8 魔獣と神獣
攪乱部隊の拠点は草むらの中に設営したはずだった。だが6つの赤い点が見える場所に着いた俺は、そこが設営場所ではないことを理解する。設営場所から更に海側へ移動した辺りでごつごつした海岸に5人はかたまっていた。
マグナールを先頭にして、徐々に海側に逃れようとしていたが、黒い霧のようなものを纏った剣を持った男に阻まれていた。
俺は、マグナールのもとに急いだ。だが、マグナールの傷ついた姿を見て驚愕した。
…あいつ、右腕がない!
陣形も何かおかしい。斥候2が奴隷女性を守り、エイミーが斥候1を守っている。そしてマグナールは盾役だ。
男が黒い剣を振り下ろした。マグナールがかろうじてその剣を左手に構えたナイフで弾き返す。男がもう一度斬りかかったところで俺が二人の間に入り込み、黒い剣を左手で掴み動きを封じた。
「ずいぶんとやられたな、マグナール。大丈夫か?」
「…へ、へへ…。遅いぞ、エルバード。」
マグナールは既にフラフラで立っているのがやっとの状態だ。全身には何本もの引っかかれたような傷がついており、血が流れている。
「マグナール、こいつは俺に任せろ。お前は全員引きつれて撤退してくれ。」
「ダメだ!最優先は“区画監視”のクカの安全だなんだ。エイミー、先行して撤退しろ!」
「はい。」
エイミーは抑揚のない声で、クカという名の男と後ろに下がって行く。
「お前も下がれ!」
「それは出来ん!先にクカを逃がす!これは団長命令なんだ!」
「だが、お前も死にかけてる!これ以上は役には立たん!下がれ!」
「おいおい、俺を放って何を言い争って…」
「黙れ!!」
何かを言いかけた黒剣の男を一喝する。剣を掴んでいる手からは血がしたたり落ちているが痛みは感じない。それになんだ?この男、まるっきり弱いじゃないか?こんな奴にマグナールは打ち負けてるのか?
「エイミー!マグナールを連れていけ!」
「はい。」
エイミーはマグナールの体を引っ張る。
「ま、待て!まず主の言うことを聞け!」
「ここは戦場です。戦場では正しいほうを選択いたします。今は、エルバード様のおっしゃることが正しいです。」
そう言って、マグナールを無理やり引っ張り、一緒に退却させていく。いつものマグナールなら簡単に払いのけるが、腕を斬り落とされ瀕死の今はまともに抵抗できず、エイミーに引っ張られていった。
さて、邪魔者は消えた。お前は“闇使い”のキュクロスだな?
俺は黒剣に力を込める。すると黒剣から悲鳴にも似た音がした。このまま握り潰してやる!
俺は更に力を込めた。甲高い悲鳴のような音が鳴り響く。キュクロスは恐れ慄き、剣を持った手を震わせている。
「ま、待て!止めろ!それ以上力を込めるな!」
何を言ってる?
「この剣には闇の竜が封印されているのだ!竜を怒らせば、どうなるかわからん!止めてくれ!」
「だったら、お前が手を放せ!」
「放します!放しますから、ホントに止めてください!」
キュクロスは完全に恐怖で混乱しているようだ。両手を剣から放し、降参の恰好で手を上げている。
「は、早く手を…!」
突然、黒剣の周りにあった黒い靄が集まり、竜の形になって巨大化した。
「ギャー!!」
キュクロスは両手を上げたまま、黒い竜の顕現を見てそのまま気絶した。
黒い竜は剣にまとわりつくような恰好で俺を睨み付ける。
「キ・サ・マ……。俺ノ住処ヲ壊ス気カ!?」
カタコトではあるが、ニ・ホーン語で黒い竜が問いかけてくる。なんとなく怒り狂っているな。だが、俺の怒りはそれ以上だ!
「…だったらどうする?スミ野郎!」
「キ・サ・マ、死ニタイラシイナ!」
黒い竜は口を大きく開き、攻撃の構えを見せた。俺は剣を握りしめて、立ったままだ。
黒い竜は口から黒い炎を吐き出した。黒い炎は俺を包み込み焼き払おうとする。
だが、俺は炎に焼かれることはなく、無傷で突っ立っていた。それどころか一歩も動いていない。
「ナ…!?」
黒い竜は何故自分のブレスが効かなかったのかが理解できないようだった。もう一度黒い炎を吐く。だが俺は無傷。
「ナ、何故ダ!」
黒い竜は、俺にブレスが効かない理由がわからず、口をパクパクと開閉させている。
“儂が説明してやろう、ヘイロン!”
