7 二ノ島
今話より、主人公とヨーコとの会話の中にはちょくちょく現代用語が混じってきます。
一行は翌日の昼過ぎに二ノ島に上陸した。上陸時に使用した港は一ノ島との貿易用に用意された港で、上陸時に荷物について厳しいチェックを受けた。
既にヨーコは船から脱出し、泳いで上陸しており、チェック時は何の問題もなく通過許可を受けられた。
俺たちはそのまま3台の馬車でゼルデンの街を目指す。ここからは1回野営をする距離で、≪気配察知≫を発動させぱなっしにしての移動だった。
日が沈んだところで野営の準備。
テント設営作業はエメルダ嬢に全て任せ、俺はライラ殿の下へ向かった。
「ライラ殿。折り入ってお話が。」
暗に人払いも要求する。ライラ殿は誰も近づかないように弟子に命令して馬車の中に入り俺も続く。
今、この馬車の中で俺とライラ殿二人きり…。俺はちょっともやもやと妄想した。
「エルバード殿、やっと二人きりになれましたね。」
「はい。」
「では早速服を脱いでください。」
「え!?もう始めるのですか!?」
「もう待ちきれません!」
……。
俺ってこんな性格だったっけ?いかんいかん、日ごろから周りに女の子しかいない状態になってるから、どっか感覚がおかしくなってるかも。
「それで、お話しと言うのは?」
キリッとした態度だが、女性らしく柔らかな雰囲気を漂わせる仕草。商人としての彼女は風貌そのものが武器になっている。
「一人雇って頂きたい子がいます。」
俺の唐突な依頼事項はやっぱり彼女の想定の範囲外だったようだ。
「雇う…って、二ノ島にいるのですか?エルバード殿はこの島に知り合いが?」
「…大きな声では言えませんが、実は俺を頼って付いて来てしまいまして。」
ライラ殿はじっと俺を見ている。
「先日、彼女の雇い主が一家丸ごと処刑されて、無職になってしまいましてね。幼いころからそういう仕事しかしてこなかった子なんで、転職することもできず、再就職の伝手もなく、唯一の知り合いだった俺を追いかけて来たそうです。」
ライラ殿は黙っていた。俺の言葉を反芻して何かを考えているらしい。
「…つまり、貴方様が紹介したいのは去るお方に雇われていた暗殺者、であっていますか?」
「ご明察通り。」
「彼女に追手や賞金は掛かっていないのですか?」
「ありません。彼女の存在は知られていません。それ故、再就職も厳しくて…。」
俺は困った顔をして見せた。
ライラ殿は無言のまま。どこのだれかわからないような輩を雇えと言って、ワカリマシタと言うはずがないのはわかっている。
俺はどうにかして面接をやってもらおうと思っていた。
「エルバード殿は…その子とどこで知り合ったのですか?」
「ヴァルドナで。海賊討伐の直前に。」
嘘は言ってない。俺の言葉でうまく想像してくれればそれでいい。
「…わかりました。会うだけは会ってみましょう。雇うかどうかは能力、人となりを見てからです。それでよろしいでしょうか?」
俺は深く頭を下げ礼をした。
就寝時間。
見張りの何人かを残して、一行はテントに潜り込む。フォンは、≪エルフへの多情多恨≫が発動しないように、簀巻きにされて俺のテントに放り込まれていた。フォンがここならご主人様が直ぐ止めてくれると言って、皆が納得したのだが、フォンは策士だ。
狭いテントの中で俺と一緒なんだ。呪いとかそっちのけだろう?
案の定、ご主人様が自分に手を出してくれることを期待してずっと俺を見ていた。
こんな状態で寝れるか!身動きの取れないフォンの唇を弄んでしまったよ!悪いか!
