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鬼ごっこ、人ごっこ  作者: アーマナイト


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13/15

一二 竜崎ユリネと斑目ソウギの交渉

 竜崎ユリネ視点




 獅子堂リオとの交渉は難航すると考えていたが、驚くほど簡単にまとまった。

 念ために、スラッグ弾の装填されたショットガンを、リオの死角で手を伸ばせば届く場所に、用意しておいたが不要だった。

 それに、メイと柳内による支部での森山たち殺害の報告を信じるなら、クマも殺せるスラッグ弾を装填したショットガンでも、リオに致命傷を与えられるかわからない。

 いざというときの保険としては、なんとも心許ない。

 だが、それが鬼という存在。

 機嫌を損ねたら、生身の人間には対抗することなどできない。

 幸い、その高い戦闘能力に反してリオは、理性的で鬼にしては常識的。

 交渉でも仕事の対価として要求してきたのは、ごく平凡な生活。

 鬼が出現して、それほど長い時間が経過したわけではないが、リオ以外の他の鬼とこんな交渉ができるとは思えない。

 それでも森山たちが鬼になっていた件や事務処理をどうしていたのかなど、なかなか厄介な難題が山積しているから、リオとの交渉がスムーズにまとまったのは助かる。

 森山の派閥を潜在的な敵として十分に警戒していたつもりだが、同じ組織の構成員だったから、追い詰めて暴発する危険性を考慮して、必要以上に探らなかったことが裏目に出た。

