2 世界樹の恩恵
後半部分に残酷な描写があります。ご注意ください。
魔装具に付与されている魔力を解除する。
正確には“魔力の分解”というらしいが、俺にはそれに近しいスキルがあった。
当然、世界樹から頂いたアビリティの中にあった魔法操作系のスキル、≪魔力吸収≫。
このスキルは相手の魔力を吸収するのではなくて、相手の身体から離れた魔力を吸収する。
俺はこの意味が分からなくて、『属スキル』にいれていなかったのだが、魔装具を見てピンと来た。
試しにゴムゴムの貞操帯に触れてスキルを発動させて見た。
「ぐわぁっ!」
俺は突然襲われた激痛に思わず叫び声を上げた。びっくりしてサラ、フォンが飛び出して俺の腕を檻から引き剥がした。
「ご主人様!大丈夫ですか!」
サラは、俺の腕を股に挟んでなにやら扱いている。
…気持ちいいんだが、なにやってんだ?
「大丈夫だ。サラ、フォン、離れてて。」
俺は再び檻に近づき、今度は彼女の腕に触れる。
「≪鑑定≫するよ。いいね?」
俺は彼女の目を見て問いかける。彼女は神妙な面持ちで肯いた。
【ベラ・ショウリュウ】
『アビリティ』
≪小竜族の竜人技≫
≪古竜の血脈≫
『属スキル』
≪竜爪斬≫
『固有スキル』
≪竜戦士化≫
≪ブレス≫
≪竜の羽根≫
『呪い』
≪貞操帯の呪い≫
俺は一旦メニューを閉じる。
「ベラ……だね?」
少女はコクンと肯いた。
次の瞬間、周りからどよめきが聞こえる。
「エルバード殿!いったいどうやって…」
ライラ殿が俺を問い詰めようとしてナヴィス殿が制する。俺の作業はまだ途中なのだ。深呼吸を繰り返し、もう一度貞操帯に手をあてる。
さっきはスキルを発動させて一気に魔力を吸収しようとしたら激痛に見舞われた。今度は少しずつ吸収してみよう。
俺はスキルを発動させ貞操帯から少しずつ魔力を吸い取る。
ギチギチギチッ…
俺の中でそんな音を立てている。俺は痛みで顔をしかめた。ベラは物悲しげな表情でそれを眺めていた。
なんだ?この子は?
悲しげな表情はしているが、悲しんでるように感じない。目に精気がないからか。…いや、今は≪魔力吸収≫に集中しよう。
俺はゆっくりと魔力を貞操帯から吸い取っていった。
貞操帯の表面に描かれた文様が徐々に消えていく。
「付与された魔法が…分解されているのか?」
ナヴィス殿が消えていく文様を見て呟いた。
「い、いえ、貞操帯から魔力を奪い取っています。これがかなり激痛を…伴うものでして。」
俺はナヴィス殿に答えながらもゆっくりと魔力を吸い取っていく。やがて貞操帯の表面から全ての文様が消え、≪魔力吸収≫は止まった。
同時に俺の中でギチギチいっていた痛みもなくなった。
俺は大きく息を吐き出し、作業の終了を知らせる。周りにいた者は一言も発せずに固唾を飲んで見守っていた。
…バリッボリッ、ボリボリ……ゴクン。
静寂の中、何かをかみ砕き、飲み込む音が聞こえた。
…この状況の中、こんな音を立てて何かを食べることのできる人物はただ一人…。
俺は後ろを振り向いてエフィの脳天に思いっきり空手チョップを喰らわせた。
「ブギャ!」
はしたない悲鳴を上げて頭を押さえるエフィ。
「俺が真剣にやっている側で、菓子を食うとはどういうことだ!」
エフィは頭を抱えながら言い訳をする。
「エル!ま、待ってくれ!これには訳が」
「やかましい!言い訳なんかあるか!」
俺はもう一度チョップをお見舞いした。エフィは頭を抱えてしゃがみ込んだ。
その様子を見ていたライラ殿がぷっと笑う。
「ふふっ。エルバード殿の奴隷は個性的な人が多いようですね。一緒に居て楽しそうですわ。」
俺は困った顔を見せて言葉を返した。
「…たまにだったらまだ許せますがね。毎日これですよ。」
