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鬼ごっこ、人ごっこ  作者: アーマナイト


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10/15

九 森山イツカの父?

 木刀を持った鬼と戦って殺した夜から、三日が経過している。

 婦警さんたちに、私が鬼だとバレたから、予定していたネットカフェは利用しないで、雨風をしのげる公園の遊具のなかで寝泊りしている。

 初日は、寝袋とかの野宿の用意なんてしていなかったから、寒さに震えながら眠ることになった。

 鬼になって身体能力とかは、かなり強化されているけど、残念なことに温感は人間のときとあまり変わらない。

 眠っては、風が吹いて寒さで目覚めるを繰り返すから、途中で警察にバレるリスクを承知でネットカフェに泊まろうかと思ってしまった。

 まあ、すぐに冷静になって、実行しなかったけど。

 木刀男を殺した後、私を見て驚愕の表情を浮かべていた二人の婦警さんは腰が抜けたのか、地面に座り込んでいたから、私を鬼だと気づかないなんてことはないと思う。

 二人が余程の無能じゃなければ直前の会話から、私が駅の付近に用事があることに気づいて、近くにあるネットカフェも当然のように警戒されているはず。

 結局、二人とは一言も喋らなかったけど、これでいい。

 仮に、二人と喋ったとして、どんな言葉が交わされるのかわからないけど、鬼と警察の関係なんて敵対しかない。

 二人から感謝されながら敵対するのも、助けた相手に罵倒されながら敵対するのも、酷く虚しい。

 それなら、無言での別離が正解だと思う。

 それでも、あの夜の出来事をトータルで見れば、私にとってプラスだった。

 一つ、好感の持てた二人の命が助かった。

 二つ、木刀男を殺したことで、レベルが一つ上がった。

 レベルが上がる明確なルールがわからないから、確実とはいえないけど、経験値としてみた場合に人間を殺すよりも、鬼を殺したほうが効率がいいのかもしれない。

 三つ、獣鬼としての変身の使い勝手を知ることができた。

 獣鬼に進化したことで、手に入れた変身の能力だけど、使い勝手は悪くない。

 劇的に身体能力と肉体の強度が上がって、木刀男の見せた武術によるアドバンテージを圧倒することができた。

 途中で相手が肌を赤く変化させて、新たな力を獲得しても問題にならないほどだった。

 でも、変身のデメリットとして、急激な空腹と殺人衝動が増大してしまう。

 これは、変身を解いても維持されるみたいだから、これからは食料の携行と殺人衝動の管理が重要になってくる。

 一応、いまのところ殺人衝動は、我慢可能なレベルで維持されている。

 けど、ムカつく奴に出会ったら、状況を考えないで殺してしまうぐらいに高まっているから、気をつけないといけない。

 木刀男を殺したのを最後に、人間も鬼も殺していないから、殺人衝動は解消できないで衝動が日々、微増している。

 数日のうちに解消しないと、私の意志とは無関係に、無差別な殺人をしてしまうかもしれない。

 鬼になって殺人そのものに、忌避感や拒絶感はないけど、殺人衝動に身をゆだねて無意味な殺人をしたいという嗜好もない。

 警察以外で、明確に私と敵対してくれる人間がいれば、遠慮も躊躇いもなく殺せるんだけど、調度よくどこかにいないかな。

 四つ、敵としての鬼の力を実戦で感じることができた。

 シンプルに、鬼は危険。

 結果的に、私のほうが高レベルで進化していたから圧勝できたけど、相手のレベルが上どころか、同レベルでも、殺されていたのは私だったと思う。

 もしも、鬼と交戦するなら、相手の解放された力と進化に注意しないといけない。

