黒く染まる意識の中で
紅蓮の炎を纏った剣は、イースの一方的な力を前に、いつしかその熱を失っていた。
煤けた匂いだけが充満する空間で、口いっぱいに広がる鉄の味を噛み締めながら、オルクスは地に伏しながら無理やり頭を上げる。
「キハ、いい光景だねえ」
「くッ……!」
依然として魔神の能力によって幽閉された莉緒。イースに魔王化の力を奪われ、今その全ては偽りの肉体となりオルクスに向けられている。
反撃するか? いやダメだ、こちらの攻撃は全て、幽閉されている莉緒に降り注いでしまう。普通に戦えるのなら勝機はあったかも知れない。しかし莉緒を盾にされ、攻撃は封じられたオルクスは逃げ仰るのがやっとだ。
「ほらほら、攻撃してきなよ!」
「…………ッ」
その事実がある限り、オルクスの攻撃の一切は封じられていると言っても過言ではないだろう。
「うう……あああッ!」
「莉緒ッ!」
攻撃せずとも莉緒の消耗は激しいらしく、黒い半透明の繭に包まれながらも苦痛に顔を歪める。
このまま戦えばその先にあるのは破滅の未来だ。
(早く……なんとかしないと……ッ)
持久戦は悪戯に消耗していくだけ。既に満身創痍、剣を握るのもやっと。
痛みを伴い続ける負の連鎖だけが脳裏を支配し、オルクスの思考は閉ざされ、限りなく黒く染まり続けた。
「くそッ……早く、莉緒をーーーー」
ズクン……ッ!
「!?」
心臓を直接殴られる様な衝撃が駆け巡り、まるでこれまで抑え込んでいた『ナニか』が自らを解放しようとオルクスを揺さぶる。
(何だ……この、感覚は)
「うあああああッ!」
「!? ……莉緒ッ!」
苦痛を覆い被せる様に響く莉緒の声。
オルクスに異変が起こるのと同時に、幽閉された莉緒もまた悲鳴を上げていた。
「キハ! 一体何のショーが始まるんだい?」
二人の様子を目の当たりにしてイースは僅かに怪訝な表情を浮かべるが、すぐに「やっぱりもう飽きた」と吐き捨てる。
莉緒を模倣した義体に全ての力を込めると、魔王の能力の全てを解放した。
「これはスゴイね……キミを喰らえば僕もこの高みへ行けるのかな?」
背中より突起した外殻は連なり、太く長く、天に伸びていく。やがてその先端がビビ割れたかと思うと、巨大な口となって禍々しい牙を鈍く光らせた。
「あれは……まさか」
「キハ! 魔王のとっておき、見せてアゲルよ」
オオオォオオオオオオ!!
耳を劈く咆哮が放たれ、巨大な口は限界まで大きく開かれる。既に上空の全てを覆い尽くす勢いで拡大した口は、文字通り下界の全てを飲み込む程であった。
「魔王の出来損ないごと喰らってやるよ! 喰いつくせーーーー【魔王の晩餐】!!」
それはまさに空が落ちるを体現した攻撃。
逃げ場すら与えられない広範囲に及ぶ、絶対的な強者のみに許された一方的な捕食行為だった。
「あはははははは! スゴイ、スゴイよこの力!!」
「くそ……このままではッ」
「うぐうぅうう!」
「莉緒! ちッ、俺はーーーーまた失うのか」
そう溢し、オルクスはハッとする。
(……また? 何に対して……それにこの感じは一体)
止まらない攻撃。数秒後に迫る約束された死を前にして、オルクスは何故か、冷静になっていた。
さっきまでは焦りと怒りで血液が沸騰しそうだったが、ここにきて頭に残るのは囚われた莉緒の姿だった。
その異変は明らか。イースに能力を酷使された影響か、莉緒自身も魔王化が始まっており、角と外殻、翼が現れだしている。
白き肌には血が滲み、苦痛に足掻く姿だけがオルクスの瞳に焼き付いていた。
「莉緒……ぐ、頭……が」
静と動を繰り返す感情の波がオルクスを襲い、その意識を必要以上に掻き乱していく。
イースの攻撃が迫る直前、視界にノイズが走ると、プツリと何かが途切れオルクスの思考の全てを塗り替えた。
「死ね、魔王様の出来損ない!!」
「ーーーー俺が」
「!?」
「今度こそ▪️▪️▪️▪️はーーーー俺が守る」
斬ッッッッッッ!
鉄を切り裂いた様な鈍い音が響き、空を覆っていた口が跡形もなく消え去った。
「な、何が……?」
背中から伸びた口が消滅し、イースは困惑しながら地上に視線を結んだ。するとそこには、気を失った莉緒を抱いて立ち尽くす、黒い炎を帯びた剣を持つ一人の男の姿が確認できた。
「お前は……誰だ?」
漆黒の双角、背中には巨大な翼、腰から下を覆う黒い外殻と、容姿は魔王化した莉緒に酷似している。
群青の長い髪を揺らしながら、静かながらも殺気を帯びた視線をイースに向けていた。
「お前は誰だと聞いている!!」
「……俺が、守る」
「さっきからブツブツとーーーーもう一度だ!」
再び背中から巨大な口を顕現させるイース。
しかし、その口が完全になるのを待たずして、刹那の間にイースの首は斬り落とされた。
「な……カかッ!」
イースへの攻撃は莉緒に還元される筈だが、結果として攻撃によるダメージは莉緒に影響を与えていない。男の腕の中で安堵に包まれる莉緒。その姿を最後に見たイースは、苦痛の中で何かを確信した。
「この、魔王……共ーーーー」
言葉が途切れる前に、再び振るわれた剣によってイースは完全に消滅した。
断末魔さえ許されないイースの最期。それを見届けていると、辺りを覆っていた空間に亀裂が生まれ、元の『黒土の園』が姿を露わにした。
「ぐッ…………」
禍々しき風貌の男は片膝をつき、激しい痛みに表情を歪める。
そして痛みに呼応する様に外殻や角が霧散していきーーーーオルクスは意識を失った。




