馬車乗り合うも多生の縁
夜を思わせる黒い髪と黒い瞳、それと同じように黒い三角帽子と黒いマントを羽織ったその女は、まっすぐに私の瞳を見つめている。
よっぽど幽霊屋敷の話に興味をひかれたようで、食い入るように私の話を聞いていた。
「へぇ、一晩で消えちゃう巨大な屋敷かぁ」
「目を輝かせてるところ悪いが、あくまで商人から聞いた噂話じゃぞ」
あまりの食いつきようにちょっと引きつつ、所詮は伝え聞いた話だと念を推す。
女はそれを聞いてわかってるってと笑った。
「面白い話を聞かせてくれてありがとう。あ、自己紹介が遅れたけど私はウェルっていうの。馬車に乗ってる間仲良くしてね」
「エリーゼじゃ。短い間じゃろうがよろしく頼む。後ろにいるのはおぬしの連れか?」
私の視線の先には、さっきからずっとウェルの方を見ている男の姿があった。
私とイルシアが馬車に乗った時にはすでに二人並んで座っていたので知り合いかと思っていたのだけど、ウェルは少し微妙な表情を浮かべる。
「あー……。うん、知り合いなのは間違い無いんだけど、連れってわけではない、かな……」
歯切れの悪いウェルがためらいを見せながら男の方に視線を向けると、男は唇の端をあげてふっと微笑んだ。
「つれないなウェル。将来を誓い合う予定の仲じゃないか」
「いやそんな予定はこれっぽっちもないんだけど……」
困ったように頬をかくウェルの姿を見て、なんとなく事情を察する。
「エリーゼさんだったな。俺の名前はカルツ、将来英雄となる男であり、そこにいるウェルを嫁にもらう男だ」
「ごめんねエリーゼさん、彼ちょっと残念な人なんだ」
自分への愛を叫ぶ男を真顔で残念な人と切り捨てるウェルと、それを聞いても全く動じないカルツ。
ずいぶん濃い二人と同席になってしまったなぁと考えてちらりと横を見ると、イルシアもどうやら同じ感想を持っているようでどこか遠い目で二人を眺めていた。
「お二人は仲が良いんですね」
「そんなことないよ!? レイバールであったばっかりだし、私つきまとわれてるだけだから!」
「つきまとわれてると言い切りおったな」
イルシアの言葉に心の底から心外だという顔をして、ウェルは抗議の声をあげる。
付き纏いとまで言われたカルツだったが、全く気にしないそぶりでウェルは素直じゃないなどとほざいていた。
「そんな迷惑な輩、衛兵にでも突き出せばよかろうに。なんで同じ馬車になんか乗っとるんじゃ」
「え!? いや、まぁ悪い人ではないみたいだし、あんまり邪険に扱うのもかわいそうかなぁ何て思ってたらずるずると……」
「ダメ男にひっかかる奴ですねそれは」
対応の甘いウェルにイルシアが冷たい言葉を放つが、残念ながら私も同意見なので何も言えない。
「カルツといったな。意中の女にあまり迷惑はかけるものではないぞ?」
「もちろん超えてはいけない一線は守ってる。けど俺はウェルを一目見た時感じてしまったんだ、運命という奴を。だから引くわけにはいかない」
ウェルに何か言ってもダメそうだと思ってカルツに直接忠告してみるが、こちらも全く人の話を聞いていない。
自分の世界に浸っているカルツを呆れた目で眺めた後、そう言われてまんざらでもなさげな顔をしているウェルに視線を移して、大きくため息をつく。
「すまぬ、余計なことを言ったようじゃ。二人でよろしくやっておいてくれ」
「待ってエリーゼさん、どうして私の顔を見てため息をつくの!? 目線をそらしたの!?」
もういっそ受け入れてしまえばいいのではないか?といいたくなる気持ちをこらえつつ、面倒臭いので話題を変える事にした。
「そんなことより、二人はどこへ向かう予定なんじゃ?」
「露骨に話変えてきたね……。ボクはアルガスの先にあるレメラルって所に向かう予定なんだ」