 …………積極的に、レベル上げをしたほうがいいかもしれない。

 どこかに、殺しても誰からも文句の出ない人間や鬼の集団はいないかな。

 これらのことがわかっただけでも、笑顔のキモい木刀男と交戦した意味はある。

 結局、私には木刀男の笑顔の意味がわからなかった。

 ……積極的にわかりたいとも思わないけど。

 キモいから。

 戦闘中から笑顔を浮かべて、死の間際によりはっきりとした笑顔を浮かべたから、本当に意味がわからなくてキモかった。

 それはともかく、現状で野宿生活は冬用の寝袋を購入して、近くのスーパー銭湯を利用することで、初日に比べてそこそこ快適になってきている。

 けど、それよりも明確な目的がないから、退屈で困ってしまう。

 衣食住に不満はないけど、喜びも楽しみもない灰色の連続。

 安全で安定した生活が送れていると、言えなくもないけど、この生活を続けているとゆっくりと心が壊死してしまう気がする。

 だから、いっそのこと刺激を求めて、警察署に乗り込もうかと思ってしまった。

 脳裏に、二人の婦警さんの姿がチラついて、その気もなくなったけど。

 なんだか情けなくなる。

 私から、母と復讐を除くとなにもない。

 やりたいことも、見たい景色も、なに一つ思い浮かばない。

 こんなにも自分が、がらんどうなんだって思い知ってしまった。

 考えれば考えるほど、思考はマイナス方向に沈んでいく。

 こうやって、無意味にこれからどうしようかって、寝泊りしている公園とは別の広い公園のベンチで悩んでいると、スーツを着た男が隣に座ってきた。

 思考の邪魔になるから、どこか別のところに行って欲しい。

 近くに人間がいて、イラつくと衝動的に殺したくなるから、本当に近くにいないでもらいたい。


「良い天気ですね」


 スーツの男がニヤケ顔で、言ってきた。

 台本のセリフを棒読みするように、心底どうでもいいという口調で。

 スーツの男には、なんらかの意図があるのかもしれないけど、私には話しかけないでもらいたい。

 男が話しかけなければ、私は静かでハッピー、男は私に殺されるリスクが減ってハッピーだと思うんだけど。

 ムリかな。

 明らかに、この男は私に用事があるみたいだし。

 でも、どんな用事かわからない。

 まあ、真昼間に、女子中学生を公園でナンパしているという可能性はないかな。

 自分の容姿は、把握している。

 それなりの容姿だとは思うけど、第三者に目撃されて不審者に勘違いされるリスクを犯してまでナンパする容姿じゃないのはわかっている。

 だから、自然と警戒しながら応じた。


「……ええ、そうですね」


 沈黙でもよかったんだけど、それでしつこく粘着されるよりは、さっさと応じて相手の意図を早期に知るほうが建設的。


「少し私とドライブしませんか」


 男の言葉は問いかけだけど、口調は行くことが決まっているかのように断定している。


「は?」


 思わず間抜けな声が出てしまう。

 恥ずかしいから、照れ隠しで思わず男を殺したくなったけど、話を全て聞くまで我慢しようと、自分に言い聞かせて耐える。 


「私は森山支部長の使いです」


「森山……」


 そこから連想される名前を私はよく知っている。

 呪いか、祝福のように、私の人生で忘却することのできない名前だ。 


「あなたが殺した森山イツカの父親ですよ、獅子堂リオさん」


 スーツの男が、もったいぶった言い方で口にする。

 なぜか、男は自分が森山イツカの父親の関係者で、私のことを知っているだけなのに、場の主導権を持っているような態度をしている。

 男のマウントを取って優越感に浸っているような表情がムカつくから、顔面を殴りたくなるけど、いまは我慢。


「…………」


 沈黙しながら考える。

 暴力団か、半グレ集団の幹部だと噂の森山イツカの父親。

