33 わたしを守って <ギフト:星影さきさんから>
<33話あらすじ>
まるでもののついでかのように打ち明けた祐樹の話は、百瀬の姉・守に関する不穏な状況についてだった。
おそらく本人のものではない、守の顔写真をアイコンにしたXの鍵アカウント「わたしを守って」
祐樹のアカウントからそこに投稿されている写真を見た南朋は、ある違和感を口にする。
母が頂き物らしいフィナンシェと紅茶を部屋に運んできたことで、皆の関心はあっさり食べ物に移った。
「出てくるお菓子がジャンクフードじゃないのが、南朋の家って感じ。いいよね。上品で、落ち着いてて」
祐樹が部屋の真ん中に折りたたみ式テーブルを広げ、茶菓子を並べると、百瀬は早速フィナンシェに手を伸ばした。
「そうか? ほっといてくれたほうが落ち着くけどな」
俺が肩を落とすと、祐樹がしたり顔で解説する。
「牽制してんだよ。うちはちゃんとしてる家だぞ、うちの南朋に変なことすんじゃねーぞってな」
「警戒されてんですか? 俺が南朋に酷いことなんかするわけないのに」
「はは。うちはいつまでも過保護・過干渉だからな。お前んちとは真逆。支配者不在な家で、お前は小学生のガキにまで舐められてるようだが」
祐樹の露骨な言いように百瀬はむっと黙り込んだ。図星だからだ。
悟ちゃんの友達に、百瀬の部屋を勝手に開け、出て行けと言っても面白がって居座る子がいて、マジで困ったとこぼしていたことがある。
ふざけて布団に潜り込んだりまでするらしい。
確かに家に大人がいて、見てるよとサインを送っていれば、そんなことはできないだろう。
百瀬の家は自由で羨ましく思うこともあるけれど、守られてはいない。
「こうして薫と話すのも滅多にない機会だな。せっかくだ。薫に見てもらいたいものがある」
「え、俺に?」
祐樹は飲みかけた紅茶を置いて席を立った。
ベッドの上へ手を伸ばすと、スマホをテーブルの上に置く。
俺も尻を浮かせて画面を覗き込んだ。
「俺がこのアカウントの存在を知ったのは木曜日だ。テストの最終日の朝、同じ学年の美術部員から見せられた」
表示されたXアカウントのアイコンを見て、百瀬がむせる。
「これ、守さんのアカウント?」
俺の問いに祐樹はさあ、と首を傾げた。
アカウント名は@momoirotoiki「わたしを守って」。
プロフィールには「美しく成るはずだったのに わたしはにせもの いらないこ だれのめにもうつらないわたしを だれかみつけて」などと意味深な言葉が添えられている。
「何これ、恥ずっ。ポエムじゃん。守姉、こんな文章書くの?」
百瀬が顔を真っ赤にして叫ぶ。
「祐樹、Xのアカウントなんか持ってたのか。これ、鍵アカウントだろ」
アカウント名の最後に南京錠のマークがついている。
確か、これがついたアカウントの投稿は承認を受けた人にしか見られないはずだ。
「いや。あとで作ってフォロー申請した。承認されて出てきたのがこれだ」
祐樹の指が画面をゆっくりスクロールする。
投稿されているのは、プロフィールと同じく句読点を省いた詩的な文章と、守さんのスナップ写真だ。
どこも見覚えのある場所なのだが、どこだろう。
何か不自然な感じがする。
隠し撮りというわけではないのだろうが、写っている守さんに撮られている意識が感じられないんだ。
誰かが遠くから撮っているような……それに誰も写っていないのに、なぜだろう、周囲にけっこうな人の気配を感じる。
「写真、加工されてないか」
この写真なんて、人に笑いかけているようなのにそばに誰の姿もない。
カメラ目線の写真もほとんどない。
普通家族や知り合いがカメラを向けたら、気になって目を向けてしまうものだろうに。
俺の疑問に百瀬があっけらかんと答える。
