第十五話 フォレスト・ホープ・ガイドブック 11
僕達を見て笑っているサクラさんを見ていると思い出したけど、そういえばさっきの騒ぎで二つ名みたいな事を言っていた人がいたな。
確か『完璧な戦士』『疾風怒濤』『四元使い』『微笑む凶龍』だったよね。そしてこの中の一つが気になったんだけど、他の三つは誰のこと言っているのか分かるんだけど最後の一つが目の前の人とどうも合わない。
「あのサクラさん」
「はい、どうかしましたか?」
「あのさっきの騒ぎで二つ名を言っている人がいまして」
「ああ、私達のですね。確かに聞こえました」
「他の人のことはなんとなく分かるんですけど『微笑む凶龍』って」
「……私のことですよ」
「やっぱりそうなんですね。でも回復魔法使いじゃないんですか? あんまり合わないというか」
微笑むは分かるし龍はドラゴニュートから来てると思うけど、凶の一文字がわからない。
微笑む龍で良かったんじゃないかな?
「それは違うぞルカ少年、サクラは回復魔法も使うが、弱体魔法も使える」
「弱体魔法ですか」
「そうだ、つまりサクラは生命魔法使いだな。生命魔法を相手に掛ける時は触れなければならない、そしてサクラはドラゴニュート、その肉体の強さは折り紙付きだ。つまり導き出される答えは?」
「前衛で殴りながら弱体魔法をかける?」
「素晴らしい正解だ。笑みを絶やさず前衛で戦っている姿から名付けられた二つ名だ。我々の中で肉体の強さだけで言えばサクラが一番強い。戦うとなると私が勝つがな」
「私は可愛くないからあまり好きじゃないんですけどね」
「二つ名とは自然につくようなものだからな、仕方がない」
「あの、じゃあ昨日持ってた杖みたいなのは」
「ああ、錫杖ですね。あれはちょっと特殊な杖でですね、杖を通して生命魔法を掛けられるのです。素手のほうが魔法の通りは良いんですが、流石に素手だけだと魔物相手に不利ですから」
まさかサクラさんが前衛だったとはね、微笑みながら魔獣と殴り合っている姿や錫杖で殴っている姿を想像した。うん、二つ名も分からなくもないな。
そんな事を考えていたらレナエルちゃんが慌てて声を上げた。
「あ、あの! 生命魔法って神父様とか神様に認められた人しか使えないんじゃ⁉」
「そういえば俺も教会でそう聞いたっけ、忘れてたぜ」
僕はおじいちゃんから聞いていたから神様信じてないと使えないのは違うと知っていたけど、そういえばレナエルちゃんは教会でしか魔法のことって教わってないんだった。アダン君も教会で聞いたことはあったみたいだけど、単純に覚えてないだけだった。──いま僕、アダン君と一緒に教会で聞いたような気がしたけど記憶にはない。その思考もマートレさんから声を掛けられたことにより止まる。
「あ、いや。──ルカ少年この子に言っても平気なのか? その信者だとか」
「いえ、信者ではないので。えっと、多分」
宗教関連だからかマートレさんが言いづらそうにしていたけど、レナエルちゃんが信心深そうにしている所は、今まで見たことはなかったから平気だと思う。
マートレさんは僕の返答にうなずき口を開いた。
「サクラ頼む」
「はい、レナエルさん、会った時に言いましたが私は龍眼を持つドラゴニュートです。先程、眼をつぶっていても見えるとは言いましたが、龍眼そのもののことは知っていますか?」
「い、いいえ」
「龍眼とはこれです」
そう言うとサクラさんはゆっくりと目を開けると昨日も見た金の目に黒い瞳孔が現れる。
レナエルちゃん「きゃっ」っと小さく叫ぶと僕の手を握ってきた、驚いたせいか少し魔力が乱れているので僕も握り返して、少し操り魔力を落ち着かせるとレナエルちゃんも落ち着いてくれた。
「ご、ごめんなさい。驚いちゃったりして」
「いいんですよ。この眼は人の肉体が持つ生命力を見ることが出来る眼です。生命力の悪い変化の場合、濁っていたり淀んでたり薄くなって見えるのが龍眼です。そしてその見えた状態を判断し魔力によって回復、強化します。敵の場合は弱体化ですね、それが生命魔法です。見る、すなわち知る事が生命魔法を使えるということに繋がっていると私達は考えています」
「それじゃ、龍眼を持っていたら」
「そうです、龍眼を持って生まれたドラゴニュートは全員生命魔法を使うための継承を受けています。──いえ、ギルドではギフトでしたね。龍眼を持つ者は生命魔法のギフトを貰っているのですよ。──神様に祈ったからというものではありません」
「そんな……」
レナエルちゃんはショックを受けているみたいだった。あまり信心深そうには見えなかったけど、神様をそこまで信じていたんだろうか?