 そいつが、私に用事がある。

 殺された娘の復讐か、娘の悪行の謝罪か、あるいはそれ以外か。

 明確な目的はわからないけど、ここで無為な思考を繰り広げているよりも有意義だと思う。


「ご同行してくれますよね」


 男が笑みを深くしながら、慣れた動作で淀みなく拳銃を取り出して私に突きつける。

 拳銃の名前は知らないけど、確かオートマチックとかいうタイプで、口径も警察官の使用していた物よりも大きくて、全体的にゴツい。

 私は鬼だけど、それでも女子中学生に向かって拳銃を突きつけてのお願いは、脅迫でしかないと思う。

 私のなかの殺意が上昇する。

 大口径とはいえ、人間の男が使う拳銃で私が死ぬとは思えないけど、それでも脅迫されればムカつく。

 これまでの男の態度と合わせて、情状酌量の余地はない。

 こいつは役割りが終わったら、絶対に殺す。

 絶殺を決意することで、膨れ上がる殺意をなんとか抑える。


「……いいですよ、行きましょう」


 内側の殺意を隠して私は淡々と応じる。

 大丈夫。

 パーカーのポケットに忍ばせた折りたたみナイフを握り締めていたけど、殺意は誤魔化せた。

 男が青い顔で、笑顔を引きつらせているような気がするけど、多分、気のせい。

 問題はない。

 私は唯一の財産のスポーツバッグを手にとって、少しの間だけ、このどうしょうもなく不愉快な男とのドライブを楽しむとしよう。






「初めまして、連絡会一三支部の支部長森山キリトだ」

 

 暴力団の事務所のような一室で、高級そうな革のイスに浅く座って、木製のデスクに両肘をついて両手を組む、どこかの司令がしそうなポーズをする、森山イツカと似た容姿の四〇ぐらいの髪をオールバックにした男、森山イツカの父親、森山キリトと対面した。

 森山父を含めた四人の鬼と、ここまで案内してきた男を合わせて一〇人に囲まれながら。

 そう、森山父も鬼だった。

 やっぱり、木刀男だけじゃなくて、鬼を識別できるみたい。

 根拠のない、勘のようなものだけど。

 この場の四人が鬼だと、確信している。

 他の三人の鬼を含めて威圧感が小さいから、木刀男よりもレベルが低いのかもしれない。

 少なくとも、四人の鬼は肌の色に特徴がないから、レベル……三ぐらいで手に入る力を入手できていないと思う。

 もしかしたら、木刀男と同じように、新たな力を獲得可能な状態で、こちらを油断させるためにわざと保留しているだけの可能性もあるけど、そんなに心配はしていない。

 私が変身の力を使えば問題なく、四人が土壇場で力を獲得しても、殺すことができる。

 それに、この場には案内してきた奴を含めて六人の人間がいるわけで、変身して増加した殺人衝動を解消する材料がそろっている。

 だから、私を取り囲む六人の人間が見せつけて威圧するように、大口径の拳銃を手にして、四人の鬼のうち二人が抜き身の刀を手にしても、まるで脅威に感じない。

 一応、六人の男が持つ拳銃の銃口は私のほうをまだ向いていないけど、仮に向けられていても恐怖とかは感じないと思う。

 これも鬼なった影響なのかな。

 鬼になる前に私だったら、顔面を蒼白にしながら、恐怖で畏縮していたと思う。

 いかにも暴力団の事務所のような雰囲気の場所に案内されて、四人の鬼を含む顔の怖い一〇人の男に囲まれているのに、野良猫に威嚇されている程度にしか感じない。

 こいつらには、殺したいと思う程度の不快感と共に、無駄な努力をご苦労様ぐらいのことしか思わないかな。

 私は森山父の言葉に反応しないで、部屋のなかを自然な足取りで歩いて、森山父と向き合う位置にある黒い革のソファに勢いよく座って、スポーツバッグを隣に置く。

 曖昧な知識だけど、相手に勧められる前に座るのは、マナー的によくないんだったかな?