翌日は早朝から移動を開始し、商隊は昼前にゼルデンの街に到着した。
「ご主人…彼女がいます。」
街の門を越えたところに、フードを深くかぶってヨーコは立っていた。俺たちのほうをちらちら見ている。
俺は先行して彼女のもとへ向かった。
「…よう。」
「よ、よう。」
彼女の挨拶はぎこちない。
「決めた?」
「ええ。アンタを信用…してみようかと。」
「じゃ早速来てくれ。雇い主には話を通している。」
そう言って俺はヨーコの手を掴んで引っ張って行った。
「ちょっ!まっ!やっ!」
ヨーコは片言で何かを言おうとしているが無視して強引に引き連れていく。
ライラ殿の馬車まで来て中の主に声を掛けた。
「ライラ殿、昨日ご説明した子をお連れしました。差し支えなければ、今お会い頂くことはできますか。」
少しの沈黙のあと、扉が開いた。中にいたライラ殿が入るよう指示する。俺は抵抗するヨーコを抱えて無理やり馬車の中に入って行った。
「申し訳ありません、この子は人見知りなもんで。はい、挨拶しろ。」
無理やり連れ込まれたヨーコはぶつぶつ言いながらもライラ殿の真剣な眼差しに気づき、姿勢を改めた。
「ヨ、ヨーコと言います。」
何をしゃべっていいのかわからないのか取りあえず名前だけ名乗ってじっとしている。
「ヨーコ、フードは取って。」
俺の指示にビクついた。
なんでだろう?彼女はフードを取ることをためらっている。
「ヨーコ。」
俺はもう一度声を掛け、ヨーコはしぶしぶといった風でフードを取った。
ライラ殿は目を見張った。黒髪黒目…見たことのない人種なのだろうか。その目は禍々しい偶像を見るように狂気に怯えるようであった。
この世界では、日本人の顔は悪魔に見えるのか?ヨーコはライラ殿の顔を見て、悲しげに俯いた。
だから躊躇ったのか。
「やっぱり、この姿では厳しいですか?」
俺はライラ殿の様子を伺う。
「…何とも言えませんね。でも貴方の人を見る目は信用できると思っています。なのでエルバード殿を信用して貴女を見習いとして雇ってみましょう。」
やった!俺は小さくガッツポーズした。
「費用はあなた持ちですよ。私は正式に雇うと決めるまで銅貨1枚も出しませんので。それでいいですか。」
ヨーコは振り向いて俺を見る。不安そうに見ないでくれ。
「…それで構いません、ありがとうございます。」
ヨーコが笑った。何度か彼女を見ているが、初めて見た。
「ヨーコの笑顔、初めて見たな。」
ヨーコは顔を真っ赤にした。
ライラ殿との会話を一通り済ませて、俺はみんなのもとへヨーコを連れて戻った。
サラとフォンは事前に知っていたが、他は初めて見る、しかも女性に仰天している。
「今日から俺の部下として働いてもらうヨーコだ。見ての通り容姿が普通じゃないので今まで人づきあいができなかったんだ。なので人見知りが激しい子だから。」
俺はヨーコの頭を押さえつけ無理やり挨拶させる。エメルダ嬢が心配そうに俺に言ってきた。
「この子の素性は大丈夫なのか?衛兵とかに聞かれたらなんて答えれば…」
は!しまった!この世界では素性のわからない者はエフィの様に身分をつけるために奴隷にするんだった。
「…大丈夫。私は王都で傭兵登録をしている。」
沈黙が辺りを包む。
初めて聞いたぞ。
「ほんと?」
「うん。」
「な、なんでそれをライラ殿の前で言わないんだ!」