その後ご飯が運ばれてきたけど、レナエルちゃんは黙り込んだままモソモソと食べていた。ご飯はホーンラビットのもも肉で、それを山賊焼きみたいにしたのが出てきたけど、僕の顔より大きいそれは僕にはちょっと多かったので少しだけ頂いて、残りはあっという間に自分の分を平らげていたアダン君に食べてもらった。
食べ終わった後は、アダン君も含めたスカーレットの人達は本来の集まった用事を済ませるために出ていくことになったけど、レナエルちゃんの落ち込みようがひどかったので僕達は暫くここで休むことにさせてもらった。
鍵も返しておくので後は何もせずにそのまま帰っていいと言われ、レナエルちゃんの様子に後ろ髪を引かれるアダン君を引っ張って出ていった。最後に部屋を出ていくサクラさんに深く頭を下げられた。僕が多分って言ったせいだからサクラさんは何も悪くないと僕もごめんなさいと頭を下げた。
スカーレットの人達が出て言っても俯いて椅子に座ったままのレナエルちゃんだったけど、しばらくすると僕をじっと見つめてポツリと呟くように言った。
「あのねルカ、私諦めていたの」
「……何を諦めていたの?」
「神父様が神様を信じていれば、神様が宿って魔法を使えるようになるって教えていたでしょ?」
「うん」
「でもね私、神様を全く信じていなかったの」
「えっ?」
レナエルちゃんの口から出た言葉は、僕がさっき考えた真逆のことだった。
「教えてもらったし知識としては神様のことも分かっていたのよ。ただ、信じてはなかったの。私、村の時ずっと思っていた、ルカを助けてくれないのなら神様なんていないって」
「えっと、僕? 僕は今まで何もなかったけど?」
僕はレナエルちゃんの言っていることがよく分からず、首を傾げる。
「いいの、ルカはそれでいいの。でも私は駄目だったの、ソニアおばさん達みたいに普通になんて出来なかった。神様なんて信じられていなかったから魔法も使えないんだって、私が回復魔法使えたらルカを癒やしてあげれたのにそれも出来ないと諦めていて、いつもボロボロのルカを見るのが辛くて何も出来ない自分を知りたくなくて、何でも無いふりをしてルカが帰ってくる前に自分の家に戻っていた。でも、それなのに神様なんて関係ないなんて……」
「でもそれはレナエルちゃんのせいじゃなくて」
僕は赤ちゃんの時を除いてアリーチェが生まれて僕に微笑んでくれるまでの記憶はかなり曖昧だ。それからもあの悪魔の襲撃が終わるまではところどころ記憶は虫食いだ。
確かに僕は俺だったころの記憶があった赤子の時に見てしまったあの時に終わる家族の結末を変えたくて、自分の色々なものがボロボロになっていったような気もする。
でもそれはなんてこと無い日常の一幕だ。ただ、僕がやりたいことをやって来た結果なだけだ。
感情的になって涙を流しているレナエルちゃんをなだめるため、涙を拭った後、両手をを両手で包みさっきと同じく感情で荒れる魔力を穏やかにしていく。
「それでもルカ、私使いたかったの。才能なんてなくても少しだけでも使ってあげたかった。使えなくても頑張ることくらいは出来たのに。でも、もう使えないんだと諦めちゃって何もしなかったの、ごめんなさい」
「レナエルちゃんそんな事を思ってくれていたなんて、ごめん全く気付かずに」
「気付くわけがないわ。ずっと誤魔化して、そのことそのものを忘れたふりをして、心の奥底にしまい込んでいたんだもの。そんなふりを続けて自分でも分からなくなるくらいには」
心に鍵をかけて忘れていた気持ちを思い出させるくらいには、回復魔法に神様への祈りはまるで関係ないという事実は、レナエルちゃんとって衝撃的なことだったんだろう。
もう一度あやまりながら僕の胸に顔を埋め、レナエルちゃんが絞り出すように「ルカを癒やしてやりたかった」と言ったその時に、レナエルちゃんの魔力に変化を感じる。
魔力が消費されその力を僕とレナエルちゃんを覆う感覚だ。何か魔法が発動した? レナエルちゃんと魔力を繋げて制御しているから分かったけど胸のチャクラの場所、生命魔法の場所の魔力が……いや、これはレナエルちゃんの魔力構造かな? それが強く反応して魔力が消費されたようだった。
なんでいきなり魔法が使われたのかは分からなかったけど、すぐに僕の手の感触で分かった。……さっきまで有ったレナエルちゃんの手の甲の出来物治ってる。