 ……虚しい言いわけでしかないな。

 警戒していたのに、森山が鬼なっていることに気づけなかったのは私のミスだ。

 当分は森山がやらかした連絡会の情報の水漏れを塞ぐことになる。

 もしかしたら、リオにも色々な処理のために動いてもらうかもしれない。


「では、獅子堂リオ、君の側にメイを付ける。好きに使ってくれ」


 すでに、報告を聞くためにリオよりも先に対面したメイには、伝えて了承を得ている。

 だが、私の直属からリオの側付きになるよう伝えると、メイは少し不満そうだった。

 給料などの条件では、危険手当を含めて増額しているのに、なぜ不満なのかわからない。

 嫌いな私の側にいる必要もない、メイにとって条件として悪くないとはずのだが。

 それなりにリスクもあるが、経験という側面から考えてリオの側付きは有益だ。

 安全面にしても、色々と狙われている私の側にいるよりも強力なリオの近くにいるほうが、ある意味では安全だと言える。

 やはり、メイがリオの側付きを不満に思う理由がわからない。

 このことをレイカに相談したら、一言「ポンコツ」と言われた。

 ……解せない。


「……いいの?」


「問題ない」


 事前に伝えたときにメイは少し不満そうだったが、最終的に納得していたから大丈夫なはずだ。


「そう。……そうだ、これあげる」


 そう言ってリオが無造作に、持っていたスポーツバッグからビニール袋に入った六丁の拳銃を差し出してきた。


「これは?」


 予想はつくが、確認のために聞く。


「警察官たちが持っていた拳銃」


「……そうか。ありがたく受け取ろう」


 リオが部屋を出てドアが閉じると同時に、レイカが近づいてくる。


「会長、その拳銃、どうするんですか?」


「……レイカ、最近、警察が六丁もの拳銃を紛失したという情報を耳にしたか?」


 状況的にリオが警察官の拳銃を奪ったのは、六人の警察官を殺したとき。

 だが、警察から六丁もの拳銃を鬼、もしくは殺人犯に奪われたという公式の発表がない。


「……いいえ。軽く調べてみましたが、一丁や二丁ならともかく、六丁も一気に紛失したという警察からの公式の発表はありません」


「ほう、それはなかなか愉快な情報だ。警察が拳銃の紛失に気づいていない可能性はないな」


「ええ、最近の警察が鬼関連のことで、対処が後手にまわって情報が錯綜していても、六丁もの拳銃の紛失に気づかない可能性はありません」


「なら、隠蔽だな」


「隠蔽ですか? しかし、それにしては、あまりにも稚拙すぎませんか?」


「警察もリオが拳銃を奪ったことには気づいている。だが、回収の目処は皆無」


「確かに、そうですね。もし、仮にリオの居場所を把握できたとしても、現状の警察にリオから拳銃を回収する力はありません」


 レイカの言うように、警察がリオ並みに力のある鬼に対抗することは不可能。

 六丁の拳銃を奪われた時期は、一般人に誤射してマスコミに叩かれていたときと重なる。

 さらなる警察の失点を恐れて公表に踏み切れなかったか。

 それに、警察が昨日あたりから、ようやく鬼に関する情報を開示するようになったが、情報の開示が遅いと、これも非難されている。

 これに関しては、政府が情報の開示を制限していたのであって、警察の責任とはいえない。

 ただ、それまでの失点から、警察が悪いという国民の雰囲気になっている。

 それに、政府も警察を弁護することなく、スケープゴートとして鬼に関する国民の不満の矛先が警察に向くことをよしとしている。

 いまさら、この状況で鬼に拳銃が奪われていたことを発表していませんでしたなどと、警察が言えるわけがない。


「だから、沈黙したんだろう。リオに拳銃を奪われて焦ったが、数日たっても使用する様子もないし、派手に殺人を犯した情報もない。意図的に情報を隠蔽しているというよりも、警察はリオが拳銃を使わない可能性にかけて、この件をなかったことにしようとしている。実に、いい状況だ。実に、な」


「どうするんですか?」


「斑目に渡す」


 斑目は警察側の連絡会との交渉担当の人間。

 警察の拳銃を渡す相手として、これほど相応しい相手はいない。


「無償ですか?」


「まさか、相応の対価は用意してもらう」


「大丈夫ですか?」


 レイカが心配そうに聞いてくる。

 連絡会と警察との関係は、相手の要求を他の組織に伝えるだけの下請けのような存在だったから、レイカの心配も仕方がない。

 だが、向こうの状況と、こちらの手札を考えれば、悪くない交渉になる。


「なに、奴は計算が出来る。これは奴にとって、悪い話ではない。それに」


「それに、なんです?」


「いい機会だから、ついでに例の話も斑目しようと思ってな」


「時期尚早ではありませんか?」


「拳銃のことで、少し手加減してやれば乗ってくるさ……現代の鬼退治に」






 斑目ソウギ視点




 意外な相手の名前がスマホに表示されて、訝しく思い、出るのを一瞬だけためらってしまう。


「なんの御用かな。こちらは、なかなか忙しくてね。出来れば手短にお願いしたい」


 本当に、見栄と自尊心の肥大したバカの尻拭いで忙しい。

 あれでも、かつては現場で活躍した警察官だというのに。

 出世したことで、国の治安を預かる一員としての意識が欠如して、金と名誉に執着する官僚の悪い見本に成り下がっている。

 鬼たちも、現場の警察官ではなく、あのブタども屠殺してくれれば、私の手間も減るのに。

 ままならないことだ。


「拳銃について話したいと思ってな」


 スマホから聞こえてきた連絡会の会長、竜崎ユリネの言葉に首を傾げる。


「拳銃ですか? それは当分、そちらの情報提供が最低限で、こちらは取締りを緩めないし、厳しくしないことで決着がついたはずですが? それとも我々抜きで会合でもありましたか?」