「今ってAIで余計なところ消したりできるんでしょ。YouTubeの広告でたまにやってるの見るけど……あ。ここ、俺らも校外学習で行ったよね。小五か小四の時の。えーっと、なんとかダム」
百瀬が指した写真を見て確信する。
「もしかしてこれ、学校行事の写真じゃないか?」
俺の指摘にハッとし、百瀬がどんどんスクロールする。
「そうだよ! ここは林間学校の合宿所だし、こっちは修学旅行先の日光。守姉は化粧しないし、髪型が昔から変わらないから気づかなかったけど、なんか服装も今と違う」
校外学習の場所は毎年変更がない。だから俺たちにも見覚えがあるんだ。
女子は小学生の時に成長のピークの来る子が結構いるけど、守さんもその一人。卒業時など祐樹より背が高かったくらいだ。
写真の中の守さんの表情はそう思ってみると、どこか幼い。
「でも、守姉がXなんて意外だな。ポエムとか、顔写真載せるとか。しかも生成AIで加工してまで。そーゆー危ないこと一番やんなそうなのに」
「……なりすましじゃないの。これ」
こぼした途端、空気が固まった。
「そうか。やっぱ、らしくねーよな。アカウントを見てから三日間、できるだけアイツと行動を共にしてきたんだが、スマホを気にしてる様子も全然なかったし」
「守姉は受験の頃から、スマホ見る時間を決めてるんですよ。ああ見えて超ストイックなんで」
祐樹が全身の力が根こそぎ抜けるような、深いため息をつく。
こんな顔の祐樹を見るのは初めてかもしれない。胸がざわつく。
「祐樹、大丈夫か」
「は? 何が。別に……いや、まぁ正直、結構疲れたな」
あの祐樹が、俺に弱音を吐いている。
相当に参っているんだ。
「今は削除されてるが、最初見せられたのは、上半身裸でカメラ目線のえげつねー写真だった。思えばそれも集合写真から引っ張ってきて加工したのかもしれねえんだよな」
「え。裸って、守姉の? 見たんですか!?」
「しゃーねーだろ。見せられたんだ。相談があるって言われて」
「でもフォロー申請したんですよね。このアカウントを見るために」
百瀬は執拗に非難する。下心があったんだろと言わんばかりだ。
「バカ。見て見ぬ振りできねーだろーが。見せてきたヤツに投稿を消すよう運営に通報させたんだ。対応されたか確認する必要があんだろ。でも、まさか自分が即承認されるとは思わなかったが」
守さんの顔のアイコンを見たら、本人だと思ってフォロー申請する人が出る。
現に同じ学年の美術部員がフォローし、あの写真を祐樹に見せてきた。
そして、それを見た祐樹が当日作ったばかりの適当なアカウントで申請して、承認された。
となれば、たとえ鍵をしてあったとしても申請さえすれば、いつでも誰にだって見られる可能性があるってことだ。
「だいたい相談って言うけど、その人が見せて広めてますよね? 例の美術部員。守姉は知ってるんですか。このアカウントのこと」
実の姉のことだ。百瀬が憤るのも無理はない。
「聞けるわけねーだろ。加工だなんて想像もしなかったんだ。リベンジポルノかなんかかと思うじゃねーか。アイツが人にあんな写真を……」
祐樹は固く目を閉じ、額に手を当て顔を覆った。
ショックだったんだ。
身近でなんでも知っていると思っていた幼馴染が、自分の全く知らない顔を持っているかもしれないと感じて。
目の前のテストの問題なんて頭に入らなくなるくらい。
なんでも論理で割り切ってきた祐樹が、どうしていいかわからなくなるくらい。
「でも、どうするんですか。これまでに拡散された可能性だって」
「んなこたぁ分かり切ってんだよ!」
不安に駆られる百瀬を、祐樹は強い口調で蹴散らした。