 森山父が笑顔を引きつらせて、周囲の連中が顔を赤くして怒りの圧力を加えてくる程度には失礼だったんだと思う。

 まあ、私は欠片も脅威に感じないけど。

 一応、過剰に挑発するつもりはないけど、礼儀やマナーを気にしようとも思わない。

 私がここにいるのは、ヒマだったということもあるけど、殺した人間の親族が私に向かってなにを口にするのか、好奇心をかき立てられたことも大きい。

 結局、最後は殺し合いになると思うけど。


「ハハハ、なかなか愉快な人だ」


 森山父が笑顔を引きつらせながら、乾いた声で言った。


「それで、私になんの用?」


 単刀直入な私の問いかけに、周囲にいる数人の人間が過剰に反応する。


「「「キサマッ!」」」


 私を取り囲む顔の怖い人間が怒鳴って、なかなかうるさい。

 反射的に、理不尽な恫喝を折本にされた日々のことを思い出すことで、一気に不愉快になって殺意が上昇していく。

 一応、相手を油断させるためにも、表情は平静を維持する。


「止めろ」


「しかし」


「俺は止めろと言ったんだ」


「……すみません」


 怒鳴った男たちが頭を下げる。

 ……コントかな?

 手下にわざと威嚇させてから、こちらを畏縮させたところで、森山父が静めることで自分の力を見せつけると同時に、少しでも私が心理的に頼りたいと思うように演出したんだと思う。

 茶番にしか見えないけど。

 周囲の男たちが怒鳴るきっかけを作ったのは私だけど、あれがなくても難癖つけて手下に怒鳴らせていたと思う。


「部下が失礼した。慕ってくれるのは嬉しいんだが、どうにも血の気が多くてね」


 継続される森山父の茶番のようなセリフに、うんざりして気分が盛り下がりながら応じる。


「はぁ、それで、ご用件は?」


「ック…………用件か? 嬢ちゃん、俺は森山イツカの父親なんだ」


 ?

 森山父の頬が痙攣しているような気もするけど、気のせいかな。


「……で?」


 質問の意図がわからなかったから、自然と首を傾げる。

 本当にわからない。

 ムカつく案内人も言っていたから、改め言うまでもなく、彼が森山イツカの父親だということはわかりきっている。

 いまさらそれを説明して、どうしたいのかな?


「……嬢ちゃん、あまり大人をからかうもんじゃないぜ。お前は俺の娘を殺したんだぞ。なら、初めに謝罪するのがスジってもんだろう」


「スジ、ですか」


 確かに、変なことじゃない。

 例え、イジメがあったとはいえ、私が彼の娘を殺したのは事実だから、私が謝罪するというのも変じゃない。

 変じゃないけど……ね。

 少なくとも、


「ああ、そうだ。謝罪くらい、難しいことじゃないだろう。なに、お前が娘を殺したことを軽く頭を下げて謝罪をすれば、こっちとしても面子をたもつ方法はいくらでもある」


 娘を失った悲しみや怒りを演技でも表情に浮かべないで、嘘くさい詐欺師のような笑顔を張りつけている森山父には謝罪をする必要を感じない。


「面子……」


「それに、嬢ちゃんは鬼だ。そうだろう?」


「そうですね、鬼ですね」


「警察に追われて、自由な生活ができないから、困ってるだろう?」


 森山父の言葉に、沈黙で応じる。


「…………」


 現在進行形で警察に追われているのは事実だけど、自由な生活ができなくて、それほど困っているわけじゃない。

 一応、校長室から持ってきた金庫のお金で、衣食は満ち足りている。

 寝泊りしている場所に不満がないわけじゃないけど、それほどふかふかのベッドを渇望しているわけじゃない。

 それよりも困るのは、復讐も遂げて警察に捕まらないこと以外に目的がなくて、公園のベンチで自分が空っぽだって考え続けてしまうことかな。


「だが、嬢ちゃんは運がいい。うちの組織の仕事を手伝うだけで、そんな生活とおさらばできる。さっきも言ったが、軽く頭を下げて、謝罪してくれればこっちの面子はたもてる。まあ、最初は組織へのケジメってことで格安になるが、なに、すぐに大口の仕事がくるようになるさ」