聞いたことのある声がして、黒紫の鱗を持つ竜が現れた。俺は、その竜を見上げる。
「あなた様は自由に顕現ができるのですか?」
そこにいるのは竜王バハムートであった。俺に加護を与えた神だ。この世界の神は簡単に地上に顕現できるのか?
“儂は生まれつきの神ではない、もとはこいつと同じ、魔獣の一種。地上にいるのが本来よ。”
そうか、元は神界を支える巨大魚だったな。あー…この黒い竜、完全に戦意消失しちゃってるわ。
見ると、蛇に睨まれた蛙のように、気絶寸前でワナワナ震えている。
“ヘイロン、こやつは儂の加護を受けており、儂と同等のブレスが扱える…。”
「ソ、ソンナ…。」
うん、思い出したぞ。確か中国の神話に黒竜てのがいたな。
「これでわかったか?スミ野郎。」
「グッ…!」
黒竜は俺を睨み付けるが悔しそうな雰囲気がにじみ出ている。
「あーまだなんか俺に用がありそうだな黒竜クン?」
そう言って黒剣に力を込める。
「アー!!ナイ!ナイ!アルワケナイカラ、壊サナイデ!」
俺は力を緩める。
「この剣、俺のモノ、でいい?」
黒竜は黙ってた。嫌そうだ。
竜王が一歩前に足を踏み出した。ズシンを地面が揺れる。
「アー!ワカッタ!ワカリマシタ!アナタ様のモノデ結構デス!」
黒竜は慌てて返事をする。バハムート様ありがとう!
“エルバードよ。こやつを使役するが良い。”
「ありがとうございます。」
俺は竜王に向かって頭を下げた。黒竜はヤレヤレと言った感じで黒い靄になり、黒剣の中に戻って行く。
“誰か来たようじゃ、ひとまず退散するが、儂の用事を頼まれてくれ。この島の地下に【宝瓶獣】が幽閉されておる。解放してやってくれ。”
なんと!宝瓶!どうしよう!?
黄道十二神獣のなかでも気になるヤツトップ3に入っていたんだよ!だって獣じゃないし!了解了解!2つ返事でやりますよ!
「畏まりました。」
表面上は礼儀を守り、消えていく竜王を見送る。 そこへフェンダーがやってきた。
「エルバード!無事なのか!闇使いは!?」
肩で息をしながら質問してくる。俺は足元に目を開けたまま失神してる男を指さした。フェンダーはあっけにとられている。
どう説明しよう?
フェンダーには、黒竜剣が俺を気に入ってくれたおかげでキュクロスを倒せたと説明した。事実、この剣は俺が持っている分には何の反応もないが、フェンダーが持とうとすると、黒い霧を纏わり付かせてきた。さすがにフェンダーも納得せざるを得ず、剣を俺のモノにすることをかなり嫌々ながらも了承してくれた。
そして、俺がこのキュクロスを引きずって野営地に戻る。これで第一級犯罪者は全て討伐完了した。
残念なことに、野営地にマグナールの姿はなかった。
重傷者として、真っ先に港に戻る舟に乗って行ったらしい。エイミーも同行したらしくここにはいない。喋る相手もいないので暇を持て余している。竜王の用事を今のうちに済ましてしまおう。
地下への入り口は以外と簡単に見つかった。海賊のアジトそのものが地下洞窟に繋がっていたのだ。俺は≪超隠密行動≫で誰にも見つからないようにして、地下洞窟を下へと進んだ。真っ暗闇だが、≪光彩≫で照らしながら下へと進んだ。≪気配察知≫を使って、青い点を探す。
やがて、青い点が視界に入った。
ここから更に下にもぐる必要あるようだ。俺はジメジメした地下洞窟を更に下へと降りていく。
普通、地下洞窟には魔物がいて、そいつらを倒しながら進んで行くのが異世界じゃないのか、とか思いながらも蝙蝠さえいない洞窟を進んで行った。
やがて青い点のある場所に到着した。
……ブルドーザー?
