1 奴隷商の街
新章突入です!
途中、残酷な表現がございます。ご注意ください
2015/05/12 誤字修正
湖岸の街カルタノオ。
この街は『雨の地』から降り注ぐ大量の雨によってできた湖と、ヤグナーン領を辺境に押しやるようにそびえる台地との間に作られている。北にはいくつもの炭鉱を抱えた山脈があって、大きな炭鉱村とつながっている。
特産品は湖で獲れる鰐の肉、台地で栽培している胡椒を含む香辛料類、炭鉱村から流れてくる鉱石、宝石類。
そして奴隷である。
この街は流刑地にもなっている炭鉱村の中継地点として作られた。北の炭鉱村は比較的環境も良く、軽犯罪者の流刑場所として犯罪奴隷が送られてくるが、刑期を終えた者のうち何割かはこの街で自ら奴隷となり、生活の術を得ている実態があった。このため、この街には奴隷を扱う商人が多数存在している。
俺の悪友、マグナールの奴隷であるエイミーもこの街の出身だ。彼女の父親が犯罪奴隷として炭鉱村で使役し、刑期終了後にカルタノオの女性と結婚したが、結局家族を養うことができず、一家離散。エイミーも奴隷として売られたそうだ。
彼女の過去は確かに悲しいものだが、彼女は幸せな未来を手に入れていた。
主人であるマグナールとの結婚である。
奴隷には結婚は認められていない。だからマグナールは彼女を“解放”して、結婚を申し込む。
俺はその『他人の幸せ』の瞬間に立ち会うことになっていた。
決して俺は何も含みを持ってはいないぞ。
マイラクトに到着した俺たちは宿を探した。ヤグナーン伯爵バルグ様とは一旦ここでお別れだなのだ。ヤグナーンまでの護衛は他の者に任せ、俺の雇い主である大商人ナヴィス殿とこの街に数泊することを報告し了承を得ている。
だが往路でここに立ち寄った時はいろいろあってこの街では一泊もしてないんだよな。それにコスプレ支配人の宿もないし…。宿探しの伝手がない。
伯爵様から宿紹介を受けるべきだった。
「エル、あそこに宿の看板が見える。」
俺は今2人の女の子を連れ添っている。1人は長身の剣士風の恰好をした俺の部下。もう1人は深緑の服を着た奴隷。
その長身の方が湖沿いの通りの先に看板を見つけ俺に声を掛けた。彼女の指さす方を見て俺にも看板があるのが見えた。
彼女の名はエメルダ。父親はヤグナーン伯爵様。しかし、今は伯爵家の名を捨て俺の部下に成り下がっている。このため彼女も俺と一緒にこの街に留まる。
もう1人の方は“はぐれエルフ”のエフィ。彼女も元はエウレーン公爵の妹だが、事情があって身を隠すために奴隷落ちしている。
このほかにも2人奴隷がいるが、いずれも重たい秘密を抱えている。
ん?隣に奴隷商の看板も見える。経営者が同一人物なのかな?
看板が見えた宿に到着すると隣の建物が奴隷商になっていた。気にはなるが先に宿泊用の部屋を確保だ。
「いらっしゃいませ、ご利用ですか?」
中に入ると受付嬢が現れ接客を始める。見ると首に鉄の輪がある。
「一先ず、3泊したい。」
俺は簡潔に要件を伝える。
「畏まりました。ご利用者は3名でよろしいですか?」
受付嬢は後ろの2人を見て俺に宿泊者数を確認した。俺は少し考えてから訂正する。
「いや、5人だ。後から奴隷2名が来る。それから、部屋は2つ用意してくれ。」
俺はエメルダ嬢を別の部屋にするように頼んだ。受付嬢は畏まりましたと返事してカウンターに戻り、宿帳を確認する。
「では、ご案内いたします。」
そう言って、俺たちを2階へ案内した。
受付嬢が案内した部屋は、キッチンはないがリビングと寝室、奴隷用寝室のある一般的なタイプの部屋だった。エメルダ嬢の部屋も同じらしい。エメルダ嬢は荷物を一旦置いた後に俺の部屋にやってきた。
「エル、サラとフォンも呼ぶのか?だったらフォンを私の部屋で寝かせようか?」
