13 儀式
2話連続の2話目です
兄と妹は対面した。
周りから見れば、公爵と伯爵令嬢の従者の異例の会話となるが、さりげなく何名かの男が周りに壁となる様に移動した。
周りにいる人たちの話声が聞こえなくなった。いや、実際は周りでも会話が行われているが、俺の耳には入ってこない。
誰かが何らかのスキルを使ったと思われる。用意周到なことだ。それだけ公爵の周りにいる騎士たちは優秀なのだろう。これだけの変化があったにも関わらず、周りには全く気付かれず違和感もない。
妹は従者らしい礼儀でもって、直接公爵の顔を見ようとはせず、足元に視線を向けてひたすら言葉を待っているようだ。
ようやく公爵のほうから口を開く。
「…ずいぶんと、変わったな。」
公爵からの言葉は、主語のない曖昧な話。エフィは言葉の意味を理解しようとしているのか、直ぐには返答しない。
「…私自身はまだ何も変わっておりません。しかし、変わることができる、と言うことを学びました。」
少し間を空けて答えたエフィの返答も曖昧な回答。しかし、相手には十分に伝わっているようだ。
「…心強い言葉に聞こえるが、これからだということか?」
「はい。」
「辛くはないか。」
「お気になさらず。」
しばらく公爵が沈黙する。
一族の長としてなのか、兄としてなのかわからないが、彼女のこれからを考えるかのようにじっと見つめる。
「言いたいことはあるか?」
公爵の言葉にエフィが沈黙。少しして言葉を続ける。
「私は“はぐれエルフ”です。親も兄弟もおりませぬ。……ですが、友人ができました。本気で言い合える仲になれると思っています。その友人と出会って、失った以上に得るものがあったと思っています。…私は今日、身分を得るために奴隷となりますが、以前と違い、これを悲観する必要はないことを知りました。…だから…。未来を……希望を見つめることもできます。」
エフィの言葉は非常に抽象的だ。この会話を聞いた他の人たちは何の会話なのか解釈に困るだろう。
だが俺にははっきりと聞こえた。
“私ははぐれエルフのエフィだ”
“奴隷だが希望を持って生きている”
“心配するな”
それは、公爵の下にいた頃のエフィルディスではありえなかったことなのだろう。今、彼女は自我を制し、礼儀をもって身分の高い者に対して遜っている。
「……成長したな。」
公爵の表情が緩み、わずか笑みがこぼれた。だがすぐに表情を改める。エルバードのほうに向き、含みのある笑みを見せる。
「どのような魔法を使ったのか知らぬが、将来が楽しみになった。私の心も救われたよ。」
俺は何も言わずに一礼する。それに合わせてエフィも頭を下げる。
「エメルダ姫、ご苦労であった。今宵はぞんぶんに楽しまれよ。私も楽しめそうだ。」
エメルダ嬢は安堵の表情と笑顔でお辞儀をする。周りの空気が変わり、会話が普通に聞こえてきた。そして違和感なく元に戻った。
まずは安心した。3人は公爵の控室を後にして階段を降りホールで待っている伯爵の下に戻る。
俺が簡潔に報告して、伯爵は満足していた。
…エフィは、やればできる子だ。
俺はそう思った。
「エメルダ。次はお前の番だ。しっかりと伯爵家の名を知らしめて来いよ。」
ヤグナーン伯爵は軽くエメルダ嬢の背中を叩いた。
おそらく今宵の晩餐でエウレーン公爵を含めいくつかの有力貴族に自家との接点を作っておこうという気だ。それを娘に任せるのか。
やがてホールに公爵が姿を現し、2階のテラスからホールに向かって挨拶をして晩餐会が始まった。
料理や酒が次々と運び込まれ、テーブルに並べられる。立食形式で別に決まった席があるわけではないので、あちこちに並べられたテーブルを囲んで酒を御つまみと会話で時間が進んで行く。
俺とエフィは従者なので、お酒も食事もできない。エメルダ嬢の斜め後ろに控え、給仕から酒を受け取ってはエメルダ嬢に渡し、言い寄る男どもの間に入っては彼女を守る仕事をこなしていた。エフィはひたすらドレスの裾直しである。
やがてテーブルの一部が片付けられて楽器を持った人たちが現れ会場は踊り場へと変身する。
エメルダ嬢は、若い男からの誘いには一切応じず、既婚の中年貴族とだけ踊っていた。 その間俺たちは休憩だ。
