6 ヘリヤの過去
今回はいつもより短めです。理由はあとがきにて。
宿に戻り一息ついた俺は、小島での潜入結果を報告しに行くことにした。あれだけ派手に爆発を起こしていれば、港側でもその様子が見えたはず。もう少し状況を細かく説明して、作戦変更に役立ててもらおう。
「今から、ヘリヤ様のところへ報告に行ってくる。フォンはサラとここで待ってるように。それから、俺が返ってきたら……二人ともお尻ぺんぺんだからな。」
サラは「はい」と元気に返事する。フォンは尻尾をブンブン振って応える。
…まったく。お仕置きを喜ばれるのも困るんだが…。
作戦本部となっている港内の市場には、隊長格の人間が集まっていた。当然その中にヘリヤもいる。会議は、ラツェルが思案の周囲を囲む作戦の手順を説明していた。だが、ヘリヤが小島の方で起きた爆発音とここからでも見える火の手について調査すること要求している。
両者は言い争っていたのだ。
これはヘリヤの手助けをするチャンスだ。
俺は素早くヘリヤに近づき声を掛ける。
「…ヘリヤ様。」
ヘリヤは声のした方を見て俺に気づいた。ぼろぼろの恰好をした俺を見て、大体の察しがついたようだ。
「あの爆発はお前か?」
「はい、食糧庫と防御砦5つの内3つを破壊して来ました。」
「なんと!エルバード。良くやった。小島にあった防衛砦は上陸するのに邪魔な存在であったのじゃ。それを3つも破壊したのであれば上陸しやすくなる!」
ヘリヤは俺の報告を聞いて大げさに喜ぶ。横で聞いていたバナーシがそれに乗っかってきた。
「では作戦を変更しますか。この状況なら全軍で全体包囲するよりも、少数精鋭で一極集中させ、残りの防衛砦を破壊した方がいいですな。」
待っていたかのように作戦の変更案を出す。ナヴィス殿がそれに相槌を打つ。他の隊長クラスの人たちも肯いていた。
…ただ一人を除いて。
ラツェルの表情は怒髪天だった。会議の主導権をあっさりに奪われ、作戦変更になったからだ。
「ま、待て!せっかくここまで準備してきたのにここで変更してしまっては、混乱を招くぞ!ここは、このまま進める方が!」
ラツェルの意見はあっさり却下された。
「作戦は変更する。状況が変わったのだ。それなのに当初の作戦にこだわるなど愚の骨頂。」
ヘリヤは全員に向けて説明する。皆は納得している。だがラツェルは納得できないようだった。
「そもそもなんだこの男は!?何故小島に潜入したんだ!?俺はそんな命令は出してないぞ!」
ラツェルは俺に絡んできた。フン、鬱陶しい。
「俺はアンタの指揮下の人間じゃない。」
「この男は現状を憂慮して単独で行動しただけの事。思いのほか成果を上げれたので知人の私に報告に来たのだ。私の配下でもないから、特に罰する理由はないぞ。」
「だ、だからといって大事な戦闘を前に勝手な行動をとって罰則なしでは、示しがつかぬ!」
今度はそれにナヴィス殿が答える。
「ふむ、確かにそれは道理。彼は元々私の部下であったからのう。私の方から刑罰を裁定いたそう。…ですが、これで作戦変更の件は覆りませんよ、ラツェル殿。」
ナヴィス殿の言葉で、とうとうラツェルは自分の感情を爆発させた。
「うるさい!俺の作戦通りに何故進めない!貴様らそんなにこの戦いで俺の名声が上がるのが妬ましいのか!」
その爆発にヘリヤが冷やかな視線を浴びせる。
「貴様の立てた作戦では、負けるから変更するのだ。勘違いも甚だしい。」
「黙れ!元奴隷のくせに!」
ラツェルの言葉に周りが凍りつく。ヘリヤは変わらず冷やかな視線を浴びせていたが、ラツェルのことは無視して話を続けた。
「聞いているのか奴隷!」
…こいつを黙らせよう。そう思ってラツェルに向かった瞬間。
ラツェルの罵倒に傍にいたフェンダーが拳を振りぬいた。
鈍い音がして、その場にラツェルが倒れる。フェンダーの拳はラツェルの頬を直撃し彼を黙らせた。それどころかみんなも黙らせた。俺も何も言えなくなった。かなりビビってた。
「…ラツェル殿は乱心した。これ以上醜態を晒さぬように、誰か丁重に幽閉しておけ!」
フェンダーの部下がサッとラツェルを抱え、部屋を出て行く。
フェンダーはそれを見送った後、何事もなかったかのように会議をに戻った。会議は何事もなく進行し、作戦の変更内容は決定した。部隊を4つに分けることになり、それぞれの隊長は、フェンダー、バナーシ、ラッド、ヘリヤに決まった。