 私を評価してのスカウトということなんだろうけど、気持ち悪い。

 娘を殺した相手と笑顔で交渉だか、商談を口にするだけの森山父。


「軽く頭を下げて、謝罪ですか」


「そうだ。うちの組織と仲良くしていれば、警察に追われる心配もなくなる。こちらの指定した相手を適当に殺せば、大金の手に入る簡単な仕事だ」


 森山イツカの血縁だからなのか、森山父が言葉を口にするたびに、殺意が大きくなる。

 だけど、実のところ、森山父が口にした提案の内容自体は悪くないと思う。

 逃げ隠れする必要のない生活と、殺しても問題のない人間が用意される。

 いまの私には十分にメリットのある話だ。

 まあ、話としては有益だけど、こいつと交渉したいとは思わない。


「悲しくはないんですか?」


 無駄だと思う。

 答えはわかりきっている。

 一応、それでも、聞いてみる。


「は? ああ、イツカのことか。まあ、悲しいといえば悲しいが、それに捕らわれても仕方ないだろう。なにしろ、あいつは死んで生き返ることはない。それよりも、今後のことだ」


 私の問いに森山父は大袈裟に肩をすくめる。

 まったく、動作が一々ムカつく。

 さすが、森山イツカの父親だ。


「憎くはないんですか?」


「それも同じだ。まったく憎しみがないとは言わないが、それよりも前向きに建設的な行動をすべきだろう」


「なるほど、わかりました」


 溜まった心の淀みを押し出すように、ゆっくりと息を吐く。

 もう、こいつから聞くべきことはない。

 もともと、森山イツカを殺したことを謝罪する気なんてなかった。

 だけど、森山父が全力で娘の死を悲しんで、殺した私を憎んで、恥も外聞も投げ捨てて、死ぬ危険を考えないで、私につかみかかって非難していたら、父親から娘を奪ったという罪悪感が芽生えて、謝罪の言葉を口にしていたかもしれない。

 まあ、存在しない、もしかしたらの話だけど。


「ハハハ、わかってくれたか。嬢ちゃんが賢い人間で良かった」


「…………これはさすがに、同情はしないけど、森山イツカが哀れね」


 森山イツカは同情に値しない。

 森山イツカは憎むべき相手で、呪うべき相手。

 すでに殺して、この世にいないけど、それでもこの評価は生涯変わらないと思う。

 そう、それは相手にどんな背景や事情があっても変わらない。

 それでも、一欠けらの哀れみくらいは、胸に抱いていいかもしれない。

 森山イツカが死んでから、一週間もたっていないのに、実の父親は殺した相手を前にして、激情を表すどころか、口にするのはスジや面子と、仕事のスカウト。

 この父親から森山イツカが家庭で、愛されていなかったことはよくわかる。


「あぁ?」


「一応、聞くけど、私に謝罪を言うつもりはある?」


 森山父が自分のバカさと、私をイジメる娘を放置していたことを謝るなら、殺すときに少しだけ苦しまないように配慮しよう。

 まあ、こいつは謝罪なんてしないでしょうけどね。


「はぁ? なんで、俺が謝罪するんだ。謝罪するのはおまえだろ」


「こいつに愛されないから、ストレス発散で私をイジメたのか。こいつのようなクズの血を引いているからあんなイジメをするようになったのか。…………どっちにしろ、このクズのせいで私がイジメられたなら、父親なんだし責任はとってね。……その命で」