「晩餐って大変だな。」
俺はエフィに小さな声で話しかける。
「妾は『子供だから』という理由ですぐ引っ込んでいたから知らん。エメルダ様、よく体力が持つな。」
エフィの言葉は以外と言うか彼女らしいというか微妙な内容だった。
エメルダ嬢は人気者だった。持ち前の美貌とすらりとした体格で、ひときわ生き生きとした雰囲気があるため、未婚既婚年齢問わず踊りの誘いを受けている。若い男は全て断っていたが。
俺の感覚で約2時間、彼女は踊り続け、ようやく第一幕が終了したようだ。俺とエフィは素早く彼女のもとに駆け寄り、汗を拭き、化粧を直し、髪型を整え、ドレスの裾汚れを落としてお色直しをしていく。
「…エフィ、あなたはお化粧が得意なようね。…ありがとう。」
まだ、『エフィ』の部分はぎこちないが、エメルダ嬢はエフィにお礼を言う。エフィは無言で会釈をする。お色直しが終わったエメルダ嬢は直ぐにホールの中央へと向かった。慌ててそれについていく俺たち。
一瞬だけエフィがドヤ顔を俺に見せた。
当然俺はエフィの頬を抓ってやった。
あっという間の時間であった。
時間は夜のお日様9つを過ぎており、俺の感覚で5~6時間くらい経っていたと思う。
ようやく晩餐は公爵の挨拶で終わりを告げ、徐々に散開していく。
エメルダ嬢も主催者である公爵の下をもう一度訪れ挨拶をする。俺とエフィも斜め後ろで頭を下げる。
「今日は楽しかったぞ、エメルダ姫。本当に楽しめた。心から礼を言う。」
「もったいないお言葉です。これからも父共々よろしくお願い申し上げます。」
しっかりとヤグナーン伯爵家として売り込むエメルダ嬢。そこはさすが貴族の娘か。公爵も悪くない印象だったようだ。
「エルバード、一度貴公と手合せを願いたいのだがな。」
突拍子もない言葉に一瞬つまる。俺はやりたくないんだが、どう返せば…。
「この者はナヴィス殿に雇われております。後で伝えておきましょう。ナヴィス殿ならきっと良い返事をされると思います。」
ついでにナヴィス殿も売り込むエメルダ。社交場では、けっこう仕事のできる子じゃないの?これで男勝りでなければとつい思ってしまった。
その後いくつかの会話を行い、エメルダ嬢と従者二人は公爵の下を辞し、会場を出た。乗ってきた馬車に到着し中に入った途端、エメルダ嬢は倒れ込んだ。
「…エル、もう体が動かん。膝を貸せ。」
そう言って俺の膝に頭を乗せて寝転ぶ。
「エフィ、ドレスを脱がせてくれ。変態野郎が居るが構わん。」
疲れ切った顔でエフィに指示を出す。エフィは「はい」と返事してエメルダ嬢の背中に手を入れて内側から留め金を外す。
足元に回って裾を持ってずるっとドレスを引き上げる。ドレスは足から脱がされた。
エメルダ嬢は下着一枚になった。
エフィは手慣れている…と思ってしまった。
「エル、今日は特別じゃ。好きなだけ見てよい。疲れすぎて羞恥すら億劫だ。」
そう言ってエメルダ嬢は俺の膝に頭を乗せ上向きになる。
俺は≪心身回復≫を発動させた。
「…エル。」
「何もしてません。」
「…ありがとう。」
お疲れ様です、エメルダ様。
俺は彼女の上に毛布を掛けた。
馬車は次の目的地へと向かっていく。
馬車はナヴィス殿が泊まる宿に到着した。眠ってしまったエメルダ嬢を背負って、俺たちは中に入る。受付嬢の案内で2階の一室に移動し、部屋の中ではナヴィス殿が眠そうにしてまっていた。
「遅いですよ、エルバード殿。…おやおやエメルダ様はお疲れのご様子。さっさと済ませますか。」
緊張した様子もなく、ゆっくりと立ち上がって机の上にある金属を手に取る。
エフィは何も言わずにナヴィス殿の前に立った。既に帽子を脱いでおりエルフの特徴は露わになっている。
「エフィルディス様、よろしいですか。」
エメルダ嬢を背負い、両手の使えない俺に代わり、首輪をエフィに見せる。エフィはその首輪を自分で受け取る。くるくると回しながらまじまじと見ている。その表情には『恐れ』『忌避』のような感情は伺えない。
「エル!」
エフィは俺を呼ぶ。
「これで妾はお前の物か?」
エフィの質問は当たり前すぎる質問。だが聞いているのはそんなことではないことぐらいわかっている。
