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帝国の剣  作者: 0343
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少女と赤子


 シンが自宅に戻ると、弟子が晴れやかな顔をして出迎えに出て来た。

 その表情を見て全てを悟ったシンはカイルの肩を叩く。

 ただそれだけの行為で弟子は師匠の意を正確に受け止めることが出来た。

 師弟の絆の強さは年月には比例しない。

 友情、愛情、憎悪、良いも悪いも含めて人と人とを繋ぐ絆自体がそうなのだろう。


 帰宅すると皆がリビングに集まりだしたので、今一度今後の方針を打ち出していくことにした。


「まずはクラウスの近衛騎士養成学校の二次試験、これが最優先事項だ。これにクラウスが受かれば、碧き焔からクラウスは抜けることになる。だが、縁が切れる訳じゃないからな。クラウスには是非、引き受けてもらいたいことがあるんだ。それはこの家の管理と維持、勿論給料も払う。学校の宿舎に入ってもいいが、ここなら寝食に不自由させないことを約束しよう。どうだ?」


「あっ、試験の事で頭がいっぱいで考えてなかった。そうか、宿舎に入ると金取られるのか」


 心底しまったと言った顔をしてクラウスは頭を抱えた。


「まぁな、成績優秀者は無料にして優遇するそうだが……クラウスは実技は兎も角、筆記がなぁ……それに入ってからも色々と金は掛かるかもしれない。まぁ金が無い者には国が貸すそうだが、借りたからには返さないといかんし、借主が国だから逃げたり返せないと借金奴隷待ったなしだぞ。家の管理人をやれば金は掛からないどころか収入もある。クラウス君、どうかね?」


 心底意地の悪そうな表情を浮かべてクラウスに迫るシンを、見ていたレオナ達三人は苦笑いを浮かべた。


「師匠、選択の余地がねぇよ! まぁここに居てもいいってのは嬉しいな。またみんなに会えるってことだしな」


 クラウスがそう言うと、カイルを始め皆の表情が緩み自然に笑みがこぼれ出した。


「夏や冬には長期の休みがあるらしいので、その時にはクラウスも一時的に碧き焔に復帰してもらうってのもありだ。まぁとりあえずは試験に合格する事、合格しなきゃ始まらねぇから頑張れよ」


 そう言ってクラウスの背を力いっぱい叩くとシンは大口を開けて笑い出した。



---


「……あの、レオナ様……レオナと言う女性の方を知りませんか? 帝都に居ると聞いてやってきたんですが……」


 赤子を背負ったみすぼらしい少女が、道行く人々に聞いて回るがその殆どが相手をしてくれず、相手をしてくれた僅かな者たちも情報の少なさから直ぐに匙を投げざるを得なかった。


「それだけじゃねぇ、帝都は広いから……」


「もっと何か情報は無いのかい? だとしたらお手上げさぁね」


 情報はある。だが、他人においそれとは話すことは出来ない。

 反乱を起こして犯罪者となったルードビッヒ男爵家に連なる者だと知れれば、命の危険が生じてしまう可能性があるからだ。

 少女が途方に暮れていると、その周囲を屈強な衛兵たちが取り囲み少々の問答の末、少女を何処かへと連れ去った。



---


 

 日も暮れ始め各家の竈から夕食の香りと煙が立ち上り始め、レオナとエリーも夕食の準備に追われていた。

 碧き焔では最初は食事の準備は交代制で行われていたが、シン、カイル、クラウスの三人が作る飯の不味さに耐えかねた女性陣二人は、以後二度と三人が竈の前に立つことを禁じ、食事に関しては女性陣が仕切ることにした。

 この時間、龍馬に餌をあげた後は若干の手持無沙汰になる男性陣三人は、リビングで何をするのでもなくただワイワイと談笑を続けていた。

 そんな中、玄関の方から微かに人の声が聞こえ、誰かの来訪かと皆が腰を浮かせる。

 弟子二人を手で制してそれぞれの腰に目をやり警戒を促すと、シンも刀を引っ提げて玄関に向かう。

 弟子たちもそれぞれの腰に差した武器の具合を確かめると、師匠であるシンの後を追いかけた。


「剣術指南殿ー! 剣術指南殿は居られませんかー!」


 シンが扉を開けて門へと近づいて行くと、門外に数人の衛兵と一人の少女が佇んでいた。


「おお、剣術指南殿! わたくしこの地区を担当している衛兵長のバードンと申します。実はこの少女がレオナという女性を探していると通報がありまして……事情を聞いて見た所、そのレオナと言う女性はおそらく碧き焔のレオナさんのことではないかと……いえね、ウチの若いのに冒険者上がりの奴がおりまして、もし間違っていたのならば申し訳ございません」