 ゆっくりとソファから立ち上がりながら、パーカーのポケットから折りたたみナイフを取り出す。


「……バカが」


 森山父が舌打ちして指を鳴らすと、周囲の人間は銃口をこちらに向けて、三人の鬼は刀と拳をそれぞれ構える。


「半端に力を持って勘違いしたな、クソガキ。てめぇのレベルは知らねぇが、武術の心得のある俺たち四人の鬼に勝てると思うなよ」


 森山父の言葉に、内心で舌打ちをする。

 木刀男で経験したけど、武術の経験者はレベルに差があっても面倒かもしれない。

 それと同時に、疑問が浮かび上がる。

 刀を持たない森山父ともう一人の鬼は、空手やボクシングのような格闘技をやっているのか素手だ。

 私のナイフや木刀男の木刀のような凶器を持っていない。

 情報が少ないから、確かなことは言えないけど、鬼が凶器で人間を殺せば、その凶器は強くなる。

 なら、鬼が素手で人間を殺したらどうなるのかな?

 なにも、強化されない?

 それとも、凶器となる自分の肉体そのものが強化される?

 ……まあ、殺すべき人間と鬼が目の前にいるんだから試してみればいいかな。

 数で劣勢だから、様子見なしで、最初から変身して全力でいく。

 二回目だからか、木刀男のときよりもスムーズに、違和感なく二足歩行の黒いライオンへと変身することができた。


「な、なんだ、そりゃ」


 森山父の怯えるような震えた声に、私は沈黙で応じる。


「…………」


「ビ、ビビるな。一斉にかかれ」


 森山父の言葉に、周囲の連中が反応して、銃の引き金に触れている指が動く。

 発砲される前に、刀を持った鬼の一人を目がけて突進する。

 一閃。

 鬼の構えた刀を鍔の近くで両断する。


「な、グウェ」


 刀身を失って驚愕している鬼の首を左手で掴み、一気に握り潰す。

 わずかだけど、この鬼を殺した瞬間に、体に力が流れ込んできた気がする。

 やっぱり、素手で人間や鬼を殺したら、体そのものが強化されるみたい。

 骨や皮膚の強度も強化されているのか気になるけど、相手の攻撃をわざと受けて強度を確かめようとは思わない。

 多分、痛いし。

 それよりも、鬼の持っていた刀をナイフで強打して大きく弾くだけのつもりだったのに、刀身を両断してしまった。

 ナイフが強化される過ぎたのか、変身したことで身体能力が予想以上に上昇しているからかな。

 一度どこかで、ナイフの切れ味や私の身体能力の限界を把握していたほうがいいと思う。

 まあ、いまはこいつらの処理が先。

 強烈な破裂音と共に襲ってくる銃弾の射線を、左手に握っている鬼の死体で遮る。

 さすが暴力団。

 警察官と違って、仲間の死体を楯にしても、拳銃の発砲をまったく躊躇わない。

 けど、私に一発の被弾もない。

 新鮮な鬼の楯は優秀。

 被弾するたびに大きく揺れて銃弾がめり込んだのか、血を撒き散らすけど、一発も貫通しない。

 素材として優秀すぎて将来的に、殺した鬼の皮をなめして、防具とかの道具に加工するホラーな未来がきそうで怖い。

 鬼の死体を発砲する人間の集団の中央に投げつける。

 直撃した奴はいない。

 適当に投げたから、仕方がない。

 でも、人間たちの発砲が停止する。

 まあ、近くに野球選手の投球並の速度で、人型の肉塊が飛んできたら、怖くて発砲なんてしていられないかな。

 稼げるのは、二、三秒の空白。

 でも、三人の低レベルの鬼を殺すのには、十分な時間。

 素手の鬼が、ボクサーのように両腕でガードを固めながら、突っ込んでくる。

 一閃。


「ギャアアアァ」


 突っ込んできた鬼の両腕を手首のあたりで両断した。

 こいつはバカなのかな?

