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帝国の剣  作者: 0343
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聖なる白鷺

 穏やかな寝息を立てる皇子を起こさないよう静かに抱き上げた乳母は、侍女数人と部屋を出て行く。

 部屋に残ったのはシン、皇帝と皇后、侍従武官長のウルリヒ、最初にシンにお茶を運んできた若い侍女の五人である。

 扉が閉まりしばらくした後、皇帝が口を開いた。


「して、今日は何用で参ったのだ? お主の方から来るのは珍しいな、これからは遠慮せずに顔を出すが良い」


 ゴホンと咳払いをしてシンに目配せをしてからウルリヒが来訪の目的を話し始めた。


「横からの無礼お許しください。シン殿の来訪目的はこの剣をアルベルト皇子に献上しようと思ってのことでありますれば……」


 そう言って恭しく差し出した剣の美しさに、皇帝だけでなく皇后までもが目を奪われてしまう。


「まぁなんて美しい! 純白の剣なんて今まで見た事がありませんわ。これをあの子に? まぁ、あの子もきっと喜びますわ! ねぇ、陛下」


 産後ハイがまだ続いているのだろうか? シンは皇后の喜びようにいささかの驚きを禁じ得ない。


「この剣は? 大層な代物であることはわかるが……銘は何と言うのか?」


 剣を差し出しているウルリヒは生唾を飲み込み、皇帝の問いに答える。


「はっ、この剣はルーアルト王国の近衛騎士団長である銀獅子の愛剣にして、同国の至宝と言われておりますホーリー・イーグレットであるかと思われます」


 横でお茶を飲んでいた皇后が盛大に吹き出した。

 ゴホゴホと咽ている皇后に侍女が慌ててハンカチを取り出し、口許を始めあちこちを拭いてまわる。

 まさかそれほどの代物とは思わなかったのであろう、皇后は宝石や装飾品なら未だしも、剣など武具についての良し悪しについては全くの無知である。

 少し変わった綺麗な剣程度にしか思っていなかったのが、一国を代表する至宝だと言われ気が動転し粗相をしてしまうに至ったのだ。


 気が動転しているのは皇帝も、剣を差し出しているウルリヒも同様で、これ程の代物を他人に気軽に与えようとするシンに驚きを隠せないでいた。


「いや、待て待て! シン、お前この剣がどれ程の価値があるかわかっておるのか? 売れば死ぬまで遊んで暮らせるやもしれんぞ。それを、こんな簡単に手放すなど」


「いや、俺にはこいつがあるし持ってても使わないからな。俺にとって剣は美術品では無く実用品なんだよ」


 腰に佩びた刀、天国丸をぽんと叩き、笑いながらそう言うシンをこの部屋にいる全員が信じられないものを見る目で見、かつ驚嘆した。


「はぁ~、お主と言う奴はまったく……アルベルトには以前にも見事な地竜の角をお主から頂いておる。気を使う事は無いのだぞ」


 半ば呆れた表情で皇帝が言うと


「いや、あれは懐妊祝いでこれは出産祝いだから」


 そう言われてしまい皇帝は二の句が継げなくなり、黙ってしまう。


「あいわかった。お主から我が子への贈り物、しかと受け取った。感謝するぞ。しかし懐妊祝いに出産祝いか、お主の国の風習か?」


「ああ、親しい間柄の者達でやる風習だがね。そうだ! お礼を寄越せとは言わんが、また皇子に会いに来てもいいかな?」


 少し恥ずかしそうな顔をしてシンがそう言うのを、皇帝だけでなく皇后も微笑ましく思う。


「ええ、是非。あの子もきっと喜びますわ、何時でも気兼ね無くいらして下さいな」


 皇后にそう言われたシンは顔を若干赤らめながらも、嬉しそうに頷いた。


「お主がこれ程子供好きとは思わなかった。そろそろ身を固めて子を成す気は無いのか? 見合いの相手ならばいくらでも……お主ならば引く手あまた、より取り見取りであろうに」


