10 生き埋め
すいません、投稿がかなり遅れてしまいました。
ステイピアの街とオルフェンスの街の間に広がる森は大きな針葉樹に覆われおり、その森の木々は万年雪で覆われている。
木の幹は太く、木と木の間は狭く、大軍を進めるには非常に困難であることが容易に想像できる場所だ。
アレクトー軍は森の中心部分の木々を切り倒して広場を作り、そこを本拠として砦を築いていた。
そこに1000人を超えるアレクトー一派が犇めき、防御を固めている。そんな砦が見える草むらに、フォンは息をひそめていた。≪空間転移陣≫で到着した俺は一人で頑張っていたフォンを労う。
フォンの尻尾は一切の感情を殺していた。本当は嬉しいはずなんだが、この状況で一切の物音を立てないようにするため、尻尾まで制御して息をひそめているのだ。
(フォン、これが終わったら一緒に寝ような。)
ピクリと尻尾が動いた。だが、表情を消し静かに肯くだけ。…すごい。
今からお日様1つ分の後に前後からの挟撃が開始される。
俺とフォンは、二手に分かれて左右から攪乱を行うことになっていた。
まずフォンの待機位置を決める。砦内の櫓が見える位置を探し、そこから森の外まで逃走する手順を決めて針葉樹に印をつけていく。
次に俺の位置を決める。氷狼'sを等間隔に配置して一斉に針葉樹を押し倒す手はずで準備する。
そして静かにその時を待った。
≪異空間倉庫≫から合図を示すハンカチが消えた。俺はヨーコに≪念話≫で話しかけた。
(ヨーコ、今どこだ?)
ヨーコは戦乙女族軍に従軍していた。
(こっちは配置に着いたわ。これから半人半馬軍と連携して攻撃を開始する。)
(了解。こっちはそれを合図に攪乱行動に出る。)
森への攻撃開始と同時に主天使族のオルフェンス攻撃が開始される予定だ。
4部族を巻き込んだこれほどの大きな戦争はこれまでの歴史にはない。語り部サラも言っていた。
俺は木々の隙間から見える雪山を見上げた。
…クレイオス様。俺の行動は合っていますか?
そして反対側にある【巨蟹獣】を見る。
(だれがタダノハリボテやねん!)
……やっぱり俺を監視していたか。
(どう?どう?今のツッコミ!絶妙なタイミングだろ!?)
前世かぶれの変人…とでも言うべきか。正直神獣様の中でも群を抜いてめんどくさいお方。…だが俺を拘束しないと言うことは、まだ創造神様の意には背いていないということか。
俺は祈りを捧げた。
太陽神式の祈り。
今回、フォン、ベラ(ウルチ)、カミラ、ヨーコが戦争に参画している。
ベラとカミラは主天使族軍に合流してオルフェンスの街にいる。戦闘にも参加し状況によっては俺に連絡を取る役目も担っている。カミラは前回の海賊戦で失態しているから、今度こそはと意気込んでいたな。…空回りしなければいいが。
…気づいたら白い空間にいた。
そして目の前に4柱のお姿。
男神クレイオス様の影。
神教護軍長ウリエル様。
後の2柱は初めて見るが恐らく戦神ヴァルキリー様と酒神ケンタウリア様だろう。ウリエル様以外は影だ。
「また会うたな。」
ウリエル様が1歩前に進んで俺に声を掛ける。
「…どうも縁があるようですね。」
「貴様はただの“この世ならざる者”ではないからな。…だが、この戦にまで首を突っ込むとはのう。」
「これも運命かと。」
巨大な翼をもつ影が大きく揺れた。
「確かにこの者は数奇な運命の者よ。これほどの神々が祝福し、守護し、断罪されている者など見たことがない。…我も断罪したくなるわ。」
断罪?…えと、どういう意味だろ?