 進化どころか、鉄皮も獲得していない、ただの鬼が素手でガードを固めても、強化されたナイフを前にしたら、豆腐程度の防御力しか期待できない。

 一閃。

 左右の手首から先を失った鬼の喉を切り裂く。

 飛び出す返り血を避けて、刀を持つもう一人の鬼に迫る。

 鬼による刀の突きが放たれるけど、木刀男の突きに比べると遅くて雑だ。

 まるでスローモーションのようで、近づく刀に脅威をまったく感じない。

 冷静に刀身を左手でつかんで、こちらに引っ張る。


「アッ」


 姿勢を崩してこちらに近づいてくる刀を持つ鬼の胸に、ナイフを突き立てる。

 ナイフの刃が深く鬼の胸に刺さったら、確実に殺すために股下までナイフを振り下ろす。

 新たに死体となった鬼を掴んで、立ち直りかけている六人の人間たちの近くに再び投げつける。

 以上が、発砲が停止してからの二秒の間に起こったこと。


「てめぇ!」


 デスクに乗って、こちらに飛びかかろうとする森山父に、一気に近づく。

 一閃。


「アギャアアァ」


 左右の膝から下を失いながら、姿勢を崩して床に墜落する。


「グヘェ」


 うつ伏せで倒れる森山父の背中を踏みつける。


「あの世で、森山イツカによろしく」


「てめぇは」


 森山父が、なにか言おうとしていたけど、無視して後頭部にナイフを振り下ろして、死体に変える。

 結局、森山父を思わずあっさり殺してしまった。

 けど、まあ、流れ的にしょうがない。

 それに、森山父を拷問することに、それほどの熱意があるわけじゃないから、いいかな。


『レベルが上がりました』


 聞きなれた、謎の中性的な声が脳裏に響く。

 やっぱり経験値的には、人間を殺すよりも鬼を殺したほうが効率がいいのかもしれない。

 もっとも、その分、鬼が相手だとこちらのリスクも高くなるけど。

 一応、鬼を四人殺したんだけど、変身したことで増大する殺人衝動がまったく小さくならない。

 やっぱり、鬼を殺しても、殺人衝動の抑制には効果がないかな。

 まあ、まだ六人の人間が、この場にいるから殺人衝動の解消は大丈夫でしょう。


「こ、この化け物が!」


 男の怒声を合図に、次々に拳銃が発砲される。

 視線と銃口の向き、引き金を引くタイミングを見ていれば余裕で銃弾を回避できるけど、あえて避けないで受けてみる。

 ちょっとした、好奇心。

 低レベルの鬼でも体にめり込む程度の威力なら、変身した私なら余裕で受けきれる。

 不必要なリスクかもしれないけど、不意打ちで撃たれるよりは、心身に余裕があるときに経験したほうがいいと思う。

 轟音と衝撃の乱舞。

 部屋に充満していた血の臭いを、硝煙の臭いが上書きしていく。

 拳銃の弾倉の交換で銃撃が途切れるタイミングがあったけど、反撃することなく静観して受けの姿勢を維持する。

 銃弾の衝撃は思っていたよりも小さくて、痛みは特になかった。

 せいぜいが弱めの指圧ぐらいだと思う。

 まあ、実際にプロの指圧を受けたことがないから、間違っているかもしれないけど。

 とにかく、こいつらの使っている大口径の拳銃は、どれだけ撃たれても私には通用しない。

 ただ、発砲の音が思っていたよりもうるさくて、耳が痛くなる。

 そっちのダメージのほうが大きいかもしれない。

 けど、騒音じみた拳銃の演奏は、二分と続くことなく、弾を撃ちつくして終了した。


「クソッ、クソ、クソ、クソォオ!」


 いくつもの、カチカチと未練がましく弾を撃ちつくした拳銃の引き金を引く音が響く。

 人間たちは持っていても意味のない拳銃を、祈るように、すがるように空撃ちし続ける。

 殴る。


「グハァ」


 男の頭が潰れた。

 殴る。


「ガッハ」


 腹が抉れて、盛大に吐血した。

 素早く避けて、返り血を浴びるのは回避する。

 殴る。


「ゴヘェ」


 少し手加減したら、男が壁にめり込んで生肉の奇怪なオブジェ変化した。

