5 商館炎上
「殿下。上に立つ者の心得として、私は殿下のお考えはご立派だと考えます。今の世で自らの命を賭けるような貴族はおりません。」
サラヴィス殿下はわずかに肯いた。意識はしているようだ。
「ですが、その殿下のお気持ちを下々の者が一体どれだけ理解するでしょうか。」
二人の王子は俺の言った意味を計りかねていた。
「私は殿下のご意志を直接お聞きしました。だから殿下が何をなされても、それは後の世の為と理解できるでしょう。ですが、殿下のご意志を知らない者は、逆に殿下を非難するでしょう。」
サラヴィス殿下はやや強い口調で言い返した。
「当然だ。そうなるように仕向けている。そうして我々は役立たずの貴族、騎士、商人どもと共に、滅びるのだ。」
サラヴィス殿下は語尾を強めた。言い方がなんとなく美学を秘めているように聞こえる。
「滅んだ後、誰がこの国を立て直すのですか?その時誰が旗頭になるのですか。その旗頭は隣国は納得される方なのですか。下々の者はついてくるのですか。再建の費用はあるのですか。」
俺は立て続けに質問を浴びせた。王族相手にかなり失礼な物言いだ。それでもサラヴィス殿下は真剣に聞き、真剣に悩んでいる。カイト殿下は目を閉じ、押し黙っている。恐らくまだ答えがないのだろう。
「殿下、死して英雄になる者は、彼の意志を引き継ぐ者が彼を称えるから“英雄”と呼ばれます。今殿下がなされていることには殿下の意志を引き継ぐ者がおられないのではないのですか?」
俺は少なくとも王族を凌ぐ、あるいはそれに近い名声を得た人物について、ナヴィス殿からもヤグナーン伯爵からもサラからも聞いてない。恐らく、誰が新たな王となろうとも内乱に結びついてしまうはずだ。そうなれば、隣国は静観などするわけがない。そこまで行ったら殿下の思惑は完全に…。
「エルバード殿、君は僕たちの計画に何が不足していると考えるのですか。」
カイト殿下が口調を正して聞いて来た。俺はカイト殿下に体を向け一礼して返事した。
「主人公がおりません。」
カイト殿下吹き出した。
「殿下、私の答えは真剣です。お二人は悪役です。主人公ではありません。民は英雄を求めます。主人公として、英雄としてお立ち下さい。」
俺はサラヴィス殿下に深く頭を下げる。そしてカイト殿下にも頭を下げる。
どちらかが次期国王として立たねば、この国はまとまらないと思う。その上でカミラを助けないと元も子もない。
カミラの為だが俺は表舞台には出ないぞ。
俺は頭を下げながら念仏のように「カミラの為」と唱えた。
「君に…参考までに聞きたいんだけど…。君ならあの商人をどう利用するかい?」
突然カイト殿下が俺に想像していなかった質問をした。あの商人とは、不正に奴隷を作り出し販売しているレイドフォーン商のことだ。俺は慌ててどうすればいいか考え込む。と言っても≪情報整理≫が答えを出してくれるのを待ってるだけなんだけど。
「…燃やしますね。都合のいいモノだけを残して。」
俺の出した答えはカイト殿下の的を得たようだった。
「問題はどうやって都合のいいモノを残しておくかですね。どこかに警戒が厳重な場所に簡単に忍び込める人はいないですか?」
……。カイト殿下は頭がいい。というかかなりずるがしこい。俺は断る理由さえ考えずにカイト殿下の話に食いついた。
「わかりました。どうせ明日も彼女の様子を見に行くつもりでしたし。」
俺はカイト殿下としばらく手順の確認のために会話を続けた。
「エルバード殿、貴公は一体何者なのだ?」
殿下の部屋を辞する間際に放たれた言葉。
それは、俺が答えることのできないただ一つの質問でもある。俺は笑顔で会釈だけした。
宿に戻った俺は、暇そうにしているナヴィス殿に今日の出来事を説明した。ナヴィス殿は頭を抱え込み何度もため息をつき、「よく生きて帰って来れたものだ」と呆れた表情を見せた。