「このアカウントはまだできて日が浅い。犯人はトカゲの尻尾のように、アカウントを切り離しては再生するを繰り返してんのかもしんねえ。となると仮に運営がアカウントを凍結したとしてもそれで終いになる保証もねーよな」
ひどく悲観的で現実的な祐樹の推理に、百瀬はぎゅっと口を結ぶ。
「写真を見せてきたヤツには釘を刺したが、人の口に確実な戸は立てられねえ。元を断たねーと」
どうすればいいかわからない。助けを借りたい。
なのに頼れる人間が思い浮かばない。
例えばうちで守さんのケースのようなことが話題に上れば、まず被害者の落ち度が原因とされるだろう。
被害者の服装や態度。いかなる用事であれ遅くに家を出ること。目をつけられるような何かを持っていること。
狙われないための知識を教えてくれるちゃんとした養育環境になかったこと。
それが真実であろうとなかろうと、そういうことにさせられる。
たとえ真実であっても理由になどならないのに。
加害者として疑われた場合も同じだ。たとえ冤罪だとしても、日頃からちゃんとしていれば疑われることもなかったんじゃないのと責められる。
ちゃんとしているうちとは違う。ちゃんとしていれば大丈夫。
自分たちは安全だと思いたいがために、うちの大人たちは、事件に巻き込まれた時点でその人を特別な存在にしてしまうのを知っている。
彼らには頼れない。どう転んでもターゲットになってしまった時点で守さんは助からない。
たとえ同情し手を貸したとしても「あの子の家はちゃんとしてないから」という態度がどこかで漏れ出し傷つけるから。
学校だって、そうだろ?
百瀬がうちに来ることがなければ、祐樹はこの話を口にすることもなく、ずっと一人で抱え込んでいたのかもしれない。
いつもの偉そうな顔を保ったまま。
俺が口にしたのは、ひとつのアイデアだった。
「……犯人を辿る糸口ならあるんじゃないか。もしもこれが学校行事の写真なら、そう簡単に手に入れられるもんじゃない。持ってるのは注文サイトにログインできる時限パスを持ってた同学年の家族に限られるだろ。あと先生とか」
「そうなの?」
「うん。昔、運動会の写真をパソコンを見ながら親と選んだことがあって。印象に残ってるんだ」
写真が学校行事のものかどうかは仮説であって確定じゃない。さらに辿れば当てはまらないものも出てくるかもしれない。
でも検証することは可能だ。百瀬がいれば。
「そっか。祐樹さん。今、Xに載ってる写真を全部ラインで送ってください。俺、家で守姉のアルバムをひっくり返してみますよ。相当昔から粘着していたんじゃない限り、同じ写真持ってるのは普通写ってる人に限られますよね」
俺のひらめきを百瀬はすぐに察してくれた。
写真を注文するのは親だから、自分が写ってもいない写真をいくつも購入するのは難しい。
もしもアルバムに投稿と同じポーズや表情の写真が見つかったら加工されたものという仮説は確定となるし、複数枚見つかれば写っている人も絞られてくるはず。
「なるほどな。アイツのアルバムを見れば同じ写真を持ってるヤツが割り出せるってことか」
祐樹が感心すると、百瀬が机に肘をついて唸った。
「うーん。問題は俺にプライバシーがないってことだよなぁ。祐樹さん。明日、守姉を外に誘い出してくれませんか。いない間にアルバムを部屋に持ち込みたいんで」
「……わかった。どれくらいかかる?」
「アルバムの場所から探さないとなんで、半日くらいは空けて欲しいですけど……終わり次第ラインしますよ。問題は悟だなぁ」
悟ちゃんの友達が来たらってことだろう。
それに関しては良い対応策がある。
「俺も写真探しを手伝うよ。さすがに部屋に客が来てれば侵入してこないだろ。もしもアルバムを見られても友達に見せたいんだと思ってくれるだろうし」
ただし持ち込んだアルバムが守さんのものだとバレなければの話だけど。




