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辺境の農村で僕は魔法で遊ぶ【書籍版三巻と漫画版全二巻が只今発売中】  作者: よねちょ
第二部 僕は辺境の学校で魔法で遊ぶ 第二部 第二章 ルカの休日
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第十七話 フォレスト・ホープ・ガイドブック 13

冒険者ギルドから出るとレナエルちゃんは、お腹に手を当てて僕を見る。


「ご飯食べたはずだけど、安心したせいか少しおなかすいちゃった」

「心ここにあらずって感じだったもんね。まあ、それよりもアダン君がほとんど食べちゃったせいなんだけどね」


 そうアダン君は自分の分と僕が分けた分でも足らなかったらしく、食欲の無さそうなレナエルちゃんのまで食べていた。

 

「あいつ~」

「一応確認はしてたけどね。レナエルちゃんも生返事だったけど頷いていたよ」

「そ、そうだったかしら? まあ、今回は許してあげるわ。それよりもご飯食べるところ無いかしら。冒険者ギルドは嫌よ」

「うん、僕も嫌かな」


 冒険者じゃない僕達が食堂を使えるかどうかもわからないし、使えたとしても僕達だけで行くとしたらあの一階だろうし、あんな所で食べる気なんて無いからね。

 こういう時は目に入った通りすがりのお姉さんに聞くにかぎる。


「すみません、お姉さん。ここら辺でちょっと軽食程度を食べるところってありますか?」

「おや、お姉さんだなんて素直な子だね。そうさね、宿場通りに行けばいい店はあるよ」


 買い物袋を持ったお姉さんがそのたくましい指で指す方向はまだ行っていない北西の道だった。

 マインさんに宿場通りの名前だけ聞いていたけど、北西の道だったか。

 

「ありがとうございます。行ってみますね」

「ちょいとお待ち、私も戻るところだったからね案内してあげるよ」

「いいんですか? ありがとうございます」

「……坊や。そんなに素直だと悪い大人に騙されちまうよ」

「大丈夫です。人を見る目はあるつもりなので。ね? レナエルちゃん」

「……ルカがぁ? すぐ騙されそうよ」

「えー」


 とんだ裏切りだ、実際に今まで騙されたこと無いもの。

 人と関わることも殆どなかったけど。

 僕はぶつくさ言いながらお姉さんに案内されるまま付いていった。


 お姉さんは宿場通りに入り、少しだけ歩くと足を止めてこちらを向いた。

 

「ほら、坊や。悪い大人に騙された」

「え? お姉さんまさか」

「そうさ、軽食屋に案内するなんて嘘さ」

「確かにここは……」


 ここはご飯屋さんじゃない。漂ってくる匂いが違う。


「ここは、私の店。甘味処さっ!」

「な、なんだってー」


 僕は衝撃を受けたかのように大げさに驚く。そんな小芝居をする僕達を見てレナエルちゃんは「……何やってるのよ」と少し呆れていた。


「あっはっは! 坊やノリが良いねぇ。ほら、はいんな、飯は食ったんだろ? だったらウチがいいさ」

「じゃあ、おじゃまします」

「はい、いらっしゃい」


 お姉さんが閉店中と書いてある看板が掛かった扉の鍵を開けてくれ店に入りなと案内された。その際に通りすがりの人にもう開けるのか? と聞かれてまだだよ、後少し大人しく待ってなとお姉さんは返していた。

 店に入ると見た目はオシャレで小さな食堂みたいだったけど、漂ってくる匂いが店の前よりもさらに甘い。甘くて香ばしい。

 レナエルちゃんが「ほわぁ」と言って匂いにうっとりしていた。

 

