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第17話 入団式

 アーシャ王女と面会した翌日──アデルは謁見の間で片膝を突いていた。横にはアデルと同じく王宮兵団に入団する新人の二人が同じ様に片膝を突いて顔を伏せている。

 目の前の中央玉座にはヴェイユ王国国王のロレンス=ヴェイユの姿があった。右手の玉座に王妃リーン=ヴェイユ、そして左手側の玉座に二人の一人娘にして〝ヴェイユの聖女〟ことアーシャ=ヴェイユの姿もある。

 謁見の間で、アデル達の王宮兵団の入団式が行われているのだ。入団式といっても、王の話を聞いて自己紹介をする程度で、大それたものではない。

 ここヴェイユ王国では、王宮兵団が国の治安を大きく担っている事もあって、国王が直々にこうして入団式を開いてくれるのだと言う。今はロレンス王の長い話が繰り広げられているところだった。

 話の内容はヴェイユ王国の治安とそこでの王宮兵団の立ち位置が語られている。だが、それらは昨日既に文官から嫌という程聞かされた話とほぼ同じ内容だ。

 アデルは頭を下げて恭しく話を聞いているふりをしながら、絨毯の皺の数を数えて時間を潰していた。


「おい、聞いているのか。君からだぞ」


 そうしていると、同じく王宮兵団に入隊する隣の弓戦士が、小声でアデルにそう話し掛けた。


「え、何が?」

「自己紹介だよ。国王陛下の御話を聞いてなかったのか?」

「え⁉」


 慌てて顔を上げると、絨毯の皺の数を数えている間に陛下の話は終わっており、それぞれ簡易的な自己紹介をする時間を設けられていたようだった。

 ちらりとアーシャ王女の方を見ると、彼女は口元を隠してくすくす笑っていた。どうやら、ぼんやりしていたところを見られていたらしい。

 アデルは気にした様子を見せず、こほんと咳払いをしてから、簡単な自己紹介をした。


「……ライトリー王国ランカールから来ました、アデル=クラインと申します。大陸ではSランクパーティーに所属し、銀等級の冒険者としてそれなりに経験を重ねて参りました。その力と経験をヴェイユの治安維持の為に使えたらと思っております」


 そう言うと、居合わせた貴族や騎士達から「冒険者とな!」と驚きの声を上げ、一気にざわつく。

 話声に耳を傾けている限り、アデルの評価は実益派と保守派で分かれている様だった。銀等級の冒険者であるならばすぐに国の役に立ってくれるであろうという実益派と、「冒険者などと柄の悪い」というよくわからない批判を向けてくる保守派だ。保守派は冒険者などという外国の無法者を入れては軍規が乱れると思っているらしい。


(確かに、そういう奴は冒険者には多そうだよな)


 そうした小声に耳を傾けつつ、アデルは彼らに同意する。彼らの意見に反対する気は微塵もなかった。

 というのも、ロレンス王が実益派であるのは明らかだからだ。だからこそ、アーシャの推薦ありきとは言え、こうして採用されているのである。


「アデル=クラインよ。確かお前は〝漆黒の魔剣士〟と呼ばれる名の通った冒険者だそうだな。たまたま王宮に居合わせた大陸の商人がその名を知っていたぞ。確か、剣術の腕前では〝シノンの死神〟にも匹敵するという」


 アデルの自己紹介を聞くと、国王が口角を上げて言った。

 それはまるで、実力を推し量ろうとする戦士の目でもあった。


(なるほど、な)


 ロレンス王のその言葉に、アデルは心の中で苦い笑みを漏らした。

 しっかりと調査したうえで採用しているぞ、という牽制であったのだ。そして、何よりも特徴的だったのは、王の挑戦的な瞳だった。

 ロレンス王は国王というには些か若い。まだ初老の年齢で、長い金髪を背中で束ねていて見掛けも若々しい。また、その碧眼の眼光は王族のものというより戦士そのもので、まるで「お前の実力は本物か」と訊かれている気分だった。

 ヴェイユ王国三代目国王・ロレンス=ヴェイユは、アンゼルム大陸六英雄の一人に数えられている猛者である。更にいうと、右手の玉座にいるリーン王妃もロレンスと同じくアンゼルム大陸六英雄の一人だ。彼らは約二十年前に大陸で起きた邪教戦争で出会い、恋に落ちたのだと言う。

 リーン王妃はアーシャと髪色は異なる紫色だが、その瞳の色は彼女と同じ浅葱色をしていた。今ではお淑やかに座しているが、昔は敵が武器を捨てて逃げ出すほどの恐ろしい武人で、〝戦乙女(ヴァルキリー)〟という異名を持っていたのだそうだ。