「では、ちゃんと躾けをしなければなりませんね。」
「いや、これが無理なんですよ。彼女の『固有スキル』が働い…」
言いかけて俺は慌てて口をふさいだ。ライラ殿はその様子を見てまたふふふっと笑っていた。
「彼女達の秘密は追々聞かせて頂きます。それよりも檻の中の彼女はこれからどうしたらいいのですか?」
……。
全部バレテーラ。
き、気を取り直していこう。
俺はベラに向き直り話しかける。
「さて、声は出せる?」
ベラは俺の声に反応して顔を合わせた。
「…はい、ありがとうございます、ご主人様。」
ベラはぎこちないお辞儀をする。俺はかぶりを振って彼女に説明する。
「俺はお前のご主人様じゃないんだ。ご主人様はこちらの方だ。」
そう言ってライラ殿を見る。
「初めましてベラ。奴隷商のライラ・バジルよ。」
ライラは柔らかな口調でベラに話しかけた。ベラは両肘両膝を使って体をライラ殿のほうに向けお辞儀をする。
「お世話になりますご主人様。ベラと申します。」
抑揚はあるのだが、感情がこもっていない声。
「…あたいは、何をすればよろしいのでしょうか。」
彼女は観賞用の奴隷なので綺麗な囲いに入れて愛でること自体が使役らしい。だがここにいる人間はそんな趣味はない。何かしらの使役をさせねばならないが、無残に傷つけられた四肢では…。
「そ、そうね…。」
ライラ殿も返答に窮してしまった。
「彼女の傷……直せないの?」
頭痛から復活したエフィが俺の隣でぼそっと呟いた。
≪傷治療≫は比較的新しい傷や欠損であれば、残った細胞を活性化させて復元させることができるのだが、古い傷は復元が難しい。フォンの火傷の治療がおそらく限界だ。あれで俺感覚でいう3か月程度なので、何年も前の傷を治すにはそれこそ死をも超える痛みに耐えるか、外科手術を施すしかないだろう。この世界に優れた外科手術があるとは思えないし……。
いやまてよ。
“材料”さえあれば…。
「ライラ殿。…彼女を譲って頂けませんか?」
俺の言葉は全員の注目を浴びた。
ナヴィス殿とライラ殿が不安げな顔で俺を見た。
「エ、エルバード殿、一体何を?」
ナヴィス殿は俺がまた何かをしようとしていることを察知し、慌てている。確かにここでは人の目も多い。移動させて貰おうか。
「ライラ殿。この娘を別の場所に移動させてもかまいませんか?」
「え?ええと…それは構いませんが、彼女をどうされるおつもりで?」
俺は周りを見渡した。
「それを言うには…少し人が多すぎますので。」
そういうと言いたいことを理解したのか、弟子たちを見る。
「彼女の檻を開けて。それから残りの奴隷たちの洗浄と≪鑑定≫をお願い。」
ライラ殿の指示でその場にいた男たちが動き出す。
「あーそうそう。君たち、さっき見たモノは他言無用だよ。…もし誰かに言ったら…」
俺は右手を前に突き出して広げた手を力強く握りこんだ。
「…心の臓を握り潰すから。いいね?」
それほど力を込めた言葉にはしていない。かと言って軽々しくも言っていない。だが俺の目を見た弟子の男どもは、冷や汗を流してコクコクと肯いている。檻に入れられている他の奴隷は私は何も見ていないとばかりに一斉に背中を向けた。
“人外モード”の俺は、相当怖いみたい。
俺は、ベラを檻から出して抱き上げた。
…軽い。彼女と身長が同じなのは、フォンか。いくら大玉を持っているとはいえフォンと比べたら半分くらいと思われる。体も全体的に細い……。これまでのベラの食事事情はかなり悪かったのだろうと思われた。
ベラは抱き上げた俺をじっと見つめている。相変わらず精気がない。…当然か。こんな状態で生きる希望を持てという方が無理だ。
