22.三人の妃候補
問題は残りの二人。
コリンヌ様は前回のことがあるので、最後にしようと決めた。
二人目、面会の約束を取りつけて向かうと、
その部屋は他の妃候補の部屋とはまったく違った。
必要最低限の家具、それも質素なものが置かれ、
侍女も二人しかいない。
後宮に入った二年前は大量に侍女を連れてきたと聞いているのに、
どこに行ってしまったんだろう。
「お久しぶりです、ルーク様」
「ああ、デリア嬢。久しぶりだな。
こちらは新しい竜王の側近になったリディ。
俺の婚約者でもある」
「まぁ、ご婚約を?おめでとうございます」
「ありがとう。リディよ。よろしくね」
「はい。よろしくお願いいたします」
まだ三年も残っているから揉めるかもと言われていたのに、
デリア様はコリンヌ様とはまったく違う感じに見える。
茶色の髪を一つに結い、髪飾りはつけず、化粧もしていない。
涼しげな一重の緑目に長身でしっかりした体形。
飾り気のないドレスを着ているからか、令嬢というよりは侍女に近い。
「今日は大事な話をしに来た。
この後宮は一年後に解体されることになった」
「……解体?」
「ああ、すまないが、デリア嬢は途中で国に戻ることになる」
「そんなっ!?」
落ち着いているように見えたから解体の話をしても大丈夫かと思ったのに、
デリア様は顔色が悪くなっていく。
「まだ……三年もあると思っていましたのに」
「竜王様の命だ。ベントソン国にも書簡は送った。
一年後、迎えが来たら国に戻ってもらう」
「国に……」
真っ青になって倒れそうになるデリア様に、侍女が横から支える。
その侍女も顔色は悪い。
「ここにいても竜王様が会うことはないし、
形だけの後宮だと言うのはわかっていただろう?」
「……わかっていました。
五年間、ここで暮らすだけで妃になることはないと。
それでも穏やかに暮らすことができると思っていたのです」
ついに涙が頬を伝い落ちたデリア様に、
それほどまで後宮を出たくない理由があるのだと思う。
「もしかして、国に帰りたくないの?」
「はい……途中で戻れば高値で売られることになります。
竜王様の妃候補だったという価値で」
「売られる!?」
「もともと、私は養女なのです。母は愛人でした。
後宮の妃候補にするために引き取られ、
五年間が終われば自由になる約束でした」
「五年間つとめなかったらダメってこと?」
「はい……途中で戻るような役立たずは売り飛ばすと、
父にはそう脅されてここに来ました」
本当なのかとルークを見たら、うなずかれる。
「俺はデリア嬢を迎えにベントソン国に行っている。
デリア嬢の父にも会った。たしかに途中で戻れば売るかもしれない」
「何とかならないの?」
「警告することはできても、確実ではない。
結婚する形で売り飛ばされたらわからない」
「そんな……」
私たちが相談している間に、デリア様は気持ちが落ち着いてきたのか、
無理やりに微笑みを作る。
「……仕方ありません。解体は竜王様の命令なのでしょう。
承りました。一年後に国に戻ります」
「あ、ああ」
「申し訳ありませんが、これで失礼してもよろしいでしょうか?」
「わかった。時間を取らせてすまなかった。
リディ、行こうか」
「……ええ」
後ろ髪をひかれる思いだったけれど、部屋から出てきた。
ドアを閉める時、かすかにデリア様の嗚咽が聞こえた。
「なんとかならないのかな……」
「あと三年、デリア嬢だけを後宮に残すことは無理だろう。
そんなことをすればコリンヌ嬢も残ると言い出す」
「そうなるよね……」
デリア様は残したいけれど、コリンヌ様は帰ってほしい。
そんなことは通用しない。
揉め事を減らすためにもコリンヌ様には早く出ていってほしいし、
後宮がある限り妃候補を出そうとする国が出てくる。
問題を長引かせるわけにもいかない。
ため息をつきながら執務室に戻ると、
各国に送った書簡が着いた国から返事が届いていた。
そのいくつかは抗議する内容で、近く使者を送ると書かれていた。
「使者の対応は俺がするから」
「一人で?私の仕事でもあるでしょう?」
「なるべくリディの存在は他国に知らせたくない。
だから、この件は俺に任せて」
「わかった……ルークがそういうなら」
私の安全を考えて言ってくれているんだと思うけれど、
使者の対応をルーク一人でやるのは大変だ。
こういう時、ラディがいてくれたらいいのに。
そう思ったけれど、ラディはいつ帰ってくるのかわからない。
それから毎日のように他国から使者が来るようになった。
対応はすべてルークがしているので、どれだけ抗議されているのかわからない。
戻ってくるとげっそりとしているので、大変なのはわかる。
「大丈夫?」
「ああ、問題ない。
抗議するような国からはほとんど使者が来たと思う。
そろそろ落ち着くはずだから、そしたらコリンヌ嬢のところに行かないと」
「あ、そうね。コリンヌ様にも説明しなくちゃ」
他国から使者が来ていることもあって、コリンヌ様への説明は後回しにしていた。
後宮の妃候補同士は仲良くないと聞いたので、他の妃候補から聞くことはないだろうし、
多少遅れても問題はないはず。
次の日、食堂の個室で食事をしていたら、他国からの使者が到着したと連絡が来た。
約束の時間よりも二時間も早いが、相手はコリンヌ様の国、オリアン国だった。
対応している竜族に抗議を始めそうなほど怒っていると聞いて、
ルークは食事をやめて対応に向かうことになった。
「……はぁ。食事の途中だけど行ってくる。
リディは騎士と一緒に本宮に戻ってて」
「わかったわ。……頑張ってね」
「ああ」
心配だけど、私は同席させてもらえない。
せめてと思って頑張ってと言ったら、ルークは笑って私の髪をくしゃりと撫でて行った
「私も手伝えたらいいのに……」