 バードンと名乗る衛兵は、長と言うだけあって他の衛兵に比べ少しだけ良い装備を与えられていた。

 そのバードンに促されて前に恐る恐る出て来た少女は、シンの顔を見て元々血色の悪かった顔色を

さらに青ざめさせた。

 見た所年のころは十代前半と言った所であろうか? 薄汚れみすぼらしい外見の為によくはわからない。

 少なくともシンはこの少女に見覚えは無かったが、レオナを探しているというところが引っかかる。


「お知り合いでしょうか?」


 相手が巨大な武勲を上げたシンだと知っている衛兵長は、丁寧に細心の注意を払いながら恐る恐る聞いた。

 その対応に一々相手をするのが面倒になったシンは、とりあえず少女を客として招き入れる事に決めた。


「俺の知り合いではないが、うちのレオナの知り合いかも知れない。その少女は客としてうちで預かろうと思う。わざわざの案内、ご苦労。感謝いたす」


 そう言って頭を下げると、衛兵長以下全員が恐縮した体を見せた。


「では、我々は任務に戻ります。その……もし、もしよろしければお時間のあるときに詰所に顔を出しては貰えませんか? 一応ですが、上役に報告の義務が御座いますし……それに我々だけが剣術指南殿に会ったとなると他の隊員たちが羨ましがるので……」


 そう言って頭を掻くゴードンは、少し恥ずかしげに顔を赤らめる。

 シンはゴードンの言に不穏を感じ取った。

 ――――上役に報告だと?……つまり、まだレオナは監視対象ということか……まぁ、無理もないが。


「了解した。近いうちに顔を出すとしよう、では客を放ってはおけないのでこれで失礼させてもらうよ。さぁ君、中へどうぞ」


 そう言って衛兵たちに別れを告げ、少女を家の中へと促す。

 玄関を閉めるときに門を見ると、帰って行く衛兵がハイタッチをしているのが見えた。

 ――――俺が英雄ねぇ、ピンとこねぇわ。しかしこの娘は一体何者だ? ん? 赤子を背負っているのか?


 玄関の中で、気を張って待機していた弟子に手振りで安全を示すと、レオナを呼ばせに行かせる。

 程なくしてレオナが玄関に現れ少女と対面するが、レオナは首を傾げた。


「どちら様でしょうか? どこかでお会いしたことがありましたでしょうか?」


 そのレオナの言にシンの目がすぅと細まり、心中に警戒のベルが鳴り響いた。


「知り合いではないのか? 君、名前は?」


 ガタガタと震えだす少女の背にはぐったりとした赤子が背負われており、それを目にしたシンは詮索よりも赤子のことが気になった。


「カイル、エリーを呼んで来い。急げ!……その背負っている赤子は君の子か? 具合が悪そうに見えるが、どれ見せてみなさい」


 少女が自分の子だと告げると、シンは半ば強引に赤子を受け取る。

 赤子の体温は低く、手荒な扱いにも鳴き声を上げようとしない。

 薄汚れた体は痩せており、骨が薄っすらと浮き出ている。


 どうしたの?とエリーが現れると、すぐさま赤子を診せた。


「おい、赤子に乳を与えているのか? このままだと死ぬぞ」


 少女は顔を覆って泣き出し、もう三日も親子ともども何も口にしていないと言った。

 母乳も出ずに水だけしか与えていないと聞いたシンは、赤子を救うべくすぐさま行動に移す。


「クラウス、お前は空き部屋を掃除しておけ。エリーはそのまま赤子を診ていろ。カイル、ほらっ、それを持って乳をくれる人を探しに行け。レオナはその娘に食事を、胃が弱っているだろうからスープだけを与えろ。行動開始だ急げ!」


 カイルに金貨を投げると、自分も乳をくれる人を探すべく家を飛び出して行った。

ブックマーク、評価ありがとうございます。

いきなり冷え込みましたね。皆さんも風邪を引かないように気を付けましょう。

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