エメルダ嬢はヤグナーンの街で待機中の2人の奴隷について確認してきた。
サラは俺の最初の奴隷。奴隷から生まれた≪忌み子≫の呪いを持っている。もう1人は“海銀狼族”の生き残りで≪エルフへの多情多恨≫の呪いを持つフォン。
エメルダ嬢はフォンの『呪い』のことを知っているので、気遣ってくれた。確かにフォンとエフィを同室にするといろいろあった。俺は素直にエメルダ嬢の気遣いを受け入れる。
「よろしく頼む。」
俺の素直な礼が意外だったのか一瞬きょとんとしたが、直ぐにうれしそうな顔になった。
このエメルダ嬢の笑顔の意味は後で知ることとなる。
寝室に≪空間転移陣≫を作り、サラとフォンを呼び寄せた後、全員で1階に降りた。さっきの受付嬢がまだいたので、奴隷商について聞いてみる。
「隣の奴隷商とこの宿は、何か関係があるのか?」
「あ、はい、ここは奴隷商バジル様が直営する宿泊施設でございます。私もバジル様の商品でございます。お気に召しでしたら購入することもできます。」
受付嬢は笑顔で自分を売りこんで来た。
…可愛い。
「…ご主人様、鼻の下伸びてます。」
サラがにやけ顔で俺の顔を覗きながら言ってきた。わかってるって。買いませんよ。
しかし、ここが目的地だったとは。
エイミーのグランマスターの名はバジル。つまり、俺たちはここでマグナールと会う予定だった。
「バジル殿に会いたいのだが。ナヴィスの部下で、マグナールの友人だと伝えればわかると思う。」
俺は受付嬢に伝言を頼んだ。畏まりましたと一礼し、受付嬢は奥へ引っ込んだ。しばらくして受付嬢が戻って来る。
「お待たせしました、エルバード様。グランマスターのところへご案内いたします。」
そう言って、フロント横の扉を開ける。中は通路になっていて奥から光が射している。恐らく隣の建物につながる通路なのだろう。俺たちは受付嬢の案内で中に入って行った。通路を出た先は思った通り、奴隷商の中だった。受付嬢はそこからさらに奥の部屋へと案内する。俺たちは商館の一番奥の部屋に通された。
「やあやあ、エルバード殿。ここがよくわかりましたね。」
聞き覚えのある紳士的な声。
ヤグナーンの大商人、ナヴィス殿だった。傍では奴隷のベスタさんが綺麗なお辞儀をしていた。
「ナヴィス殿?」
俺は予想外のことで、思わず間の抜けた返事をする。
「ははっ。その様子だとたまたま見つけた宿がここだった、と言うところですか。」
「ご明察通り。事前に場所をお聞きしなかった為どうしようかと思っておりました。お恥ずかしい限りです。」
俺は、ナヴィス殿に頭を下げる。ナヴィス殿は気にした様子もなく自分と対面する女性を紹介した。
「それより紹介しますよ。彼女はライラ・バジル。バジル商会の3代目です。」
俺はナヴィス殿とテーブルを挟んで対座している女性を見た。
…まだ20代前半…だと思う。肌が山間いのこの街には似つかわしくない、濃い褐色でなんと眼鏡をかけていた。
「え!?あ、初めまして。エルバードと申します。私設傭兵団に所属して…」
「フフッ。やはり私を見て戸惑っておりますね。無理もありません。私は先代の後を引き継いで1年しか経っておりませんので。まだまだナヴィス様にご助言頂いている駆け出し商人ですから。」
女性は口元に手を当てて笑った。物腰も柔らかく丁寧な口調で、好印象が持てる人だ。
「も、申し訳ありません。想像と違っておりましたので。」
俺はライラ殿にも頭を下げる。
「構いません。あなたがナヴィス様お気に入りの“鎧の算術士”ですか。私も想像していたよりもお若く、奴隷もたくさん連れて…おや?」
ライラ殿は俺の連れを1人ずつ見て首をかしげた。
…どれを見てだろう?
海銀色の髪を持つフォンか?
元エウレーン公爵の妹君、エフィか?
それともヤグナーン伯爵令嬢、エメルダ嬢か?