ナヴィス殿、俺もそう思います。
「…みんな、カミラを助けに行くぞ。」
俺の言葉にそれぞれが別の表情を見せた。
ナヴィス殿は頭を抱え、そのそばでベスタさんは笑顔。
サラは表情が嬉々として、フォンは無言だが尻尾が嬉々。
エフィは面倒くさそうな顔をして、ベラは安心するような表情で肯く。
ヨーコは逆に不安そうな目で俺を見つめていた。
俺はヨーコの言いたいことはわかっていた。わかっているがそれは譲れない。それに助けることが第一優先なので、その後カミラをどうするかは、兄のベレットを助けてからだ。≪気配察知≫でベレットは城外の森にいる雷獣ヌエの側にいる。カミラを助け、ベレットを助け…全てはそれからだ。
「明日の早朝、レイドフォーン商へ客として行く。中に入るのは俺とウルチ、エフィだ。商談を俺が進める間にヨーコは屋根から中に侵入し火をつけてくれ。その後はウルチ、エフィと合流し地下に行って奴隷を全員檻から助け出してくれ。ヨーコとウルチなら、檻を斬ることができるだろう?エフィは脱出経路の確保。水魔法で脱出経路の火を消し、奴隷たちが外に出られるようにしてくれ。サラとフォンは商館の外で待機。外に出てきた奴隷たちを馬車に誘導だ。全員脱出したらこの地図に書いてある建物へ行ってくれ。」
俺は全員に明日の段取りを説明してサラに地図を渡す。
「エルはどうするの?」
ヨーコが不安そうに質問する。
「俺は殿下の命令で屋敷内の奴隷以外の人間を始末するよう言われている。お前たちにさせるわけにはいかないから、それをやった後、≪空間転移陣≫で脱出し、この建物に移動する。」
ヨーコが俺の腕にしがみ付いた。
「し…死なないでよ。」
俺はしがみ付くヨーコの髪をやさしく撫でた。…大丈夫だから。
ひとしきりヨーコの髪を撫でて安心させた後、俺はナヴィス殿を見やった。
「ナヴィス殿、カイト殿下への謁見の機会を頂きました。と言っても非公式ですけど。恐れ入りますが、ご足労頂けますか。」
ナヴィス殿は呆れを通り越して口をパクパクさせている。
「…貴方は本当に私の想像を超える働きをしますね。ですが、カイト殿下は大丈夫なのですか?」
ナヴィス殿の質問は当然だ。世間でのカイト殿下の評判はよくない。だがそれはフェイクなのだ。
「お会いすればわかります。殿下の真意が。」
ナヴィス殿は考え込んで何度も肯いていた。
「わかりました。私にとって有益なのですね。この建物に向かえばよいのですか?」
ナヴィス殿も意を決し俺の作戦に耳を傾けた。
朝日が昇り始めるころに、俺はウルチとエフィを引き連れ、商館の門の前に立った。門前には衛兵がおり、俺は衛兵に話しかけ、レイドフォーン商への面会を求める。最初は横柄な態度を見せた衛兵だが、俺が南部の伯爵の使いであることをほのめかすと、慌てて確認しに商館の中へ入って行った。
「…まったくどこでも貴族には弱い奴らだじゃ。名前も出してないのに急に態度を変えたぞ。非選民意識が強すぎるぞ。」
エフィはつまらなさそうに言葉を発した。元貴族のお前が言うと異常な説得力だな。
少しして衛兵が慌てて戻ってきた。門を開け丁寧な口調で俺たちを中へと誘導する。商館の扉が開き、中から先日のガタイのいい店員が腰を低くして出てきた。
「これはこれは…。先日の奴隷はまだおります。お買い求めでしょうか。」
気持ち悪い笑顔で俺に話しかける店員。エフィは引いていた。
「そうだ。だがその前にレイドフォーン商に会いたい。急な要件なので先方も忙しいだろうから、時間の作りやすい早朝に来させてもらった。取り次いでもらえるか。」
俺は、少し凄みを見せて店員をやや脅すように言った。店員は俺の態度に頬を引きつらせながらも笑顔で応対する。
「わかりました、しばらくお待ちください。店長に説明して来ます。」
