4 空間転移にて
エウレーン公爵の一団の移動を待つこと半日、夜も更けてからようやくカルタノオの街に到着した。
だが、俺に宿を探している暇はなかった。早速、先着している貴族へのご挨拶と言うことで儀礼用の服に着替え、慌ただしく出て行く。当然エメルダ嬢もドレスに着換え、父と一緒に挨拶に行くのだが、その護衛役に強引に選ばれた。
無理やりヤグナーン騎士団の紋が入った鎧を着せられて、伯爵の乗る馬車についていく。
関わらないって決めたのに。
途中でナヴィス殿とラッド卿と合流し、合同して挨拶に向かった。
ラッド卿はいつもと違う鎧を着た俺を見てぼやく。
「なんでお前がその鎧を着てんだ?」
「い、いや…なりゆきで。」
「…ふうん。まあどうでもいいが、俺には迷惑かけんなよ。」
…なんか前にも言われた気がするな。
一行が最初に向かうのは当然エウレーン公爵のところだ。街内で一番豪奢な宿に泊まっていた。宿にある大きなホールで公爵に謁見する。
俺は護衛役なので、ホール手前で待機。よかった。
だが謁見が始まって暫くするとホールから一人の女の子が出てきた。
薄い黄色のドレスを纏い、横に伸びる長い耳を揺らして機嫌の悪い顔をしてエントランスにやってきた。
俺は慌てて片膝を付き顔を下にむけ一礼する。その仕草で少女は俺に気づき、こっちを見た。
「……フン!」
少女は俺を鼻で笑い、エントランスから階段を昇って行った。
…ふー。何も起こらなくてよかった。
俺が額の汗を拭っていると、そこに公爵が通りかかった。公爵は俺の汗を拭くしぐさとパタパタと駆け上がって行く女の子を見て、
「私の妹が何かしでかしたか?」
と声を掛けてきた。
やめてー!俺はあなたとはお近づきになりたくないのー!
「いえ、ご挨拶を頂きました。恐悦でございます。」
公爵は俺の答えに一瞬だけ考え込んだが、
「そうか。」
と一言だけ言って階段を昇って行った。その後ろを何人かのエルフがついて昇って行く。俺は見えなくなるまで礼をしたままでいた。
王族、上位貴族への一通りのご挨拶が終わり、一行は家路に着く。と言っても、俺はまだ宿すら取ってないので、一旦伯爵が泊まる宿に戻り着替えてから、宿を探さなきゃいけないのだが……夜のお日様6つ分過ぎてるのに泊まれる場所なんてあるのかなぁ?
鎧を着換え、伯爵に挨拶をして宿を出るとエメルダ嬢が追いかけてきた。
「おい、エルバード!」
振り向いて見ると、剣士服に着換えており、かなり慌てていた。
「?なんでしょうか?」
エメルダ嬢は、言いにくそうにしている。…やな予感がする。
「や、宿はどうやって取ったらいいのだ?」
俺は、思わず剣を落とした。
言ってる意味が分からん。あなたのお宿はここでしょう?
「え…と、どういう意味でしょうか?」
エメルダ嬢は周りをキョロキョロと伺ってから俺の手を掴んで宿から離れていく。
「え!?ちょっちょっと!痛い!何を」
「うるさい!静かにしろ!」
わめく俺を一喝して、通りをズンズン引っ張って歩いていく。
ある程度離れたところでやっと手を放してくれた。
エメルダ嬢は事情を説明してくれた。要は今回の旅は条件付きで同行を許されているらしい。
1つ、父親の出席する会にはドレスを着て必ず同席すること。
1つ、食事、宿、着替え等はドレス類を覗き、全て自己管理すること。
…やられた。
今回の旅でナヴィス殿が俺を伯爵に紹介したのは『荷物持ち』じゃなかったんだ。
『姫の御守り』だ。
初日にエメルダ嬢を紹介されたのも、遠くからずっとヒョウ獣人が見張っていたのも納得がいく。
畜生。初めから仕組まれていたんだ。
いまさら言っても仕方ないのだが、悔しい。ものの見事に伯爵の策略に嵌っている。
それはそうと、この状況をどうするかだが、俺も今から宿を見つけるのは困難。かといってお姫様をこのまま野宿させるわけにはいかない。…となると答えは1つ。
俺はバーバーリィを繋いだ馬小屋に『転移陣』を設置してここに戻ってくる手段を用意する。そしてエメルダ嬢の荷物を≪異空間倉庫≫に仕舞い、彼女の手を取る。
えい!
瞬時に俺の部屋に移動した。
状況が全く飲み込めないエメルダ嬢は、
「な!な!え!?は!?」
とわけのわからない言葉を発し、俺の手を握りしめたまま大暴れする。その結果、エメルダ嬢に引き寄せられるように二人でベッドに倒れ込んだ。
「きゃ!」
かわいらしい声をあげたが、俺はそれどころじゃない。
ドタドタドタ!