俺は言葉の意味が解らず無言でいると、
「我の力、≪破邪顕正≫を受けたであろう。あれを断罪という。神の力を授かり、その力の大きさに苦悩させ、やがてその身を蝕ませる…。だが、貴様はそれすら凌駕する精神で数多の断罪を受けてなおのうのうとした表情。神からすれば、これほど面白きことはない。旦那様ですら貴様に興味を持たれたほど。…死なせるのは惜しいと我らも思うのだ。」
星神様といるときのような甘えた様子もなく、一人で俺と対峙した時のような傲慢さもなく、威厳のある態度で俺の前に佇むウリエル様。自然と俺も頭を垂れた。
「男神の守護を持つ子を守りしあかつきには、我ら4柱の断罪も与えたもう。精進せよ。我らを敬えよ。」
光に包まれ、俺はもといた森の中に引き戻された。これほど俺に干渉してくるとは神様もあのエルティスケースの存在は必要だと考えているということか。それともアレクトーが不要だと言っているのか。
俺は神様との約束を果たすため、氷狼'sに指示を与えて砦へと向かった。
戦闘が始まった。
アレクトー一派は防御を固め前後からの挟撃に耐えていたが、氷狼'sとフォンの≪短弓速射≫≪長弓確射≫にかき回されて、その隙に正面の櫓が破壊され砦内に侵入された。
俺は、密かに砦内に侵入し人質が閉じ込められている倉庫を探し出して≪空間転移陣≫を使って一人ずつ脱出させていた。そして最後の一人を脱出させた後、倉庫に火を放った。
そこにアレクトーが現れた。俺の姿を見て目を吊り上げて怒りを露わにし、既に両手には槌鉾を持っていた。
「やはり貴様か!俺の計画を無駄にしやがって!…もう少しで、もう少しで“クレイオスの加護”を手にできたのに!」
俺は、アレクトーの正面に立ち【エーレクトラーの鋼槌】を取り出した。
「クレイオス様はお前なんぞにお力は貸さんよ。…お前には神を敬う気持ちも、人に感謝する気持ちもない。あの世に行って前世の罪を償うがいい。」
俺の言葉に怒りを爆発させアレクトーは槌鉾を振り回して襲い掛かってきた。
【エーレクトラーの鋼槌】はアレクトーの両腕を得物諸共打ち砕き、アレクトーはその勢いで燃え盛る倉庫の壁にめり込んだ。
両腕を失ったアレクトーは体を前後左右に振ってもがいたが、めり込んだ体は抜けることはなく、やがて火の手がアレクトーに迫った。
「巨神族アレクトーよ。言い残すことはないか?」
俺はアレクトーの前に立ち、冷たい視線を浴びせる。アレクトーは近づく炎に怯えながらも俺を睨み付けて吠えた。
「貴様なんぞに…貴様なんぞに我が巨神族の野望がわかってたまるか!」
「…一族全てが野望を持っているわけではあるまい。…己自身の野望を勝手に一族全員の野望にすり替えるなよ。」
炎はアレクトーを包み込み、多くの半神族を巻き込んで権力を手に入れようとした男は命を失った。
俺は先に森を脱出したフォンのもとへ向かった。既にエルティスケースを含めた助け出した人質はカーテリーナ殿のもとに送り届けている。後はフォンを迎えて帰るだけだ。
フォンは俺を見つけ尻尾をブンブン振って迎えた。そして艶めかしい表情で俺に纏わり付き耳を甘噛みした。
「ご主人…早く帰ろ。私…我慢できない…。」
フォンは全身を俺にこすり付けて俺を挑発した。既に体は火照っており、指先まで発情していることが見て取れた。
「フォ、フォン!待って!まず戻ろう!」
俺は慌ててフォンを引きはがそうとしたが、フォンはガッチリ俺に絡みつき、首筋に舌を這わせた。
「もう…ここで、しよ?」
“ここで、しよ?”
甘い誘惑の言葉が脳内を駆け巡った。
俺はブンブン首を振ってフォンの誘惑を振り払ってフォンの肩を持って引き剥がした。
「はい!そこまで!フォンの気持ちは十分わかってるから!でも今日はベラとカミラを連れて一旦宿に戻ろうね!ね!」
なんとかフォンをなだめて俺はベラの元に転移しようとした。
えい!
…。あれ?転移しない?…えい!、えい!……あれ?
いつまで経っても場所移動しないことにフォンは小首をかしげてる。
「…するの?」
しない!後でするけど、しない!
待ちなさい!なんか調子が悪いんです!そうだ。カミラのほうに転移してみよう。
…転移した。…どういうことだ?
俺たちはあるフェンスの街に転移した。すぐ側にはカミラがいる。
だが、カミラは魂が抜けたような呆然とした表情で、目の前の瓦礫の山を見つめていた。
「カ、カミラ?どうした?」
俺の声に反応し、振り返る。瞬間的に目に溜めていた涙が溢れだし、唇を震わせた。
「ベラ姉が…。ベラ姉が…!うわぁあああああああんん!」
ど、どうしたんだ!
カミラは瓦礫の山を目の前にしてただ泣き叫んでいるだけだ。
ベラはどこに行った?