店員は慌てて奥へと消えていった。俺たちは恐縮しきっている衛兵の監視のもと、しばらく待つことになった。可哀そうなのはこの衛兵だな。自分より身分の高い人を衛兵としての仕事で監視。しかもこの後俺に命を断たれてしまう…。俺はいろいろと考えたが、俺の顔を見てしまっている以上、始末するしか手がなかった。
暫くして店員が戻ってきた。肩で息をしている。屋敷内を走り回ったのだろうか。
「お、お待たせ致しました。2階にある応接室にご案内いたします。」
そう言って奥にある階段に案内しようとした。俺は無言でナイフを取り出し、店員を後ろから羽交い絞めにして胸にナイフを突き立てた。
「ヒッ!!」
エフィが悲鳴を上げようとして自分で口を押えた。衛兵が驚愕し硬直している隙に衛兵の喉元にナイフを投げ刺した。声もなく衛兵は崩れていく。ウルチは素早く商館の扉を閉めた。
「二人とも、ここで待機。1階と2階にはもう人はいない。地下への入り口はあの階段だ。ここでヨーコが来るまで待ってろ。」
それだけ言ってエフィとウルチを頭を撫でて俺は階段を昇った。赤い点を頼りに応接室に入る。奥のソファには小太りの男が俺の姿を見て衣服を慌てて正していた。俺は笑顔を向けてその男に近寄る。男はソファから立ち上がり会釈をした。
「初めまして、テイギ・レイドフォーンと申します。」
男の挨拶の後、≪魂の真贋≫が発動する。真っ黒い玉が胸のあたりに浮かび上がった。
禍々しい黒。
俺は舌打ちをした。
すぐに笑顔に戻り、小太りの男に挨拶をする。
「朝早く申し訳ありません。私の主が近日中に国王陛下に謁見することになりましてねぇ。いろいろと入り用になりまして。」
俺がそこまで言うと、さすがは商人なので、目的を理解したようだ。…間違ってんだけどね。
「そうですか、王族方むけに良い奴隷を見繕いましょうか?」
「まずは、取り置きの奴隷契約書を見せてくれ。」
俺はソファに座りながら要件を伝える。男は頭を下げ、俺に背を向け書類を取り出そうとした。
カシュン---…
金属を高速で引く音と共に男の首が飛んだ。同時に俺の中に怒りに近い負の感情が入りこんで来た。気持ち悪くなるほどの酷い感情。しばらくしてその感情は消え、俺の心の中も落ち着いた。
「…ふぅ。」
俺は息を吐いて気持ちを落ち着かせる。
何回受けても気持ち悪いモノは気持ち悪い。それに受ける度に味わう気持ち悪さが異なる。この違いは何なんだろう?…そんなこと考えてる場合じゃなかった。俺は≪気配察知≫で商館全体を見渡す。
既にヨーコは1階に移動していた。と言うことは4階のあちこちに火を着けたということか。
俺は3階4階の赤い点を確認し、その場所に移動しては、一人ずつ首を刎ねていった。
お前たちに罪はないかも知れん。お前たちを殺した罪は俺が来世で償ってやる。
痛む心を必死に抑え込み、俺は命を奪って行った。この行為は“アマトナスの僕”として許されるのだろうか。もし許されないのであれば、十二神獣が俺を食い殺しに来るからわかるか。できればまだ見ていない十二神獣に会ってからが良かったが。
だんだんと勝手に違う方向へ思いを馳せながら俺は命を奪っていく。一人黒い玉の持ち主がいたようで、槍を突き刺した途端に悪寒に襲われ、思わず悲鳴も上げてしまい、そこで現実に引き戻された。
既に煙臭いにおいが充満しており、俺は地下階の様子を確認した。既に何人かの赤い点が外へと移動している。
よかった予定通りだ。
俺は火の回り具合を気にしながら、商館の周りの様子を確認した。火の手が他の館に及ぶようであれば対応しなければならない。
火の手はうまく商館の中を燃やしていったが、地下階にいるヨーコとウルチの動きが止まったままだった。
何かあったのかも…。
俺は急ぎ地下階へと降りて行った。
地下階は煙が充満していた。普通火や煙は上へ上へと行くのではないのか?
