23.心の変化
食事が終わった後、騎士を連れて本宮へ戻る。
ルークがいない時を狙って私に話しかけてくる竜族が多いため、
外宮を一人で歩くわけにはいかない。
外宮から本宮につながる長い通路まで来て、騎士には戻っていいと命じる。
本宮は竜王様の許可がないものは入れないため、
私が一人で歩いていても問題ない。
安全のために騎士を連れ歩いた方がいいのはわかっているが、
制限をかけられているような気持ちになるので、
本宮では一人で歩きたくなる。
長い通路の窓からは王都の街並みが見える。
どこまでも続く整った街並み。
この通路の窓から見える景色が好きで、
外宮から戻る時はゆっくり歩くことにしている。
今日はルークもいないし、急ぎの仕事もない。
立ち止まって眺めていてもいいかと、
窓際に手をかけるようにして街並みを見る。
ふと、クレアに呼ばれたような気がした。
こんな昼間にどうしたんだろう。
周りには人はいない。この時間に通路を通る人は少ないはず。
今なら呼び出しても大丈夫かもしれない。
ネックレスを取り出して竜石に呼びかけた。
「クレア?どうかした?」
ふわっと浮かび上がるように小さいクレアが出てくる。
日中だからか光っては見えないが、その分クレアの顔がはっきり見える。
「やっぱり一人でいたのね。
ここ最近一人でいることが多いって言ってたから、
リディも退屈してるんじゃないかと思って」
「あーそういうこと。うん、退屈してたわ」
最近ルークだけが忙しいから、仕事がなくて退屈だと、
昨日の夜クレアに愚痴ったばかりだった。
「わぁ……これが竜王国なのね」
「いつもは夜しか呼び出さないものね。
昼間の景色はどう?」
「すごいわ!こんなに大きな街を見るのは初めて!」
「ふふ。もっと早くに見せてあげればよかったわ。
クレアは姿を隠して行動することはできないの?」
「見えないようにリディに隠れて行動するくらいはできるけど、
姿を消すことは無理よ」
「そっか」
どうにかしてクレアも自由に行動できたらいいのに。
でも見つかったら騒ぎになるかもしれない。
「一人ってことは、執務室でルークを待つの?」
「そうなるわね。今日の使者は特にしつこいみたいだし、
しばらくは帰って来ないかも」
「ふうん。リディは面白くないって顔してるわね」
「面白くないっていうか、私は役に立たないなって思って。
竜王国に働きに来たのに、あまりたいして働いてないから」
ラディに誘われて、この国には魔術師として働きに来たはずなのに。
まだ何もできていない気がする。
ルークの女避けにはなっているかもしれないけれど、それだけだ。
「リディは竜王国が気に入ったのね」
「え?」
「だって、嫌だったら竜王国からも逃げるって言ってたのに。
役に立たないって落ち込むってことは、
役に立ちたいって思ってるからでしょう?」
「そう……みたい」
クレアに言われて気がついた。
嫌だったら竜王国からも逃げようと思ってたのに。
そんなこと思い出すこともないほど、この国に馴染んでいた。
「焦らなくてもいいんじゃない?まだ来たばっかりだもの。
これから役に立てばいいのよ」
「そうね。そうする。ありがとう、クレア」
「どういたしまして。そろそろ執務室に戻る?」
「うん」
「じゃあ、また夜ね」
にっこり笑ってクレアは竜石の中に消えていく。
役立たずだともやもやしていたのが、すっきりした気がする。
私とルークに与えられた執務室に戻ると、当然ながら誰もいない。
ただ、食事に出た時にはなかった手紙が、私の机の上に置かれている。
「手紙……?」
開けてみたら後宮にいるコリンヌ様からの手紙だった。
今後のことについて話がしたいので、私だけで来てほしいと。
前回、私とルークが番で婚約したと聞いて倒れてしまったコリンヌ様。
あれから音沙汰はなかったけれど、簡単にあきらめる人ではないと聞いている。
私だけを呼ぶ理由は女性だけで話がしたいのだと書かれていたが、
これは罠だと思った。
廊下に出て、近くにいた騎士を呼ぶ。
「ねぇ、ちょっと頼みたいことがあるのだけど」
久しぶりに訪れたコリンヌ様の部屋は、また新しい家具と侍女が増えたようだ。
デリア様の質素な部屋と同じ造りには見えない。
「リディ様、よく来てくれたわ」
前回とは違い、にっこり笑って迎え入れたコリンヌ様に、
私もにっこり笑って答える。
「ええ、女性だけで話したいことがあると聞いて。
ルークには聞かせられない相談があるのでしょう?」
「……ええ、そうなの。
まずは座ってから話しましょうか」
「そうね」
コリンヌ様と対面するようにふかふかの大きなソファに座る。
小柄な私の身体は埋まってしまって、立ち上がるのが大変そうだ。
「実は、リディ様にお願いがあって」
「お願い?」
「ルーク様とは番だと聞いたけれど、まだ番契約はしていないのでしょう?」
番契約とは、どんなものなのか具体的には知らない。
ただ、これをしてしまえば、
お互いに他の異性と子を作ることはできなくなると聞いた。
「そうね。番契約するのは結婚した後になると思うわ」
「やっぱり」
「……?」
なぜかうれしそうなコリンヌ様に、疑問に思いながらもこちらからは聞かない。
よけいなことを言って話さなくなってしまったら困る。
何を考えているのか油断しているうちに聞いておきたい。
「リディ様が番契約するまでの間でいいの。
ルーク様を共有させてほしいのよ」
「は?……共有?」