俺は≪気配察知≫で彼女の気配を探した。だが、彼女の赤い点は見つからなかった。
フォンが必死にカミラをなだめていた。ようやく落ち着きを取戻してカミラは事情を説明した。
オルフェンスの街を守っていた敵兵は、あの大砲を魔力過多の状態にして暴発させて、城壁を破壊して主天使族軍を生き埋めにしたそうだ。そしてその中にベラも居たと。
俺は瓦礫の山を見つめた。
東西南北に城壁は崩されており、その周りには必至になって石を片付ける主天使たちがいた。
「…ベラ!」
ベラの元に転移できなかった。それはベラの周囲に転移できるスペースがなかったから。
ベラの気配が見当たらない。それは、ベラ自身が感知する魔力が発せられていないから。つまり命を落としたか気を失ったか。
(ベラ!)
俺は≪念話≫で話しかけるが返事がない。
「くそ!」
俺は慌てて瓦礫の山に向かった。だが、フォンが俺の手を掴み、それを阻んだ。
「ご主人…まず報告。」
う…そうか。案外冷静。うん、連絡しよう。俺は≪念話≫で宿で待機するサラに話しかけた。
状況を説明すると以外にもサラも冷静な声で「少々お待ちください。」と答え、暫く無音になる。
サラは、大事な場面ではいつも冷静だ。静かに状況を見つめ、相手の表情を読み取り、相手が欲する情報を的確に探し出してくる。…確か固有スキルに≪察言観色≫というものがあった。この能力なのだろうか。
やがてサラから返事があった。
(ご主人様、一度宿に戻って頂けないでしょうか。)
(どうしてだ?)
(ファティナ様のお力でなんとかできるかもしれません。)
俺はファティナ様に≪念話≫を送った。
(エルバード殿。私は≪他言無用の礼≫という固有スキルを持っております。これは云わば相手の心の中を覗くスキル。……しかしこのスキルの本領は…相手の生死にかかわらず残留思念を覗けるところです。)
なんというすごいスキル。しかしこれがどう…?
(つまり、このスキルを使えば、土砂の下に埋まる人の残留思念を感知し、その場所を特定することができます。)
なんと!
(私をオルフェンスの街に連れて行ってください。生き埋めになっているのは貴方様の奴隷だけではないのですよね。…私ならば助け出せるかもしれません!)
彼女の能力。初めて会った時に考えていたことを言い当てられた。なんらかのスキルではないかと思っていたが、恐るべき能力。そして彼女が若くして国王陛下の覚えめでたく爵位を得ている理由にも納得した。
俺は【巨蟹宮】へと戻った。そして男爵様の手を握りしめた。
「…お願いします。ベラを…多くの半神族の命を。」
男爵様は肯いた。
「アリアも連れて行ってもらえますか。」
心配そうに男爵様を見つめているアリア殿。俺は彼女の肩を叩く。
「…行くぞ。」
アリア殿は不安そうにしながらも肯いた。
「ちょっと待って!妾も…妾も行く!」
独特の口調での声が聞こえ、見るとエフィが【雷爪の杖】を床につき、胸を張った状態で立っていた。鼻をフンフンと膨らまして息巻いて立っている。
「妾の≪土魔法≫と≪水魔法≫があれば、救出に役に立つ!」
鼻息荒く、興奮した様子のエフィ。食べ物以外でこんな表情を見せるのは初めてだ。
「ベラは妾が探し出すのじゃ!エル!連れて行ってくれ!」
…そうか。エフィはベラの教育係だもんな。
「でも、両脇に男爵様とアリア殿を抱えなきゃならんから、あとで…」
「何を言ってる!」
エフィは勢いをつけて走り込み、俺の膝を蹴って跳びあがって俺の肩の上に座り込む。それは、さながらロボットアニメの合体シーンのように思えた。
「妾には専用の椅子があるのじゃ!これでエルの両手は空いておろう!さあ、早く!」
エフィは真剣な表情をしているから俺は何も言わなかったが、フォンの目が赤く光っていたのを必死にサラが抑えていたことを見逃さない。
それでも急いでいるから何もツッコミは入れず、両脇にファティナ様とアリア殿を抱えた。
「サラ、留守を頼む。」
「必ず、ヨーコ様も含めて全員で帰って来て下さい。」
サラは深々と頭を下げた。
次の瞬間、俺は部屋から姿を消し、カミラの下に移動した。
≪他言無用の礼≫の力は絶大だった。男爵様は瓦礫の山を1つ1つ確認し、下に隠れる生き埋めの人たちを探し当てていった。
彼女のスキルは人間が放つ残留思念を感知する。生きていれば今の、意識を失った者はその直前の。
