47.思わぬ出会い(クレア)
少し離れた場所でリディとルークが踊っているのが見えた。
妹のように思っているリディが頬を染めて踊っているのを見て、
姉として心配するのも終わりだなと思う。
いつも歯がゆく思っていた。
何もできないまま、知った時には亡くなっていた妹。
その妹の代わりのように可愛がっていたアリー。
私が知らないうちにアリーが国を逃げ出し、
名をリディに変えて竜王国に着いた。
うれしかったけれど、もう私は必要ないんだとも思った。
もう助言はいらないはず。
だけど、それからもリディは私を毎晩呼び出した。
竜王国での知識を一緒に学んでほしいと。
まだ私の居場所はあるはず。
そう思ったけれど、レンデラ国が解体されて、
本当に私がいる意味がわからなくなった。
それから番だというラディに会って、
私も番だと認識するまではあっという間だった。
ラディに必要とされている。
それはうれしいけれど、私はずっとリディのそばにいた。
リディにもルークがいるから必要ないことは、まだ寂しく感じる。
幸せそうな顔を見て、うれしいとは思うけれど。
私とラディは一曲踊っただけで広間から離れた。
踊っている間も竜族の目が私たちを狙っているのがわかった。
今も飲み物をもらって歩いている後ろを何人かがついてくる。
話しかけるきっかけを待っているのだろうけど、面倒だ。
「ラディ、あなたと話したがっている者が多いみたいね。
もう用事がないなら退席したほうがいいと思うの」
「ああ、俺もそう思う。
さっき次期竜王だと発表したせいだな。
俺ならなんとかできるとでも思っているんだろう」
「なんとかって、税のこと?」
「無理なんだがなぁ」
「それはそうでしょう。竜王様の決定だもの。
竜族って何を考えているのかしら」
「さあね。行こうか」
扉から外に出ようとしたのがわかったのか、何人かが同時に話しかけてくる。
それを気づかなかったふりをしてそのまま外に出る。
このまま本宮に戻ったのでは追いかけてこられそうだ。
「外宮のテラスから飛んで戻ろう」
「そうね」
何も歩いて戻る必要はない。
ラディが竜化できる場所さえあれば、本宮に飛んで戻れるのだから。
本宮に行くのとは逆報告に向かい、テラスに出られる部屋を探す。
少し歩いたら、休憩室の近くで争っている声が聞こえた。
「まだ夜会が始まったばかりなのに、こんなとこにいるのか。
見つからないように避けるか」
「……ちょっと待って。あれって令嬢がいじめられているんだわ」
喧嘩かと思ったけれど、数名で一人の令嬢を甚振っているようだ。
蹴られた令嬢は廊下の上にうずくまっている。
夜会なのに普段着のような恰好。
蹴られるまでに何かされたのか、こげ茶色の髪に埃がついている。
「お前はもう屋敷に帰って来なくていいってさ」
「……わかりました。荷物を用意したらすぐに出ていきます」
「お前の物なんてあるわけないだろう。今すぐ、だ」
「え?せめて荷物は持たせてください。すぐに出ていきますから!」
「うるさいわね、お姉様。いったい何を盗んでいく気だったの?」
「そんなことしないわ!黙って出ていくから、準備だけさせてちょうだい!」
家から追い出されるのに、荷物さえ持たせない。
それは行き倒れて死ねと言っているようなもの。
いや、身を落とせと言っているのかもしれない。
女性が身一つで働けるような場所はそこしかないのだから。
「お前なんかと婚約してたなんて俺の名が汚れただろう。
もう二度と顔も見たくないんだ。さっさと出ていけ」
「そんな……」
「ふふ。いい気味だわ。お姉様、さようなら!」
男女が仲良く腕を組んで去っていく。
護衛と思われる者たちも一緒に去っていった。
話の内容からすると、この令嬢の妹と婚約者だったようだ。
令嬢は泣き崩れるかと思ったが、意外にもすぐに立ち上がった。
泣きもせず、服についた汚れを叩いて落としている。