 殴る。


「ボフェ」


 映画の見よう見まねでアッパーでアゴを狙ったら、下アゴが砕けて後頭部が背中にめり込んだ。

 殴る。


「グホォ」


 強めに拳を放ったら、相手の胸部を貫通してしまった。


「なんでだよ、どうしてだよ。どうして殺されるんだよ。おかしいだろ」


「……なら、神か、仏か、それとも悪魔にリテイクを希望したら?」


「ふざけ」


 最後に残った、ここまで私を案内した男が、なにか言おうとしていたけど、遮るように全力で殴る。


「…………」


 その光景に、言葉が出ない。

 男を全力で殴ったら、ゆっくりと床に倒れる下半身を残して、上半身が破裂してしまった。

 私は血と肉片を浴びなかったけど、部屋中に血と肉片が飛び散る光景はなかなか気持ち悪い。

 まあ、私が寝泊りする場所じゃないし、別にいいかな。

 それよりも、ナイフを使わないで、人間を素手で殺したから、さっき鬼を殺したときと同じように、力が体に流れてくる。

 でも、量が少ない。

 意識しないでいると、気のせいと思ってしまうくらい微妙な量。

 意外に効率が悪い……かも?

 こうなると人間や鬼を殺すのに、凶器を使うかどうか、なかなか悩ましい。

 でも、不思議なことに、銃撃を受けたことで、パーカーと学校指定のえんじ色のジャージは強化されることなく穴だらけになっている。

 直接、相手を殺す凶器じゃないと強化されないのかな?

 ボロボロのパーカーと学校指定のジャージを脱ぎ捨ててから、スポーツバッグに用意しておいた新しいパーカーとジャージに着替える前に、手鏡で変身した自分の姿を確認する。

 前のときは、手鏡で自分の変身した姿を確認しないで、変身を解いたから、実のところ毛並みが黒いこと以外はよく知らない。


「……なんで、鬣があるの?」


 手鏡に浮かぶその姿は確かに、獣の黒いライオン。

 でも、私は女子で、オスメスで言えばメス。

 そして、鬣があるのはライオンのオスだけ。

 まあ、一目でライオンだってわかりやすいし、ふさふさでカッコイイからいいんだけどね。

 けど、謎のシステムか力から、私は女じゃないって言われているみたいで、微妙にモヤっとする。

 それに、鬣の色が、黒じゃなくて銀よりも落ちつた鋼色なのも、謎。

 見た目は、硬そうなスチールウールのような鬣だけど、触るとふわふわで柔らかい。

 手鏡を持ちながら、変身を解除する。

 一瞬で、見慣れた元の姿に戻るから、少し不思議。

 けど、感覚的には変身しても、解除しても、違和感がないのはありがたい。


「消えている」


 胸の奥の心の底で、徐々に肥大化していた殺人衝動がキレイに消失している。

 鬼を殺しても、殺人衝動は消えないし、減りもしなかったけど、人間を殺せば簡単に消えるみたい。

 森山父と交渉する気はなかったけど、彼の所属していた組織と交渉してみるのはありかもしれない。

 交渉して、相性が良さそうなら所属して、嫌なら殺して経験値にしてしまえばいい。

 でも、どうやって連絡すればいいのかな?

 …………こんなことなら、一人だけ生かして、尋問すればよかった。

 まあ、スマホや手帳を調べればなにかわかる……と思う。

 これだけの人がいれば、セキュリティ意識が欠如していて、ロック設定をしていなかったり、もしくは指紋認証のスマホがある……はず。

 あって、欲しい。

 時間的に、切迫しているわけじゃないから、スマホと指を回収しながら、この事務所を一通り探検してみた。

 特別面白いものはなかったけど、シャワーがあったので遠慮なく着替える前に使用した。

 シャワーを浴びてスッキリしたら、血で汚れていないソファに座って、スポーツバッグに用意しておいた菓子パンを片手に、指とスマホを並べてロックの解除に挑む。

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