「俺は特に目的もない旅なんで、今はウェルの向かう先についていく予定だ」
あっけからんと言い放つカルツに、やっぱりついてくる気なんだねと肩を落とすウェル。
そんな彼女の姿を無視して、イルシアが話を続ける。
「あ、ウェルさんも同じ目的地なんですね」
「同じってことは、イルシアさん達もレメラルに?」
ウェルの質問にはいとイルシアが頷く。
レメラルは魔族領に最も近い都市で、未だに戦争時代の名残として大きな砦が残されているらしい。
私たちは一度アルガスに向かい、そこでレメラル行きの馬車に乗り換える予定だった。
「そっか、じゃあ結構長い付き合いになりそうだね」
ウェルはそう口にして、改めてよろしくねと頭を下げた。
「休憩時間が待ち遠しいの……」
一通り雑談も終わり、少し喋り疲れた事もあってか、だんだんと馬車の揺れとお尻の痛みが気になってくる。
「ウェルさん達は余裕あるみたいですけど、痛くならないんですか?」
「ん? 私たちは魔法で風のクッションを作ってるからね。揺れはほとんど気にならないよ」
「なんじゃと!?」
あっけからんとそう口にするウェルに、痛みに顔をしかめていた私は身を乗り出して声を上げてしまう。
「そ、そんなに驚かなくても。エリーゼさん達にもかけてあげるよ」
そう言ってウェルは積んである荷物から杖を取り出し、魔法を唱えて軽く振った。
同時にやわらかい風が馬車の中に吹き込み、私たちの体を覆ったかと思うと、ふっと浮き上がるような感覚が身を包む。
「おぉ……!」
風で作られたクッションは、揺れに合わせてその形を自在に変え、衝撃を完全に吸収してくれる。
今までとは比べ物にならない快適さに、思わず口から声が漏れてしまった。
「どう? これ結構自慢の魔法なんだ。馬車乗る時くらいしか使わないけどね」
「素晴らしいなこれは! 私も魔法は得意なほうじゃが、こう言った繊細な制御は苦手じゃからなぁ」
ある程度精密な制御ももちろんできるが、どちらかというと何も考えず魔力をぶっ放すような魔法の方が使いやすい。
そのためこういう、生活する上で便利な魔法というのは、実は一番苦手とする魔法の部類だったりする。
「そんなでっかい剣もってるからエリーゼさんって剣士かと思ってたんだけど、魔法も使うの?」
私の言葉に反応し、ウェルがへぇと目を光らせた。
ウェルも魔法使いのようだし、同業者の話というのは気になるものなのだろう。
「剣も使うが魔法の方が得意じゃな。どうも私には武芸の才というものはあまりないらしい」
正直この時代の人間相手なら近接戦でも負ける気がしないが、魔法の方が得意なのは事実なので嘘は言っていない。
「それなのにどうして剣士を?」
「魔法だけで対処できない事もあるからの。どっちもできるなら、それに越した事はないと思ってな」
今のところ私の魔法で対処できなかった事はないような気もするけれど、そんな事は言えないので黙っておく。
この時代で魔法を使うと強力すぎて非常に目立つので、そういう意味では剣も扱えるというのは役には立っていた。
「珍しいね。魔法使える人ってそんなにいないから、大体の人は適性あるなら魔法使いの道一本を極めると思うんだけど」
「魔法もある程度まで修めると、成長が見えづらくなるからの。それならまだ伸びしろが大きく余っている部分を伸ばすというのも、ありかと思ってな」
「そういうもんか。私も時間ができたら、ちょっとそっちの道も勉強してみようかな」
「私が言うのもあれじゃが、中途半端になる可能性もあるしほどほどにの」
ウェルと私では生まれ持った能力が違う。
適当なことを言って彼女の道を惑わせるのも申し訳ないと、一応そう付け加えておいた。
「剣を使うってんなら、俺がおしえてやるよ」