俺の報告で、人質の生き残りはいないことがわかったので、何も気にすることなく侵攻することとなった。
体よくラツェルを追い出せたことにナヴィス殿は満足した顔で俺を見る。俺も無言で肯き、この場を退場する。俺の役目は一旦終わった。後は、閉じ込められたラツェルでも見に行こう。あいつも黒い玉を持っている奴だからな。
俺はラツェルの後を追った。彼は領主館の一室に気絶したまま連れて行かれ、窓のない部屋に閉じ込められた。扉の前には兵士が見張っており、誰も近づかないようにしていた。俺は≪超隠密行動≫で扉の前まで進み中を覗いた。
ラツェルはまだ気絶したままで、ベッドに寝かされていた。
哀れな姿だ。だがこの男は何故自分の作戦にこだわったのだろう。こいつには聞きたいことがあるな。後でまた来ることにしよう。
俺は【宝瓶宮】に戻ってきた。≪気配察知≫で宿の中を確認すると、ヘリヤの部屋には赤い点がなかった。ヘリヤの馬車もない。俺は≪仰俯角監視≫で辺りを探してみる。馬車は作戦会議をしていた市場に停まったままだった。赤い点は2つしかない。ということはヘリヤとマリンさんだろう。二人で何をしてんだ?猛ダッシュで市場まで行く。
ヘリヤは会議室の椅子に座ったままだった。難しい顔をして考え込んでいる。傍にはマリンさんが悲しそうな顔で立っている。
そうか。…あんなことを言われて何も思わないわけがない。表面上は気丈に振舞っても、内心では辛かったのだろう。これは見過ごすわけにはいかないや。
「ヘリヤ様、こんなところにおられましたか。」
俺はわざと明るい口調で声を掛けた。俺に気づいたヘリヤは表情を変え、煩わしそうに返事をする。
「何用だ?わざわざ私を探しに来るとは何か報告ごとか?」
「いや~今回はなかなかいい働きをしたなぁと思いましたので、ヘリヤ様から褒美を頂ければと思い、探しておりました。」
俺はヘラヘラと笑ってヘリヤに近づいた。ヘリヤは椅子から立ち上がって、俺を見上げる。
「フン、ただ働きは損だと思ったのか?公的には何も出せぬぞ。お前の単独行動の結果なんだからな。逆にナヴィス殿から罰を受ける身ではないか?」
「いえいえ、俺は、褒美としてヘリヤ様をギュッとさせて貰えたら満足です。」
俺の言葉は意表をついていたらしく、一瞬にして表情が変わった。間髪入れず俺はヘリヤを引き寄せ両腕で抱きしめる。
「ちょ、こら!話せ!」
ヘリヤは抵抗するが俺は放さなかった。
「ダメです。今はこのままでいて下さい。あなたは悲しんでいるんです。誰かがその悲しみを受け止めなければ…あなたは沈んでしまいます。」
ヘリヤの動きが止まった。
「…知った風なことを。貴様に何がわかる?」
ヘリヤは怒りをあらわにした口調になった。
「何もわかりません。だからこれくらいしかしてあげれないと思いまして。」
俺は正直に答える。
「ヘリヤ様の裸を見てしまった時になんとなく気づいたんです。その時はこの人はすごく強い人なんだと思いました。そういう過去がありながらも努力し、領代の地位に立っているのはすごいです。…でも、今のあなたはすごく弱々しく見えます。」
ヘリヤは何も言わなくなった。
「俺にはこんなことしかできないのですが、それでも胸を貸すことくらいは…」
「もういい。」
ヘリヤは諦めたような声を出す。
「…まったくお前は不思議な男だな。」
ヘリヤは俺の腕の中で深呼吸をしている。いや、涙を流していた。嗚咽を我慢していた。俺は抱きしめる力を少し強めた。一瞬体を強張らせたが、抵抗はしなかった。
「…泣いていいか?」
「…もう泣いてるじゃないですか。」
「…これは私の独り言だ。」
小さな声で俺に話しかけるでもなく、ヘリヤが話し出す。
「私は幼い頃にナヴィス殿の元へ奴隷として売られた。」
ヘリヤは俺の返事の有無に関係なく話を続ける。
「売ったのは私の両親。生活する金に困り私を売り払ったのだ。そして私はナヴィス殿…いやグランマスターに育てられた。」
…そう、ヘリヤは、ナヴィス殿を2度“グランマスター”と呼んだのだ。それを聞いて俺の推論は確定に変わったのだ。
「15になって私はヴァルドナの領主に買われた。…最初は身の回りの世話だけの使役奴隷だったが、子爵様は私のことを気に入り、使役範囲を広げていったのだ。」
それって、愛人みたいな感じってことか?