 連絡会が主催する会合で、銃器の密輸に関して当分は、裏社会の連中も情報を寄越さないし、こちらも捜査情報を渡さないことになっていた。

 だが、鬼の出現で拳銃はともかく、重火器の価値が変動している。

 裏社会の連中がよりスムーズに銃器を密輸するために、警察抜きで会合を開いていても驚きはしない。

 十分にありえる。


「まさか……私が拾った拳銃の取り扱いに関する交渉だよ」


 竜崎会長の言葉の正確な意図がわからない。

 わからない……が、いくつかの予測は立つ。

 それでも、交渉の主導権を握れるほど絞り込めない。

 時間稼ぎに、無難な言葉を口にする。


「拾った拳銃ですか。お近くの交番に届けて事情をお話ください。警察へのご協力感謝します」


「ほう、交番に届けてもいいと?」


 スマホから聞こえてきたのは、竜崎会長の嬉しそうな声。

 嫌な予感しかしない。


「…………はぁ。出来れば、その拳銃を入手した経緯を説明していただけますか?」


「経緯か……少し複雑でね、簡単には説明が難しい。ああ、そうだ、この拳銃にはワイヤーが付いている。なかなか珍しいだろう?」


 なるほど、ワイヤー付きの拳銃か。

 警察官の所持していた拳銃が、連絡会トップの人間の手中にある。

 連中が警察官から拳銃を奪ったという単純な話ではあるまい。

 おそらく、連中の手にあると、警察にとって不都合な拳銃……数件にまで絞り込めた。


「…………なるほど。ワイヤー付きの拳銃ですか」


「ああ、途中で切れたワイヤーの付いた拳銃だ」


「……拾ったのは一丁だけですか?」


「勘がいいな、拾ったのは六丁だ」


 なんとも嬉しそうな竜崎会長の声が忌々しい。

 最悪、極まる。

 鬼になった少女、獅子堂リオに奪われたと思われる六丁の拳銃。

 まったく、ブタどもがブヒブヒと無意味に鳴いている間に状況は悪化してしまった。

 早々に、拳銃が鬼に奪われたと公表することを決断していれば良かったのに。

 国民からバッシングを受けたかもしれないが、上にいる数名の無能を辞職させれば、ガス抜きを兼ねた幕引きができた。

 だが、そのうち公表のタイミングを逃して、解決してから公表すればいいなどと、ブタどもは願望と現実を混同する始末だ。

 警察官だけではなく、鬼にも勝てる鬼に対抗する手段など、現状の警察に存在しないというのに。

 ブタどもには、少しでもいいから、現実を正しく見据えてもらいたいものだ。

 いまの状況だと、国民に向かって正直に公表することすら、安易にできない。

 最初から事実を隠蔽することを考えていたなら、それなりの対策もできたが、その決断もなされることがなかった。

 ブタどもがズルズルと朗報にすがった結果、これだ。

 連絡会から、どれだけ沈黙の代価を請求されることか。

 もしも、竜崎会長からの連絡が他の組織の代理だったら、さらに警察にとって悪くなる。

 だが、竜崎会長の言葉から考えて、その可能性は低い……か。


「獅子堂リオは、どうなりました」


 警察にとって厄介ごとの塊、心の底から死んでいて欲しい。

 同僚を殺された者として、切に願う。

 しかし、殉職した警察官のなかには、ただのクズも含まれていたから、連中を間引きしてくれたことには感謝している。


「おいおい、話が飛躍しているぞ」


 なら、なぜそんなに愉快そうな声になる。

 これで、確定。

 拳銃は獅子堂リオに奪われた物。

 現状の警察にとってなかなか厄介な代物だ。

 下手をしたら、上層部のブタが責任をとるだけではすまなくなり、警察の評判も地に落ちる。