「いや、当分その気は無い。まずは弟子たちを一人前にして、パーティメンバーが恙なく暮らせるようになって、それからだな……」


「そのような事を言っておると、時期を逃すぞ。たしか余より一つ下だったな……ウルリヒ、お主は幾つのときに妻を娶った?」


「はっ、十八の時に御座います。陛下」


「ほれ、余は十六の時だし我が国ではもう結婚しててもおかしくは無い年だぞ」


「う~ん、俺の国では二十代半ばが結婚適齢期って言われていたんだよなぁ、帝国との考えの差か……考えておくよ」


 そうしろと皇帝は短く言い、この話は終わった。


「来たついでに例の件、俺のパーティが受けたいと思うのだが……」


「あの北方の件か? わかった、宰相も同席させる。よいな?」


 こうして皇后と皇子との会見は終わりを告げ、今度は別室で皇帝、宰相との謀議が行われることとなった。


---


「な、なんですと! 教団にも認定されている聖剣ではありませぬか!」


 ホーリー・イーグレットの件を宰相エドアルドに話すと、皇帝にも直言を憚らぬ剛毅で知られる宰相も、流石に目を白黒させて驚いた。

 

「シン殿、売れば小国の国家予算に匹敵するほどの大金が手に入るのですぞ?」


「まぁ金はあったほうがいいが、若いころに大金を手にしても碌な事にならないだろうしな。それに俺はあの皇子が気に入った」


 シンはその問い淡々と答えながらも、宰相の用心深さには舌を巻く思いを抱いていた。

 おそらく宰相はこう思ったのだろう――――価値のある聖剣を献上して何を得ようとしているのか? 権力や地位か? はたまた名誉か? 打算の無い行動を取るとは思えないのであろう。


 勿論シンにも打算はある。こんな物騒な物を個人で所有していては命が幾つあっても足りないので、いっそのこと国にあげてしまった方が良いという自己保身からの打算に基づいた行動であるが、そのような小市民的な考えを読み取れなかったとしても、宰相を責めることはできないだろう。

 実際に皇帝すらもシンの行動は想像の範疇を越え、早々にこの事についての考えを放棄していた。


「エドアルド、考えても無駄だぞ。シンは我々の理解を越えておるからな」


 宰相は納得しがたい小難しい顔をしながらも、落ち着きを取り戻し浮かせた腰を椅子に降ろした。


「さて、シンよ。例の件、あの温泉で話した北方の寒村に現れた強靭な骸骨剣士のことで間違いないな?」


「ああ、その村の名前はウォルズ村、俺の弟子の故郷だ。その骸骨剣士討伐を俺のパーティ、碧き焔が請け負いたい」


「確か二度ほど鎮圧に騎士団の小隊を派兵して、追い散らされたとか……失礼ながらシン殿の碧き焔は確か五、六人だったかと思いますが、いささか荷が重いのではありませぬか?」


「宰相の言いたいことはわかる。だが、この件だけは譲るつもりはない。国が許さないならば勝手に行かせてもらうまで。先に帝国軍が手を付けているようなので、一応断りを入れに来たまでの話だ」


 気まずい沈黙が訪れ、三人の眉間に皺が浮き出る。


「シン、勝てるのであろうな? 何故そのウォルズ村に拘るのかも話せ」


 皇帝の真っ直ぐな視線を受け、シンは表情を緩めた後ゆっくりと話し始めた。


「なるほどな。その骸骨剣士はおそらく、そなたの弟子であるカイルと申す者の父親ではないかと……その骸骨剣士だが村に入りさえしなければ、襲ってくることはないそうだ。そのために討伐は後回しにされてたのだが……村には他にもアンデッドが巣食っていて、派兵した騎士一個小隊が二度にわたって撃退されておるのだぞ? お主のパーティだけで本当に大丈夫なのか?」


「陛下、シン殿、よろしいですかな? ただ討伐するだけでは無く後始末もせねば困ります。鎮魂の儀を行い土地を清め、二度と亡者が彷徨い出ることのないようにせねば問題解決とは言えますまい」


「それは……宰相の言う通りだ。その後の事を失念していた、すまない。だが、そうなると俺のパーティでは無理ということか……」


 宰相の目配せに気が付いた皇帝は、シンに助け舟を出す。


「ならば神官を同行させればよい……と言いたいのだが……ちと問題があってな」


 言いにくそうな皇帝に変わり、宰相が後を継いだ。


「シン殿は今それぞれの教団が内部で大きく分けて二つに分裂し、争っているのは御知りですかな?」


「いや、今初めて聞いた。どういうことだ?」


 全くの寝耳に水に驚きながらも、宰相の話に耳を傾ける。


「それはシン殿の持ってきた神託の石が原因と言えなくはないのです」

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