近衛騎士団解隊
勲功第一位のシンに続いてキャラハン伯爵、シンと親交のあるハーゼ伯爵やシュトルベルム伯爵などが賞され、スードニアの丘で一番の激戦区である敵正面を担当したシュタウデッガー男爵などは、子爵位を飛ばし一気に陞爵し、新たに伯爵号を授けられた。
その他も激戦を戦い抜いた将領たちには漏れなく恩賞が与えられていく。
今回の式典は主に将領級の恩賞授与が行われている。
それより位階や功績が下の者は先に恩賞が配られており、こうしたところにも英邁と名高い皇帝の細やかな配慮が見受けられる。
将領級の者たちは経済的に余裕はあるが、末端の兵などは余裕は無いので末端から速やかに恩賞を授けて行かねば不満が溜まる。
また、将領たちは大半が貴族であり陞爵の手続きや、場合によっては土地変えなどもあり、調整に時間が掛かったのだ。
皇帝はシンと会うたびに、戦後処理の愚痴をこぼした。
「お主はもう仕事が終わったのでよいな。余の仕事は戦が終わっても増えるばかりで、ちっとも暇にならぬわ。戦の最中のがよっぽど自由があったわ…………そうだ、シン! お主は算術が得意であったな、余の仕事を手伝うがよい。これは命令である」
渡された書類の束、主に出納に関する書類に軽く目を通したシンは所々計算ミスを見つけ、それにより後に制作された書類の不備に繋がっていることを指摘して修正していく。
領地問題などが絡んでいるものは、横にいる皇帝に渡し次々と書類を片していく様を、宰相をはじめ各大臣は驚嘆する。
――――四則演算だけで済むから何とかなってはいるが、効率を上げるためにも電卓が欲しい。
皇帝が割り当てた仕事を終えるとシンはさっさと逃げるように帰って行った。
宰相、大臣以下役人たちがシンの手掛けた書類を見直すが、計算ミスが全くないことに気が付き愕然としたという。
このようにシンまでも恩賞に関する仕事をさせられた甲斐があって、例にないほどの早さで恩賞授与が行われ、帝国内だけでなく外に対しても処理能力の高さを見せつけることが出来た。
勲功授与が一通り済むと、皇帝は近衛騎士団長マッケンゼンを呼んだ。
マッケンゼンは当然自分も恩賞を貰えると思っていたが、いつになっても自分の名が呼ばれないことに焦りと苛立ちを覚えていおり、ここに来てようやく自分の名が皇帝の口から直接呼ばれ、その異例の行為に恩賞に対する期待感が否が応でも高まっていく。
胸を張り堂々と諸将の前に出るマッケンゼンの口許は、僅かに緩んでいる。
それを見た皇帝は内心の不快感を隠しきれずに、表情に出してしまう。
「マッケンゼン、卿は何か余に申すことはあるか?」
「はっ、某は陛下のお言葉通り帝都を敵の手から守り抜きましてございます。英邁なる陛下におかれましてはこの事に対して某の口から申さずとも全ておわかりかと……」
跪き首を垂れながら述べたのは恩賞のおねだり。
皇帝は唾を吐き掛けたいのを堪えつつ、口を開いた。
「何か勘違いしておるようだな、マッケンゼンよ。余が卿に問うたのは、何か申し開きがあるのかということ。どうやら無いようであるな、では処分を言い渡す。マッケンゼン近衛騎士団長の任を解く。その理由は麾下の近衛騎士の監督不十分、収賄、さらには余に対する背信行為によるものである」
皇帝の口から放たれた言葉の剣はマッケンゼンの肺腑を抉った。
マッケンゼンは口を陸に上げられた魚のように開閉し、馬鹿な……と一言呟くのが限界でその後に言葉は続いてこない。
「マッケンゼン、調べはついておるのだ。つい先日も余に届けられるはずの諜報よりの伝達を卿は握りつぶしたな。これは見逃せぬ背信行為である。卿の部下の近衛騎士たちもこの件に関わっていたことも既に調査済みであれば、余に対する背信行為の温床と化している近衛騎士団自体を解散とすることにした。だが、余も鬼ではない卿らに慈悲を与えてやろうと思うておる。本来ならこれは背信、反逆とみなし死罪ではあるが、命だけは許してつかわすゆえ今すぐ帝都より去ね」
マッケンゼンは青い顔で皇帝を睨み付けようとするが、いつの間にか皇帝の斜め前に移動していたシンが刀の鯉口を切り僅かに腰を落としているのが見え、肝を凍らせた。