「先代は私に領主としての知識や勤めを細かいことまでも教えてくださった。それを渡しは全て吸収することができた。そして、私は使役が終了し、解放されることになる。」
俺は黙って聞いていた。一番大事なことだ。普通は解放されることを嫌がる。しかも子爵の愛人みたいな位置にいたのだ。解放されれば全て一からやり直しになるはず。
「私は先代のお側に居たかった。そうすればあの方の死に目にも会えたのに…。でも先代は私にこう言ったのだ。」
“君は先駆者になるべきだ。今、どこの国においても制度がちゃんとあるにもかかわらずそれが利用されない理由は君もわかるだろう?だがそれを乗り越えて事例を作らなければ、前には進めないと思っている。君はここから解放をしても路頭に迷うことなく、そのうち私と肩を並べる地位にまで登ってこれるだろう。才能はあるのだ。君を前例とし、君の手で次の事例を作り上げていくことで奴隷の地位は向上できるのだ。”
「私はこの言葉を忘れない。一生かけてもこの言葉を追い求めていくつもりだ。だが…」
ヘリヤは俺に体を預けてきた。
「やはり、私でも辛くなる時はあったのだと思い知らされた…。」
「では、前向きに考えましょう。ヘリヤ様にも弱い部分がおありだった。それをヘリヤ様ご自身でお気づきになられた。…今後はこの気づきを大いに活かすことができましょう。」
ヘリヤは何も言わなくなった。ただじっと俺にもたれ掛っている。
…ええい!当たって砕けろ!
「あの…キス…したいなぁって思ってるのですが?」
ヘリヤが俺を見上げる。
じっと見つめてくる。
じぃぃぃぃぃっと見つめてくる。
「…ダメじゃ。」
その瞬間にサッと唇を重ねた。ヘリヤは何かわかっていたかのように抵抗しない。だが涙を流し始めた。唇を放し、俺の胸に顔を埋め嗚咽を漏らす。
俺は何も言わずそっと抱きしめて待った。
彼女はただ俺に抱かれたまま泣き続けた。
俺の感覚で30分くらいたったであろうか。ヘリヤは不意に俺を突き放した。
「ふー…。久しぶりに若い男のエキスを吸った感じだわ。」
その顔はいつものヘリヤである。
「私でよければいつでも…」
「二度とない!」
俺の言葉を遮り言い切った。そしてマリンさんを連れて部屋を出て行く。
「期待しててもだめですか?」
「無駄だ。」
即答された。でもよかった。いつもの調子だった。ご褒美も頂けたし、この先もう一回ぐらいいい雰囲気になるかもしれない。
俺はヘリヤの馬車を見送り、なんとなくいい気分で自分の足で宿に戻った。
部屋ではサラとフォンが床に並んで座って待っていた。
さ、お楽しみの時間だ!
そう思って俺は二人に近づく。サラがご主人様へのご挨拶を言いかけたが、フォンは立ちあがって俺に近づいてきた。そして、鼻を近づけ匂いをかぎ始めた。
な、なに?
「ん……、あ……。」
何かを言おうとして、自分の匂いを嗅ぎ、サラの匂いを嗅ぐ。
「ち……。」
何かをサラに言おうとする。
嫌な予感がする。あ、サラは何かに気付いた。
「フォン、私たちとは違う女性の匂いがする、って言ってるの?」
フォンはコクリと肯く。それを見てサラはニンマリと笑った。
俺はこの状況から、どうやって楽しみにしていた『ダブルお尻ペンペン』に持っていけばいいだろうか。……無理だろうなぁ。
翌日を迎えた。
作戦は決行され、海賊討伐軍は出発した。
右翼隊が先行して港を出発した。率いるのはベルド領兵団団長、バナーシ。200の兵を10の中型船に分乗させている。漕ぎ手を合わせると500名を超える大集団だそうだ。
左翼隊も今出発しようとしている。こちらは湾内を大きく左回りに進み、小島の西岸から上陸を目指す。日が沈むタイミングに合わせて侵攻するため、守備側から見れば太陽を正面にして戦うことになる。率いるのはヤグナーン私設傭兵団の副団長ラッド。更迭されたラツェルに代わって300名の兵士と400の漕ぎ手で15艘を率いる。
中央隊は右翼隊に隠れるように進軍し、後方から一気に上陸を目指す予定。率いるのはヤグナーン私設傭兵団団長フェンダー。聞くところによると、このフェンダーという男はヤグナーンで最強を誇っているらしい。
この作戦の本隊はフェンダーだそうだ。彼の率いる部隊が上陸し、島に1つだけ残った防衛砦をを破壊できれば、奴らは島を守る手段を失うため、作戦成功となるらしい。
俺の仕事は、マグナール率いる潜入部隊と共に先行して小島に潜入し、右翼部隊の侵攻地点を内側から攪乱することだそうだ。俺の性にあった仕事だ。
こうして前代未聞の海賊討伐作戦は始まった。
ヘリヤ様の過去話を入れたことによって、海賊討伐のくだりが入らなくなってしまいました。
でもどうしても過去話を入れたかったので、短めの回にしてアップしました。
次話こそ、戦闘の回にします。フェンダー卿の回になります。
ご意見、ご感想を頂ければ幸いです。