やや開けた場所に巨大な亀が寝そべっていた。全長は20メートルはあるだろう。甲羅の高さは30メートルぐらいではないだろうか。首の付け根辺りから垂直にせり上がった特殊な形をしている。
この形、見たことある。ガラパゴス諸島にしか生息しない巨大なゾウガメだ。ガラパゴスゾウガメは木の上の葉っぱを食するため、首を高く持ち上げられるように甲羅がせり上がっている。似たような形でキングサイズの亀がここにいた。
そうか、甲羅の形が、斜めに傾けた水瓶に似ている。
…これが【宝瓶獣】。
(そうじゃな。わしが【宝瓶獣】じゃ。)
頭の中に声が響く。見ると巨大な首がこちらを見ていた。
(お主、“この世ならざる者”じゃな。何故ここへ?)
ややしわがれた老人のような声。年齢もかなりのモノなのだろうか。亀なのに風格がある。
「竜王様より【宝瓶獣】が幽閉されているから解放するよう命を受けてきたのですが…。」
全然、幽閉されている感がない。
(ほほっ、わしが人間ごときに幽閉などされんわ。地上で暮らすのに飽きたからここにいるだけの事じゃ。)
また、竜王に弄ばれたか、俺?
(地上が何やら騒がしいようだが、何をしておった?一応、ここはわしのナワバリじゃがの?)
俺は頭を下げる。
「これは失礼をいたしました。実は、この島に海賊が巣食っておりました故、討伐のために、上陸させて頂いておりました。討伐は完了致しましたので、速やかに撤退いたします。どうかお許しを。」
【宝瓶獣】はじっと俺を見ている。
(ここがわしのなわばりだということは誰も知らんかったようじゃの。そういやここ500年ほどずっとここにおったからのぅ。)
「誰も知らないと思います。我々もここに上陸する前に【宝瓶獣】がおわすことを聞いておりません。」
まずいな、このまま去るとまた、この小島にまた人が来るかもしれん…。
「恐れ入ります、1度地上に出ては頂けないでしょうか。地上にいる私の仲間にそのお姿をお見せすることで、この島には【宝瓶獣】がおわすことを知らしめることができます。」
俺は深々と頭を下げる。巨大亀はしばらく黙って俺を見ていた。
(お主の言うことには他意はないようじゃの)
【宝瓶獣】はのそりと起き上がる。そしてゆっくりと動き出し……。天井の岩をすり抜けて上へと上がって行った。
何それ!?壁抜けの術!?
(何をしとる?わしの甲羅に乗せてやる。早う来い。)
長い首が後ろを振り返り俺を誘うようにくいくいと動かす。俺は慌てて走り寄り甲羅に飛び乗った。甲羅に付着した苔に手を掛けた瞬間に刺激が全身に走って行く。
な、なんだ?体が痺れる!毒か?
俺は≪鑑定≫で苔を確認する。
【神獣の苔】
神獣が放つ神力で強力な麻痺毒の性質を
持った苔。
(ほほう、お主はこの苔に触れても痺れる程度か。なかなかの神力じゃの?)
…俺は試されたか?だが、この痺れ、結構きついぞ。
(地上に出るまでの辛抱じゃ、我慢せい。)
そう言って、大亀は天井をどんどんすり抜けていく。さっきから、何気に口に出してないことにまで返事をされているのがすっごく気になる…。
やがて、【宝瓶獣】は地上へと顔を出した。
想像はしていたが、地上は大混乱だった。俺は甲羅の陰に隠れてその様子を確認する。ここで俺が出て行ったら、全部俺のせいにされてしまう。うまく逃げてくれ!
(ほっほっほ。久しぶりに人間どもを見たが、面白いな。ほれ、逃げ惑っているぞ。)
【宝瓶獣】さん、楽しまないで。俺は冷や汗掻いてんだから。
ラッドが逃げ回る兵士たちを叱咤し、陣形を整え海岸のほうへと後退していく。ラッドさんは何気に指揮能力が高い。もう整然とした隊列に仕上げている。
(…つまらんのぉ。もう終わってしまった。)
【宝瓶獣】はつまらなそうにしていたが、隊列の戦闘にいるフェンダーを見つけ、目を輝かせた。
(おい、あの赤い槍を持った人間は何者だ?なかなか楽しめそうな気がするが?)
「お、お待ちください!私があなた様に地上へ出ることをおすすめしたのは、神獣の威光を示さんがため!ここで彼らに手を出してしまっては恐怖を与えてしまいます!」
(つまらん。ではどうするのじゃ?)
「こ、ここはお任せ頂けますでしょうか。」
(…つまらんかったら、食い殺すからな。)
俺、無意味に絶体絶命!