ライラ殿は顔をナヴィス殿に向けた。
「お師匠。できればご説明を頂けますでしょうか。」
お師匠と呼ばれたナヴィス殿は多少顔を引きつらせている。チラッと俺を見たが俺は、なんの事だかわかりません、という顔で応えた。
「…エルバード殿もお人が悪い。あなたから説明する方が良いと思うのですが。」
ナヴィス殿はライラ殿の質問の矛先が俺に向くように言葉を返した。当然ライラ殿が俺の方を向く。
ううぅ…俺は綺麗な女性からの熱い視線に弱い。
「…誰を見ておや?と思われたのですか?」
「…そこにおられますはエメルダ様ではございませんか?」
よし、フォンとエフィは飛ばされた。幾分説明は楽だ。ナヴィス殿も安心した顔を見せている。
「…いえここにいるはエメルダ・ヤグナーン様ではございません。俺の部下、傭兵のエメルダにございます。以後お見知りおきを。」
俺は含みを持たせた回答をする。彼女は俺の回答をどう解釈するであろうか。
「フフッ。わざと含みを持たせた言い方ですわね。わかりました。エメルダ殿、ライラ・バジルです。」
ライラ殿は軽く会釈する。エメルダ嬢はため息混じりに受け応えた。
「申し訳ありません、後で事情を説明します。」
エメルダ嬢は俺にちゃんと説明してほしかったようだ。軽く俺を睨み付ける。だが俺は知らんぷりをした。
「挨拶も済ませたことですし、お茶とお菓子を用意しましょう。」
そう言ってライラ殿は控えていた受付嬢に合図する。受付嬢は、ライラ殿、ナヴィス殿、俺、エメルダ嬢の4人分のお茶とお菓子をテーブルに用意した。俺とエメルダ嬢は用意された椅子に着座し、サラ、フォン、エフィ、ベスタさんは後ろで控える。エフィが何か言いたそうにしているが、ここでは無視。
ライラ殿はエイミーの件について段取りを確認し始めた。彼女は先代のバジル商が販売した奴隷のため、一旦販売元変更の手続きが必要になる。その後使役残年数に応じた費用をマグナールが支払うことでエイミーを解放するという手順だった。それぞれの手続きは別の日に領代館に申請が必要なため、これだけで2日かかる。その後に結婚式となるので、合計3日ここに滞在が必要だった。
滞在期間について、確認しようとしたとき、一人の男性が申し訳なさそうに部屋に入ってきてライラ殿に声を掛けた。
全員がその男に注目した。俺はその瞬間にテーブル上のお菓子を3つ取って、素早く後ろに立っていたエフィのスカートのポケットに押し込んだ。エフィが俺の顔を見たのでウィンクして合図する。
「バジル様、言いつけ通りに処分対象の奴隷を買い取ってきたのですが、1人どう扱ってよいのかわからない娘が…」
男の言葉に俺はピクッと反応した。そして反応した俺の様子をナヴィス殿に見られた。ナヴィス殿は俺と目が合うと、笑みを浮かべた。
「エルバード殿、あなたはややこしい話に首を突っ込みたい性格のようですね。ライラさん、彼がその奴隷に興味を示したようです。私どももその奴隷を見せて頂けませんか?」
ナヴィスの言葉でライラ殿が俺を見る。
じーっと見る。
奴隷を順々に見る。
「…ふうん。可愛い子だけを集めているという訳ではなさそうですね。…わかりました。私もまだ見ていませんので、一緒に行きましょうか。」
そう言って椅子から立ち上がった。
よかった。俺の奴隷をじっと見ていたがまだ気づかれてないようだ。
それよりも…。
「ナヴィス殿、『処分』…というのは?」
なにやら奴隷制度の仕組みのようだが。
「奴隷と言うのは使役させることで使役年数が減算され、売買金額が下がって行きます。ですが、売れずに奴隷商でとどまっていれば使役年数も減らず、年齢だけが上がっていき、商品価値も下がります。奴隷法でむやみに奴隷の命を奪うことはできませんが、一定期間販売実績のない奴隷については『処分』という法を適用することができます。要は売れ残りの奴隷を所持し続けることによる奴隷商の負担を減らす目的でできた法ですね。これは奴隷法には記載されていません。奴隷販売法という奴隷商を取り締まる法文に記載されています。」
売れない奴隷は最終的に法の下に命を奪われるということか?
なんという……。
ナヴィス殿の説明は衝撃的だ。
「師匠、ここからは私が。エルバードのお顔が物語っているようにこの法は奴隷たちにとっては残酷です。そこで私は処分前の奴隷を適正価格の半値で買い取り、私個人の奴隷として所有しております。もちろん無役にさせるわけにもいきませんので、私の事業で使役させております。隣のあなた方が宿泊している宿も奴隷の使役場所として事業を起こしてできたのです。」
なるほど。だから受付嬢も全員奴隷だったのか。奴隷商預かりの商品ではなくライラ個人所有の奴隷として手元に置いておくことで処分対象から外す。そして傘下事業で使役させることで、使役残年数の減算と利益供与をさせる。
ただ単に奴隷の命を守るだけでなく一石三鳥だな。だがそれなりの資金力が必要だと思うし、管理も大変だろう。
ライラ殿から説明を受けている間に、男の案内で地下にある奴隷部屋へに到着した。
男が扉を開けると、いくつもの小部屋がある薄暗い場所が目の前に現れた。その一番奥に檻がいくつか並んでいた。
「あれが今日引き取って来た処分前の奴隷たちになります。問題の娘というのは、左端の檻にいます。いま洗浄中なのですが…。」
男の指さすほうには、檻に向かって水を掛けている別の男がおり、水を掛けられている檻の中に人影が見えた。
ライラ殿の指示で水かけが一旦中断される。水浸しの檻の中には少女横たわっていた。
無造作に水を掛けられて苦しそうにけほけほと咳き込んでいたが、やがて止まり俺の方に顔を向けた。
俺の鼓動は高鳴った。
全裸である。
長くまっすぐな濡れた髪が上半身に纏わり付き、妖艶すぎる雰囲気を漂わせている。顔も日本人好みの整った顔で目がやや狐目ではあるが、かなりの美形だ。
俺的に…ドストライク。
だが、単純に可愛い、全裸、ってところに目がいかなかった。両手両足の動きがおかしい。肘下、膝下に力が入っていないような気がする。
俺は彼女をよく見るため、檻に近づいた。
「……!」
あまりの状態に声がでない。
彼女の両手首、両足首に大きな切り傷があり、半ば切断された状態で繋がっていた。
もう何年も前にそれを受けたようで、傷自体は治っているのだが、腱の部分が抉られたようになっているためか、両手両足に力を込められないようだった。彼女は両肘両膝を器用に使って体をこちらに向ける。
バサッ!