「だっていきなりアンタが私を担いであの中に連れていかれたんだ!気が動転して何も言えるわけがないでしょ!」
文句を言ったら文句を言い返された。確かにおっしゃる通りです。あとで報告しとこう。先にみんなに面通ししとかなきゃ。
「じゃみんな挨拶。彼女はエメルダ。俺の部下だから君の先輩だな。」
エメルダは軽く会釈する。
「他は俺の奴隷たちだ。まずはサラ。」
サラは丁寧にお辞儀する。
「その隣はフォン。」
フォンも丁寧にお辞儀する。
「その隣がエフィ。」
エフィが丁寧にお辞儀をした。
「あ…れ?」
「何よ!妾が普通にしたらおかしい?」
ベラ以外の全員がうんうん肯いた。
「何よ!ベラの教育担当として真面目にやってんのに!」
エフィは怒りを露わにするが、俺がたしなめる。
「そうだな。じゃあご褒美をちゃんと考えておくから、今はおとなしく。」
そういうとホントにおとなしくなる。「しかたないわねぇ」とかいいながら、目が嬉しそうだ。
「最後にベラ。」
エフィの真似で会釈する。だがその後エフィがちょこちょこっと寄ってきてヨーコに耳打ちし始めた。
「…お菓子のいい匂いがする。持ってるんだったら妾にちょう…ぶへっ!」
俺は思いっきり頭を叩いた。ガミガミ説教する。するとその間にフォンがヨーコに近寄った。
「ヨーコ様を…監視するよう…言われてます。…どうか、ご容赦。」
俺はフォンの鼻を摘んだ。キュンキュン言い出した。
「監視はたった今から不要だ!何の為にやる気だ!」
俺はフォンの鼻を摘んだまま説教していると何故かサラが動いた。
サラをキッと睨む。サラの動きは止まった。
「何の用だ。」
「…いえ、別に。」
「なら、何故ヨーコに近づいた?」
「あ、あの順番的に次は私かと思って…。」
ヨーコが大きなため息をついた。
「アンタ本当に楽しい日々を送ってるようね。毎日人里から隠れて暮らしてきた私がホントにバカみたいに思える。」
「…でもこれからはこんな生活になるんだが。」
ヨーコはしばし無言でみんなを見回した。そしてもう一度ため息をつく。
「そうね。せいぜい楽しませてもらうわ。」
そう言って、スタスタとその場から去ってしまった。
「…なによアイツ。」
エフィが毒づく。
前途多難かなぁ?
「エル、なんか有ったら私がアイツに手をかけていいか?」
エメルダもヨーコの事が気に入らないようだ。
「やめとけ、あいつは俺と互角にやりあえる実力持ってるから。」
俺の言葉でこの場は一旦お開きになった。
ライラ殿はゼルデン公爵のもとへ向かい、今回連れて来た20人の奴隷の契約書の取り交わしを行っていた。その間に俺は【十二宮】へと向かう。場所は事前に聞いていたので迷うことはなかったが…。
すれ違う人が獣人ばかりなのにまだ慣れない。どこを見てもモフ耳を持つ人間が歩いていてついつい見入ってしまう。
猫、猫、犬、兎、狐!、犬、犬、虎!猫、猿?、山羊!、羊!・・・・・。
すれ違う獣人が何の獣人か言って遊んでしまった。
そうこうしているうちに目的のお宿が見えた。外観は前の宿とやはり同じ。大きな柱が何本も全面にあり、パルテノン風。
【人馬宮】
さじたりあす、だよ!俺はテンション上げ上げで中に入った。
「いらっしゃいませ、ご利用ですか!」
兎耳が目に入った。
ワーオ!ウサミミメイド!
…いや、こんな言葉を使ってもこの世界では通用しないし。危ない人に見られちゃう。でもこのテンションの高まりは抑えきれない!