「…違う。俺にお前を守る義務ができるのだ。」
「…妾は何か変わるのか?」
「何も変わらない。て言うかもう既に変わっている。」
「変わっている?」
「ああ、今日のエフィは最高にかっこよかった。」
エフィは目をぱちくりとした。それからゆっくりと笑っていく。
「そうじゃろ?今日の為にベスタに必死で習ったからな。あの兄上の満足顔。これで妾は大人になったと思われるじゃろ?これが妾の作戦じゃ。あれだけしっかりとしたところを見せれば公爵家の監視もないだろ?妾は自由を得たのじゃ!」
してやったりという感じで今日の晩餐の内容を饒舌に離していく。俺とナヴィス殿は黙って聞いていた。
だって、エフィは涙を流しながらしゃべってんだもん。
どれだけ強気に見せても心の中では悲しみで溢れているんだろう。自分でも気づかずに涙を流している。
「……これで、これで妾は…エルフの一族を危険な目に会わせずに済む。…えぐっ!…えぐっ!」
耐えきれなかったのか、泣き声に変わった。俺はエメルダ嬢をソファに降ろし、エフィから首輪を取り上げ、抱きしめた。
エフィが泣き止むのを待って、儀式を再開する。俺は首輪をエフィにはめる。ナヴィス殿が首輪に手を当て何やら唱える。
儀式が終了した。
エフィは自分の首にはまった鉄の輪を触って何やら確認している。
「…意外と重く感じるな。」
ありきたりの感想を言っては何度も何度も輪っかの位置を直していた。
「これであなたはエフィルディス様ではなく、はぐれエルフのエフィです。」
ナヴィス殿が契約書を俺に渡しながらエフィに忠告した。
「…わかっておる、というかエルにはもっと前からエフィと呼ばれてたし。」
俺は手刀をエフィの額に叩き込む。むぎゃ!と女の子らしからぬ悲鳴を上げる。
「ナヴィス様だ。お前のグランマスターなのだ。言葉づかいに気を付けろ。」
エフィは頬を膨らませながら「ナヴィス様」と復唱していた。ナヴィス殿は暖かい目でそれを見ていた。
「…奴隷とは、道具であるが道具にあらず。命あってこそその使役を果たす。その命の重みは低けれど、ゆめ無きものではなかりけり……。」
エフィはあの言葉を口ずさむ。
「一人の奴隷の死に立ち合い、今こうして自ら輪をはめて、この言葉の重みを感じる。…エル、妾は耐えられるであろうか。」
「…何をいまさら。この4日間ずっとやってきていたではないか。俺に強要されるわけでもなく、サラに教え込まれるわけでもなく、フォンとも、ベスタさんともちゃんとやっていたではないか。…ご主人がいる。仲間がいる。…大丈夫だ。」
エフィは俯いて何やら考えていたが何かが吹っ切れたように笑顔になった。
エフィは姿勢を正し、相手の顔が見えないところまでお辞儀をする。
「…エフィと申します。まだ右も左もわからぬ不束者ではございますが、誠心誠意お仕えいたします。どうぞよろしくお願いいたします、ご主人様。」
…エフィにとっては、一世一代の口上のつもりなんだろうが、それは俺は許さない。下げている頭に手刀を叩き込む。ぴぎゃっ!と女の子らしからぬ悲鳴を上げる。
「誰がそんなことをしろと言った?気持ち悪い。俺に対しては今まで通りでいいんだよ。」
プルプルと全身を震わせている。案の定エフィは俺に飛び掛かってきた。俺は軽やかにそれを受け流す。毎日やっていることだ。
エフィはこのままがいい。
俺はそう思った。
実は二人そろって大失敗をしていた。
「おほん!」
わざとらしい咳払いをして、ナヴィス殿が自分に注目を向けさせる。どうした?
「いやあ…どうやらエフィはサラやフォン、うちのベスタともお知り合いのようだが…一体どこで?彼女たちはヤグナーンではなかったのかな?…エルバード殿?」
俺とエフィは顔を見合わせる。さっきまでの会話を思いだし、言ってはならない名前が出ていたことに気づいて、俺は冷や汗を流した。エフィも顔色を変えている。
…やっちまった。
もう言い逃れは出来ない…。
なんとか書き上げました。
どう評価されるかわかりませんが、いろいろご意見頂きたいところです。
次話は、四章に向けたネタ仕込み、そのたもろもろです。
ご意見、ご感想を頂ければ幸いです。




