4 カルタノオの占い師
前話の予告を当然かのごとく、裏切ってしまいました
マグナールと合流した翌日、エイミーの奴隷解放手続きが行われた。
別に俺たちは立ち会う必要はなかったのだが、みんなにも見てもらうべきと判断し、全員で無理矢理ライラ殿の商館に押し掛けた。
初めて見るエイミーの首輪のない姿。
長年首に付けていたことにより、周囲と肌の色が変わっており、擦れた傷痕もある。完全になくなるまでは時間を要するだろう。
「エイミー、これで貴女は奴隷じゃなくなりました。これからは、自己の責任で生きていくことになります。…バジルの商家では解放した奴隷にこれを渡すようにしているのですが、貴女に渡せる日が来るとは…。」
ライラ殿は涙混じりに説明をしたあと、エイミーの手に1枚の銅貨を渡した。
たった1枚の銅貨。
だが、奴隷はそれすら持つことを許されない。今エイミーは奴隷から解放されてそのお金の重みを肌で感じていた。
「たかが銅貨。されど銅貨。この銅貨はあなたが解放されて初めて手に入れた財産。出発点です。決してその財産を失わぬよう日々精進するように。」
エイミーは銅貨を握りしめた。
握りしめた拳を額に当てて何度も何度もお祈りをする。
こうして、エイミーの解放の儀式は終了した。
マグナールは解放の余韻に浸るエイミーを連れ出し、どこかへ出かけてしまった。
「明日着る服を身繕いに行ったのでしょう。初めて手に入れた服が結婚の儀できた服というのも思い出深いものでしょう。」
ナヴィス殿は終始笑顔でいる。ライラ殿も笑顔だった。
サラは複雑な表情をしている。
解放の儀式。自分には縁のないモノと思っているんだろう。彼女は呪いのせいで“終身奴隷”であるため、解放されることはない。
「サラ、お前の目標は?」
「……解放されること。」
「そのためにはどうすりゃいい?」
「……呪いを解く…。」
「わかってりゃいい。」
「でも!できなかったら……。」
「そん時は俺が死ぬまで一緒に居てやる。」
俺はサラの頭をポンポンと叩いた。サラは複雑な表情をしている。
「解放されようが、奴隷のままでいようがサラは俺の側に居たらいい。あまり気張るな。」
俺にどこまで言わせる気だ?もうこれ以上はプロポーズの言葉しかないんだからな。
結婚の儀を明日に控え、エメルダ嬢に俺の奴隷たちの服を買って来るように依頼した。サラとフォンを荷物持ちという体で同行させる。
部屋にはエフィとベラが残った。
俺はベラに歩く訓練をさせるつもりでいた。朝の時点で2、3歩歩いていたので、慣れれば多少歩けるようになると思う。
俺は彼女を寝室に寝かせ、そこからリビングに移動するように命令した。彼女は体をフラフラさせながらベッドから立ち上がり、よたよたと歩いてリビングにあるソファに到着した。
うん、全体的に筋肉が弱っているんだ。歩くというより全身の筋肉を使う運動を少しずつさせる必要があるな。
…シャァアアアアア……。
床に水たまりができる。エフィが顔を引きつらせている。
「ベラ、昨日も言ったでしょ。おしっこはお手洗いに行ってすること。一人で行けないのなら連れて行ってもらうように頼むこと。」
少し厳しい口調で俺は言った。ベラは怒られたことを認識する。
「申し訳ございませぬご主人様。」
抑揚はあるが感情のない声。
「エフィ、着替え。」
「ない。」
「ああ!?」
「ないモノはない!昨日から何回おもらししたと思ってんの?」
何故か逆切れされ、咄嗟に言い返せず、
「じゃ服を脱がせて…いや待った!ベラ、自分で服脱いで。エフィはタオルを貰って来て。」
俺は訓練のために、服を脱ぐように命令する。ベラは「はい」と短く返事してぎこちない手つきで服を脱ぎ始めた。色気の全く感じない仕草。そこには恥じらいがなく淡々と主の命令をこなす人形がそこにはあった。
俺は大きくため息をついた。
いかんいかん、彼女は人間であって人形ではない。気持ちを切り替え、エフィの持ってきたタオルでベラの体を拭き始めた。
真っ裸で男に体を触られているにも関わらず表情に変化はなく。
「…ベラ、『恥ずかしい』って言葉はわかるか?」
「…はい。ですが、ずっと服を与えられなかったので、そういった感情が…わからなくなりました。」
「俺は、ベラにその…恥ずかしい気持ちってのも思い出してほしいんだがな。」
「…そのほうが欲情しますか?」
ベラの言葉は俺の作業の手を止めた。
「ベラ。」
エフィが何かを感じ取り、スッとその場を離れた。
「俺はお前に欲情するためにお前を手に入れたわけじゃないからな。そこんとこを間違えるなよ。」
ベラの顔が引きつった。
「す、すいま…せん。」
何かをきっかけに彼女の感情が顔に現れる。心を完全に壊されているわけではなく、長い間、感情が不要だったために表に現れにくいだけなのだろう。
さっきはつい本気で怒ってしまったが、たくさんの喜怒哀楽に触れさせれば、何かを取り戻すかもしれないと俺は感じていた。
「あ…。」
…シャァアアアアア……。
床にまた水たまりができる。
「あ、あの、ご主人様、これは…違い…ます!」
俺はうんうんと肯く。わざとじゃない、そのことはわかる。恐怖で失禁してしまったんだよね。大丈夫。俺は理解しているよ。
でもね。
「ベラ!罰としてエメルダ嬢が帰ってくるまでここに立ってなさい!」
裸でいる事よりも、足腰の弱っている状態で立たされることはベラにとってかなりの苦痛に感じるだろう。
何かあれば、エフィがベストフォローをしてくれるはずだ。
俺はプンプン怒って部屋を出て行った。
今エメルダ嬢たちはこちらに向かっているところだから、それほど長時間にはならない。適切な罰を与えて躾をしていかないといけない。それが彼女のためだ。自分に言い聞かせて宿を出た。
そこそこ時間をつぶして部屋に戻ると、ベラが土下座をして待っていた。
「…ご主人様のお怒りはごもっともでございます。ひとへにあたいの不徳の致すところ…。これまで以上に心に宿る感情に惑わされずに…」
なんで逆効果になんのよ!