気を取り直して、【宝瓶獣】の頭の後ろに隠れる。
「我の島で何をしておるニンゲンども!」
討伐隊に向かって大声で叫ぶ。ラッドたちは無言である。
「もう一度問う!何をしておる!」
ラッドの後ろで隊列が乱れていく。それを見た【宝瓶獣】は嬉しそうになった。
「…お、お許しを【宝瓶獣】様!」
ラッドが慌てて前に進み、膝をついて許しを請う恰好をする。フェンダーが槍を構えて前に進もうとしたがそれを制し、強引に屈ませる。
【宝瓶獣】はなんか嬉しそうにしている。
「我らはここが【宝瓶獣】様の土地とは知らずにやって来ておりました。言い訳にはならぬと思いますが、今すぐ島を離れます。どうかお許しを!」
深々と頭を下げる弟と不満だらけで頭を下げる兄。道理を弁えているのは弟のほうで、横にいる兄が暴走しないように必死だ。
「今すぐ去れ!この先、この島に近づくようであれば一切の容赦はせぬと思え!」
同時に大亀が咆哮をあげる。流石のフェンダーもたじろぎ、後ずさりし出した。他の兵士たちは我先に舟へと走って行く。それを見て楽しそうにする【宝瓶獣】。
(いやぁ、面白かったぞ。恐怖に怯える人間どもを久しぶりに見た。)
だが、いまだに槍を構え威嚇の体制を維持しようとするフェンダーを見つけ、睨み付けた。
(赤い槍の人間よ。貴様の勇気だけは認めてやろう。じゃが、挑む相手を間違えるな!死に急ぐぞ!)
【宝瓶獣】はゆっくりとした口調で、フェンダーに脅しをかけた。流石のフェンダーも対抗することはできずに、後ずさって行く。もう、早く逃げてくれよ!
俺の心配を余所目に【宝瓶獣】はカラカラと笑って楽しげな様子を見せている。
多分、食い殺されることはなくなったが、寿命は確実に縮んだわ。
なんとか、撤退した討伐軍を見送って、俺は【宝瓶獣】から降りた。【宝瓶獣】は終始楽しそうにしていたため、今はかなりご機嫌だ。
(お主のおかげで久しぶりに楽しんだ。礼を言うぞ。)
「こちらこそ願いを聞いて頂きありがとうございます。今後この島には近づかないことを誓います。」
(いや、来てもらった方が楽しいんじゃがのぉ?)
【宝瓶獣】は不満そうに言う。ムリだよ、どこの世界に命を懸けた肝試しがあるんだよ。
「【宝瓶獣】様、私もこれにて失礼させて頂きます。」
俺は頭を下げて別れの挨拶をする。
(【金牛獣】に宜しく言っといてくれぬか。)
「…畏まりました。私ももう一度お会いしたいと思っておりました。」
(あ奴は気難しい奴じゃからの。)
そう言って、港の奥にあるはずの【金牛獣の神域】を見つめている。
神獣の性格にもいろいろあるな。牛と亀に性格の話をもってくるのも変な感じがするが。
俺は、海を渡って港に向かった。
港では、微妙な凱旋ムードだった。本来であれば、『海賊団討伐!ばんざ~い!』的な感じだろうが、同時に『神獣現る!』の2本立てになったので、特に漁業に携わっている人々は、さらなる脅威になってしまった結果だろう。
その状況を討伐隊の中で一番理解しているのは、フェンダーとラッドではあるが、相手が神獣ではどうすることもできないようで、厳しい顔をしての凱旋報告となった。
ヴァルドナ領主への報告も済み、一旦討伐隊には休暇が与えられた。俺も【宝瓶宮】の部屋に2日ぶりに戻ってきた。
「お帰りなさいませ、ご主人様。」
部屋では、サラとフォンがそろって俺を出迎えてくれた。たった2日ぶりではあるが、懐かしく感じる。
俺はサラをギュッと抱きしめた。次にフォンをギュッと抱きしめた。
「ただいま。サラ、フォン。」
…いい。すごくいい。
俺に好き好きビームを放ってくる体はちょっと未発達な美少女。
俺に興味なさそうな無表情だが尻尾はブンブン振り回されている大玉持ちの美少女。
あーもう!今からでもイチャイチャしたい!
実は処女獣をどういう神獣にしようかアイデアが出て来ません。
誰かいいアイデアがあればください。
次回はフォンと楽しいことになります。
ご意見、ご感想を頂ければ幸いです。