俺は慌てて煙の中に飛び込む。一旦煙で前が見えなくなるが、直ぐに煙が晴れてひんやりとした空気が漂う牢の前に出てきた。
そこには檻を目の前にしてヨーコとウルチが何度も剣や斧で格子を斬りつけていた。
「二人とも何をやってる!!」
俺は息も絶え絶えに得物を振り回している二人を怒鳴りつけた。
「エル!…カミラの牢屋が…開かない!!脱獄防止の≪魔法障壁≫が掛かってる!」
狼狽えたヨーコが大声を出した。俺はアルキュオネーの長槍を取り出し、力いっぱい格子に斬りつけた。
キィインンン……。
甲高い音が鳴り響くが、牢屋は何も変わらなかった。俺の力でも無理だと!?
「ご主人様!≪魔法障壁≫は全ての物理攻撃を防ぎます!直接触れようとしたのですが、≪電撃鞭≫で衝撃を受け…。」
俺は辺りを見回す。これだけの強力な魔法が発動しているんだ。どこかに魔力を供給しているモノがあるはずだ。だがそれらしきモノは見当たらない。
「無駄よ!魔力供給の魔装具は通常見えないところにあるの!」
ヨーコが俺の行動に気が付き、声を上げる。その間も二人は何度も格子に斬りつけている。
「くそ!なんでこんな頑丈にしやがったんだ!」
俺は悪態をついた。檻の中で涙を流しながらカミラが手を上げた。
「ご、ごめんなさい。ウチが…逃げ出そうとしたから…。」
逃げられないようにされたのか。しかしこれは頑丈すぎる!煙もこっちに回り始めてるし。
「ヨーコ!ウルチ!お前たちは先にサラの所へ行け!」
俺は二人を牢屋から引き剥がし、階段の方へ投げつけた。二人は悲鳴を上げて放り出された。かなり荒っぽいが、こうでもしないと階段までたどり着けん!
「ご主人様!」
ウルチが戻ろうとしたみたいだが、俺は声を張り上げて制す。
「戻れ!俺一人なら転移陣で脱出できるから!それよりも当初の予定通り、サラと合流して例の館に向かえ!」
俺は精一杯の声を張り上げた。
「ご、ご主人…様!」
煙の向こうからウルチの声が聞こえた。
「行けぇえいぃ!!!」
脅迫に近い怒鳴り声を上げてようやく走り去る音が聞こえた。≪気配察知≫で商館の外に出て行ったことを確認する。俺はくるりと向きを変え、檻の中で震えるカミラを見た。
「カミラ、檻から離れていろ!」
カミラは怯えながらも後ずさりし、檻から距離を取った。俺はそれを見届けてから檻の前に立ち、両手を構える。
≪魔力操作≫で手を覆い、魔力の波動を調整する。≪魔力吸収≫を使うことも考えたが、激痛に耐えなきゃならんし、吸収しきれるかどうかもわからんし、≪魔力操作≫で≪魔法障壁≫だけでも中和して、格子を引き千切るのが一番早い。
俺は両手で格子を掴んだ。
「ぐぅぉおお!」
強烈な電撃が全身を襲い、俺は叫び声を上げる。カミラが俺を見て悲鳴をあげた。なかなかの電撃だが、耐えられそうだ。
俺は全身に電気を浴び、ピクピク反応しながらもありったけの力を込めた。
ゆっくりと鉄の格子が曲がって行く。だが人が通れるほどの隙間にならない。これではダメだ。引きちぎらなければ。俺は更に力を込めた。
「ぐわぁああああああ!」
格子はベキベキと音をたてて引きちぎられ人が通れる隙間ができた。
「カミラ!来い!!」
俺の声に反応し、カミラは格子を飛び越え俺に跳びついた。
カミラに飛び掛かられた俺はその勢いで後ろに倒れ込む。そして倒れ込みながら≪異空間転移≫でその場を後にした。
