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第7話 決意

 アデルがグドレアン港に着いたのは、大陸行の最終便が出航してから随分時間が経ってからだった。

 アーシャが洞窟の外に出てからおよそ一時間程経過してからアデルも外に出て、その足でグドレアン港に向かった。だが、最終便は当の前に出航済みで、彼にはもはや打つ手がなかったのである。

 誰もいない港で大陸の方を眺めて、大きく息を吐く。


(さすがにもう船はないか……この時間帯から泊めてもらえるところはあるのだろうか)


 アデルは懐に入れてあった、小さな金貨袋を取り出す。

 手持ちの金貨袋の半分は鞄に入れていた為、オルテガに盗られてしまった。しかし、こうして鞄を失くしたり取り戻せなくなってしまった時の為に、金銭は分けて持つようにしていたのが功を奏した。オルテガ達も鞄の中に金貨袋が入っていたので、アデルが別に金を持っていたとは考えなかったのだろう。

 もしもの時の事を考えている普段の癖によって救われた形だ。尤も、仲間に裏切られる可能性については考慮していなかったので、肝心な時の対策はできていなかった。

 アデルはこの小さな金貨袋にさえも皮肉られている様に感じるのだった。


(それにしても、どうする、か……どうすれば良いんだろうか)


 海を眺めてから、アーシャ王女に貰った指輪を見つめる。彼女にこの先どうするのかと訊かれてから自らの生末について考えているのだが、その答えが一向に出なかった。

 奇跡的に、アーシャ王女の御蔭で生き延びる事はできた。しかし、オルテガに復讐すべきなのかどうかについての思考がまとまらない。

 冒険者や傭兵稼業を続けるのであれば、落とし前はしっかりとつけた方が良いだろう。だが、アデルは心の何処かでもうそれすらも面倒だと考えるように至っていた。

 全ては、〝ヴェイユの聖女〟と呼ばれるあの眩し過ぎる少女と出会ってしまった事が切っ掛けだった。

 アーシャ王女の様に、世界にはあれだけ眩しくて優しい人間がいる──それがアデルにとっては衝撃的だったのだ。この先どれだけ冒険者や傭兵を続けていても、あれほどの人物と出会える機会はそうはないだろう。

 なればこそ、彼女に救われたこの命を、彼女の為に使うべきではないだろうか? アデルは自分の中に、その様な気持ちが芽生え始めている事に気付いた。


(いや……待て待て。俺にはフィーナがいる。それに、あの時間が特別だっただけで、俺がアーシャ王女にとって特別だったわけじゃない)


 アーシャの指輪を握り締め、自分の芽生えかけた心を現実色に塗り潰す。

 彼女は王族で、アデル達冒険者とは住む世界が違う。これまで人を何人も殺めて、時には非道な事も依頼ではやった。殺めた者の数も数えきれるものでもない。そんな自分が、彼女に近づいて良いわけがないのだ。


(とりあえず……まずは、フィーナのところに行くのが先決だ)


 オルテガとてさすがに自分のパーティーメンバーに乱暴はしないと信じたいが、そのオルテガに殺されかけたのがアデルだ。あのような危険な人間の近くに、自分の恋人を一秒たりとも置いておきたくなかった。

 フィーナならば、事情を話せば理解してくれるはずだ。自分は死んだ事にしたまま彼女を連れ出して、どこかランカールから遠く離れた場所で、細々と冒険者・傭兵稼業を営んで二人で生きていこう。

 アデルの両親もそうした生活をしていた。自分の両親がした様な生き方を自分もすれば良いのだ。Sランクパーティーで上を目指すなどといった野望は捨てて、毎日の小さな幸せを追うようにすれば良いのではないか。

 オルテガに復讐をしても構わないが、彼は腐っても〝紅蓮の斧使い〟だ。一緒にパーティーを組んでいたからこそ彼の強さはよくわかっているし、正面からぶつか合えば、アデルとて無事では済まないだろう。オルテガが今回闇討ちをしてきたのも、そういった理由からであるのは察していた。

 おそらく、アデルとオルテガの実力はほぼ互角。しかも、オルテガと構えるという事は、同時に盗賊のギュントと魔導師のイジウドも相手にする事になる。仮に勝てたとしても、こちらも五体満足というわけにはいかないだろう。

 それならば、こうして生き永らえた命を自分とフィーナの為に使った方が良いのではないか──アデルはその様に考えていた。


(ごめんな、アーシャ王女。せっかく指輪くれたのに……いつか、落ち着いたら返しに来るよ。必ず)


 アデルはそう決心し、海を背にして町へと戻った。

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