 そうなれば、多数の殉職者を出しているというのに、国民から非難の声を聞かされている現場の警察官の士気が、容易に崩壊するだろう。

 上にいるブタがどれだけ屠殺されても気にもしないが、警察組織への風評が、これ以上悪くなるのは避けたい。

 慎重な対応が必要だな。


「そうですか? 拾った拳銃に獅子堂リオは、関係していないのですか?」


「それは、こちらのセリフだぞ、斑目」


「なにがです」


「拾った拳銃、獅子堂リオと関係していると認めていいのか?」


 竜崎会長の言葉にイラ立ちながらも、わずかに安堵する。

 いまの言葉から、彼女には事実を公にしない用意があるということ。

 まだ、交渉しだいで、どうなるかわからないが、悪い状況のなかでも、最悪ではないことがわかっただけでも、朗報といえる。


「……はあ、まったく、あなたにはかないませんね。この交渉は他の組織の代理ではなく、竜崎会長、あなたが相手という認識でよろしいですか?」


 竜崎会長という人物は善良と呼べないが、バカではない。

 交渉と恐喝を混同している連中が裏社会では多いが、彼女は合理的な交渉が出来る人物だ。

 あちらが対価に要求するにしても、こちらに支払い可能なもの。

 相手の支払い能力も考えずに、自分の願望を大声で要求するバカとは違う。

 もっとも、支払いが可能であっても、相手の要求が安価なものとは限らない。


「ああ、君の交渉相手は、他の誰でもない、この私だ」


「了解です。それで、なにを望みますか?」


「獅子堂リオについてだ」


「会長?」


 思わず怪訝な声が出てしまう。

 いきなり前提条件を覆して、竜崎会長という人間を見誤ったかと思ってしまった。


「まあ、待て。獅子堂リオ関連のことで、脅そうというわけではない。ただ、そう、最近、彼女と親しくなってね。生活がなにかと不自由らしい」


 竜崎会長の言葉に、舌打ちしそうになる。

 貧弱な武力と首都圏に広範なコネクションを持つ、絶妙にアンバランスな裏社会の下請け。

 それがいままでの連絡会。

 そこに警察が束になっても勝てない鬼が加わる。

 強いと言っても、たかが一人。

 だが、それでも確実に、周囲に影響が出る。

 強くなる連絡会を警戒して、対抗手段として自前の鬼を用意しようとする組織が出てきても驚くに値しない。

 警察にとっても、獅子堂リオという鬼が連絡会に加わることは、連絡会がより面倒な組織になることを意味する。

 しかし、一方で、これから要求されることも、予想できるようになった。

 竜崎会長の要求を想定して、許容できる妥協点を構築する。


「……そういうことですか。しかし、獅子堂リオは、目立ちすぎている。指名手配を解除したら、国民から不自然に思われて無理です」


「ダミーの死体をこちらで、用意したらどうだ」


「鬼になったとはいえ、未成年の女子中学生を死なせると、警察のイメージが下がるので、当分は避けたいですね」


「はぁ、なら、扱いは、普通の連絡会のメンバーと同じでいい。これならどうだ」


「現行犯以外は、積極的な逮捕をしないというものですか」


 渋るように言う。

 だが、実際には妥協点として、かなりこちらに有利。

 表向き国民には獅子堂リオについて捜査していると言いながら、警察官の前であからさまな犯罪でもしないかぎり、彼女が交番の前を歩いても逮捕しないだけで、問題のある六丁の拳銃を回収できる。

 これで拳銃の問題が解決するなら、安いくらいだ。

 だから、不安になる。

 あの女が拳銃の対価として、この程度で済ませるだろうか?