「いい匂いだろ? うちの自慢はパイ生地を使ったお菓子さ。……あんたー! 帰ったわよ。お客様にうちの自慢のやつを出して頂戴!」


 お姉さんがお店の奥に大きな声を掛けると、奥から「わかった」と言うくぐもったような声で返事が返ってきた。


「もうすぐ開ける時間だったからね。直ぐに出来るから大人しく座って待ってるんだよ」

「はーい」


 待ってる間少しだけこの店の話を聞いた。この店は『銀の羽』というお店、お姉さんが入る前に甘味処とは言ったけど実際はスイーツにも力を入れている食堂兼宿屋みたい。この国じゃなくて隣の国からやって来た人達みたいだった。今はこちらにも普通に輸出しているけど、かなり昔は砂糖を独占に近い感じだったらしい。その経緯も有って隣の国ではスイーツが発展しているのだとか。この街宿屋の値段的には真ん中くらいだけど、本通りの宿屋を抜かせばウチが一番いいさ、と自慢げにしていた。


 そんな話を聞いていると奥から「出来たぞ」と言う声が聞こえ、お姉さんが取りに行ってお盆にお皿を二つ乗せてすぐに戻ってきた。

 お皿に載っているのは5cm角の四角いパイ生地だった。


「さあ、お食べ」


 僕達は、一緒に運ばれてきたフォークでサクリとパイ生地を割ると中から湯気とトロッとしたカスタードクリームがこぼれ出てきた。それを口に含むとカスタードのガツンとした甘みと香りに、サクサクとした歯ごたえの香ばしくて甘くないパイ生地のコントラストが、口一杯に広がった。


「うわっ、これすっごく美味しいですよ」

「だろ? なんてったって王家御用達だよ。今だって銀の姫様のために筆頭護衛騎士様が、わざわざウチの店に買いに来るくらいさ」


 あー、セレスさんのことか、何となくだけど甘いの好きそうだもんねと、ほわほわした雰囲気のセレスさんが優雅にスイーツを食べているシーンが頭によぎった。

 そんな事を考えていたら「無くなっちゃった」と向かいに座っているレナエルちゃんから寂しそうな声が聞こえる。

 どうやら一心不乱に食べていたらしく、こぼれていたカスタードクリームまで綺麗に拭って食べて、フォークを咥えながら僕のお皿をじっと見ていた。


「お行儀悪いよ、レナエルちゃん。お姉さんもう一つ頼むことって出来ますか?」

「うーん、ちょっと待っておくれよ」


 少し悩みながらそう言うとお姉さんは宿屋の受付に入って祇を取り出して、紙を見ながらもう一度「うーん」と悩んでいた。


「すまないねぇ、一個くらいなら無いとは言わないけど、店を開けるのはこれからなんだ。ウチも少し余裕を持っておきたいんだよ。次が焼けるときならいいけど、結構掛かるよ」


 すぐには食べられないと知ったレナエルちゃんはしゅーんとしていた。

 そんなレナエルちゃんを見て、僕はお皿をレナエルちゃんの方に動かす。

 

「ほら、僕のも食べていいから」

「いいの!」

「いいよ。ひとくち食べたら満足したよ。今度はゆっくり食べてね」

「うん!」

 

 レナエルちゃんはパッっと明るい表情になった。

 僕はお皿ごとを交換して僕の分を渡すと僕が言ったように今度はゆっくりと味わって食べていた。


「坊や良いのかい?」

「良いんですよ。僕は少食ですし、それにほら人が美味しそうに食べてるのを見るのは幸せじゃないですか」

「その気持ちは、この商売しているから分かるけどさ、坊や、本当にお人好しすぎやしないかい?」

「そうですかね?」


 僕の性格はずっとこんなだった。それでも、前世でも今世でもその性格で別に悪いことは起こったこと無いし──まあ、前世では目を付けれてちょっと死んじゃったけど──でもそんなことより、僕は僕が好きな人が幸せそうにしている、こういう時を何より大切に思う。


「それで、五の鐘が鳴る前くらいで良いんですけど、家族におみやげとして買いたいんですが九個買うって出来ますか?」

「五の鐘で九個か、うーん四個くらいなら何とか用意できるけど、九個は厳しいかもね」


 家族全員分買っていこうと思ったけど、厳しいか。まあ、僕の分は別にいいしおじいちゃんもいつ来るかわからないよね。なら男は我慢してもらうとして、おばあちゃん、母さん、アリーチェ、レナエルちゃん分があれば大丈夫か。