カミラに抱き付かれ、倒れ込んだ状態で館の中に転移した。ここは予め転移陣を設置しておいた合流場所となる、とある倉庫。俺が突然現れ一同の視線が集中し、プスプスと煙を吹いて焼けただれた俺に女の子がしがみ付いている状態に驚きの声が聞こえた。
「…イテ、い、イテテテテ…。」
俺は辺りを見回り俺を取り囲む顔を確認する。
サラ、フォン、ベラ、ヨーコ、エメルダ嬢。皆心配げな表情だな。
「…サラ、この子を頼む。」
苦しそうな声をだし、サラに向かってカミラを押し出した。カミラは俺の体から流れ出した血をべったりとつけて真っ赤になっていた。
「いやぁあ!」
悲鳴に近い声をカミラが上げるがサラとフォンが抑える。その後ろからトコトコとエフィが近づき、俺の頭を持ち上げ膝の上に乗せた。
お……心地…いいな。
「サラ姉、その子取り乱してるからしっかり押さえつけてね。あと、エルは大丈夫だから。」
やや顔を赤らめている気がするが、エフィは冷静にサラに指示する。サラは気圧された表情をしながらも肯き、暴れるカミラを抑え込み声を掛けた。
「ご主人様は大丈夫だから。」
やがてシュワシュワと音を立てながら全身の火傷が塞がり元の綺麗な肌へと戻って行く。俺はエフィの膝枕で落ち着いた状態で≪刹那の治癒≫の発動で回復していった。同時にベラとカミラと後ろに立っていた人たちが驚きの表情に変わった。
「な、何?」
カミラは何が何だかわからない表情で呆然としている。ベラも同様だ。そうか、ベラは初めて見るのか。
「…相変わらず、人外の回復力だな、エル。」
笑いを堪えるようにしてエメルダ嬢が話しかける。
「2、3日会わないだけなのに、ずいぶんと綺麗になったな、エメルダ。」
俺はエメルダ嬢の頬を突いた。エメルダ嬢は顔を赤くする。頬を突く俺の手をやさしく握った。
「エフィ、ありがとな。」
俺はエフィの尻を軽く叩いて感謝を示すと、エメルダ嬢の手を握り起き上がった。カミラがサラとフォンを跳ね除けて俺にしがみ付いた。
「よがっだぁあぁあ!ごべんだざいぃいぃ!」
カミラの言葉は涙声でよく聞き取れないが喜んでいるようだ。
俺は軽くカミラの背中をポンポンと叩き、先ほどから待っている人のところへ行こうとした。
カミラは俺にしっかりとしがみ付き離れようとしなかった。
「カミラ?」
カミラに声を掛けると、何かを察したようで腰に巻き付けた両腕に更に力を込めた。離れようという気がないようだ。
「カミラ、大丈夫だ。俺はまだ仕事があるから、一旦離れてくれないか。」
俺は出来るだけやさしく話しかけた。ついでに彼女の背にある蝙蝠羽をやさしく撫でている。徐々に力が緩まり、そしてカミラは両手を降ろした。
「いい子だ。」
そう言って、カミラから離れ、俺の奴隷達に順番に声を掛けていく。
「サラ、全員無事か?」
「はい!」
「よくやった。」
サラはにっこり微笑んだ。
「フォン、追跡はされてないか?」
「大丈夫…。今も≪気配察知≫で視てる。」
フォンの尻尾は勢いよく揺れていた。
「エフィ!今回一番の功労者だな。ススで真っ黒じゃないか!後で一緒にお風呂入ろうか?」
「は、はあ?誰が?」
エフィはあしらう様な返事をするが、顔は真っ赤になっていた。
「ベラ、ウルチは大丈夫か?」
「はい、もう少し休めば回復します。」
「無理をさせて済まない。」
俺が頭を下げると、嬉しそうに「大丈夫です、ご主人様の為ですから」と返事した。
「ヨーコ、怪我はないか?刃こぼれとかしてんじゃないのか?」
ヨーコは俺の質問には答えず、無言で抱き付いた。ちょっと涙目になってる。
「悪い…。心配掛けちなったな。」
