32 二年前の秘密 <ギフト:星影さきさんから>
<32話あらすじ>
さとしの話題に触れるたび過剰な反応を示す百瀬に、いいかげん決着をつけろと迫る祐樹。
話すうちに、六年生の九月、さとしが姿を消す直前、南朋に内緒で、二人は放課後さとしの家に集まっていたとわかる。
ひとり除け者にされていたことにショックを受ける南朋だが……。
「関係ないです。アイツは。なんの関わりもない。バスケにはもう飽きたってだけで」
知ってか知らずか、百瀬は祐樹がバスケ部をやめた時と同じ言い訳を口にした。
百瀬も、祐樹も、飽きるなんて言葉が出てくるのが信じられないほど練習熱心だったように、俺には見えていたけれど。
特に百瀬は、なかなか上達しない中でも腐らず、人一倍努力してきた。
思うように行かなくて、燃え尽きてしまったのだろうか。
祐樹はふっと口の端を歪めた。
「関係ないはずがねーだろ。さとしの話題にいちいち固まってんの、自覚ねーのか。あの家でお前らの間に何があったのか知らねーし、興味もねーが、こっちが気を使うんだよ」
百瀬は唇を噛み、視線を揺らす。
「あの家で……ってなんの話?」
俺の問いに、祐樹はまっすぐ百瀬を見据えたまま答えた。
「ちょうど今のお前の状況と同じ。生まれたばかりのネコを飼ってたんだよ。さとしの家で」
「ネコを?」
「ああ。庭に二匹置き去りだ。親は戻ってこない。困ったさとしに助けを求められたんだろ。死ぬかもしれないから、南朋には黙っててくれって頼まれたんだよな?」
祐樹の問いに、百瀬は口を結んだままだ。
「なんで、俺だけ除け者なんだよ」
「繊細だから、だとよ」
文句をつける俺に、祐樹は自分が聞いたのだろう言葉をそのまま伝える。
二人が俺に隠し事なんて、なんか結構ショックかも。
さとしはともかく、百瀬は絶対顔に出る。
たとえ口止めされていたのだとしても、日々一緒にバスケしてたんだから、放課後二人だけで動いたりしたらわかりそうなものだが。
「それって、いつの話」
「二年前の九月」
さとしがいなくなった六年生の秋か。
そうだ。あの時期は運動会の準備のため、運動場が自由に使えなかった。
体育委員だった俺は放課後も忙しくて、行き場のなくなった百瀬やさとしがどんなふうに過ごしていたのか知らない。
思い返せば、リレー選手だったさとしがパス練習をサボりがちだって愚痴を聞いた覚えがあった。
百瀬がさとしの忘れて帰ったプリントを届けてくるとかなんとか、聞いてもないのにわざわざ報告してきた姿も浮かぶ。
二人でさとしの家にいたのか。
「さとしと喧嘩になったのはネコのせいか? あれからずっとだよな。薫のその態度。そのままさとしがいなくなったから、仲直りのしようもなかったんだろうが。いつまでもウジウジしてねーでどっかで決着つけちまった方がいいぜ」
祐樹は黙りこくったままの百瀬の肩をポンと叩いた。
ギクシャクしてそうなのに理由がわからないのはじれったいが、無理にほじくり返しても上手くいくものでもないだろう。
ここまではっきりしたんだ。打ち明けてくれるのを待つしかない。
気になるのは……。
「ところで、なんでそこに祐樹が絡んでんだよ」
「俺はなんもしてねーよ」
「事情を知ってるってことはその場にいたってことだろ」
当時、祐樹は中学二年生。どうしてこの三人が揃ったのかわからない。連絡を取ろうにも学校にいないのだ。
いや。三人じゃないのか。さとしには成美さんというお姉さんがいる。
絵が上手く表彰されるほどの才能があり、守さんと同じ絵画教室に通っていたという成美さんの部活は美術部だろうか。
祐樹がバスケをやめて美術部に入ったのは確か、二年生の総体後。
つまり夏休みあたり。
祐樹も成美さんからネコをどうしたらいいか相談されたのだとしたら、辻褄は合う。
「たまたま。なりゆき、みたいなもんだ。置き去りなのを知ってて、ほっとけねーだろ」
祐樹は重ねて言い訳する。
「世話してんじゃん」
「してねーっつってんだろが。小学生と違って暇じゃねーんだ」
つまりネコのことを聞いて顔を出してたけど、下校時間が違うので直接手を貸せてはいないといったところだろう。
実質的な肯定。めんどくさいヤツだ。
もう少し突っ込んで聞きたいところだが、すでに短気を起こしている。
上手くタイミングを測らないと怖い。
そもそも仮に成美さんが頼んだのだとして、なんでこの人選なのか。
美術部には守さんもいるんだ。
ネコを飼ってるし、女子同士だし。声をかけるなら普通、祐樹より守さんを選ぶと思うけど。
それに俺にだけ秘密にしてたなんて、内心おもしろくない。繊細って、つまりヘタレだってことだろ?