「じゃあ、四個でお願いしてもいいですか?」

「それでいいなら良いさ、作っといてあげるよ。でも大丈夫かい? ウチのは高いよ?」

「高いって二個はもう食べちゃったんですけど、お金持ってなかったらどうするつもりだったんですか?」

「だから言っただろ、悪い大人に騙されるって。騙されてタダで食わされちまったのさ、あんた達は」


 お姉さんは、にっと人好きのする笑顔で僕達に笑った、ほらやっぱり良い人だった。まあ、レナエルちゃんはスイーツに夢中すぎて全く話を聞いていなかったけど、それを見た僕達は今度は声に出して笑った。流石にレナエルちゃんも笑い声には気付いて顔を上げたけど、なんで笑っているのかはわからずキョトンとしてその姿が笑いに拍車をかけた。

 ちなみに、お菓子は一個銀貨二枚だった。本当に高かった。


「あの、お茶ってありますか?」


 口の中の甘い感じを流したかったからお茶があるか聞いてみた。

 

「あるよ。旦那はお茶が好きでねぇ、まあこれがこだわってるんだよ。それで高いのも安いのもあるけど、どっちが良いかい?」

「あ、失礼かもしれませんが、お茶好きと言うならこれ試してみませんか? ここにもあるかも知れませんが」


 僕は肩掛け鞄から、本屋さんでヘアルトワルさんから貰ったお茶の入った木の筒を出した。

 紅茶好きで貰った茶葉が貴重なら、少しは代金の代わりになるならとも思ったからだ。

 

「貰い物なんですけど、何でも貴重なお茶らしくて、入れてもらった代金は払いますので」

「そんな細かいこと気にしないでもいいさ入れてあげるよ。代金もいらないさ、その代わりに、その貴重なお茶を旦那に飲ませてくれるんだろ?」

「はい、旦那さんだけじゃなく、二人共飲んでください」

「ありがとね。じゃあ、旦那に確認してもらうかね。あの人匂いでだいたい分かるっていうんだよ」


 「私にはさっぱりだけどね」と言いながら、僕の手の中の筒をヒョイッと持って奥に引っ込んだ。

 レナエルちゃんも食べ終わったみたいで、満足気にため息を付いていた。

 

「美味しかったぁ」

「良かったねレナエルちゃん、いま本屋さんで貰ったお茶入れてもらえるか──」


 頼んでるところと言おうとしたら奥から「ちょ、ちょっとあんた⁉」と言う声が聞こえて、エプロンを付けたスリムで背の高い、物凄いダンディな英国紳士風の男性が出てきた。お姉さんもその後に続いて出てきた。

 旦那さんは大人の色気に満ち溢れている人だった。その人が大事そうにお茶の筒を抱えて僕の前に立った。


「失礼する。私がこの店の店主なんだが、このお茶は君が?」

「は、はい。貰い物ですが」


 すごい、声もバリトンボイスで渋いぞ。こんな人女性にとっては毒なんじゃない? そう思ってレナエルちゃんをちらりと見たけど、僕を見ながらニコニコしているだけだった。これまだスイーツの余韻に浸ってるな。


「本当に私も飲んで良いのかね?」

「え、ええ。お店のお茶を頼まなくて悪いんですけど」

「そんな事を気にする必要はない。そうか飲めるのか……」


 そう言うと上を見上げたと思うと、片手で両目を抑え、その隙間から滂沱の涙を流しながら語り始めた。

 

「私は十数年前、一度だけこの香気を嗅いだことがある。口にすることは出来なかったがその時の記憶が焼き付いたままだ。今までどんな茶葉を追い求めようともその時の記憶に刻まれた香りに勝てるものなどいなかった。だが、今この瞬間私の記憶は塗り替えられた。そうだ、あの時の匂いより鮮烈なものを感じたのだ。これもあの時と同じエルフの森でエルフの手によって大切に育てられた茶葉だろう。しかし、茶葉こそ同じだとは思う、だがあの時の上を行く、なぜだ……いや思い出せ、あの時国王様はなんと言った? これより貴重なものがあると、それは初めて取れるもの……そうか‼ 分かったぞ、これはファーストフラッシュだな! 新芽だけを集めたというそれだ。そうだな! 少年‼」

