第十六話 フォレスト・ホープ・ガイドブック 12
「どうひよう、るかひ、とはんあい」
レナエルちゃんはモゴモゴと僕の指を咥えゴクリと僕の血を呑みながら、涙目で僕に謝ってくる。
どうも出すぎている血に動揺しすぎて、回復魔法のことは頭からどっか行っちゃっているみたいだった。
「レナエルちゃん落ち着いて、回復魔法使ってくれるんでしょ?」
「そ、そうだったわ、治ってお願い」
ようやくチュポンという音を立てながら指を口から放してくれた。
レナエルちゃんの口から離れる寸前に、傷から出る血は身体強化で何とか止めれないかなと思ったら何とか止めれたよ不思議! 血が完全に止まったのでよく見るとこの傷、さっきのレナエルちゃんと違って表面だけじゃないし、全然浅くないなこれ。別に大して痛くはないから良いんだけど。
血は何とか止めれたからそれを言うとレナエルちゃんは少しホッとして、回復魔法で治そうとしてくれたけれど魔法は発動しなかった。
「──あ、あれ? 使えない」
回復魔法が発動しなくてレナエルちゃんは焦っているけど、発動しなかったのはレナエルちゃんの傷の時と同じく僕がレナエルちゃんの魔力を見ているだけで制御していないからだと思う。ちょっとどうなるかが見たかったからだ。
「うん、やっぱりそうなのかな?」
「え? どういうこと?」
「レナエルちゃん、自分で魔力を纏ってみて」
「ええ、そうすれば良いの?」
「うん、まだわからないけどね」
「やってみる」とレナエルちゃんは、体の中にある魔力を高め全身に行き渡らせるために集中し始めた。
この魔力を高め全身に行き渡らせるというのは、僕が生まれてから今までずっとやって来たあれだ。本来の名前を知ったせいで、あまり考えにも出さなくなった魔力励起と内外循環のことだ。
なにもしないままの魔力は、体とその周りにあるだけの状態だ。
自分の意志で魔力を活性化させ全身に行き渡せることをいわゆる魔力を纏うと言っている。武器に魔力を纏わせるのも同じことだ。
この状態だけでも疲れにくくなるとか体の強さとかは上がるけど、さらにその魔力を体の魔力構造に制御して行き渡らせて、纏わせるよりも遥かに強くなるのが身体強化だ。
僕は七つのチャクラの場所――魔法が宿る場所を活性化させ魔力を高めているのを魔力励起と言っているけど、この世界で言われている本当の名称は魔力の圧縮という。その本当の名称を知っても、実は今までその言葉が僕の感覚的にピンとこなかった。けど、レナエルちゃんに触れ、魔力を感じているとようやく納得できた。
レナエルちゃんは自らの全身の魔力の密度を高めることで、魔力の活性化をして魔力を纏わせていた。……たしかにこれは圧縮だ。なんてすごいだろう、|僕そのものの魔力は纏わせるほどの魔力量が存在しない《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》というのに。
だから、魔力励起と内外循環でようやく体に魔力を纏うということが出来ていたのに、それって普通は自分の魔力だけで出来るのか。
ま、まあ、ちょっとやり方が違うだけで結果的に同じことが出来る用になったわけだし、結果オーライだよね? うん、そうだそうだ。
今は僕のことなんてどうでもいいから、そういうことにしとこう。
僕がそんな事を考えている間レナエルちゃんは失敗しないように慎重になっているのか魔力の圧縮は非常にゆっくりとやっていた。
しばらくして魔力の圧縮が終わり、もう一度「治ってお願い」と言うと前の二回と同じ量の魔力が消費され回復魔法が発動した。
「あ、レナエルちゃん。成功したよ。レナエルちゃんだけで回復魔法発動できてる」
「え? でも、ルカの傷は全然……」
うん、傷は全然塞がっていない、いないけれど傷の奥がほんの少しだけど確かに治った。それが今のレナエルちゃんの回復魔法の力なんだろう。
村にいた頃の神父様や昨日サクラさんに回復魔法を受けた時に感じたほどの精度が無さそうだ、使う魔力をまだ無駄遣いしている感じだ。
でも、零じゃないならなんとでもなる、一でもきっかけがあったのなら、そこからいくらでも広げることが出来るだろう。後はレナエルちゃんの頑張り次第だ、もちろん僕が出来ることなら手伝うけどね。
この後もレナエルちゃんは使うコツは完全につかんだのか、問題なく何度か回復魔法を使った。ほんの少しずつ治っていったけど、僕の傷が完治することはなかった。回復魔法の使用で疲れたのかレナエルちゃんは肩で息をしていた。
でもこの数回で、一つ気付いたことはある。回復魔法が発動する時は全く同じ魔力量を使っていて、その回復魔法は僕とレナエルちゃんの全身に掛かっちゃってる。
「レナエルちゃん、ちょっと分かったんだけどね。回復魔法が僕とレナエルちゃんの全身に掛かってるみたいだから、試しに今度は僕の指にだけ集中してもう一回使ってみて」
「そうだったのね。でも、もうそんな魔力ないわ」
「あ、ごめんね。先に魔力の回復だね」
「う、うん。少し待ってて頂戴」
僕はレナエルちゃんが外の魔力を使って回復するのを待つ、別に僕がやってあげてもいいけど、今レナエルちゃんは自分の力で回復魔法を使おうとしてるんだから、どうせなら全部自分でやったほうがいいよね。