だんだん憂鬱になってくる。
「それでネコは、さとしが引っ越し先に連れて行ったのか」
俺の頭に「また、ネコの面倒を見よう」とさとしに誘いかけていた深町の顔が浮かんだ。
深町が引っ越し先のさとしの家に出入りして、そこでネコを見ていたのなら、その言葉の意味もピッタリハマる。
「いや、死んだ。一匹はな。もう一匹は行方不明だ」
祐樹の答えはシビアだった。
「行方不明? さとしが連れて行ったんじゃなくて?」
「その可能性はないな。死骸はさとしがいなくなった後に、俺がみつけた。その時までかたわらにもう一匹がいたんだ。逃げられちまったんだがな」
冷たくなる相棒に寄り添う仔ネコの姿を思い浮かべると、胸が傷む。
生き物の死を知るのは初めてじゃない。たとえば昔いた百瀬の家のポメラニアン。
訪ねるたびに吠えられてたけど、庭でボールを追いかける姿は可愛かったし、歩けなくなった時は痛ましくて妙に落ち込んだ。
目を真っ赤にした百瀬が亡くなったことを告げた時は、辛くて泣いてしまった。
亡骸を目にしたわけでもないのに。
俺が泣くことなんて滅多にないから、百瀬はその時のことを強く印象に残していたんだろうか。
それで気を使われて、仔ネコのことを秘密にされてしまったんだろうか。
ずっと黙り込んでいた百瀬が、大きなため息をついた。
「黒とサバトラのきょうだいだったんだ。小さすぎて手に負えないって言ったのに、囲い込んで、病院にも連れて行かなかった。アイツは結局、自分優先。無責任なんですよ」
無責任と断じられると、モヤモヤした。
百瀬は厳しいことを言うけど、子どもが小さな生き物の命に責任を持つのは並大抵のことじゃない。
深町の家はネコアレルギーにもかかわらず親が病院や、保護団体と連絡とってくれてるけど、うちはそうじゃない。
小田や虎之助のところだって同じだ。助けたくても大人は簡単に首を縦には振ってくれない。
台風接近で危ないとわかっていても、親に捨てネコを拾うな、家には入れないと言われたら、置き去りにするしかないんだ。
頼めば知恵や手を貸してくれる人がいる、深町や百瀬は恵まれている。
その場所から、自分の意思でネコを置いて出たわけではないだろうさとしを責めるのは、酷だ。
——僕には飼う資格がない——
そうこぼしたさとしは、百瀬が思うよりきっとずっと強い責任を感じているはずだ。
*
しばしの沈黙を、俺と百瀬のスマホの音が遮った。
顔を見合わせそれぞれのスマホを手に取る。
クラスラインだ。
小田が添付した吉永たちのグループラインに送っていたのと同じネコの動画と写真数枚が表示される。
動画や写真には顔が映らないように絵文字で加工が入れてあるようだ。
——@AII あの日、深町さんが助けたネコは元気になりました。
賢くて可愛いメスの成猫です。飼い主さんが見つかるまでお世話できる人を探しています。
長期飼える人も大歓迎です。
深町さん、大葉くん、私か高橋さんに直接声をかけてください——
直接とわざわざ書いてあるのは、きっとクラスラインに深町が参加していないからだろう。
祐樹が身を乗り出し、百瀬のスマホを覗き込む。
「ちょ。勝手に見ないでくださいよ」
百瀬はさっとスマホを内側に倒して胸に抱えた。
俺は写真を表示し、祐樹にも見えるようにスマホの向きを変えてやる。
「コイツが俺の捻挫のきっかけになったネコだよ。図書館で俺の自転車のサドルを占拠していたヤツに似てない?」
あの時祐樹がしたように、ネコの脇に手を入れ深町に抱き上げられている一枚だ。
「赤い首輪に金の鈴。三日月型の白い毛。特徴は一致すんな」
「よく覚えてますね、そんな細かいこと」
祐樹の記憶力に、百瀬が呆れ半分な顔で感心する。
「だが、ネコの行動範囲はそんなに広くない。飼い猫なら尚更だ。事故に遭ったのは宮下中だろ?」
「そうですね。メスですし、広く見積もっても百メートル程度。普通に考えて、別のネコですよ」
ネコを飼っている百瀬はともかく、祐樹まで生態にやたらと詳しいのはなぜなのか。
「……そんなもんなんだ。そっか。まあ、そうだよな」
二人の会話のレベルについていけない。
飼い主に少しでも近づけたらと願ったのだが、そう上手くはいかないようだ。
コイツの飼い主はどこにいるんだろう。
「俺もネコの件、譲姉に相談してみるよ。譲姉の通ってる動物専門学校には保護猫活動に詳しい人もいると思うし」
百瀬がスマホの猫に目を落としたまま提案する。
「え。譲さんの通ってる専門学校って、動物関係なんだ」
「そう。動物看護師を目指してる。あの人ほぼ動物だから、人間より気が合うんだ」
「またそんな言い方する」
「あ。うちで引き受けるわけじゃないから。一応、話してみるだけ。当てにしないで」
期待されても困ると予防線を張ったんだろうけど、みんなが懸命に動いている中、持ってる資源を出し惜しみされているようでなんだかなあと思ってしまう。
続けて小田は個人ラインでさとしの電話番号を送ってきた。百瀬にも伝えてって書いてあるのでそのまま転送してやる。
仲の良かった祐樹にもついでに送った。
「アイツ。今どき、家電なんだな」
祐樹のため息混じりの呟きは、いつものからかう調子ではなかった。