「いや、知らないですけど」

「何故だ‼」


 ガバッと僕の肩を掴んでぐわんぐわんと揺さぶりまくってきた。

 揺さぶられながら思う、ダンディな人かと思ったら変な人だった、と。


「ちょっと、ルカに何するのよっ」

「あんたいいかげんにしな!」


 僕に掴みかかった店主さんをレナエルちゃんがスネをお姉さんがお盆で頭を同時に叩いていた。

 「ぐぉっ」と言ってうずくまりそうだった店主さんだったけど、片手にお茶の木の筒を持っていたからプルプル震えながらも筒をテーブルの上にそっと丁寧に置いた後、改めてうずくまった。


「すまないね、うちのが」


 お姉さんがバツが悪そうに僕に謝ってくる、店主さんは奥でお茶を入れてきなとお尻を叩かれてさっき追い出された。


「いえ、大丈夫ですよ。それに、あのお茶がそこまでの物とは思いませんでした。──話は変わるんですが物凄くモテそうな旦那さんですね。びっくりしました」

「あー見た目だけはね。普段は無口で無愛想だし、口を開いたと思うとあんなんだからねぇ。でも、ありがとね。あの人ずっとあのお茶を追い求めていたからね」

「いえ僕はたまたま貰っただけなので」


 あの様子だと、本屋さんで貰ったというと押しかけかねないので勝手に教えるのはやめておいた。

 しばらくすると、奥から「入ったぞ」と言う声が聞こえてお姉さんがお茶と筒を持ってきてくれた。

 お茶の筒は返してもらい鞄にしまう、そして、入れてもらったお茶をレナエルちゃんと口にすると……本屋で飲んだときよりも更に味が繊細に香りは濃厚になっている気がする。店主さんの腕がいいおかげかな。


「悪いんだけどさ、終わったら好きな時間に出ておくれ。私も奥で旦那とお茶をいただくからさ、多分あの人さっき以上に話をしたいだろうから、聞いてあげないとね」

「あ、じゃあ。先にお菓子の代金を」

「それなんだけどね、旦那に絶対に貰うなって言われたんだ。お菓子は用意しておくからさ、ちゃんと取りに来ておくれよ」

「え、そんな。悪いですよ」

「旦那にとっては比べ物にならないほどの価値があるってさ。金で払うのも失礼だから全身全霊で作って返すって言ってたよ」


 僕は「でも」と言うけど、お姉さんはこの話はこれでおしまいと立ち上がって奥に引っ込んでしまった。

 お金貰わないなら茶葉を分けてやりたいけど、これは貰ったものだから勝手に人にやるのも失礼だよね。

 しかし、なぜだ、またお金を使うチャンスが無くなった。いや、ここも一応小金貨二枚分ほど使ったことにして別に分けとこう。


 そして、スイーツの美味しさを嬉しそうに話すレナエルちゃんとお茶をゆっくりと堪能した後に、僕達は一応、声を掛けて出ようかと思ったけど、奥から聞こえてくる店主さんの止まらない話し声に邪魔したら悪いかなと思い、ご馳走様でしたと呟いてそのまま店を出た。

 店の前にはぞろぞろと人が集まり始めていて、一番前にいた人が僕達を見た後に扉にかかった閉店中の看板を見て「まだか」とため息を付いていた。僕達のことは宿泊客だとでも思ったのかな?

 

 先に食べさせてもらったことと、店主さんのあの語りようから少し開けるの遅れるんだろうなと申し訳なく思いながら、店の前の人混みを抜けてから一応端っこまで行くと、東側と同じく門があって、この奥はマインさんに聞いた通り冒険者パーティー用の住宅みたいだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] お金使いたいのに物納で何とかなってしまう……! なんなら帰り道にうっかり銀姫様にパイ献上してお金増やすまでありますね
[良い点] どんどんへそくりが増えていく……
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