13 別れと旅立ち
出発の朝を迎えた。
これより船に乗ってガラの街へ向かう半日の道程だ。
出発に際し、俺は商館に呼ばれていた。サラとフォンを連れて商館へ向かう。商館では例によってベスタさんが待っていた。ベスタさんの案内で商館の地下へと進む。ここは初めて来る場所だ。
奥ではナヴィス殿が俺たちを待っていた。
「出発の時間が迫っていますので、手短に済ませましょう。」
そう言って、鉄の輪を俺に差し出す。
見たことのある輪だ。サラの首にも巻かれている。
「私の扱う奴隷は皆、契約者に自らの手で輪をはめてもらうようにしています。それは、この鉄の輪の重みを知ってもらうことで、“奴隷の命の重み”を知ってもらうためです。」
そうか、サラの時は既に首輪をした状態だったからしなかったのか。今回、フォンは治療のために一旦首輪を消滅させてたっけ。
俺は首輪を受け取る。
フォンが俺の前に来た。自分でもわかっているらしい。
「では、首輪をはめてください。その後で私が契約の儀式を施します。」
そう言って俺を促した。
俺は、首輪をフォンの首にかける。カチリと音がして、つなぎ目が噛み合わさる。ナヴィス殿が手を伸ばし、首輪に指を当てて呪文らしき言葉を唱える。
……儀式は終了した。
「これでフォンは11年前からあなたの奴隷です。」
ナヴィス殿は大きく深呼吸して、手を下ろした。ベスタさんが杖を渡す。
「エルバード殿、今から言う言葉は私の信条だと思ってください。」
そう切り出して、一呼吸おいてから唄うように言葉を発する。
“奴隷とは、道具であるが道具にあらず。命あってこそその使役を果たす。その命の重みは低けれど、ゆめ無きものではなかりけり”
「奴隷は“命を持つ道具”です。決してその命は軽いもではありません。エルバード殿は理解されていると思いますが、この言葉は胸に刻んでおいてください。」
フォンは心配そうに俺を見ていた。俺は安心させるためににっこりとほほ笑む。
大丈夫だ。サラもフォンも無下には扱わない。
「では、舟へと向かいましょう。」
ナヴィス殿の言葉で全員が地下の部屋を出発した。
港には中型船が停泊しており、既に甲板には何人かの人の姿が見える。
桟橋には、ヘリヤがまだかまだかと待っており、ナヴィス殿を見つけた瞬間に礼儀正しくお辞儀をする。
ああ、そうかヘリヤ様は陸路でベルドに戻るのか。
ヘリヤはナヴィス殿といくつかの話をした後、ギラリと俺を睨み付けた。ズカズカとやって来て俺の耳をつまんでそのまま10歩ほど引っ張った。
「い、い痛い!何ですか!」
ヘリヤは俺に顔を近づけ小声で話す。
「…昨日の夜の事、誰にも喋っておらんだろうな。」
脅しにも似た質問だが、何故か顔を赤らめている。ヘリヤ様覚えてたんだ。
「誰にも喋りませんけど、忘れることもできませんよ。」
俺も一応保険を掛けておく。ヘリヤは赤い顔のまま俯いている。
「いつかヘリヤ様のお立場に関係なく二人きりになりたいですね。」
「断る!」
「キュッてするくらいは…」
「拒否する!」
そうは言ってもヘリヤの顔は赤い。前の時より口調が弱かった。
「手紙を書きます。…マリンさん宛に」
俺の言葉の意味を理解してヘリヤは嬉しそうにした。
「年下のくせに、気の利いたことを…。」
またも耳を引っ張ってみんなの元に戻る。絶対これは照れ隠しだ!
ナヴィス殿を先頭に船に乗り込み、天気のいい空を見上げた。
ここに来てからずっと感じていたが、相変わらず風が弱い。あと、滞在中雨が一度も降っていない。というか、この世界に来てから一度も降っていない。今は乾期なのだろうか。
大分この世界のことがわかってきたが、まだまだ分からないことだらけだ。しばらくはフォンはベスタさんの所で教育を受けることになるから、その間にサラにいろいろ教えてもらおう。
それにしても、俺は“人外”になってしまった。
メニューを開いてスキルを確認する。
『アビリティ』
≪全知全能≫
≪神算鬼謀≫
≪ヘゼラサートの加護≫
≪アマトナスの僕≫
≪暗殺術の極意≫
≪五穀豊穣≫
≪アルザラートの祝福≫
≪竜王の加護≫
『属スキル』
≪思考並列化≫
≪情報整理≫
≪仰俯角監視≫
≪真実の言葉≫
≪百軍指揮≫
≪投擲≫
≪気配察知≫
≪超隠密行動≫
≪遠視≫
≪超振動≫
≪視界共有の眼≫
≪身代わりの表皮≫
≪傷治療≫
≪心身回復≫
≪鑑定≫
≪光彩≫
≪偽りの仮面≫
≪骨砕き≫
≪水質判定≫
≪土壌変化≫
≪反復≫
≪気脈使い≫
≪竜鱗皮≫
≪鎌鼬≫
≪地縛≫
『固有スキル』
≪状態管理≫
≪異空間倉庫≫
≪闇使い≫
『呪い』
≪刹那の治癒≫
≪魂の真贋≫
≪ブレス≫
…固有スキルに≪闇使い≫がある。
そうか、黒竜剣を引き継いだから、これも引き継いだんだ。まだまだスキルを取得するんだろうなぁ俺。ますます人外になるよ。
あとは、ラツェルをやったあの少女の事だな。恐らくあの子も“この世ならざる者”で人外なんだろう。もう一度逢えたらお互いの人外度を見せ合いたいなぁ。全く意味ないけど。
十二神獣にも会って行かなきゃいけないんだった。彼らの役割は、“この世ならざる者”が人の道を外れた場合の対応策だった。真実を知ったら悲しむだろうなぁヘリヤ様。あの人神獣フェチだったからな。
そして。
「フォン!」
呼ばれた少女は振り向き、フードを手で押さえながら走ってきた。
「はい…ご…しゅじん!」
たどたどしい口調だが、ちゃんと自分の声で返事する。彼女の正体について今は晒すわけにはいかない為、大きめの外套に深々とフードを被った姿だ。それでも初めて会った時よりずっといい表情が戻ってきた。
「フォン。」
「はい。」
「君にはもう一つ『呪い』がある。」
「…はい。」
「これも克服してもらいたい。」
「…。」
「この先、辛いことを訊ねるかも知れない。」
「…はい。」
「でも、俺はフォンの味方だから。」
「はい!」
フォンの心の傷は癒えているわけではない。だが、少しずつでもいいから前に進むことで、病を克服することができるだろう。いつか一族の復興も夢見るかもしれない。その時は俺がお父さんになるかも知れないなぁ。
俺は彼女が日の浴びる場所でもフードを取っていられるように願い、フォンの頭を撫で続けた。
二章:完
二章完結です。
ちょっと急いで書き上げたので、いろいろ見返したらおかしいとこがあるかもしれません。
二章は、後の章で書かれる予定の謎がいろいろ残っている状態です。
ぜひ楽しみにしていただければと思います。
ここまでの内容で、ご意見ご感想を頂ければ幸いです。