僕は外の魔力を自分の魔力として利用する事を内外循環と言ってるけど、これも本来の言葉は吸収、混合という。これは魔力の圧縮と違って理解できる、外の魔力を吸収して、自分の魔力をほんの少しだけ混ぜるとそれが核となって、自分の魔力として扱うことができることを指すんだろうからね。さっきも言ったけど、僕は自分の魔力がそんなに無いからこうやって魔力を作り出している。
「──やっぱりあんまり回復できてない。ちょっと、気持ち悪くなってきたし」
「大丈夫? もしかして苦手だった? それか僕の血を飲んじゃったせいじゃないの?」
確か血を飲むと吐き気がするんだよね。どのくらいの量かは調べたことないから分からないけど、とりあえず薄めたほうが良いと思いレナエルちゃんにコップとお水を出して渡した。
「お水ありがとう。ルカの血のせいじゃないと思うわ……むしろ美味し……い、いえ。何でもないわ!」
お水を飲んだレナエルちゃんが何か小声で言って、聞き返す間もなく慌てて大きな声を上げていた。
それから気を取り直してポツリと話す。
「……多分苦手なんでしょうね。回復は出来るけど、吸収と混合をやり過ぎると気持ち悪くなって吐いちゃうのよ」
「そんなことになるの? 僕が魔力足した時は大丈夫だった? 実はその時から気持ち悪くなっていたとか?」
「えっ、ルカそんな事したの? と言うかできたの?」
「うん、一番最初に回復魔法使った時に魔力減ってたからその時なんだけど」
「全然気付かなかったわ、何とも無かったし」
「そっか、良かった。僕がやれば何も無いなら、今回は僕が補充してみようか?」
「うん、お願い」
僕はずっと呼吸のようにやっている内外循環の外の魔力を取り入れる量を少し増やす。
魔力には最小単位の魔素と外の魔力の『色』というべきものとそれ以外の不純物みたいなものが一緒にくっついていて、それらも一緒に吸収されるのでその外の『色』と不純物を分けて廃棄する。廃棄するとそれは外の魔力に溶けていった。
そうやって出来た純粋な魔素で構成された魔力は僕の魔力と一つになって僕の魔力になろうとするので、今度は僕の魔力を操って一つになるのを止める。
前の疑似スタンピードの時に王族で双子のファニオさんとファニアさんの魔力を繋いだみたいに、レナエルちゃんのお臍の下に手を当てたほうがもっとやりやすいけど、僕からレナエルちゃんだけになら手からでも大して変わらないしずっと手を繋いでいたので、そのままレナエルちゃんの手に魔力を流し込んだ。
使った回復魔法は五回かな? さっき足した時は一回分だったから気持ち悪くならなかっただけかもしれないので、今回は様子見ながら魔力補充したほうがいいよね。
そう思って少しずつ補充していると、さっき自分でやった魔力回復でレナエルちゃんの顔色はちょっと悪かったけど、送り込む魔力が増えていくと顔色も良くなっていった。その様子を見て大丈夫そうだったので、そのまま回復魔法を使う前までの魔力量に戻るまで魔力を送った。
レナエルちゃんに魔力がどこまで入るのかが分からないから、前の魔力量まで戻すのが一番安全だろうからね。
「終わったけど、どうかな?」
「すごい、回復してる。それに気持ち悪いのも無くなったわ」
「なら、もう一度試してみようか」
「うん」
今回レナエルちゃんは僕の指を集中するようにじっと見る。するとレナエルちゃんが、真っ赤になってポケットごそごそし始めた。
ポケットからハンカチを取り出して僕の指を拭いてからポケットに戻し、照れ隠しのように「コホン」と咳払いをして改めて僕の指に集中していた。
あ、そういえばレナエルちゃんが咥えたから、唾液と僕の血で濡れちゃっていたね、そのせいか。
もう慣れ始めたのか言葉を発せずとも回復魔法が発動する。
今度の魔法は僕の指だけとは行かずとも腕一本分までは範囲が狭まっていた。
そして、その効果は目に見えて違っていて、僕の傷はスッと消えていた。
「治ったわ!」
「うん、綺麗に治ってるね。すごいよレナエルちゃん」
僕の親指にさっきまであった深めの傷は綺麗サッパリ治っちゃって、傷があったことすら分からなくなっている。
回復魔法は受けたことがあったけど、傷を治してもらったことはなかったから、目の前で見るとなんか感動する。改めて思うけど魔法ってすごいよね。
レナエルちゃんにまだ練習するかと聞くと、後は家で頑張るとのことだった。
……もしかして回復魔法の練習って人体実験しか無いんじゃ? とこの時は不安に思ったけど、後々、回復魔法の練習方法として植物の葉っぱを切ってそれを治す方法が一般的だと聞いて、この不安は解消する。
「悪かったわね、変なこといっぱい言っちゃったし、ひどい怪我までさせちゃって」
「変なことなんて言われてないよ、傷だって治してくれたじゃない。僕はレナエルちゃんのこともっと知れたし、嬉しかったかな」
「もう……ルカはそんなだから私は」
「私は……なに?」
レナエルちゃんは僕をじっと見つめて恥ずかしそうに人差し指を唇に当てて内緒と呟いた。
それから少しの沈黙が訪れた後「よし」と声に出してレナエルちゃんは立ち上がった。
「そろそろデートの続きに行きましょうか?」
「そうだね、レナエルちゃん」
「うん」
レナエルちゃんの名前を読んで僕は手を差し伸べた、レナエルちゃんは僕の綺麗に治った指を見て嬉しそうに笑いながら頷き手を繋ぐ。
静かだった部屋の扉を開けると外のざわめきが戻る。階段を降りる時はジロジロとは見られたけど、そのまま何事もなく冒険者ギルドからも出た。




