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第20話 山賊討伐②

「腐れ山賊……お前は、殺すぞ」


 アデルがそう呟いたと同時に、彼の姿は消えていた。


(あれ? アデルは何処に?)


 猟師上がりの王宮兵団兵士・ルーカスは疑問に思うが、それも一瞬の事だった。

 即座に「ぎゃぁぁぁぁあ!」という悲鳴が正面から聞こえてきたのだ。

 一瞬で橋を渡り切って、山賊の頭目・ギムの体を大剣が貫いていたのだ。


(なッ⁉ 早すぎでしょう!)


 アデルとそのギムは、距離にして十メルト程離れていた。

 それを一瞬で詰めたのだ。


「速ッ……一瞬のうちにあんな遠くまで?」


 カロンも同じく口をぽかんと開けて言った。唖然として固まっている。

 それはルーカスも同じだった。アデルの速さは同じ人間だとは思えなかった。彼であれば、弓など使わずに野生動物を仕留められるのではないか。そう思わされた。

 おそらく、短距離で言えば馬と同等か、それ以上だ。


「ルーカス! 危ない!」


 カロンの声で我に返ると、前には斧を振りかざした大男がいた。


「おのれぇ! こうなったらてめぇらだけでも殺してやる!」


 血迷った山賊だ。

 彼は対岸にアデルが行っている事を良い事に、カロンとルーカスに襲い掛かってきたのだ。


「うわっ!」


 ルーカスは間一髪のところで斧を避けた。

 そこでようやく緊張から解き放たれて、体が勝手に動き出す。それからはいつも通りだった。距離を取りながら背の筒から矢を取り出し、弦にあてがい、狩猟の時と同じ様に矢を放つ──慣れた動作だ。


「あがっ!」


 ルーカスの放った矢は山賊の脳天を貫いていた。

 そのままずるりと山賊は崩れ落ちて、絶命する。


「あ……殺し、ちゃった……」


 ルーカスに殺す気はなかった。どこか動けなくして、捕えようと考えていた。

 しかしその目論見は外れ、今彼は人生で初めて人を殺してしまったのである。

 一瞬にして、人を殺した罪悪感と恐怖感が身体を支配して、一気に固まってしまった。

 王宮兵団として戦う以上、人を殺める覚悟は持っていたつもりだった。だが、動物や魔物を殺すのと、人を殺すのでは重みが異なる。この殺した人物にも親がいたかと思うと、急にとんでもなく恐ろしい事をしてしまったと思えてならなかったのだ。


「ルーカス、なにほうけてやがる! カロンを援護しろ!」


 対岸からアデルから言葉を投げかけられて、はっとする。近くのカロンを見ると、彼も無我夢中で槍を振るって二人の山賊を相手にしていた。

 カロンもルーカス同様、実践は初めてだ。おそらく自分と同じくわけがわからない状態だろう。

 くらくらする頭を振りながら、ルーカスはカロンの背を狙う山賊に向けて、矢を放った。

 そこから、カロンとルーカスの戦場はそのまま乱戦へとなっていた。しかし、二人共本来は優秀な戦士である。落ち着きを取り戻し始めてから、山賊程度には遅れを取らなくなってきた。

 無我夢中で戦っているうちに、人を傷つける事への躊躇はなくなっていた。そうしなければ殺されるのは自分だからだ。詰まるところ、それは狩猟とほぼ同じだった。違いは、相手が人間か、動物かであるだけである。

 それに、正面からの戦いはそれほど長くは続かなかった。

 アデルが頭目のギムを一瞬で屠った時点で戦いは終わった。そこからは散り散りになって逃げようとする山賊達を追討し、捕えるだけだった。

 アデルが殺したのは、最初の一人と頭目のギムだけだった。それ以外の山賊は剣の平や拳で殴りつけて気絶させていた。山賊を追う彼はあまりに速く、同じ人間であるとは到底思えなかった。


(……これが、銀等級の冒険者か)


 ルーカスは思わず嘆息した。

 彼はちょっとした下心があって王宮兵団に入団したのだが、その下心は敢え無く夢となった気がしたのだ。


(腕には自信があったんだけど……同期にあんな奴がいたんじゃ、目立てっこないよな)


 ルーカスは大きな溜め息を吐いて、カロンが縛り上げた山賊達を馬車へと移していく。

 彼の野望は、王宮兵団となって目立ち、アーシャ王女にその存在を認知される事だった。

 ルーカスは町の演説で一度アーシャ王女を見て以降、彼女に首ったけなのだ。無論、貴族でも何でもない村の出の彼は、アーシャとどうこうなれるなどとは思っていない。だが、せめて存在だけでも認知されたいというのが彼の小さな野望だった。

 だが、この同期で銀等級の冒険者は、そのアーシャ王女の友人で、更には王女の推薦があったという。それだけでなく、実際に腕前も自分達とは次元が違う。同じ人間だと思えなかった。

 彼らの王宮兵団としての初めての仕事は無事終わったが、ルーカスは途方もない敗北感を抱く事となったのだった。

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