 そして、アーシャはそんな大陸六英雄二人の血を引いている事になる。血統としては凄まじい。彼女が〝ヴェイユの聖女〟として崇め立て祀られるのもわからないでもなかった。


「それに、この王都に来る際も商人を護衛してくれたそうだな。その通り名に恥じぬ戦いぶりであった旨も報告を受けている。行商人は民の生活を良くする為に必要不可欠な存在だ。その者を守ってくれて、心から礼を言う」


 ロレンスは瞑目し、頭を下げた。

 国王陛下がこうして礼を言い、頭を下げる──大陸では有り得ない事だ。だが、こうした行動からもこの国王の人柄は推し量れた。彼は、本当に優れた為政者なのである。


「通り名は詩人達が勝手に言っているだけの事。剣には自信がありますが、〝シノンの死神〟には及ばないでしょう。行商人の護衛に関しては、ただ請け負った仕事を遂行したまででございます」


 アデルは恭しく頭を下げて、そう答えた。

 今挙げられた〝シノンの死神〟とは、大陸で有名な剣士だ。傭兵稼業を生業としており、ふらっとどこかに現れては小さな紛争に参加し、屍を積み重ねて金だけ取るとふらりと消えてしまうのだと言う。もはや伝説の剣士として、冒険者の中でも語り草になる者だ。

 アデルも剣士としてそれなりに名を知られていたので、よく〝シノンの死神〟と比べられる事があった。無論、会った事も見た事もない者と比べられて、優劣がつけられるはずがない。


「ですがこの剣はもはやヴェイユのもの。我が大剣でヴェイユに住まう悪漢共を──」

「お待ちください、陛下!」


 駆逐しましょう、と言おうとしたが、そこでアデルの言葉は遮られた。

 昨晩から考えていた言葉を中途半端に遮られてしまい、アデルは少し苛立ちを覚えた。


「本当に冒険者等を王宮兵団に加えるおつもりですか?」


 彼の言葉を遮って国王に異議を唱えたのは、グスタフ宰相だ。脂肪分に包まれた、如何にも私服を肥やした貴族、というのが伝わってくる容姿である。大陸でもよく見掛ける、貴族らしい貴族だった。


「グスタフよ。王宮兵団の人数が足りなくなってきているところに、銀等級の冒険者が加わるのだ。島に渡ってくる者は少しずつ増えてきている反面、治安の維持がもはや我が国の兵士だけでは回らぬ。これからは彼の様な人材も必要になってくるとあれほど言ったであろう?」

「むぅ……」


 ロレンス王の言葉に、グスタフが黙り込んでアデルを睨みつける。

 グスタフという人物は、どうやらアデルが気に入らないようだ。強者が自国に来るというのに、何か不都合があるのかもしれない。

 ただ、アデルは一介の兵士だ。宰相に良く思われようが、なかろうが、彼と関わる事などない様に思えた。


「〝漆黒の魔剣士〟アデル=クラインよ。ここを第二の祖国と思ってくれて構わない。王宮兵団の仕事は大変だろうが、お前ならばすぐに慣れるだろうと思っている。どうか、その力を存分に使って欲しい」

「はっ!」


 アデルはロレンス王の言葉に、敬礼を以て答える。

 アーシャによる推薦についてちくちくと訊かれるかと思ったが、特に音沙汰はなかった。彼女が裏で説明をしているのか、或いはそれすらどうでも良いと思えるほどロレンス王が実益主義なのか、そこまでは彼にもわからなかった。ただ、彼の様子をにこにこした様子で眺めている彼女が印象的だった。

 アデルに続いて、横の弓戦士と見習い騎士も自己紹介をした。

 弓戦士はもともと猟師をやっていた人物だと言い、名はルーカスという。もう一方のカルンは地方の貴族の末っ子だそうで、少しでも国に貢献する為にわざわざ身分の下がる王宮兵団に自ら入団するという変わり者だった。二人共身のこなしから()()()()戦える事は明らかだ。

 自己紹介が終わった段階で、入団式は終わった。しかし、入団式の終わりに、早速アデル達三人にのみ国王から直々任務が与えられた。

 ルグミアンの大橋に、山賊が現れたのだと言う。その山賊の討伐を早速アデル達三人で行って欲しいのだそうだ。


(なる、ほど……)


 アデルは心の中で溜め息を吐いた。

 要するに、これが実質的な入団試験だ。山賊程度三人で仕留めてもらわねば、王宮兵団の仕事は務まらないという事だろう。

 アデルに関しては既に山賊を討伐したという実績があるので、実質的にはこの新人二人のおもりを任されているのである。人付き合いの下手な彼からすれば、苦手な事だった。


(やれやれ……組織に入るってのは、面倒な事だな)


 アデルは早速、王宮兵団に入団した事を後悔するのだった。

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