朝。
今日も天気がいい。
今日はみんなで教会に行く日だ。教会でマグナールとエイミーの結婚の儀を行うのだ。
この世界では結婚式というものはなく、夫婦になるものが教会で二人の未来について受け入れることを約束するのが『結婚の儀』で誓いのキスもなければ指輪の交換もない。
でもこれは姓を持たない人の場合で、姓を持つ者はまた別のルールで縛られたり守られたりしているらしい。
一応儀式なので、みんな晴れ着を着た。ベラにもちゃんと着せてあげて「おもらし厳禁」を何度も言って外に連れ出した。
この2日間栄養価の高いものを食べさせたお蔭でずいぶんと血色もよくなり、自力で歩ける距離もだいぶん長くなった。
一行は、カルタノオの中心街から1つ外れた通りにある教会に辿り着いた。ここは太陽神様を奉る教会で2人とも太陽神を信仰しているため、ライラ殿がここの神官に儀式の依頼をしたそうだ。
出席者は、俺、サラ、フォン、エフィ、ベラ、エメルダ、ナヴィス、ベスタ、ライラ。全員で祭壇を囲み、結婚の儀を行う2人に祈りを捧げるそうだ。
祭壇で……祈りを捧げる……。
一抹の不安を感じながら、教会の祭壇の前に集まり、膝をついて祈りを捧げる。神官が儀式用の衣を着てしずしずと歩いていき、祭壇の中央で止まって何やら呪文を……
辺りは真っ白に包まれ、俺はお決まりの世界へとやってきた。
今日だけは勘弁してほしかったが。
そして目の前には大きな翼を持ち、白銀の鎧に身を包み、長い槍と丸い盾を持った傲慢そうな女性が立っていた。
「…我を敬え!」
女性はいきなり大きな声で脅迫するかのように怒鳴りつけた。
「…貴女様は?」
取り合えず、名前をお聞きしないことには話が始まらない。でも、身勝手神8号は確定なんだけど。
「我を知らぬと申すか!我は神界の悪しき神々より王楽の地を守りし神教護軍の長にして、魔界を統べし王の首を討つべく幾千年の時を超えて迎えし鎮軍の長、またある時は…」
…長い口上だ。
俺は大音響の口上が終わるのを待つ。
「…を星神より与えられし名は、ウリエル!」
ぶはっ!
こりゃまた大物の名前が出てきた。でも、女性なの?天使だから関係ない?でもこの世界では神様扱い?
いろいろ突っ込みどころがあるのだが、ドヤ顔の女神様にそれをする勇気はさすがにない。
「ウリエル様、私にご用とは…?」
「その神気!我が夫…となる予定の…カルドウォート様の気!何故貴公はその気を放っておる!?」
星神様に聞いて欲しいんだけど。あと夫となる予定て、なんか言い方が怪しいぞ。
“余はこ奴が苦手じゃ。ヌシのほうで適当に相手せい…。”
…なんか聞こえた。と言うことは星神様はずっと俺を見てたのか。
「聞いておるのか!その気、如何にして手に入れた?」
「はい、私が他の者ととは大きく異なる“この世ならざる者”故、カルドウォート様の監視を受けております。今もこの中で私を監視しております。」
“ちょ!ヌシ!”