「エルバード殿、宿の空き部屋を使いましょうか。」
ライラ殿は来た通路を戻り、商館のホールに出る。そのあと連絡通路を通って宿側の建物に入った。受付嬢と2~3言交わして、階段を昇って行く。俺とエメルダ嬢と奴隷たち、そしてナヴィス殿とベスタさんがついていった。
部屋の扉を開けたライラ殿は全員に入るよう促す。全員入った後で扉を閉め鍵をかけた。
「これでいいかしら?」
ライラは多少期待を込めた物言いになっている。…このひと、ナヴィス殿の弟子だわ。隣でナヴィス殿が同じような顔してる。
俺は2人を見て苦笑した後、ベラを床に降ろした。そして俺自身も床に座り込み視線を同じにする。
「ベラ、君の手足の傷を、治そうと思うんだ。」
俺はベラの目を見て話しかけた。ベラは俺に合わせてじっと見ていたが、視線を外した。
「…この体…治るのですか?」
「…実は初めての試みなんだ。だから、治るかどうかはっきりとは言えない。」
ベラは考え込んだ。
「なぜ…あたいを助けようとされるのですか?」
俺はベラの目を指さした。
「その目だ。初めて君を見た時から、君の目には精気がなかった。当然、今もない。それではせっかくの美人が台無しじゃない?」
『美人』と言われても感情に揺れを見せることなくベラは淡々と聞いている。
「…君に、君に生きる希望を持ってもらいたい。純粋にそう思っているんだが。」
「奴隷が、生きる希望を持っても…良いのですか?」
彼女の言葉を聞いて俺は立ち上がり奴隷3人を呼び寄せた。
「彼女たちは君と同じ奴隷だ。こいつはサラ。」
俺はサラの頭を撫でる。サラは嬉しそうにして頭を摺り寄せてくる。
「こいつはフォン。」
俺は大玉2つを下からタプンタプンする。フォンは俺を無表情に見つめているが尻尾がブンブン振り回されている。
「で、こいつがエフィ。」
俺はグーでエフィの頭をぐりぐりした。
「な!なんで妾だけ!」
言い返そうとしたエフィの口元に俺は指を差し出した。動きを止め俺の指を眺めていたエフィだが、フンッと鼻息をひとつ鳴らすと思いっきり噛みついた。俺はすっと指を引き、エフィの噛みつきは空を切る。
「…奴隷であろうと、活き活きとして良いんだ。君にもそうなってほしい。」
俺の言葉はちゃんと聞こえてるはずだが、ベラにはいまいち響いていないようだ。まだ自分の意思を示そうとはしなかった。
エメルダ嬢がベラに近づき挨拶をした。
「初めましてベラ。私はエメルダ。訳あってエルバード殿の部下をやっている。」
「エメルダ様、わざわざのご挨拶痛み入ります。」
肘をついて深々とお辞儀をするが、やっぱりベラの声には感情がこもっていない。
エメルダ嬢は彼女に言葉を続ける。
「…私も、少し前まで生きる目的を見失っていたのだ。…そして彼に救われた。」
ベラはエメルダ嬢の言葉に耳を傾けていた。
「ベラも彼に救われて欲しいと思う。だから彼の申し出を受けて欲しいんだ。」
ベラは部屋の中のひとりひとりを順番に目で追って行った。そして何か納得をしたようでうんと肯く。
「わかりました。皆様がそうおっしゃるのに、奴隷であるあたいが断れるはずがございません。エルバード様、宜しくお願いします。」
そう言って俺に体を向けてお辞儀をした。
なんか期待していた返事とは違うんだが、ひとまずは了承を得られたので次に進もう。
俺はくるりと向きを変えサラ達を引き寄せる。
「実は今回はお前たちにも手伝ってもらいたいんだ。」
「ベラさんの体を押さえつけるんですね!大丈夫です、頑張ります!」
サラは元気よく返事するが俺は首を横に振る。
「違うんだ。彼女の傷を治すために3人には体の一部を提供してほしいんだ。」