跪いたままわなわなと震え、立ち上がることの出来ないマッケンゼンを警備の騎士が二人、両脇から腕を掴んで無理やり立たせ、そのまま出口へと連行していく。
マッケンゼンの退場が済むとシンは元の位置へと戻り、それを見届けた皇帝は諸将に向かって近衛騎士団の一連の不祥事についての説明をした。
会場内はざわめきに包まれ、宰相がうんざりした表情を浮かべながら声を張り上げる。
場が静まり返ると皇帝が再び口を開いた。
「近衛騎士団を解散するが、近衛騎士団の制度は残す。だがその内容は以前とは異なり、縁故採用では無く貴族平民を問わず勲功、試験の結果をもっての採用とする。諸将も周知のことと思うが、余は新たに近衛騎士を養成する学校と言う機関を作った。この学校の卒業者を近衛騎士とすることとした。差し当たって当面人材が育つまでは、実績と勲功を考慮して近衛騎士団を再編することとす。異存のある者は前に出よ」
暫しの時が経つが、誰も前へと出る者はいない。
「よろしい。では、これをもって勲功授与式を終える。諸将、皆よくやってくれた。帝国はこれからも難事に見舞われるやも知れぬが、卿らとならば乗り越えられると余は確信している。ささやかだが祝宴の用意をさせている。そこで帝国のより一層の繁栄と卿らの栄えある未来を共に祝おう」
会場が割れんばかりの歓声があがり、波乱のあった勲功授与式は幕を閉じた。
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祝宴会場は無礼講と宣言され、銘酒や豪勢な料理に舌鼓を打ち、陽気な歓談の声に溢れている。
反逆者たちから没収した財産や土地はかなりのものであり、それらの一部を気前よく恩賞として与えられた諸将は皆上機嫌であった。
皇帝とシンも祝杯を交わし、その元に次々と諸将が挨拶に現れる。
挨拶が一通り終わると、シンは恩賞の一つであった巡察士という役について聞いた。
「なぁ、巡察士って何をやればいいんだ?」
「簡単に言えば間諜だ」
皇帝のあっけらかんとした言に対し、酒杯を傾けていたシンは盛大に咽た。
「か、間諜! つまりスパイってことか、ちょっと待ってくれ」
「難しく考える事は無いぞ。お主は冒険者でもある……どういう事かわかるか?」
ほろ酔い気分でニヤニヤと楽しそうに皇帝はシンを試そうとする。
「つまりあれだろ、冒険者の身分を隠れ蓑にして方々探ってこいってことだろ」
シンの答えに対し、皇帝はあっさりと自分が出した謎解きを解かれた子供の様な態度でむくれた。
「ちっ、面白くない。最近はマルガも余に構ってくれぬし、アルベルトは余が抱くと泣くし……まったく……」
シンは相手にするのが面倒になったのか黙って皇帝の持つ杯に酒を注いでいく。
皇帝は注がれた度数の高い酒を一気に呷ると、シンの手から酒の入った小樽を取り上げ自分の杯とシンの杯になみなみと酒を注いでいく。
再び杯を上げ音頭を取ると諸将もそれに続いた。
二人はその後も杯を重ね、小樽が空になると近侍が諌めるのも聞かずに追加を所望する。
数刻後、会場は飲み潰れた男たちで溢れかえり、その中には当然の如く皇帝とシンの姿もあった。
酔いつぶれた者たちは意識の無いままに次々と運び出され、馬車に詰め込まれるか宮殿の空き部屋に放り込まれていく。
シンが翌朝目が覚めると、そこは以前に寝泊まりしていた宮殿の一室であり、その細やかな気配りに感謝した。
重い二日酔いで頭が割れるように痛いが、幸いなことに吐き気は無い。
厠へ赴くと、近侍に背をさすられて反吐を吐いている皇帝の情けない姿を目にしてしまう。
「陛下、今治癒士をお呼び致しましたのでもうしばらくの辛抱でございます」
皇帝は目に涙を溜めながら必死に吐き気を堪えようとする。
その様子が可笑しくてシンが盛大に笑い、皇帝が抗議の声を上げようとするが口を開けた途端に戻してしまう。
それを見たシンは再び笑ってしまうが、自分の笑い声が頭に反響し更なる頭痛を引き出して涙目になって蹲る。
この情けない地獄絵図は治癒士が来るまで繰り広げられ、皇帝とその重臣であるシンのあまりにも情けない姿に、近侍の者たちはあきれ果て帝国の未来を憂慮した。
× 賄賂の贈与
○ 収賄
マッケンゼンは貰う側でした。与えてどうするんだよ! しょうもないミスをしましたので修正しました。




