新しい日常
「エリーゼさん! 今日も稽古よろしくお願いします!」
「「お願いします!」」
まだ辺りが薄暗い中、村はずれに位置する荒れ地に活気にあふれた若い声が響く。
もうすっかり聞きなれたその声達に、私も力一杯応えた。
「やる気はばっちりのようじゃな。では今日も特訓を始めるとするかの」
自警団の実力底上げの訓練は、あのお祭り騒ぎの後日すぐに始まった。
最初は基本的な魔法の使い方を教えるだけのつもりだったが、私と猪との戦いを見ていた自警団の何人かに体術も教えて欲しいと請われて結局両方とも教えている。
とはいえ私は体術は得意ではないし、普通に教えてもつまらないので、今は魔力を使った近接戦闘の仕方を実践形式で練習しているところだ。
「まずはヒューイからじゃな。くるがよい」
私の洗濯魔法で再起不能にされたというイメージしかなかった彼だが、これでなかなか筋の良い青年だった。
自警団の中でもおそらく一番魔力の扱いがうまく、すでに木剣の強化と身体強化を同時にこなしている。
ちなみに実践形式の訓練は、魔力による身体強化が成功したものだけに行っていて、今課題をクリアしているのはヒューイ含めて5人だけだ。
「ま、どんなに魔力の扱いがうまくても戦い方がまだまだなんじゃが」
身体能力が底上げされたことで全体的な動きはよくなったものの、その動きはまだ直線的。
知能の低い魔物ならいざ知れず、魔族や人間に通用するかと言われればその域には達していない。
「くっ……! まだまだこれから!」
魔力を込めて打ち出された剣戟を、片手に持った木剣で何度も弾く。
一歩も動かない私になんとか一撃入れようと、ヒューイはあらゆる角度から攻撃を繰り返すが、見え見えの軌道のせいで掠らせることすら叶わない。
「がむしゃらに殴れば良いというものではないぞ。攻撃をするたびに魔力も体力も消費するのじゃから」
徐々に息があがり、最初に比べて攻撃の速度がゆるくなる。
集中が切れてきたのか魔力による木剣の強化が甘くなった。
「終わりじゃな」
弾けるような音を立て、ヒューイの持っていた木剣が砕け散る。
使っている木剣には私も強化を施しているため、強化が甘い状態で攻撃を受ければ武器が壊れてしまうのだ。
「こうさん、です……」
汗だくになり荒い息を吐きながら、ヒューイは崩れ落ちるように地面に足をついた。
身体強化を使って体を動かすと通常よりもかなり疲れるため、相当な疲労感だろう。
「昨日よりも十打ほど長く強化が持ったの。順調に維持できる時間も延びているようだしその調子じゃ」
「はい! ありがとう、ございました!」
息も絶え絶えになりながら、ヒューイは近くで訓練を見守っていた他の自警団の元にゆっくり戻る。
その後も、ヒューイと同様の訓練を残りの四人に施し、全員地面に転がらせたところで訓練を切り上げた。
「すでに身体強化を習得した者は、持続時間を延ばす練習と実戦の模擬演習を。まだ習得できていない者は引き続き身体強化を練習をしていくように。以上で今日の訓練は終わりじゃ!」
「「ありがとうございました!」」
自警団の者たちの声に送られながら、私は村はずれの訓練場を後にして急いで村の中央に向かう。
だいぶ復興が進んだ村の建物を横目に、この村で一番大きい屋敷を目指して走った。
「すまんイルシア、またせたの」
「大丈夫ですよエリーゼ様。それじゃあ今日も始めましょうか」
約束通りイルシアは、この時代の知識に疎い私に色々と必要なことを教えてくれている。
朝は稽古、昼からはイルシアの講義という生活が、ここ最近の日課になっていた。
「ここでの生活は慣れましたか?」
「あぁ、おぬしらのおかげでだいぶな。自警団の連中を鍛えるのもなかなか楽しいし、充実しておるよ」
城に監禁されて書類の山とにらめっこし続けたり、ささいなことで喧嘩して城を破壊する問題児どもをしつけていた時よりよっぽどマシな生活だ。
「それは良かったです。エリーゼ様は村のみんなからも評判がいいですし、このままずっとここに住んでくれるといいんですけどね」
「……そう、じゃな」
少し言い淀んだ私に、気まずそうな顔でイルシアは目をそらす。
というのも、私はある程度自警団の地力がついたら、この村を離れる気でいた。
イルシアとの約束もあるし、村長にもこの村を守るといった以上、何か危険があれば真っ先にかけつけるつもりではあるが、ここに留まっていては気になる大崩壊や崩獣について調べることができない。
元々人間界を観光しようとも思っていたし、そのうち旅にでることはもう心の中で決まっていた。
それはもう村長にもイルシアにもつたえてあるのだが、イルシアはその選択をあまり快くは思っていないようだった。
「変なこと言っちゃいましたね。それじゃあ昨日の続きです」
「あぁ、わかった。よろしく頼む」
微妙な空気を振り払うように、イルシアが一般常識についての講義を始める。
「今日は王国についてですね」
「体制はだいぶ変わったようじゃが、今もまだ大崩壊前の王国が続いてるんじゃったな」
エルネルト王国、かつて勇者に率いられて私と戦っていた彼の国は、未だ健在らしい。
文明レベルが著しく落ちたというのにしぶといものだと心の底から感心する。
「そうですね。ただもう名前が残っているだけで、中身は全くの別物です」
「王族は残っているのではないのか?」
「一応、現国王は王族の血を継いでいるらしいです。ただ、実質なんの権力も持っていないのではと、こんな片田舎まで噂が流れてきてますけどね」
「傀儡の王というわけか。それで実権はどこが握っておるのじゃ?」
私の問いに、イルシアは持ってきていた一枚の紙を差し出しながら答える。
「エルネルト教とよばれる、この国の宗教組織があるのですが、多分そこが一番力を持っていると思います」
だから、エリーゼ様も、ここだけは敵に回さないほうがいいですと付け加えた。
「エルネルト教、か。なるほどな」
イルシアに差し出された紙には、幾何学的な紋章が書かれていた。
彼女によれば、それは教会が象徴として掲げている紋章らしい。
見覚えのあるその模様を、じっくりと確認する。
懐かしさすら覚えるそれは、長年私の体に刻まれていた魔王の証を反転させたものであり、同時に勇者が持つ聖剣にも刻まれていたものだった。