俺の回答を聞き、ウリエルの腕が伸び俺の中に潜り込んだ。何かをまさぐり、何かを握りしめ、何かを引っ張り出す。
ウリエルの腕に引っ張られ、俺の体の中からカルドウォートが出てきた。
「捕まえましたよ、旦那様!」
甘い声を出して引っ張り出した星神に抱き付く。
「ヌシよ!ワシの命に背いたか!」
怒髪天の星神だが俺は動じない。だって、悪いのそっちだし。
「神に対し嘘はつけませぬ!カルドウォート様は私に対し適当に相手をせよとおっしゃいましたが、ウリエル様を相手に適当にはできません。真実を述べるか完璧な嘘をつくか、ですが嘘を神に対して述べるのは不遜の極み!故に真実を述べました。」
星神は俺を睨んでいる。周りは星神の膨大な神力があふれ出して歪んで見えている。思わぬ展開にウリエルもカルドウォートの腕を取ったままじっとその顔を見ている。
「…フフッ。つくづく面白き男よ。」
強烈な威圧感が消え、周りの歪みも消えた。
「余を相手に言い返すことができようとは…。」
「で、ではこの男がアホムラサキが自慢していた人間か!?」
ウリエルが聞いた事もない名前を言ってきた。
アホムラサキ?
「…ヌシの言葉で言えば、イクサバカもシャベリスギノキもこ奴に力を与えておる。」
…。
アホムラサキ=バハムート
イクサバカ=クロウ
シャベリスギノキ=ユグドラシル
すごいあだ名だな。じゃあウリエル様は「ゴウマンメガミ」ってとこかな?
次の瞬間、ウリエルの手が伸び俺の顎を掴んだ。
「我を敬えと言ったであろう!?」
こ、心を読むのは、止めてほしい…。
「やめよ、ウリエル。」
カルドウォートの声で瞬時に手を放すウリエル。
「我はやめました、旦那様!すぐやめました!」
星神の言うことを聞いて、きゃっきゃと喜んでいる。
「ヌシもこ奴に力をやれ。」
いや!ま…!
ウリエルの手が俺の中を入りこんだ。何かをまさぐり、何かを置いていった。
「我は与えました、旦那様!すぐ与えました!」
星神はニッと笑う。
またなんか貰った。しかも星神にも気に入られた感じがする。ウリエルさんも傲慢なのに星神の言うことは何も考えずに聞いてるし…。
決めた!ウリエルさんの別名!
ウリエル=ホシガミノクソギンチャク
グボォオオ!
ウリエルさんに思いっきり殴られ、意識を失ったまま、俺は白い世界を追い出された。
気が付くと儀式はほとんど終わっていた。エイミーが満面の笑みで神官にお礼を言っている。
後ろから俺の服をツンツンと引っ張られた。振り返るとエフィが気まずそうな顔で神官を見ろと合図する。
俺は前を向き、神官の顔を見た。
うん、あの占い師だ。
人生、狭すぎやしないか?何故にこうも知り合いが偶然に関わってくるんだ?
俺は顔を見られないようにした。
だが神官がエフィを見つけ、ニコッと微笑む。そしてその前にいる俺と目を合わせ、会釈をされた。
「エフィ…後で謝りに行こうな。」
「……はい。」
儀式は何の問題もなく終わり、晴れてマグナールとエイミーは夫婦となった。と言っても婚姻届みたいな書類を提出したわけではないので、あくまでも気持ちの問題なんだが。それでもエイミーは嬉しそうにしている。横にいるライラ殿もナヴィス殿も笑顔だ。
マグナールが俺を呼びつけ、神官に紹介した。
「…その節は、どうも。」
俺はぎこちない挨拶をする。エフィを手招きして挨拶をさせる。
「あの…あの時は本当に申し訳ありませんでした。」
エフィもぎこちない挨拶をする。
「なんだ?既に知り合いだったのか?」
事情の知らないマグナールは不思議そうな顔で経緯を聞こうとするが、俺はやんわりとお断りする。
「エルバード様を占いするお話しでしたよね。お時間は取りませんので、今からでも行いますか?」
神官は儀式用の衣を脱ぐ。あの時見た服を下に着こんでいた。
「本業は占い師なので、この服装でいるほうが皆様にも安心されます。」
そう言いながら、彼女は何やら準備をし始めた。
「占いの結果について、できる限りスキルによる影響を省くために≪鑑定≫をさせて頂きたいのですが。」
「嫌じゃ!」
「お前じゃねぇ!」
俺の隣にいたエフィがいつもの調子でボケやがったので、持ってたタオルで叩いてツッコミを入れる。
「フフッ、以前お会いした時よりずいぶんと雰囲気が変わられたようで。」
エフィの姿を見て安心したように話をする。
「では何をお知りになりたいですか?」
テーブルを挟んで俺と占い師が対座した。俺は敢えて≪偽りの仮面≫を外し、本来のスキルが見えるようにした。そして≪異空間倉庫≫から『紫の剣』を取り出し、机の上に置いた。
「2つある。1つはこの剣について知りたい。≪鑑定≫をしても何の情報も得られなかった代物だ。」
占い師は紫の剣を見る。剣はサラの為に作ってやった皮紐もついている。
「…もう1つは?」
俺はこれまで敢えて触れてこなかった、触れさせてこなかった部分に触れた。
「俺の出身を…知りたい。」
予定では、二の島に行くとこまで書くつもりだったのですが…。
悪いのは、エフィとベラです。
あの2人がすぐ話を脱線させるので…。