 向こうに、時間的な余裕がないなどの条件も考えられるが、それならもっと上手くやるはずだ。

 交渉は有利に進んでいるのに、どうにも相手が不気味に思える。


「ああ、それぐらいの便宜は可能だろう?」


「可能ですが、それで拳銃を渡してもらえるんですね?」


「気が早いな、斑目。焦らなくても、拳銃はそちらに渡すさ。それよりも、世間話として聞かせて欲しいんだが、警察としては、これから鬼にどう対処するのかな?」


 嫌なことを愉快な声で聞いてくる。

 まったくもって忌々しい、この女に災いあれ。

 竜崎会長からの質問の意図を推測しながら、様子見で官僚的な返答をしてみる。


「……警察としましては、法律に則り対処するだけです」


「そんな官僚的な答えでいいのか」


「……はぁ、効果的な対処法はありません。一応、鬼に対しては居場所を捜査しても、現行犯でもなければ逮捕を試みないことが、暗黙の了解として認められています」


 事実上の鬼に対する警察の敗北宣言。

 一般には公表できない。

 だが、一人しか殺していない成り立ての鬼以外は、殺害を意図しても現状の警察では実行が難しい。

 殺害でも難しいのに、鬼の逮捕など不可能と同義だ。

 だというのに、警察でも一部の人間はショットガンなどの重火器で武装すれば、対処可能だと見当違いの夢想をしている。

 確かに、国外のケースなどを参照すれば、スラッグ弾を装填したショットガンが、殺害数が二、三人までの成り立ての鬼にも有効だという結果はある。

 しかし、それは即座に、ショットガンで武装した警察官が、鬼に対して有用であることを意味しない。

 そもそも多くの警察官が、人間よりも身体能力に優れたものを相手に、ショットガンを発砲する訓練などしていない。

 十分な訓練もしていないのに、安易にショットガンを現場に運用させたら、かなりの誤射が引き起こされる。

 そんな簡単なことも理解していない奴に限って、鬼に対処できないのは火力が足りないからだと、問題を単純化して、重火器を寄越せと口にする。

 ある程度、鬼に対して重火器を装備するのは既定路線だが、配備されたら即座に現場で運用などあるわけがない。

 最低でも半年は、重火器の運用に関する訓練と、鬼に対する情報収集を同時に行ってから実戦だ。

 並行して、自衛隊の協力をどうするか、鬼に対する法整備もする必要がある。

 課題と問題が山積しているというのに、同じ組織に所属しているのに現実を理解できていない奴が、上だけではなく現場にも多くて困る。

 本当に、どうにかして欲しい。


「治安を預かる警察の答えとして弱気だな」


「なんとでも。勇気と蛮行は違います」


 悠長に、議論すべき局面でもないが、多くの殉職者を出し、国民から非難される現状が苦しいからと、状況の変化を期待して、慎重さを忘れたように、安易な重火器の運用へと走るべきではない。


