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残念ですが、生贄になりたくないので逃げますね?  作者: gacchi(がっち)


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30.王宮の異変(王太子)

王宮からそれほど離れていない場所に公爵家の屋敷はある。

王太子のファビオは婚約者のミリーナの機嫌を直そうと、

中庭でお茶の時間を楽しんでいた。


「まだ機嫌直ってないのか。

 ミリーナの好きなように生贄を選んだだろう?」


「……少しはましになりましたわ」


「そうか。それはよかったよ」


生贄だったアリーが逃げたことでミリーナの機嫌はずっと悪かった。

アリーに公爵家を名乗るのを許していたのは、

生贄になった時の絶望する顔を楽しみにしていたからだ。

それがあともう少しというところで逃げられた。


しかも、魔術を使って、竜人と一緒に。


正直言ってアリーはミリーナよりも綺麗だった。

髪もアリーは公爵家の色である銀髪だったのに、

ミリーナは母親に似て金髪だった。


自分は銀髪ではないのに、美しい銀髪の異母姉。

本来なら比べられるような身分ではないのに、

比べられることにいら立つのは仕方がないことだった。


アリーは生贄から生まれ、父親が誰かもわからないのだから。


「そういえば、あの生贄。私のところに挨拶に来たわ。

 側妃候補として選ばれましたって」


「へぇ。ミリーナに挨拶ね」


「自分が美しいから選ばれたと疑いもしないようだったわ」


「ああ、そこそこ綺麗な子らしいね。

 だから選んだんだろう?」


「そうね。あの顔が泣いて歪むのが楽しみだわ」


「俺の妃は怖いね」


ミリーナが選んだ新しい生贄は子爵令嬢だった。

下位貴族なのに金髪青目。

ミリーナと同じ色なのが許せなかったんだろう。


いや、下位貴族なのに令息たちにちやほやされて、

公爵令嬢と張り合えるだなんて思いあがる令嬢だから、

生贄に落としたかったのかもしれない。


ミリーナに生贄を選ばせたのは機嫌取りの意味もあったけれど、

銀髪じゃないなら誰でもいいと思ってしまったせいだ。


アリーと同じ銀髪を探させたけれど、

下位貴族にはちょうどいい令嬢がいなかった。

それを思い出すとまだ悔しい。



ドドンと大きな音が響いた。

王宮の方向だった。


「な、なんだ、今の!」


「見て、王宮のほうから煙が!?」


「何があったんだ!」


あきらかに何かあった音だった。

護衛騎士が確認してまいりますと走っていく。


しばらくして、王宮から使いがやってきた。


「王太子様、ミリーナ公爵令嬢、陛下がお呼びです」


「父上が?用件は?」


「私も?どうして?」


「……わかりません。ただ、お急ぎのようです」


「そうか。わかった。ミリーナ、行こう」


「ええ」


迎えに来た馬車に乗って王宮へと戻る。

何があったのかわからないため、ミリーナも不安そうにしている。


使いの者に先ほどの音が何か聞いてもわからないという。

確認に行った護衛騎士とはすれ違ったのかもしれない。



王宮に着くと、謁見室あたりの屋根が崩れているのが見えた。


「何が起きた!?」


「……陛下はこちらです。行きましょう」


使いの者は何も答えず、広間の方へと俺たちを連れて行く。

何かが起きているのは間違いないのに。


仕方なく言われるままに着いていくと、

広間にはたくさんの者がいた。


皆、何も話さず、ただぼんやりと立っている。

その中に父上と公爵、宰相、騎士団長がいるのに気がつく。


「父上、何があったのですか!?」


「お父様、どうしたのです?」


俺とミリーナが父上と公爵に呼びかけても反応はない。

うつろな目をしたまま、ぼんやりと立っている。


その時、広間の奥から誰かの声がした。


「お前が王太子か?となりにいるのは公爵令嬢だな?」


誰だと思って振り返ったら、玉座に座っている者がいる。