足音が迫ってきて、バン!と勢いよく扉が開けられる。
「お帰りなさいませ、ご主人様!出発されてから一度も戻って来られない…ので、心…配…して……。」
…ほらな。
うちには、こういう子がいるから嫌だったんだよ。
「…し、失礼…しました。」
そう言って、開けた扉を閉めようとした。
「待てサラ!閉めなくていい!それとベスタさんとフォンも呼んで来い!説明するから!」
サラは動揺した様子だったが、命令をうけなんとか気を持ち直し、一礼して寝室を出て行く。
次に俺はエメルダ嬢に向き直った。
「まず、手を放してください。すごく痛いです。」
そう言われて初めて気づいたらしい。慌てて両手を放した。ようやく自由になって俺はベッドから起き上がる。
「ちゃんと説明をしますので、まずはこちらに来ていただけますか?」
そう言って改めて手を差し出す。エメルダ嬢は恐る恐るだが、その手を受けベッドから立ち上がった。
俺たちはリビングにエメルダ嬢を座らせ、事情を説明する。
ここは、ヤグナーンの俺の家であること。
彼女らは俺の奴隷であること。
≪空間転移陣≫のこと。
そして、この事は絶対に秘密にすること。
一通りの説明をして、姫の反応を伺う。おそらく彼女の常識では全く理解できないのだろう。ソファに座っていても全く落ち着きがない状態だった。
「い、いくつか質問を…いいか?」
俺が差し出した水を飲んで気持ちが多少落ち着いたのか、ようやく言葉を発した。
「こんな能力、聞いたこともないぞ。どうやって手に入れた?」
「…私にもわかりませんので、お答えできません。」
「何故、一介の傭兵が北区に家を持っている?」
「…事情がありまして。それ以上は言えません。」
「何故、お前は奴隷を所持している?」
「話せば長くなるので、割愛させてください。」
「ふざけてるのか!」
「ふざけてません。俺には秘密があり過ぎて危険なので、ナヴィス殿の庇護下にいるのです。」
エメルダはベスタさんを睨み付ける。
そうか、ベスタさんはナヴィス殿の奴隷だから、面識はあるのか。
「…はい。エルバード様のおっしゃる通りです。私のご主人様からもエルバード様の能力については秘密にするよう命令を受けております。」
エメルダ嬢はベスタさんの回答を聞いて、俺の言ったことをもう一度思い出し、頭の中で反芻しているようだ。そして大きく深呼吸する。
「…わかったわ。しかし、貴様が奴隷持ちとは…。」
エメルダ嬢は奴隷二人を睨めつける様に見る。
「…エメルダ様。いろいろお聞きしたいことは山ほどあるでしょうが、今は黙って頂けますでしょうか。ナヴィス殿にもそれほど多くを説明しておりませんが、それでも俺を信用して庇護して頂いております。エメルダ様も…」
「何度も言わなくていいわよ。…わかったわ。とりあえず、寝る場所を提供してくれたことには礼を言うわ。」
「…ありがとうございます。」
お礼を言って、食事の用意をする。本当ならみんなで食事をしたかったが、エメルダ嬢は奴隷をあまり良く思っていないようだったので、ベスタさんに相談して、奴隷たちは別の場所で食べてもらうようにし、調理も俺がすることにした。
俺が作った料理はハンバーグ。だがこの世界にはひき肉にするという調理法は確立されていなかったらしい。エメルダ嬢は目の前に出された、柔らかい肉汁の溢れる食べ物に目を奪われ、漂うソースの香りに鼻も奪われ、味わったことのない舌触りに全てを奪われたようだった。
おかわりもされた。
食後は3人は先に休ませ、リビングでエメルダ嬢にワインを出した。
それほど高いものではなく、お酒の苦手な人向けの甘めのワインである。
エメルダ嬢は結構気に入ってくれたようだった。
ワインの入ったコップを置き、エメルダ嬢は言いにくそうにしながらも礼を言って来た。
「…本当に礼を言うわ。でも、私はこの状況に何の疑問も感じていないわけじゃないことは覚えといてね。」
何か、後でちゃんと教えなさいと念押しされた気がする。まあ、後で考えようか。
翌朝、俺が起きると3人がニコニコ顔で横にいた。サラとフォンはともかく、ベスタさんに朝の挨拶を受けるのは新鮮だな。
着換えを済ませ、エメルダ嬢が寝ている部屋を訪ねる。早いうちにカルタノオの街に戻って怪しまれないようにしたい。
「エメルダ様、起きてください。」
…返事がない。
扉をどんどん叩く。
…返事がない。
「開けますよー!」
それでも返事がないので、扉をそおっと開ける。
彼女はベッドの上で毛布に包まって寝ていた。
「…エメルダ様。起きてください。」
「…う、う~んんんん…。」
エメルダ嬢がようやく起きた。
「できるだけ早くカルタノオに戻りたいので用意してください。」
俺はまだ起ききってないエメルダ嬢の為にベッドに近づき声を掛ける。
「…ううん。わかった……起きる。」
眠い目を擦り、何とか起き上がってベッドからなんとか立ち上がった。
「あっ!!!」
声にびっくりして、エメルダ嬢が俺を見る。俺はベッドから出たエメルダの恰好にあたふたしている。
エメルダ嬢も自分の恰好に気づき、慌てて枕を取って抱える。
一糸まとわぬ裸体。
エメルダ嬢は、顔を真っ赤にして枕で前を隠すが、余計にエロくなった。
「す、す、すいません!!」
慌てて俺は出て行く。やばい!不可抗力とは言え、伯爵令嬢の真っ裸を見ちまった!大体なんで素っ裸で寝てんだよ!忘れろよ!忘れろ俺!いいや無理だ。既に≪思考並列化≫と≪情報整理≫が情報収集を完了していろいろ報告してきている。そうか!何もなかったかのように振舞えばいい。そうしよう。
ガチャリ。
扉が開いて着換えの済ませたエメルダ嬢が出てきた。できるだけ平静を装って…。
「おは…」
ガツン!!