「こっちが悪かった。そう、拗ねるな」


「……拗ねてなどいない」


 ……そうだ、拗ねてなどいない。

 ただ、警察という組織の状況が最悪で、対処するためには多くの忍耐が必要で、上にいる連中が忍耐を投げ捨てて安易な解決に走りそうで、絶望的な気持ちになっているだけだ。

 上の連中は、現場の実情を無視して「早く解決しろ」などと、駄々をこねるのが指示だと信じて疑っていないから、嫌になる。

 ……突発的に鬼が連中を襲撃して、処理してくれないだろうか。


「そんな斑目に朗報だ」


「ほう、竜崎会長から私にとっての朗報が聞けるとは思いませんが?」


 基本的に、連絡会の朗報は警察の凶報で、警察の朗報は連絡会の凶報だ。

 妥協点はあっても、共通の朗報などあまり期待できない。


「だから、拗ねるなよ。なにしろ、鬼をどうにかするって話なんだぞ」


「…………なにを企んでいる」


 警戒しながら、全力で思考する。

 竜崎会長が提案してくる可能性を羅列して、私のリスクと、警察のリスクを想定していく。


「企むとは人聞きが悪いな。国の治安を維持する警察の仕事に協力しようと言っているのに」


「バカな……獅子堂リオのように、そちらで鬼をリクルートすると?」


「そういったケースもあるかもしれないが、もっと単純に鬼退治に協力するって話だよ」


「…………鬼に鬼を狩らせるのか?」


 悪い話ではない。

 鬼同士が戦えば、警察官が殉職することなく、勝敗にかかわらず鬼が一体は確実に減る。

 警察とは無関係に、鬼が減ることを問題視する連中が、警察内部から出てきそうではある。

 だが、蛮勇によって不必要な殉職者を出すより、はるかにいい。


「人間が勝てないなら、勝てるものに任せる。とてもシンプルな道理だろう」


 竜崎会長の声は嬉しそうで、そこには迷いがあるようには感じられない。


「…………本気か?」


 それでも、念のために確認の言葉を口にする。

 竜崎会長の提案は、獅子堂リオという戦力を組織の防衛戦力ではなく、積極的に行使するということ。

 それは連絡会が、裏社会の下請けという立場を脱却することを意味する。

 連絡会と付き合いのある組織がすぐに敵対的になるわけではないが、竜崎会長が以前よりもはるかに危険になることは確実だ。

 竜崎会長は、お友達というわけではない。

 それでも、良識はともかく、あの業界では珍しく常識は備えていた。

 それだけに、交渉相手として、あるラインは越えないと安心できた。

 もしも、竜崎会長になにかあって、後任が立場を理解しない愚物になることもありえる。

 是非とも、竜崎会長には長生きしてくれることを願う。

 私のスムーズな職務遂行のために。


「この件に関しては、獅子堂リオ、本人も了承してくれている。あとは、警察が了承するだけだ」


 なにやら、交渉をまとめようという雰囲気の竜崎会長の言葉を止めるように、応じる。


「……待て、さすがに、話がデカすぎる。私に許された裁量権をオーバーする、独断はできない」


 年齢に比べて出世しているとはいえ、私に許された独自裁量権は、それほどのもではない。

 連絡会関連のことには、ある程度の裁量権が認められているが、竜崎会長の提案は明らかにその範囲を超えている。


「なんとも、情けない話だな、斑目」


「仕方がない。私など警察という組織では、ただの中間管理職でしかないからな」


 だから、忌々しいことに、迂遠に思えても上の了承というものを必要とする。


「……はぁ、わかった。拳銃の件は、先ほどの通りに頼む。鬼退治については、十分に上と協議して連絡をくれ……ただ」


 竜崎会長の思わせぶりな言葉に、嫌な予感がするが無視するわけにもいかないので、すぐに応じる。


「ただ?」


「リオとの雑談のなかで、面白いことを教えてもらってな。鬼には殺人衝動というものがあるらしい」


「それは、こちらも把握しているが?」


 新しい情報というわけでもなく、竜崎会長の意図がわからず首を傾げる。

 国内外の情報で、個人差があるようだが鬼に、殺人衝動があるのは把握している。

 しかし、それほど重要な情報には思えない。


「まあ、聞け。その殺人衝動だが、時間がたつにつれて増大するそうだ」


「それが?」


「なに、上との協議、時間をかけるのはいいが、大人しく様子見をしていると思っていた鬼たちが、時間経過と共に殺人衝動を増大させて殺人を犯さないといいな」


 まるでこちらを煽るように楽しそうに口にする竜崎会長に、ため息交じりに応じた。 


「……早急に、話をまめよう」


 こちらから刺激しない限り新たに人間を殺さないと思っていた鬼の危険性を見直さないといけない。

 いま、大人しくしているからと言って、早急に逮捕しようとせずに、様子見という名の放置していた鬼にも対策が必要になる。

 そう、強い鬼をぶつけて始末させるような対策が。


「やりがいのある仕事ができていいな、斑目。ああ、そうだ、新鮮な鬼の死体と武器を一つずつ譲る用意がある」


「無償でか?」