「え、カルツが……?」
いやそれはちょっとないわーというような顔で、ウェルはカルツを見る。
「なんじゃその反応は……。カルツは剣士なんじゃろう? 旅をしているということはそれなりに剣を扱えるのでは無いのか?」
「もちろん。なんせ俺は将来英雄となる男、剣の腕もそこらの連中より遥かに上だからな」
「で、実際はどうなんじゃウェル」
「うーん、弱くは無いと思うけど、言うほど強くも無いんじゃないかなぁ。多分私の方が強いし」
一応自分を慕ってくれている相手に対して、容赦の無い言葉を浴びせるウェル。
あんな言われようをしていてもまるでめげる様子が見え無いカルツは、実はすごい奴なんじゃないかという気になってきた。
「……確かに、今の俺じゃウェルには勝てない」
「あっさり認めおったな」
しかし性格はともかく、体つきを見る限りではカルツもそこまで弱そうには見え無い。
引き締まった体からは力強さを感じるし、分厚くなった手のひらは普段から剣を振るっている証拠だろう、それなりに鍛錬を積んでいる様子は伺えた。
対してウェルは、荒事慣れしていなさそうな華奢な体をしている。
とてもカルツより強いようには見えなかった。
最も、魔法使いを見た目で判断するなど愚の骨頂ではあるが。
「ウェルさんってそんなに強いんですか?」
イルシアも同じ事を思ったようで、意外だという口ぶりでそうウェルに尋ねる。
尋ねられた彼女は、あんまり強そうに見え無い? と首を傾げて笑った。
「これでもそれなりに修羅場はくぐってきたんだから。魔法使いを見た目で判断しちゃだめだよイルシアさん」
「ウェルは強いぞ。最初に告白した時に、私を倒せたら付き合ってあげてもいいと言うから挑んでみたら、秒で倒されたからな」
「英雄になるのも、ウェルを嫁にもらうのも、なかなか長い道のりになりそうじゃな」
告白しに行って伸されて帰ってきたのでは、まだまだウェルの心を射止めるの難しいだろう。
ましてやただの魔法使いに倒されてしまう程度では、英雄とよばれるまで成長するのも難しそうだ。
「お客さん達、ちょっといいですか!」
突然、少し焦った声色で御者のおじさんが私たちに声をかけてくる。
何事かと思って馬車の前方を見ると、隊列の前の方で砂煙りが上がっているのが見えた。
「どうも魔物の襲撃にあったみたいなんで、少し馬車の中で静かにしててもらえますか。護衛の冒険者達がすぐ対処しますので」
「わかった、静かに待機しておこう」
私がそう答えると、ありがとうございますと御者は返事をし、徐々に馬車のスピードを落としていく。
まだまだ前方の煙は遠いが、もうしばらくすればこの近くにも魔物達がやってくるだろう。
「てっきり戦いに割り込むと思ってたんですけど、おとなしく待つんですね」
「金をもらって仕事をしている連中がついておるのなら、そちらに任せるというだけじゃ。仕事を奪っても悪いしの」
正直、感じる魔力的に私なら瞬殺できそうな魔物しかいなさそうだが、だからといって出しゃばるような真似はしない。
特に、レイバールでの強力な魔術行使によって緊張が高まっているこの時期に、下手なことをして目立つのも避けたいところだった。
「ところでおぬしらはいかんのか?」
「近くまできたら迎撃くらいはするけど、基本は護衛の人たちにお任せだよ」
「同じくだ。冒険者同士、仕事の奪い合いには敏感だからな」
皆の意見が一致したところで、私たちは安全な馬車内で観戦を決め込むことにした。
思えばこの世界で一般的な冒険者との戦いというのをまだ見たことがない。
最初に戦った盗賊達の強さを見る限り、そこまで大した力は持っていないと思うが、百聞は一見にしかずだ。
この時代の標準的な強さというものを見させてもらおう。