彼女の後ろから2枚の羽根が羽ばたいた。
そこに居た全員が一瞬動きを止める。
「…この子の種族は?」
ライラ殿が水を掛けていた男に尋ねる。
「竜人族だと思われるのですが…なにぶんこの貞操帯が持つ魔力のせいで≪鑑定≫が効かない為、まだ名前もわかっていません。」
「本人に聞けばわかるでしょう…もしかして、声も制限されているのですか?」
男は力ない声で返事する。ライラ殿は彼女の契約書を持ってくるよう指示して檻に近づく。檻の中の少女がぎこちない動きでライラ殿のほうに体を向けお辞儀をする。
「竜人よ。会話はできるか?もしくは筆談ができるか?」
少女は悲しげな顔をして首を横に振る。
「お前は…観賞用の奴隷なのか?」
少女は首を縦に振った。笑顔は見せているが目に精気がない。
少女は鈍く光る黒鉄色のパンツをはいていた。表面には奇妙な文様が描かれている。先ほどの話ではこれが『貞操帯』というもので、こいつが放つ魔力が他のスキルの邪魔をしているという。
世の中には魔力を帯びた武具や道具が存在する。生活に使用するための道具から敵の命を奪うための武器まであらゆるものに魔力を付与させることができる。このような道具のことを総じて魔装具というらしいが、この貞操帯を見たナヴィス殿は少し顔を青ざめていた。
「…これは、ちとキツイ魔装具ですな。特定の人物のみが操作できる魔装具の中でも最上位にあたるシロモノですね。」
貞操帯に描かれた文様を見て呟く。
「契約書でも仮名として記述されています。前の奴隷商でも扱いに困っていたのでしょうか。5年前からこの状態のようです。」
ライラ殿は契約書をナヴィス殿に見せる。ナヴィス殿も契約書を確認した。
「これで契約書が用意されているということは、領代館への登録も仮名なのでしょう。となると、一体誰がいつどのようにして彼女にこの貞操帯をつけたのか手がかりがないかもしれませんな。」
ナヴィス殿はやれやれと言った表情で契約書をライラ殿に返した。受け取ったライラ殿も困惑した表情を見せている。
…困った表情に、眼鏡は可愛い……。
い、いや何を考えてるんだ俺は?
頭を振って妙な雑念を振り払う。
サラと目が合った。
物悲しげな眼で俺を見ている。
サラがこんな表情をするときは決まってる。
前にもフォンの時に同じ顔をした。
俺はサラの頭をポンポンと叩いた。サラの表情がパァと明るくなる。全く…。
「…貞操帯に触れてもいいですか?」
俺は気持ちを切り替え、ライラ殿に話しかけた。
「え、ええ。かまいませんが。」
俺は檻に近づき少女に話しかける。
「君の貞操帯を触らせてもらうよ。いいかい?」
少女はじっと俺の目を見つめている。なんか吸い込まれそうだ。少女が肯いたのを確認して檻の中に手を入れて貞操帯に触れる。
色からして硬いものだと思っていたが、ぷにぷにしていた。イメージ的にはゴムでできたオムツ、という感じだった。≪鑑定≫を掛けてみる。
【呪いの貞操帯】
魔力付与者本人の魔力のみ反応する最上級の呪いを付与された貞操帯。あらゆるスキルを無効化する。
…鑑定できた。
俺が≪鑑定≫できた理由はなんとなくわかった。この呪いは“魔力”に反応する。俺のは“神力”だからこの貞操帯は反応しないようだ。
俺は≪メニュー≫を開き、スキルリストを眺める。
…できるかもしれない。
「ライラ殿。この貞操帯……解除できるかもしれません。」
「えぇええ!?」
全員が驚きの声を上げた。