それを感知して場所を探し出し、エフィが水魔法で周辺を水で覆って土魔法で盛り上げて取り出す。二人ともかなりの魔力を消費するようで空気が冷たいにも関わらず汗を掻き、顔色を悪くしていた。
俺が二人の背中に手を添えて≪魔力操作≫で俺の魔力を与える。男爵様が目を見張って俺の顔を見たが、すぐに作業に戻った。後でなんかいろいろ聞かれるだろうが、それはしょうがない。
こうして次々と生き埋めの兵士が助け出された。大半はまだ生きており、適切な処置を行うことで助かるだろう。危険な状態な者については、俺の≪傷治療≫を掛けて最低限の処置をした。…当然内緒でやってるので、周りの連中からすれば、かなり運よくみんなが生きていると思っているかも知れない。
…それでも助け出された時点で既に命を落としている者はどうすることもできなかった。ベラもまだ見つかっておらず、不安に駆られる。
「ベラ姉!」
カミラの叫びが聞こえ、俺も向かった。カミラの泣き叫ぶ姿を見て心臓が高鳴る。
現場に到着しベラの姿を見た。
助け出されたベラの姿に俺は絶句した。
右半身が押しつぶされ、酷い火傷を負っている。長い黒髪も焼けて半分以上失われていた。髪の色が黒いから、肉体を支配しているのは今はベラか。
「ベラ!」
俺の声に反応し目を開き、ぎょろりと俺を見た。
「生きていたか!?」
「…申し訳、ありません。酷い怪我を覆い、ウルチの精神が弱っております。」
「わかった。後でウルチに会いに行く。」
「それと、この肉体とウルチを守るのにアタイの力も使いすぎました…。暫くお休みを頂けますか。」
「わかった。今は俺に委ねろ。」
俺の返事に安心したのか。そこでベラの意識が失われた。髪が紫色に変わり途端に苦しそうな表情に変わる。ウルチが表面に現れたことで痛みが復活したのか。
俺は≪傷治療≫を少しずつ掛ける。一気に治療するとその激痛によりショック死してしまう可能性があるのだ。
エフィはウルチの姿を見て顔を顰めていた。俺はエフィの気持ちを察した。
「大丈夫だ。ウルチは俺が絶対に治す。お前は男爵様に付いて自分の作業をしろ。」
エフィは唇を噛みしめ男爵様の方へと走って行った。さあ、俺も真剣モードだ。奴隷達がこんなに頑張っているのに俺が遊び半分な気持ちでやってられるか。
戦乙女族軍、半人半馬族軍も合流して、オルフェンスの街は人で溢れかえった。その中には人質として囚われていた者もアレクトーに組して捕えられた者もいた。
ファティナ様の瓦礫捜索もひと段落し、カミラを加えた3人は別室で休息に入っていた。≪魔力操作≫をカミラに引き継ぎ、ウルチの治療に回った後は死者発見率が高くなったのは黙っておこう。
ウルチははっきり言って死んでもおかしくない状況だった。全身の半分が焼け、右手右足がつぶれた状態。それをベラが自分の限界以上の力で肉体とウルチのコントロールを行って助け出されるのを待っていたのだ。
修復しなければならない部位も多かったが、なんとか安定した状態になるまでの治療を終えた。いつの間にかヨーコが俺の傍らに座り込み不安そうにウルチを見つめていた。俺は軽く頭を撫でてヨーコにウルチをお願いした。
休憩所で3人を見つけ、≪心身回復≫で疲労を≪魔力操作≫で魔力を回復させ、男爵様を伴ってカーテリーナ殿の下へと向かった。エフィも救出の功労者としてお褒めの言葉を頂くため、少々興奮気味であった。
簡易の謁見の間で、3人はカーテリーナ殿に拝謁する。彼女の両脇に槍を構える女性騎士が立ち、更にその前には、鎖で縛られたクラーラが横たわっていた。
無言でクラーラはカーテリーナ殿を睨み付けていたが、俺の視線に気づき俺に吠えかかった来た。
「貴様が!……貴様さえ来なければ!…私は…族長になれたものを!」
俺は、冷静に返答した。
「正当に地位を得ようとして俺が邪魔をしたのならまだしも…それに何もせずともお前には次期族長が約束されていたであろうに…。」
俺の言葉にクラーラは現族長を顧みた。
族長はただ黙ってクラーラを見つめていた。悲しげに、彼女の心の奥底を見透かすように、冷たい視線を送っていた。
「貴様が…貴様が私に地位を譲るなどありえない!」
「…そうやって誰も信じられぬような者には族長は務まらぬ。お前はその器に非ず!さらには一族をも裏切る行為…万死に値する!…その命を持って罪を償うがよい!」