ガツガツ!ガツン!…パチィ!ドガッ!
ガダガダガダッ!!!!
挨拶をしようと体を前に傾けたところへ、
右フック→左右のワンツー→左ストレート→右の平手打ち→左キック。
俺はそのまま階段を転げ落ちる。
「…おはよう。」
階段の上から、冷たい響きで朝の挨拶を受けた。
「おはよう、エメルダ!昨日はちゃんと眠れたか?」
「…おはようございます父上。昨日はちゃんと眠れましたので大丈夫でございます。」
カルタノオに戻り、伯爵が宿泊する宿に行って挨拶をする。娘の元気な姿を見て安心するが俺の顔を見て訝しむ。
「…どうしたんだ?」
「はひ…。だんでぼありばぜん。だひじょおぶでず。」
パンパンに腫れた領頬に鼻を真っ赤にして血が垂れ流し状態の俺の顔。
何もないわけがないのに、俺の隣で青筋立ててにこやかに笑っているエメルダ嬢を見て誰も何も言わなかった。
昼過ぎになって、街で大問題が発生した。
例の3拍子揃ったエルフの少女が、カルタノオの占い師を暴行したらしい。それだけではなく、近くにいた猫獣人にも殴る蹴るの暴行を加えたそうだ。
王族でしかも女性が取る様な行動ではなかった。
直ぐにエウレーンの騎士が駆けつけ荒ぶる少女を連れ去り、暴行を受けた人たちにその場で金貨を渡していたそうだ。
だが、それだけでは不服に思ったのか猫獣人たちはエルフの少女相手に訴えを起こしたのだ。法的な手段を取られたせいで、いくら王族と言えど、訴えの取り下げやそれに関わる手続き手回し等で、最低でも2~3日取られてしまう。こうなると足止めされたエウレーン公爵を放って、ヴァルムントに行こうとはどこの一団も考えず結局全員がカルタノオで足止めされることになる。
さらに事の張本人であるエフィルディスが数人の侍女を連れて街を出て本国に帰ってしまったらしい。
これにはさすがのイズレンディアも激怒した。
今回エフィルディスの我が儘な行動は、公爵としてはもはや見逃すことができなかった。妖精族を代表して、国賓扱いでヴァルムントに来ているのに、勝手に自国へ帰ってしまっては、面目をつぶしてしまうことになる。
まして、今エウレーン一族だけでなく、エルフ種族全体が、ドワーフの属国扱いされている状況で、当主の妹がしでかした不始末は種族全体の危機を招きかねない。
そして兄イズレンディアが決断したことは…。
妹の拘束、処刑となった。
それは、自分の地位やコネを駆使して妹の命を救うことでエルフという種族全体の危機を招くよりも、妹の命を犠牲にしてそれを利用して国内の地位保全を狙うという政治的判断によっての決定だ。
事情を知る伯爵とナヴィス殿の今回のエウレーン公爵の行動について、意見が一致している。俺も理解している。だが、二人とも腑に落ちない顔をしている。
「なんとかできませんかねぇ…伯爵様。」
「今回の事件を利用して公爵との繋がりを作りたいですねぇ…大商人様。」
二人してちらちら俺を見ている。俺は気づかないふりをする。
「…たしか私には貸だらけの部下がいたような…。」
「確か私には娘を手籠めにしようとしている輩が…。」
誰それ?……知らんなぁ。
二人は俺ににじり寄ってくる。
…やだよ。
俺はエメルダ嬢のほうを見たが、視線を外された。助け舟はでないか。
…やむを得ない。
「あっ!!」
っと言ってエントランスにある小窓を指さす。みんなは、なんだ?という顔で俺の指さしたほうを見る。
次の瞬間俺は、後ろを振り向いて宿から脱出しようと玄関へと走った。
だが、一歩足を踏み出したところで、腕を掴まれ、そのまま俺の体は急停車する。
腕を掴んだのはエメルダ嬢だった。
ばちぃぃん!!ばちぃぃん!!
エントランス内でこだまするほどの音に窓の方を見ていた伯爵様とナヴィス殿が俺を見た。
そこには腕を掴み、逃げられなくなったところで頬を叩かれる俺がいた。
今回は少し長めです。
だって、ヒロインの話になかなか入れなくて、はや4話目…。
焦って、長めになりました。それでもまださわり…。
三章は長引きそうです。
ご意見、ご感想を頂ければ幸いです。