「もちろん、有償だ。まあ、それも、理解のある上司と協議したまえ」


「……了解だ、そちらも対応する」


 ため息を吐きながら通話を切る。

 理解のある上司か。

 切実に欲しい。

 最近は出会ったことがない。

 新人の頃は、無口で厳しいが優秀な上司、部下を使うのが上手くて部下の失敗も即座にフォローする上司など、多くの尊敬すべき警察官がいた。

 だが、階級が上がるごとに、そういう上司と出会うことは減っていった。

 かつて尊敬できた上司も、階級が上がるごとに変わり、いまでは条件のいい天下り先を求めてブヒブヒ鳴くだけのブタだ。

 そのことにもはや怒りは感じないが、どうしょうもない悲哀と虚無感を覚えてしまう。

 気持ちを切り換えて、獅子堂リオの情報を収集して精査していく。

 獅子堂リオは複数の警察官に包囲されても、発砲を許すことなく殺害しただけではなく、鬼となった谷淵ノリオも、殺害している。

 谷淵ノリオはただの鬼ではなく、仮称スキルやアビリティなどと呼ばれる一定数の人間を殺害すると得られると思われる不可思議な力を有していた。

 それでも、獅子堂リオは負傷することもなく圧勝。

 鬼を狩る猟犬として、実力と実績は申し分ない。

 だが、このまま上に獅子堂リオが鬼を退治する話をもっていっても、了承しないだろう。

 よくわからない鬼という存在の対処を、連絡会という怪しい組織に所属する大量殺人を犯した鬼に依頼する。

 雲をつかむような話だと感じて、上はわかりやすい重火器よる解決を望むだろう。

 実のところ、連絡会側が失敗しても、こちらの痛手にも、責任にもならないとてもローリスクで、支払いはある程度の便宜と金銭というハイリターンなもの。

 合理的に考えれば損のない取り引きなのだが、上の連中に偏見を捨てた合理的な決断を期待できるわけがない。

 ……さて、どうしたものか。


「高橋マヤ巡査に、山本ルミ巡査か」


 谷淵ノリオに殺されかけたところを、獅子堂リオに助けられたか。

 実際のところ、獅子堂リオが二人を助けた理由はわからない。

 好意によるものかどうかすらわからない。

 しかし、あの場にいながら、殺されなかったのも事実。


「ほう、なかなか面倒なことになっているな」


 ついでに、二人の情報を集めてみたら、興味深いものがあった。

 六人の同僚を殺した直後の獅子堂リオと出会っているのに、逮捕しようとしなかったことで、周囲の同僚との間に距離ができているとの情報がある。

 距離……か。

 なかなか控えめな表現をする。

 程度はともかく、二人がイジメを受けているのは確定だな。

 私には情報を見るだけでも、獅子堂リオの危険性が伝わるのに、これを逮捕しなかったと責めるバカが警察にいるとは嘆かわしい。

 下手な蛮勇に走らず、生き残り情報を伝えてくれたと褒めるべきところなのにな。

 …………こいつらは使えるな。

 連絡会側との調整も必要だが、問題ないだろう。

 この二人を獅子堂リオの行動を監視する鈴、あるいはカナリアとして、鬼退治のときに派遣する。

 監視役として、獅子堂リオの行動を制限できるとは思えないが、上を説得するときにわかりやすい安全装置の役になってもらおう。

 この鈴を用意したうえで、鬼の殺人衝動関連のことを説明して、鬼を放置して様子見することの危険性を説明して、獅子堂リオを鬼退治させて失敗しても警察に責任にならないと説明すれば、重火器による武装のつなぎとしてなら、なんとか了承させられる。

 それに、公表する必要のない鬼の死体と鬼の武器が手に入るとなれば、上機嫌になって認めてくれるかもしれない。

 人権に配慮する必要のない鬼の死体は、様々な用途で、様々な組織が欲している。

 だが、鬼の数は少なく、その死体はもっと少なく、埋葬や引き取り手のいないものはさらに少ない。

 人権的に配慮の必要がない鬼の死体を確保できれば、自衛隊などに対して牽制や交渉のカードになる。

 大学や研究機関など天下り関連の組織に声をかければ、データだけでもかなりの金になるだろう。

 鬼の死体と抱き合わせなら、獅子堂リオの件も、スムーズにまとまるかもしれない。

 それに、だ。

 それでも、ごねるようなら、獅子堂リオが奪った拳銃の件で揺さぶるのがいいかもしれない。

 その場合、竜崎会長が警察の上層部から、警察を脅す極悪人と認定されてしまうかもしれないが、問題ないだろう。

 もしかしたら、竜崎会長の命を狙う連中が増えるかもしれない。

 だが、竜崎会長は慎重で用心深いから、容易に殺されたりしないだろう。

 それでも、竜崎会長が殺されてしまう事態になってしまったら、墓前に花をたむけるとしよう。

 なにしろ、もともとが、警察と裏社会の人間同士。

 お友達同士というわけでもない。

 利用し合う間柄だ。

 もっとも、私が竜崎会長に利用されて死ぬようなことがあったら、怨嗟の叫びと竜崎会長の死を願うだろうがな。

 無益な思考から切り換えて、上を了承させるための情報と手順をまとめていく。

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