恐らく今の言葉は判決を言い渡したことになるのだろう。クラーラを押さえつけていた兵士が族長を睨み続ける顔に袋をかぶせて無理やり立ち上がらせ、部屋から引きずるように連れ出していった。
カーテリーナ殿はその光景をじっと見つめ、そして小さくため息をついた。
「ウェイント殿、クェル殿。これで私の役目は終わりました。今をもって戦乙女族の族長を退きます……。後継にはアレクトーを支持しなかった先代の妹君であるナイチンゲール様にお願いいたします。」
部屋の奥から年配の女性騎士が姿を現し、半人半馬族長、主天使族長に会釈をした。
二人の族長は目を合わせてお互いの表情を伺いながら頷き、新しい族長について了承した。
ナイチンゲール殿は唯一アレクトーの言動に異を唱えており、その結果孤立していた御仁だった。まあ、この騒動の結果を見れば彼女が族長にふさわしいとなるのは妥当か。だが、年齢的なこともあるようで、後継者教育を最優先に取り仕切り、後継者決定後速やかに引退すると宣言されている。権力に執着しない御仁のようで、俺は好感が持てた。
…今度は俺の番だな。
俺はワザとらしく一歩前に出て騎士の礼をした。
カーテリーナ殿がそれに気づき、俺の発言を許可した。
「恐れながら、此度の我らの活躍につきまして褒美を頂ければと思い、僭越ながらまかりこしてございます。」
3人の族長は俺の真意を測りかねていた。
「…マリネール男爵殿はこの街で多くの生き埋めになった同胞を救ってくれた。…だがその隣の奴隷は何じゃ?」
ウェイント殿の問いに俺はチラリとだけエフィを見た。エフィは下を向き動じることなく礼をしたままだ。
「恐れながら。マリネール男爵におかれましては、その能力を持って人が埋まっている位置を報しめたのみ。命を賭して救いしはこのエルフの少女にござります。なにとぞこの者にも褒美のお言葉を。」
俺はエフィの首輪を見せながら3人に頭を下げた。部屋にいる他の半神族からどよめきが起こる。
半神族は奴隷を人とは見ていない。それは昔から奴隷を犯罪者の刑罰として扱っている為、命令による重い使役…時にはその命すら奪われるほどの使役をさせて当然と考えている。ましては褒美などと…。明らかに俺を変人扱いするようにひそひそとざわめいていたのだ。
だが俺は動じず、褒美を求めるため頭を下げてじっと待った。
やがて、ナイチンゲール殿が3族長の戸惑いを見てくすりと笑うと一歩前に進み出た。
「…エルバード殿、面を上げられよ。ヒト族でありながら我ら至高なる半神族に、その活躍に対して堂々と褒美を求めるなど…ウェイパー卿が認める男は皆、剛毅ですね。」
ナイチンゲール殿はチラリと後ろを振り返った。3族長が軽く頭を下げた。これは全ての判断を年長であるあなたに委ねるという意思なのだろう。ナイチンゲール殿はうんと肯き再び俺を見た。
「マリネール男爵ファティナ殿と“クロウの自由騎士”エルバード殿に褒美を取らせる。エルバード殿については貴公の奴隷達の活躍を考慮に入れるものとする。」
ナイチンゲール殿はエフィ個人にではなく、俺の奴隷達の活躍に対して、俺への褒美に上乗せするという内容とした。…うん妥当な線ではなかろうか。さすがに奴隷に褒美を与えることは前例がないため、無理か。
・・・さあ、本題に入ろうか。
こっちはもっと前例がないと思うが。
これは俺も譲れない。
これもアンナの命を救うためだ。
「…ナイチンゲール殿。私への褒美につきまして、お願いがございます。」
またもや周りがどよめく。外野は黙っててくれ。
新しい族長は一瞬無愛想の表情を見せるが、すぐににこやかな表情で俺に答えた。
「なんでしょうか?」
俺はカーテリーナ殿に視線を送る。その視線に気づいたが、俺が何をしようとしているか見当がつかないようでおろおろした表情だった。俺は男爵様にも視線を向けた。ファティナ様は黙って肯いた。
「…他の褒美は要りませぬ。……アンネローゼ殿を私の奴隷として、頂けませんでしょうか。」
静かに言い終え、俺は全員の反応を待った。
とうとう主人公は本音を族長に話しました。
半神族が奴隷として他の種族の手に渡ることはこれまでにありません。
ですが、どうしてもアンネローゼは自分の奴隷にしたいのです。
その理由は…!
ご意見、ご感想を頂ければ幸いです。