「ああ、人数が多い。それと奴隷専用の部屋も欲しい。」
俺は、手早くウサミミメイドに宿泊人数と部屋数、奴隷数を説明し、最後に俺の名前をいう。
「エルバード様…」
「支配人から聞いていないか?」
「い、いえ、お聞きしております。では特別待遇にいたしますので。」
「それと支配人にもここにいる事を連絡できるか?」
ウサミミメイドは笑顔で返事する。
「畏まりました。」
宿の手配をテキパキと執り行って、ウサミミメイドには、後で来ることを説明して俺は馬車に戻った。
獣人だらけの街に不機嫌極まりないエフィと、そんなエフィを見て呪いが発動し目を真っ赤にしたフォンと、それを片手で制しているヨーコと、それを見て何故か失禁しているベラ。
「…アンタ、毎日こんな状態でよくやっていけるわね。」
俺を見つけて文句を言ってきた。
「…飽きないだろ?」
ヨーコはまたため息をついた。
「…ありがと。心からお礼を言うわ。」
俺はヨーコからフォンを預かりなだめる。エフィはベラの着替えを手伝う。サラは…。
「あれ?サラは?」
「背のたっかい女の人と買い物に行ったわ。」
そ、そうか。迂闊にも≪気配察知≫を解除してしまってた。
俺は≪気配察知≫を再度発動させ二人の位置を確認する。
「ご主人様、金属のぶつかる音がします。サラ姉を迎えに行った方がよろしいかと…。」
突然ベラが俺に話しかけてきた。≪気配察知≫のエメルダ嬢とサラの点の周りでいくつかの赤い点が激しく動いている。
「ヨーコ!俺と来い!」
俺はヨーコの腕を引っ張り馬車を飛び出した。
果物屋の前で、エメルダ嬢とサラが絡まれていた。絡んでいる相手は牛獣人5人。俺はすぐさまその間に割って入ってサラとエメルダ嬢を助け出した。
「大丈夫か!」
「へ、変に因縁をつけられて…。」
エメルダ嬢が答える、顔には殴られた跡があった。
「殴られたのか?」
エメルダ嬢は肯く。
「よく剣を抜かなかったな。」
「騒ぎを起こすのはまずいと思ったし…。」
「さすがエメルダ。」
俺はエメルダの頬を軽く撫でて後ろに下がらせた。なんか顔を赤くしていたが、まあいい。
「ヨーコも剣は抜くなよ。」
「…ったく。はいはい。」
やる気のない返事をしたヨーコに牛獣人が口を開いた。
「あん?おい女!人族の癖に俺たちとやろうってのか?」
こいつらは反人族派か。面倒なものに巻き込まれたな。
どうしようか考えていたら、後ろの人込みから大きなどよめきが聞こえた。
振り返ると獅子の顔をした人が立っていた。
さすがにヨーコも驚いていた。
獅子の獣人。とにかくでかい。その大きさと威圧感で、牛獣人は後ずさって行く。
「お、おぼえてろぉ!」
お決まりのようなセリフで獣人たちは逃げて行った。
俺は獅子獣人に礼をした。
「ありがとうございます、おかげで助かりました。」
獣人は笑顔を見せず、低い声を出した。
「おヌシとこの黒目の子は、あんな輩などたいしたことないのではないか?なのに何故何もしなかった?」
当然至極の質問だな。
「我々は、バジル商の護衛でこの街に来ております。ここでわれわれが問題を起せば、バジル商、ひいては呼びだてたゼルデン公爵様にご迷惑をお掛けすると思いまして…。」
獅子獣人は顎に手を当てた。何やら考え込んでいた。
「そうか、おヌシはライラ殿の傭兵か…。」
…なんか嫌な予感。
「フラグ…立ったわね。」
横でヨーコが呟いた。
なんだろう?前世の言葉が通じる子がいるというのが、すごく違和感…。
ヨーコは主人公と一緒にいることにしました。
ですが、まだぎこちないですね。
それと黒髪黒目はやっぱり異世界では異端的な人種のようです。
なので、ヨーコも普段はフードをかぶります。
これで顔を隠している子は、フォン、エフィに続いて3人目…。
ますます怪しい集団になりそうです。
次話では、大戦闘の回です。
ご意見、ご感想を頂ければ幸いです。
あと、外伝も宜しくお願いします!