「……ううん、いい。」
ためらいながらもヨーコは俺から離れた。今回は全員がそれぞれの役割を果たし、うまくいったようだ。
俺は奥でじっと見守っていた3人のもとへと進んだ。
3人はこの計画の関係者。
一人は第三王子カイト殿下。後の二人は初めて見る顔だ。
「何とか、計画は成功しました。」
俺はカイト殿下に深々と礼をした。
「…君とその奴隷達じゃないと成功しない計画だけどね。」
カイト殿下は腕を組み楽しげな眼で俺を見ていた。なんか見せたくないものを結構見せた気がするな…。
「それにしても、君は奴隷達を大事に扱ってるんだね。それほど王額の奴隷ちは思えないけど。」
殿下の物言いは一ノ島北部の考え方なのだろう。南部ではそういう主は少ない。
「値段の問題ではありませんよ。奴隷は人間です。人間として扱い、気遣い、大切にするのが当然です。」
「…奴隷には人権はないぞ。」
「奴隷法という法がある以上、権利を持っています。権利の無い者に法は不要です。権利があるから法が存在しているのです。」
「ふむ、おもしろい考え方じゃな」
カイト殿下は隣のでっぷりと肥えた男に視線を向けた。
「昔はそういう思想があったと聞きますが。奴隷を扱う側からすると都合の悪いものもあったようで……今はあの法自体が形骸化されておりました。南部では順守されていたのですか……あ、申しおくれました。わたくし、ラルクルス商の会長を務めるイェンダと申します。」
肥えた男は俺に挨拶をした。聞いた名だ。確か国王陛下に専属している王都一番の商人だったはず。こんな大物もカイト殿下の協力者だったのか。
「あとは首輪の呪いを外せばいいのですが…いや、呪いが解けているようですな。やはり≪隷属≫を持っていたのは店主の男でしたか。」
イェンダ殿は首の黒い布がなくなったカミラを見て呟いた。カイト殿下がそれに肯く。
「連れて来た奴隷達の処遇はザックウォート商に任せよう。僕たちがやると、彼と言い争うことになりそうだ。」
意味ありげにカイト殿下は俺の方を見た。確かについさっき奴隷の人権について見解の違いを見せたところだしな。だけど俺に気を使う必要はないのに…。
「ところで、この後はどうされるのですか?」
俺がカイト殿下から聞いている計画はここまでだ。このあとどうするつもりなのか聞いておかなければ。
「うん、後は焼け跡から例の書類が見つかったようにして、貴族や騎士、商人たちを断罪するだけだよ。」
じゃ、おれのやることはなさそうだな。カミラも助け出せたことだし、カイト殿下とは適当に距離を置いておこう。
「それと…。兄が君に会いたがっていてね。…正確には、君と君の奴隷たちに。」
カイト殿下は、俺に胸騒ぎを覚えさせるような言葉を聞かせた。
俺だけだったら別に問題ない。だが、どうして俺の奴隷達まで…。
「ついでにそこのご令嬢と黒髪の少女も見たいそうだよ。」
…どうして、ヨーコのことを黒髪だと知ってるんだ!?
非合法に奴隷商人を襲撃し、カミラを助けました。
王族の後ろ盾があるとはいえ、非人道的な行為に主人公は苦悩することになります。はたして主人公たちは無事にこのドロドロした王都から出ることはできるのでしょうか。それとも大いに巻き込まれ、その名を知らしめることになってしまうのでしょうか。
次話では、王宮の地下に棲む魔獣のお話です。
ご意見、ご感想、その他もろもろよろしくお願いします。
最近忙しくて更新ペースがかなり落ちてますが見捨てられないよう頑張ります