「レナエルちゃん、手の出来物治ってるよ」
「なによもう、こんな時に変なことを言って、ルカは相変わらずなんだから」
レナエルちゃんは泣き笑いのような表情になってから笑っていた、少しは落ち込んだ気分から治ったみたいだった……って違う。
「そうじゃなくて、出来物治ったんだよ。ほら」
そう言って僕はレナエルちゃんの手を持ち上げて見せる。
レナエルちゃんは残った涙を自分で拭って、自分の手の甲をじっと見た。
「あ、ほんとね」
「なんでそんな冷静なのさ、さっきまで使いたいって言ってたのに」
「──そんなまさか、冗談はやめてよ」
「冗談なんかじゃないよ。さっきレナエルちゃんの体に活性化と消費を感じたんだ。この場所に」
僕はレナエルちゃんから片手を離して、心臓横の胸の中心をトントンと叩いた。もちろん自分の胸のだよ。
「本当に? ──いえ、試してみないと分からないわ」
そう言うとレナエルちゃんはいきなり自分の親指の腹を「えいっ」と歯で思いっきり噛んだ。
「いったぁい!」
「そりゃそうだよ、何やってるの」
レナエルちゃんの親指から血が流れて、床にポタポタと落ちてしまっている。
血は少し流れたけど見る感じ傷は表面だけだ。全然深くない。
「でも、これで試せるわ。治れー治れー。……って治らないじゃない。騙したわね」
「騙したって、自分でやっといて何いってんのさ、ほら血を拭くから」
「その前に魔力をほわーとしてよ。痛いの誤魔化すために」
「自分でも出来るでしょ」
「良いじゃないルカのが良いのよ」
「はいはい」
レナエルちゃんが噛み切った手と逆の方、いままでずっと僕と握り合っていた手の方から魔力を操る。
レナエルちゃんはまだ治れー治れーとやっていた。表面上は元のレナエルちゃんに戻ったようだけど、細かく震えながらもガチガチに力が入っているこの手とそこから感じる魔力の震えでまだ立ち直ってないのが分かる。
震える手を包むようにして魔力を操る。レナエルちゃんの魔力が少し減っているので補充して、体内の魔力を安定するように体に行き渡らせると、ずっと治れと言っているレナエルちゃんの胸の位置で何かがまた強く反応して魔力が消費され魔法が発動する。
それを感じて僕はレナエルちゃんの指に付着している血を拭ってから、傷を見るとそこにはもう傷はなく綺麗に治っていた。
「出来た。出来たわよルカ!」
喜ぶレナエルちゃんを後目に僕は少し考える。さっき使えなかったのは魔力が足りなかったのかな? それとも魔力を纏わせて無いと駄目だったからかな? とか考えていたら、感極まったのかレナエルちゃんは嬉しそうに僕に抱きついてきた。
それで考えが途切れて、僕はレナエルちゃんの背中を良かったねとあやすようにポンポンと軽く叩きながらしばらくそうしていたが、レナエルちゃんがなにか気付いたようにハッと顔を上げた。
「そうよ、私を治せても駄目なのよ。ねえルカ?」
僕はちょっと嫌な予感がしながら、「何?」と聞いた。
「試させて? ね? お願い」
「……はい」
断ろうと頭をよぎり色々言い訳を考えたけど、レナエルちゃんの期待や後悔やその他色々な感情がぐちゃぐちゃに混じってなってそうなその眼を見ていると、やりたいことを好きにやらせた方がいいと思い、ちょっと戸惑ったけど否定すること無く認めた。
同じ様に親指の腹を少し噛むかと考えていると、「やったぁ」と僕が行動する前にレナエルちゃんは自分の口に僕の親指を運び噛もうとする。
その行動に驚いた僕と、僕の身体強化がレナエルちゃんの歯を弾き返そうとするけど、僕はギリギリでコントロールしてそれを受け入れた。
強化していない僕の指にブツリと歯が深く入り、わずかな痛みの後、指から血が出るのが分かる。
「あっ、どうして? そんなに力入れていないのに」と、深く食い込んだ歯の感触と溢れる僕の血を見てレナエルちゃんは慌てながら「ごめんなさい」と言い、僕の親指を口に含み血を舐め取る。
いや、レナエルちゃん慌てたとしても流石に警戒心なさすぎでしょ。男と女で、しかも二人っきりのこの部屋でそんなことするなんて、襲われちゃってもおかしくないよ? ──僕じゃなかったらだけど、何せこの世界の僕は性への欲求というのを十二歳になったというのに未だ一切感じない、女の子にモテたいとかそういうのも含めてだ。




