンは、今日の来訪の目的を大司教に話した。


「……なるほど、そういうことでしたら我ら力信教は全面的に協力致しましょう。一人と言わず幾らでも腕の立つ者をご用意致しましょうぞ」


「いや、それはお気持ちだけで……知っての通り帝国新北東領は治安の乱れた荒っぽい所です。力信教の方々のお力を借りたいのは山々ですが、他の教団とも公平を期さねば力信教に迷惑が掛かってしまいますので……」


「そうですな……星導教は未だしも創生教は……知っておられますか? 何故この力信教帝都支部の正面玄関の扉が引き戸であるのかを」


「いえ、あの大きい引き戸は見事ですが、それが何か?」


「この力信教が帝都に支部を立てた時に、創生教は信者を奪われるのを恐れて様々な嫌がらせをしたのです。その一つが扉であり、当時の鍛冶職人たちに圧力を掛け蝶番を作らせず、売らせずと建築を妨害してきたのです。それでも我ら力信教は妨害にめげる事無く支部を建てたのですが、おかげで玄関の扉が引き戸になってしまったのですよ」


「そのようなことが……星導教は妨害されなかったようですが……」


「それはこの帝国が武によって興された国であり、武を尊ぶ気風があったからでしょう。武人は皆、力と勝利の神ガルグを信仰していましたし、我らが帝都に進出することで自分達の影響力が低下するのを恐れたのでしょうな。この支部が帝都の外れにあるのも、嫌がらせの結果だと聞いております」


 ――――やはりこの世界でも宗教間の争いはあるようだ。地球のキリスト教とイスラム教のように宗教が理由で戦争が起こったことはあるのだろうか? それともこれからおきるのだろうか? 何にせよこの三教団の扱いには注意しなくてはならない。


「話が逸れてしまいましたな、失敬、失敬。派遣する司祭、私が志願したいのでありますが……私は帝都を離れる訳には行かず申し訳ない。ですが、この支部で一番腕の立つ者をご用意いたしますので、御安心くだされ」


 ザムエル大司教はシンに好意的であり、シンも他の教団幹部たちよりは話しやすい。

 だが、他の二教団の目があるために馴れ合いは程々にしなければならない。

 報酬や準備などの話をし、先日の戦の助力と学校の落成式の礼を述べて力信教を後にする。

 ザムエル大司教も自らシンを見送る。

 ――――三教団で一番腐っているのは、一番の勢力を誇る創生教か……現代日本の胡散臭い金満教団みたいな執務室といい、要注意だな。


 

---


 家に帰ると手を洗い、ハイデマリーからローザを受け取ってローザが笑い疲れて眠るまであやす。

 普段の様子と赤子に対するシンのギャップに、新たに住み込みで働くことになったオイゲンとその妻イルザは驚きを隠せない。

 竜を倒し喰らった大男だの、敵将の首を無慈悲に刈り取る猛将だのと噂されているが、今のシンはちょっと顔の怖い子供好きの好青年にしか見えないのだ。

 ただし赤ちゃん言葉を使い、頬擦りする様には苦笑を禁じ得なかったが……

 

 食事の時間になり、全員が食堂に集まり食事をする。

 ハイデマリーやオイゲン夫妻は、自分達は使用人であるからと言って遠慮したが、シンが分けて食事を摂るのは無駄であるとして一緒に食事を摂らせた。


「みんなに話がある。俺、レオナ、カイル、エリーは一月半ほど帝都を留守にする。その間、オイゲンにこの家を任せる。男手が足りない時はクラウスをこき使ってくれて構わない。ハイデマリーはローザの事を優先して、手が空いた時にイルザの手伝いをしてくれ」


「遂に行くのか……カイル、気を付けろよ!」


 カイルはクラウスに向かって無言で頷いた。


「金を預けて行くが、足りない時は宮殿に行けば、預けてある金を引き出せるように言ってあるのでよろしく頼む。それとクラウスは腕が立つから用心棒がわりに使ってくれて構わない」


「わかりました。シン様が御帰りになるまでこのオイゲンが御屋敷をお預かり致します」


 オイゲンは立ち上がると胸に手を当て一礼する。


「頼む。レオナ、エリー、カイル、出発は明後日だ。準備しといてくれ、目的はこの前説明したとおりウォルズ村の解放と浄化。俺たち四人の他に三教団からそれぞれ一人ずつ司祭を派遣してもらった。俺たちはアンデッドを倒し、司祭たちは土地を清める。移動用に馬車を用意した。御者はエリー、カイルはその護衛、俺とレオナは騎乗して前後を守る。何か質問は?」


 レオナがすかさず手を上げて質問する。


「司祭たちは馬車に同乗させるのでしょうか? となるとあまり多くの荷物は載せられませんが」


「そのつもりだ。だから城塞都市カーンまでは途中の村や街に寄りながら進むことになる。カーンで食料などを買い込み進む予定だ。その先は補給できる街や村は殆ど無いと思っていい。それと現地の……帝国新北東領は未だ賊が跳梁跋扈している。だが、先年とはまた様子が変わってきていて、何百人、何千何万という規模の集団は確認されていない。その代り、数人から数十人の小規模な賊が無数にいるそうだ。これに十分注意して進むことになる」


「司祭たちが足手纏いにならないといいけど……」


 エリーの呟きにレオナ、カイル、そしてクラウスまでもが同意を示すように頷く。


「力信教の司祭は大丈夫だろう。だが、他の二教団はわからない。一応、自衛出来る人材をとお願いはしてみたけれどもな……まぁ、何とかするしかない。明日は皆で準備をするから早めに床に着いてくれ、以上だ」


 シンの言う通りに、皆は食事を終えると早めに床に着く。

 これには理由があり、明日の準備の為ともう一つ、ローザの夜泣きで起こされるからでもあった。

 ローザが夜泣きをするたびにハイデマリーとシンがあやして寝かしつけるのだが、最低でも一度は夜泣きのために睡眠を中断される。

 最初の内は普段通りに就寝していたものの、夜泣きによって何度も起こされてからは自然と早めに床に着くようになっていた。

 シンを始め冒険者をやっていた皆は眠りが浅くても、大して苦にはならなかった。

 目の下に隈を作っているのはハイデマリー一人だけ、シンの居ない間はイルザと交代で対処して貰う事になる。

 その日の夜もローザの盛大な夜泣きの声が館に響き渡り、シンはローザを抱いて庭を散歩しながら宥める事となった。

 

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