茶色の目は嘆きもせず、これからを見ているようだった。
「ねぇ、これからどうするつもりなの?」
「ええ!?クレア?」
突然私が令嬢に話しかけたものだからラディが焦っている。
話しかけられた令嬢も私たちがいるのに気がついてなかったのか驚いていた。
だが、驚いていたのは一瞬で、すぐに判断したようだ。
私たちが竜人で立場が上なことを。
令嬢は竜人に対する礼をした後、冷静に答えた。
「家族に出て行けと言われたので出ていきます」
「荷物もないのに?」
「こういうことを予測して、友人たちに少しずつ荷物を預かってもらっていました。
二つ隣の国に修道院があります。そこを目指す予定です」
「さっきあんなに縋っていたのは?」
「ああいえば油断してすぐには追ってこないと思いまして」
「なるほど」
虐げられている令嬢かと思ったけど、やられているだけではなかったようだ。
追い出されるとわかって。事前に準備をしていた。
「二つ隣の国だと竜族の国じゃないわね。言葉を話せるの?」
「はい。学園は卒業していますし、留学経験もあります。
言葉には困りません」
「へぇ」
竜王国が世界の半分を属国にしたため、共通語が主となっているが、
それでも主要な国と話すにはいくつかの言語を取得していなければならない。
この令嬢はそのすべてを話すことはできると言ったのだ。
侯爵家に生まれ育った私でもすべての言語を話すことはできない。
お父様が竜人だったから竜王国の言語は話せるけれど、
辺境で生まれ育ったから知らない国も多い。
これは私が言葉を教えたリディも同じだ。
この令嬢は優秀過ぎて婚約者に嫌われた感じかな。
竜族の貴族も男性優位の社会のようだから。
「それで、行先が修道院の理由は?しかも二つ隣の国の?」
「そこが一番安全だからです。
二つ隣の国なのは、竜王国と竜族の国には修道院がありませんから」
「ちょうどいい相手を見つけて嫁ぐという手もあったと思うけど」
「それは私を奴隷のように扱う相手が変わるだけです。
私はこれ以上支配されたくありません」
「支配ねぇ。それは仕事で仕えるのも嫌かしら?」
「え?」
「私はクレア。竜王の養女よ。あなた、私の専属侍女になってみない?」
「おい!急に何を言うんだ」
「エリナが専属侍女がいたほうが良いって言うのよ。
何人か竜人でも竜族でもいいから、気に入った子を連れて来てって」
正式に竜王の娘となったからには、きちんと専属侍女をつけたほうがいいと、
侍女頭のエリナに言われていた。
専属侍女はずっと近くにいるため、気に入った相手でなければつけられない。
だから、気に入るものがいれば連れてくるようにと言われてたのだ。
選びさえすれば、侍女としての教育はエリナがしてくれるらしい。
「私が専属侍女、ですか?どうしてと聞いてもよろしいでしょうか?」
「まずはね、さっきいたあなたの妹と元婚約者が嫌いだから」
「は?」
「あんなふうに一方的に人を虐げて追い出すような奴は大嫌いなの。
あなたが私の専属侍女になれば、見返せるんじゃないかな」
「それは……そうですけど」
その理由には納得できないのか、複雑そうな顔になる。
「あとは学園を卒業して留学経験がある。
追い出されても大丈夫なように準備してあった。
虐げられても屈しない性格の強さ。こんなところかな」
「あ、ありがとうございます」
これはちゃんと評価されたと思ったのか、お礼を言われる。
「それでどう?働いてみない?
もしやってみて難しいようなら、私が責任もってその修道院に送るわ」
「………わかりました。お願いいたします」
「ふふ。よろしくね。ラディ、お願い聞いてくれるわよね?」
「わかったよ。とりあえず、今日は外宮の客室を用意させる。
侍女になる話はエリナに会わせてからだな」
「ええ。ありがとう!」
こうして竜族の貴族令嬢だったジーナを引き取り、
専属侍女として働かせることになった。