全員が凍りつく。サラは思考回路が停止してる。普段表情を見せないフォンが口を大きく開けている。エフィは顔を完全に不細工面にしていた。
ナヴィス殿もライラ殿も引いている。
「もちろん、俺も提供をする。」
「て、提供っていったい何を?」
ナヴィス殿が俺の言葉の意味を確認するために聞いてきた。
「…≪傷治療≫のスキルは古い傷ほど治癒させにくくまた痛みが増すようです。彼女の場合は5年以上前のモノ。これを治癒させようとすると命を奪われるほどの激痛を伴うと考えます。なので、今回は≪魔力修復≫というスキルで…」
「ちょっ!ちょっと待て!」
珍しくナヴィス殿が声を荒げて俺の話を止めた。
「≪魔力修復≫ですと!?そ、それは創世の神話にも出てきた世界樹の恩恵によるスキルではないのですか!?」
創世の神話がどんなものか知らないけど世界樹に粉吹っかけられて手に入れたのは確かなので、大体あってるな。
「神話の事はよくわかりませんし、何故このスキルを使えるかはお話しできません。ただ、このスキルは“材料”さえあれば、修復と改修ができます。」
俺は再び3人を見た。3人とも青ざめている。俺は敢えて何も言わず準備を進めた。皿を用意し、表面を≪火魔法≫で炙って殺菌する。左の靴を脱いで裾をまくりあげて脹脛を露出させた。そしてナイフを取り出し躊躇なく脹脛に突き立てる。
「ヒッ!」
エフィが悲鳴を上げる。俺は周りの事をはお構いなしに突き立てたナイフを踝のほうに滑らせる。
剥き出しになった腱を斬り取り、皿の上に置いた。直ぐに≪傷治療≫を発動させ、切り取られた腱の復元と脹脛の接合を行う。
この間、俺感覚で約20秒。
3人はじっと俺の左足を見ていた。綺麗に治療され傷一つ残っていない足。ナヴィス殿は≪傷治療≫を一度見ているが、それでも生唾を飲み込んでいる。ライラ殿、エメルダ嬢に至っては腰を抜かしている。
エフィが1歩前に進み出た。
何故かドヤ顔をして右腕を差し出す。エフィは度胸だけはある。だがかなり引きつったドヤ顔だ。
俺はポンポンと頭を叩き、右腕を取って逃げられないように脇に抱えた。
「ぎゃぁあああああああ!!!!」
腱を取り出し皿の上に置く。だらしなくあらゆるものを垂れ流したエフィの顔を丁寧にタオルで拭き、軽くキスをする。
エフィはその場にへたり込んだ。
続いてサラが腕を出した。鼻をフンフン鳴らして、もう勢いつけてきたって雰囲気だ。
「ふんんんぎぃぃいいいいいいい!」
腱を取り出し皿の上に置く。ほっぺを軽くたたいて意識を取り戻させてからキスをする。
フォンはズボンを脱いで足を出した。恰好だけ見れば非常に艶めかしいのだが、本人は膝をガクガク言わせている。
「ん、ん----------!!!」
腱を取り出し皿の上に置く。フォンは両手を口に押し当て声を押し殺した。涎塗れの顔と手を拭き、軽くキスを…
フォンは俺の首に手を回して俺の唇を貪った。
「あ、ずるい!」
サラとエフィがフォンを引きはがす。
「だって……。」
フォンがもごもご言ってる。
この間、ライラ殿は呆気にとられていた。ナヴィス殿もだった。ベスタさんなんか部屋の隅に隠れてしまっている。
ともあれ、“材料”はそろった。
俺は皿を持ってベラの側に座る。
1枚ずつ腱を手のひらに乗せ、スキルを発動し靄を作っては彼女の傷痕に当て込んだ。 彼女は靄に包まれた自分の両手両足をじっと見つめていた。
そして靄が全て消えた。ベラは目を見開いた。
彼女の両手両足は綺麗になっていた。
ベラの傷は治癒?修復?復元?されてしまいました。
ですが、なにかまだ抱えているものがあるようで…。
次話はようやくマグナールとエイミーが登場します。
ご意見、ご感想を頂けると幸いです。