そこは父上が座る場所だと怒鳴ろうとしたが、できなかった。


背中まである長い銀髪。長身で鍛えられた身体。

俺をにらみつけている青い目に、動きが止まる。

異様な恐怖を感じ、へなへなと座り込んでしまう。


それは隣にいたミリーナも同じだった。

俺にすがりつくように座り込む。


「ラディ、連れてこい」


「はーい」


ずんずんと大きな男が俺たちに近づいてくる。

青い髪……見たことがある。

こいつはアリーを連れて行った竜人だ。


まさか竜人が戻ってくるなんて。

属国にしなかったレンデラ国に今さら何の用があって。


青い髪の男は俺とミリーナの服をつかむと、

持ち上げるようにして銀髪の男の元へと連れて行く。


「や、やめ……やめてくれ……」


銀髪の男の元へは行きたくない。

怖い、嫌だ。近づけないでくれ。

必死になって逃げようとするけれど、身体はうごかず、

か細い声でやめるように言うしかできない。


「こいつがアリーの婚約者だった男か。

 で、隣の女がアリーの異母妹だな?」


「……!?」


アリーの?まさかアリーの件でこんな怖い思いをさせられているのか?

ミリーナもそれに気がついて、青ざめた顔を震わせた。


「俺は竜王だ。この国の王族と貴族に聞きたいことがある。

 と言っても、百年前のことを聞いてもお前たちはわからないだろう」


竜王!?どうしてそんなのがうちの国に来ているんだ。

百年前と言えば、竜王国に戦争を仕掛けたこと?

俺に聞いても何も知らないぞと言いたいけれど、言えない。


「まずは誓ってもらおうか」


竜王が取り出したのは赤い布地に金と黒の刺繍の本。

あれは誓約魔術に使う魔術具だ。

いったい俺たちに何を誓わせようと……


「自分たちの知っていること、やったことを正直に話せ。

 話さなければ、この場で死んでもらうだけだ。話すな?」


話さなければ死ぬ?

嘘だろうと言いたかったけれど、嘘じゃない。

竜王への異様な恐怖は嘘じゃないと言っている。


仕方なく、口を開く。


「話します……」


それからは聞かれたことに勝手に口が動いて答える。

そこまで言わないほうがいいと思うことまで。

ミリーナも同じで、そんなことを言えば不利になると思うのに、

俺たちが話すのを止めることはできなかった。


「そうか。それでは、お前たちは奴隷になってもらおう。

 処刑しないでやる分、優しいだろう?」


「……はい」


「……わかりました」


もう逆らうことはできなかった。

奴隷になるなんて嫌だ。

だが、殺されるのはもっと嫌だった。


光の輪っかが身体を通り抜け、奴隷としての誓約がされたことに気がつく。

それからは邪魔にならないところに立たされ、

父上たちも同じように奴隷にされたのだとようやくわかった。


奴隷になるなら、思考までも奪ってくれたら良かったのに。

立っているのがつらくても、座ることはできない。

貴族たちが続々と広間に呼ばれ、俺の顔を見て怪訝そうな顔になる。


見ないでくれ、俺のことは聞かないでくれ。

目を閉じることもできず、悔しい気持ちでいっぱいになる。


次の日も、その次の日も俺たちはただ立たされている。

朝と夜に少しの食事が与えられ、

夜遅くになって広間に座って寝ることを許される。

いつまでこんなことが続くのだろう。



その声が聞こえたのは俺が奴隷になって二日後のことだった。


「竜王様、全員を殺さなかったのですね」


目の前をアリーが通り過ぎていく。

俺やミリーナのことはどうでもいいという風に、

竜王のところへ駆け寄る。


アリーは相変わらず華奢な身体だったけれど、

あの銀髪は光り輝くほど艶やかに、

肉付きが悪かった身体は女性らしく変化していた。


あれが欲しい、あれは俺のだ。

そう思っても一歩も動けない。

アリーは最後まで俺に気がつかずに広間から出て行ってしまう。


これが奴隷になるということか。

それを理解できても、その後の終わらない苦しみまでは予測できなかった。



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